第23話 尽きぬ悩み
『――やあ』
『聞こえてるかい? と言ってもこちらからは何も分からないんだけどね』
……声だ。誰かが喋っている。誰だ。
『セキュリティの解除には一回目の認証から時間が必要なんだよ。まあ設定したのは僕だけど。ともかく、そろそろ頃合いだよ』
知らないような、知っているような言葉がすらすらと頭に流れ込む。
『もう一度訪ねると良い。できれば近いうちに。次のメッセージは端末に残しておくから』
『じゃあ、また――』
■□■□
「誰だっ……!」
目を覚まし、体を起こす。寮のいつもの部屋だ。確か俺は……
「……そうだ、ティフォ先輩は?」
裏庭で倒れた後の記憶が無い。ここまで歩いて帰ったのでなければ、先輩に運ばれたんだろう。部屋の中に姿は見えないが、後でお礼を言っておこう。
「それより、今の声……!」
一回目、認証、訪ねる、端末、メッセージ――心当たりは一つしかない。声の主は俺に、もう一度大精霊と対話しろと言ったのだ。
「他に何か言ってた事は……ダメだ、もう記憶が薄れてる」
そうだ、近いうちにと言われたはずだ。このメッセージを覚えているうちに、という事だろう。でもリギスティアさんに呼ばれているこのタイミングで聞かされたのは偶然なのか?
「……いや、行けば分かるか」
考えても徐々にぼんやりとしていくだけだ。とりあえず今はティフォ先輩を探すために部屋を出る事にした。
部屋を出ると外はもう真っ暗だった。かなり長い時間気絶していたようだ。まだ少し頭がクラクラする。
「さて、先輩はどこにいるかな……」
あてもなく寮の外に出ると、何やら言い争いをしているような男女が……おや?
「おーい、ヒナー!」
「だからお兄ぃに変な事してたんじゃ――あっ、お兄ぃ!」
俺が声をかけるとすぐに気付いて、ぴょんぴょんと跳ねて返事をした。そしてこちらに背を向ける相手の男は。
「おーリオ君起きたのね。丁度よかった」
やはりティフォ先輩だった。でもこんな所で何していたんだろう?
「すいません、部屋まで運んでくれて。で、なんでヒナと一緒に?」
「お兄ぃ、大丈夫だった? 怪我とか無い?」
先輩を遮って俺の心配をするヒナだが、先輩のためにも弁明をした方が良さそうだ。
「だから妹ちゃん、精霊術を試してみただけで……」
「ああ、俺が先輩に頼んだんだよ。心配かけて悪かったな」
「またこの人がお兄ぃに変な事教えたのかと思ったから……」
どうにもヒナはティフォ先輩を受け付けないらしい。でも俺達の恩人だからなあ。
「ヒナ、この前先輩に助けてもらったお礼はしたのか? 確かに酒飲み遅刻魔の駄目人間だけど、この人呼ばわりは良くないぞ」
「リオ君、ボケなら突っ込んだ方がいい? リオ君の方が凄い言い様なんだけど……」
「……まだ」
「じゃあお礼しなきゃな。ほら。先輩も」
「あっ、無視?」
先輩が何か言ってるが、まずはヒナの頑固さをどうにかするべきだな。というか先輩とヒナの仲が悪いのは俺にとって居心地が悪い。
「あの時は、助けてくれてありがとうございました」
「いーのいーの、リオ君の妹ちゃんだからさ。あーでも、もしお願いを一つ聞いてくれるなら……」
「お願い、ですか?」
「うん。今度一緒にご飯でも行かない? まあ労いも兼ねてさ」
おっとそう来たか。前の続きなのだろうが、また目の前で人の妹をナンパしやがって……うん?
「えっと……はい。分かりました」
「おっし決まり。じゃあ明日とかどう?」
お?
