第21話 火球の砲門
時は少し遡る。邪霊の犇めく公国東側の草原に、国境から最も離れている討伐隊の班がいた。
「ひーふーみーよー……んー、分からんけどこんだけ片せば文句無いっしょ」
班の名前は第零班。班員は一名のみ。そう、今回から学長が新たに作ったティフォ・ベントのための班である。もともと三十班まであったものの後ろに三十一班としなかったのは、学長の独断で決定した仮設の班であるからだ。彼女曰く、「三十班までありますって言っても嘘じゃないからな、誤魔化しが効くだろう?」との事だ。誤魔化すというより、単に書類の書き直しが煩わしいだけだろう。
「さてと、めんどくさいし帰るか。あ、でもリオ君の様子見に行ってみようかな」
思い浮かべるのは、もうひと月半以上の付き合いになる後輩の事だ。班員はちょっと愛想の悪い妹ちゃんとウンディーノ家のお姫様だったか。どんな風に戦っているのかも気になるな。
「よっし、そうと決まったらレッツゴー……っと、なんだ?」
一瞬、ポーチの中で振動する感触が。精霊術で双方向に簡単な信号を送れる霊道具だ。片方はリオ君に持たせてあり、ベロベロに酔って帰れなくなった時とか財布を忘れてツケで払えなかった時に呼び出したりしているのだが、リオ君から連絡が来る事は滅多に無い。まあ言葉を伝えるレベルだとかなり精霊術が難しくなるから彼には使えないってのが一番の理由なんだけど。
「鳴らし間違い? いや……」
このタイミング、しかも要件不明で一回鳴っただけ。――緊急事態の可能性もある。
「まあとりあえず行くか。待ってろリオ君! とうっ!」
霊道具から感じる微弱な精霊術の残滓を頼りに、後輩の元に急ぐのだった。
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「――てな訳でリオ君から連絡があってね。来て良かったよ」
一通りの経緯を目を覚ました妹ちゃんに話した。俺の話を聞くくらいの余裕はできたみたいだ。
「で、リオ君はどこにいるか分かる?」
妹ちゃんはふるふると首を横に振る。まだ声は出せないんだな。精霊術で気配を探ろうとするが、困ったことに邪霊のせいで全く感じ取れない。そびえ立つ邪霊は今は静かだが、いつ攻撃を再開するか分からないな。
「遠距離が苦手なリオ君が苦戦するのはともかく、ウンディーノ家の娘も駄目か。ちょっち厳しいかな~?」
一人でもやれない事は無いんだけど、妹ちゃんとリオ君達の事を考えたら誰か一緒に戦える人が欲しいんだよね。誰か……そうだ、ホムラちゃん先輩は? お姫様の護衛で付いてるはずだ。
「妹ちゃーん、ホムラちゃん先輩もいるでしょ? 場所はー……分からないか」
一瞬考えた後、今度は頷いた。よし、ホムラちゃんを探そう。とっとと倒して帰るぞ。
同時刻。イレアーダス・ウンディーノの護衛であるホムラ・ソージアは焦っていた。向こうに見える巨大な邪霊の様子が明らかにおかしいと。
「助けに行きたいけど……!」
周りには邪霊の群れ。イレア達が万全に戦えるために周囲の邪霊を一手に引き付けていたのだ。当然この程度に苦戦するようでは護衛は務まらない。だが、この場を下手に動くことができないのもまた事実だった。それに、後の事を考えると全力を出す訳にもいかない。
「精霊よ――燻れ、紫陽花!」
無数の火種を飛ばして牽制する。一瞬開けた道を進むが、一進一退だ。
「誰かっ、いればっ!」
もう少し。この均衡を崩せれば助けに行ける。そう思った時、
「精霊よ――空震」
彼女を中心に邪霊が吹き飛んだ!
「誰!?」
「俺だよ俺~」
声は頭上から。降りて来たのは長身に軽やかな金髪、気品を感じさせる相貌の美男子。そして――
「げえっ、ティフォ・ベント……」
「ちょっ、その反応は無くない!?」
私が最も会いたくなかった男であった。
■□■□
ホムラちゃんの場所はすぐに見つかった。妹ちゃんを安全な場所に移動させた後、上空から見ると邪霊が不自然に集まっている場所があったのだ。なるほど、三人が戦いやすいように邪霊を相手していたんだろう。
「誰か、いればっ!」
お? 邪霊の中心から、やはり聞き覚えのある声が。低身長の姿は邪霊に隠れて見えなかったので丁度いいな。
「ホムラちゃーん!」
気付いていない。ならば強行突破だ。
「精霊よ――空震」
邪霊を空気の振動で吹き飛ばす! そして足元にいるのは予想通りだ。
「誰!?」
「俺だよ俺~」
邪霊のいなくなった地面に降り立つ。さあ、物語ならホレる登場シーン!