「明日は……はい、空いてます」
「じゃ、放課後に正門で。じゃあねー」
「さようなら。お兄ぃもバイバイ、わたし今日は委員会の当番あるから」
「お、おう……」
今度は俺が置いてけぼりにされた気分だ。ヒナは先輩を嫌がってたはずだが……まあピンチの時に助けられたら良く映るのだろう。ましてや先輩は容姿だけなら結構な美男子だ。今のヒナの態度も、ツンデレみたいなものと考えれば……いや俺は何を真剣に考えてるんだ。でもヒナが先輩と……うーん……
「さあ帰るかー。流石に今日のトレーニングは終わりだね」
「あ、はい。ところでヒナはなんでここに?」
「夜番だから部屋に荷物を取りに来たってさ。それでリオ君の事話したら手が付けられなくなってねー」
放送委員の仕事か。週一回とはいえ大変そうだな。ヒナなら要領良くやってそうだけど。
「で、リオ君は止めなくてよかったの?」
「せっかく考えないようにしてたのに……いえ、ヒナも嫌がってはなさそうでしたから。いつまでもあんな調子だと困りますし、普通に話せるくらいにはなって下さいね」
「よし、お兄ちゃんの許可頂きました!」
「手ぇ出したらマジでぶっ飛ばしますよ?」
そんな話をしながら寮に帰った。俺の頭には満更でもなさそうなヒナの表情が残っていた。
■□■□
「聞いてくれよぉトーヤぁ」
「相談? 僕で良ければ聞くよ」
翌日。教室でトーヤを見かけた俺は迷わず話しかけに行った。もう誰かに話したくてしょうがないのだ。
「ティフォ先輩っているじゃん? 俺のルームメイトの。それでヒナが――」
長くなりそうだったので色々と端折りながら顛末を話した。
「ふーん、ヒナちゃんがね。兄としては心配ってこと?」
「そうなんだよ。まあティフォ先輩のこと信頼はしてるんだけどね……人としてはちょっと、いやかなり不安な所もあるというか」
「まあ僕はその先輩の事はよく知らないけど、まずはヒナちゃん次第じゃないかな」
「ヒナ次第か……」
トーヤの考えは放任という感じだ。客観的に見れば正しい意見だけど、このモヤモヤは兄である俺にしか分からないだろうな。
「明日になったら話でも聞いてみたら良いと思うよ。下手に口出ししたら、それこそヒナちゃんに嫌われちゃうよ?」
「うーん、様子見か……ありがとう。また何かあったら話すよ」
なんなら今日の夜にでも聞きたいくらいだ。
「ところでこの前の討伐訓練、一班は大変だったらしいじゃん。大丈夫だったの?」
「あー、大変だった。今言ったけどティフォ先輩とソージア先生に助けてもらってさ。もっと強くならなきゃって思ったよ」
「巨大な邪霊に挑んで負傷したって聞いたからさ。無事で何よりだよ」
「無事じゃないさ。イレアとヒナの怪我は先生に治してもらったし。そっちはどうだった?」
「うちは安全第一でやってるよ。班員の先輩はけっこう強いんだけどね。でもリオとかイレアさんには及ばないくらいかな」
「そっか。慎重な人がいるなら大丈夫だな」
「うん、リオも気を付けてね」
チャイムが鳴って席に戻り、話は終わった。俺は上の空で授業を受けるのだった。
「いくよ、リオ」
「最近負け越してたからな。今日は勝つぞ」
今日は昼休みを挟んで演習の授業だ。ヒナと話せなくて落ち着かなかったが、イレアとの勝負となれば話は別だ。
「「精霊よ――!」」
同時に精霊術を発動する。勝負のルールは簡単だ。五メートル程離れた場所に立ち、どちらかがその場を動いたら負け。他のクラスメイトがやっている普通の授業の内容では意味が無くなってしまった俺とイレアにソージア先生が提案したのだ。
「貫け、アイシクルランス」
「水流壁!」
薄い水の膜に氷柱が突き刺さる。水膜は一瞬で凍り付き、向こう側が見えなくなる。
「視界は塞いだ。逃げられないわ! 穿て、クリスタルバレット!」
氷の弾丸がリオのいる場所に突き進む。それはあっさりと凍った水膜を破り――!
「待ってたぜ、予想通りだ!」
鋭い氷の結晶は、俺の眼前で停止した!
「お返しだ! 流泡!」
ティフォ先輩との特訓で身に付けた、弾丸の受け流し。流れる水は凍り付き、そのままの勢いで周囲に弾け飛ぶ。もちろんイレアの方向にも!
「行けええぇっっ!!!」
「甘い!」
すかさず氷で盾を作り、ガードするイレア。だが――ここまで想定済みだ。
「俺の、勝ちだ!」
最後の力を振り絞って風の刃を飛ばす術を発動。だがそれは俺の体から離れれば収束できず、ただの突風になる。しかし盾で風を受ける面積が広がったイレアはよろめき――
「これくらい――あっ!」
一歩、足を後ろに下げてしまった。
ルールは簡単、どちらかがその場を動いたら負け。今日は俺が勝ったのだ。
前々回、前回とあっさり負けてから、俺は作戦を考えていた。まず俺の精霊術では水弾を飛ばしたりはできない。せいぜいカウンターで跳ね返すか、風を起こすくらいだ。
「風か……」
相手を動かしたら勝ちなのだ。無理に攻撃する必要は無い。もし突風でよろめかせることができたら?
「いけるな」
前に聞いたが、イレアが防御に使う精霊術の氷の盾は彼女の周囲に浮かせるらしい。つまりイレアに防御をさせた時に風を起こせば、風を強く受けて倒れる。このルールでは一番の方法だ。
作戦はこうだ。恐らくイレアは先制攻撃で氷柱を飛ばしてくる。そして水壁でガードした俺にさらに追撃を食らわせるだろう。水壁が消えたら攻撃を跳ね返し、イレアが盾を出した瞬間に突風を起こす。持久戦でジリ貧で負けるよりよっぽど良い戦法だ。
「お疲れ、イレア。今日は俺の勝ちだな」
「油断してたわ……」
流石に全て作戦通り、とはいかなかった。俺の水壁が一瞬で凍らされた時は驚いたし、不透明な壁越しに氷弾を止めるのは至難の業だった。結果的には上手くいったが、ギリギリの勝負だったのは間違いない。
「お二人とも、随分と散らかしましたね……」
「あ、先生」
様子を見ていたケルヤ先生が声をかけにきた。周りを見ると砕け散った氷の破片が床に散乱している。イレアのいた所は特に酷いもので、床に氷が突き刺さっていた。
「はあ……いえ、経費で直しますし君達を怒ることは無いのですが。次は外でやりましょうか……」
「す、すいません……」
気にしないでくださいと言われるが、熱中し過ぎて施設を壊すのは申し訳ないな。イレアも一緒に謝るが、周りの生徒も含めて何とも微妙な雰囲気になってしまった。
「それと、ソージア先生が呼んでいましたので後で職員室に来るようにと」
「はい。分かりました」
イレアと顔を見合わせる。要件は容易に想像できた。
■□■□
「日程が決まりました」
職員室に入った俺達に開口一番ソージア先生は告げた。言わなくても分かりますよね、と目で言っている。
「大丈夫なんですか?」
俺の返答の最初には「こんな所で話して」という言葉が付く。先生はそれを分かったようで、辺りを見回してから話し始めた。
「大丈夫ですよ。防音の精霊術を使ってますから」
少し離れてみると、確かに二人の声が聞こえなくなった。器用なものだな。
「それで、いつになったんですか?」
「来週の土曜です。今度は一日で済みますから、早朝出発になりますよ。空けておいてください」
「了解しました」
「わかりました。あの、ホムラ先生」
「どうしました、イレアさん?」
「その……私もお婆様と、ご当主様と話がしたいです」
イレアが切り出した。ソージア先生も思う所があるようで、少し困っている。
「ご当主様に伺ってみます。ですが……」
「はい。あまり期待しないで待ちます」
ちょっと空気が重くなる。特に裏の事情を知っている俺にはつらい。そうだ、俺の方からリギスティアさんにイレアとの面会を打診してみるか。自分の力で遂げたいイレアは良く思わないかもしれないけど、俺が見ていられないのだ。きっかけを作るくらいは許されるはずだ。
「では当日に迎えの者を呼びますので。くれぐれも遅れないようにしてくださいね」
最後に念押しした先生に別れを告げて、俺とイレアは職員室を後にした。
「いらっしゃいませー、何名様でしょうか?」
「二人です」
「こちらの席にどうぞ。ご注文お決まりになりましたらお呼びください」
「坊主、奥のカウンターにこのワインと料理を。それからまた皿洗いだ」
放課後。討伐訓練の後に休みを貰ったので久しぶりのバイトだ。俺がいなかった時は忙しかったと愚痴を漏らされたが、それも納得の盛況ぶりである。
「そう言えば坊主の所の先生が来てたぞ」
「学園の先生ですか? まあ近いですし珍しくはないでしょうね」
「ああ。名前は聞いてないが、ちっこい女の先生だったぞ」
「マジか」
どう考えてもソージア先生の事だろう。確かに前にも来てたしな。俺が働いているのは知っているんだろうか?
「知り合いか?」
「はい。うちの副担任でして……というか前にもここで会ってるんですよ。ティフォ先輩と来た時です」
「まあその人何度か来てるからな。先生だって知ったのは最近だが」
泥酔客なんて見慣れているマスターは覚えてないだろうが、俺にとっては衝撃だったのだ。近いうちに鉢合わせるんじゃないかな……
「ほれ、ぼさっとしてないで次のオーダーだ」
「あ、はい。えっとー、注文票は……」
皿を運びながら考えるのは、新しい精霊術の事、ヒナとティフォ先輩の事、薄れていく夢、そして次の謁見。大きな悩みも些細な悩みも忙しさに流されて消えてしまった。今日も小さいレストランの夜は更けていく。