「げえっ、ティフォ・ベント……」
「ちょっ、その反応は無くない!?」
げえっって言われた……俺そんなにダメ? 自信無くすなぁ。
「なんだよー助けに来たのにさー」
「……いえ、ありがとうございます。でも何故ここに?」
「リオ君に呼ばれてね。妹ちゃんは大丈夫だよ。あとの二人は分かんないけど」
「呼ばれた? 妹ちゃん……ヒナさんですね。無事だったんですか?」
疑問符まみれの返答だけど、それも仕方ないだろう。俺がここにいるのは想定外中の想定外だろうからね。
「まあそれはさておき、助けに行くんでしょ?」
「ええ、話は後です。行きますよ、ティフォ・ベント」
「昔みたいにティフォ君でも良いのよ?」
「行きますよ」
つれないなあ、前はティフォ君って呼んでたのに。まあ嫌われた原因は俺なんだけどさ。仕方ない、ここらで好感度稼いどきますか。
「よし、じゃあ一気に行くよ~。精霊よ――」
空気の塊で俺とホムラちゃんを包み、空へと飛び出す。
「さて、どうする?」
「どうするもなにも倒すだけです。本体を一気に潰しますよ」
「おっかないね~」
小さい見た目に似合わず昔から割と激しい性格の彼女である。教師となった最近は大人しいが、俺を相手だといつも通りの反応だ。
「今小さいとか思いましたよね」
「……さあね?」
勘の鋭さも健在だ。ドジっ子な所は直ってればいいんだけど、今は心配無用だろうな。
「さーて、昔みたいに行きますかー!」
「不本意ですけど……やりましょう。精霊よ――」
ぶつぶつ言いながらも頭上に火球が生成されていく。制御をしても熱気がここまで届く程だ。
「あっつ~……これもうちょっとどうにかできない?」
「無理です。私もギリギリなので早くしてください。タイミングは任せますから」
「りょーかい。宙穿つ風の砲門よ――!」
駄目だ、制御が難しい。ホムラちゃんと一緒に戦うのは一年前くらいが最後だったっけ? 久しぶりでちょっとキツいな。短縮バージョンで行くか!
「行くよ――精霊よ、我が敵を討て。『ガーンディーヴァ』!」
「爆ぜろ、鳳仙花!」
巨大な火の玉が目が眩む程の速さで邪霊の飛んでいく!
「ティフォ君、避けて!」
「握空!」
そして、火球と同じ、いやそれ以上の速さで貫かんとする、迎え撃つ邪霊の腕。咄嗟に対応できずに俺の体に触れる――
「と見せかけて! 精霊よ――ジェットランス!」
寸前、その勢いを利用して腕を逆に突く!
同時に、火球を邪霊の本体に落とす。邪霊はもう避けることも敵わず。
ギイイイイイィィィィィィィィィィィィイイィィィイイイ!!!!!!!
断末魔。それ以上に例えようが無い邪霊の叫びが耳をつんざく。
「もういっちょ、ジェットランス!」
油断はしない。間髪入れずに周囲に漂う腕も破壊してから地上に降りた。
息もつかぬ一瞬の攻防は終わったのだ。
「だあー、疲れた!」
「はあ、はあ……急に反撃しないで、下さい……こっちにも衝撃が……」
燃え盛る邪霊を見ながらボロボロの地面に座り込む。ホムラちゃんは滞空中は俺に任せきりだったせいで、突然の衝撃に備えられなかったみたいだ。
「ごめんごめん、でも倒せたから良いでしょ? てか――」
「ええ、そうですけど……」
「さっきティフォ君って呼んでくれたじゃん!」
そう、咄嗟の事だろうけど昔のように呼んでくれたのだ。ハッとするホムラちゃんだが、すぐに真面目な顔を取り繕った。
「……忘れて下さい。ほらイレアさんとリオ君を探しますよ!」
「なんでさー! もう一回、もう一回呼んでよほら~」
「はぁ。精霊よ――」
「わー待った待った、熱い! ちょっ、熱いから!」
しつこく食い下がったら火を着けられかけた。ちょっと残念だけど、その後は黙って二人の姿を探すのだった。
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「おーい、リオくーん!!」
「イレアさん!」
邪霊の近くの上空に巨大な火の玉が現れてから数分後、燃え盛る邪霊はその巨大な体躯を地面に横たえたのだった。そしてしばらくして、聞き慣れた声が俺達を呼んだ。
「ティフォ先輩!」
「ホムラ先生……!」
俺はイレアの体を支えて立ち上がった。すぐに駆け寄る二人の姿は、俺達と対照的に傷一つ付いていない。
「イレアさん、怪我が……!」
「大丈夫です先生、それより邪霊は……」
「うん、倒したよ。リオ君もよく頑張ったな」
「いえ、俺は……」
先輩に連絡ができて助けられた事にほっとするも、今度は自分の情けなさが胸を締め付ける。
「なーに、俺が来たんだから何も心配するなって。まあもう終わったけどな!」
いつもの調子で笑う先輩が今だけは心地よい。話を聞くに、ヒナも助けてくれたらしい。すぐにヒナを置いて来たという少し離れた場所まで四人で歩いて行った。
「お兄ぃ!」
「ヒナ、大丈夫だったか!?」
立ち上がろうとするヒナはよろけて再び倒れてしまった。すぐに支えるが、俺の腕を掴む手は力が弱い。
「ヒナさん、座って下さい。イレアさんも。今治療します」
ソージア先生がぶつぶつと詠唱を始め、二人の体が赤い光に包まれる。
「精霊よ――彼の者の傷を癒せ。クラール・ヘリーダ」
「傷が……!」
血の垂れていた腕、あらぬ方向に曲がっていた足がみるみる治っていく。治癒術式。それもかなり高度なものだ。
「はあ、はあ……これで今は大丈夫です。安静にしていないとまた傷が開きますよ」
「ありがとうございます、ホムラ先生」
「……ありがとう、ございます」
まだ元気になったとは言えない顔色だが、一気に回復したようだ。ソージア先生、こんな高度な精霊術も使えたなんて驚きだ。さっきの火の玉もティフォ先輩じゃないとしたらソージア先生の術だろう。今まで戦っている姿を見ていなかったが、こんなに頼りになるとは正直思ってなかったな。
「先生、すみませんでした。今回の事は……」
「いえ、私の監督不行き届きです。話は後で聞きますから、まずは帰りましょう。リオ君は怪我は無いですか?」
「はい……ティフォ先輩も、ありがとうございます」
「なんのなんの、これくらい朝飯前よ」
ああ、駄目だな。そんな思いだけを浮かべながら、俺達は学園に帰るのだった。
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療養のため、という事で一旦解散となってから二日後の月曜日の放課後に俺達は再び招集された。場所は職員室の隣にある会議室だ。
「まずは今回の責任について。これは当然私が受けるものです。まあ討伐隊で怪我人が出たのは初めてではありませんから、気を病まないでください。想定内です」
「……はい。分かりました」
「ホムラ先生、班長である私は……」
「いいえ、教師が付いていながらの事ですから。イレアさんにもリオ君にも責任はありません」
ちなみに一番怪我が酷かったヒナは今日も休みだ。休みの間付きっ切りで看病をしたら、「もう大丈夫だから!」と言って追い出されてしまった。ヒナなりの気遣いだろうが、やはり気は重い。
「さて……ここからは教師ではなく、イレアーダス・ウンディーノの護衛としての私からです」
「……!」
「ホムラ先生、リオは」
庇おうとしてくれるイレアだが、ソージア先生に止められた。
「ウンディーノ家として、そして私の判断で貴方を信頼してイレアさんを預けました。ですが、今一度貴方の意思を確認すべきとの判断がご当主様から下されました」
「それは……」
「ミヅカ・リオにウンディーノ家本邸への出頭が要請されています。如何ですか?」
「……そう、ですか」
ああ、名目ができてしまった。分かってる。謁見の名目のためにイレアを傷つけた訳じゃないって、イレアもソージア先生もリギスティアさんも理解してるだろう。そんな事は分かってる。でも……いっそ突き放してくれた方が楽なのに。これでもう一回大精霊に会えるな、などとほんの少しでも思ってしまった自分に怒りすら覚える。……違う、そう思うことで言い訳してるだけだ。仕方なかった、と。
「分かりました。宜しくお願いしますとお伝えください」
だが、逃げる訳にはいかない。目的のためと、イレアとヒナへ感じる責任は別だ。切り替えなければいけない。
「では詳しい日程はまた後日」
そう言い残してソージア先生は部屋を出て行った。残された俺達も、二人して無言で廊下を歩いて行くのだった。




