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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
二章 大精霊と巫女
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第20話 無音の邪霊

 俺達はヒナが戻って来てすぐに移動を開始した。動いていない今が奇襲のチャンスと判断したからだ。


「見える? あの大きい岩の向こうにいるの」

「見えるよ。この距離だと分かりづらいけど……」

「あの岩の大きさからして高さ五メートルはあるかな。ヒナさんの言う通り大物ね」


 そして、街道から離れたすり鉢状の窪地の中心に、それはいた。


「私は他の邪霊(イビル)を間引きながら近くで見てるわ。危なそうと思ったらすぐ助けに入るから」


 今回ばかりはとソージア先生も待機している。


「それにしても機械系か。厄介だな……」


 全体像が見えない邪霊だが、歪な体躯は極めて人工的なデザインに見える。

 前回の討伐訓練からしばらく経って、邪霊に関する情報や解析の結果がようやく周知されるようになったのだ。まず邪霊の種類は大きく分けて二つ、機械系と生物系がある。前者は最初の演習授業の後に俺とイレアが出会ったものや、ソージア先生が当直の日に倒したらしい個体。後者は一回目の討伐訓練で何度か遭遇した蛇型のものや、ティフォ先輩と倒した獅子型の個体だ。


「機械系は弱点が分かりにくいからねー」

「まあ仕方ないな。どっちにせよ倒すだけだ」


 生物系の邪霊は主に頭部が弱点とされている。そこを破壊すればほとんどの場合動かなくなるが、機械系はそうもいかないのだ。生物系と比べて単調な攻撃だが、最後まで油断できないのが機械系の邪霊の特徴だ。


「それでリオ、作戦は?」

「そうだな。さっきみたいに陽動して急所を狙うってのは無理そうだ。バラバラになると危険だから基本は三人で固まって行動しよう」

「わかった。攻撃と防御は分担する?」

「最初の一撃は背後から全員で攻撃だ。その後は一旦防御に専念して様子を見てから分担を決めよう」

「うん、それで行こう」

「りょーかい」


 方針を決め、俺を先頭に音を立てずに進んで行く。いざとなった時の保険は用意してあるが、使わないに越した事は無いな。




「思ったよりデカいな……!」


 邪霊の背後の岩陰までたどり着いたが、邪霊は目測より一回りは大きい。校舎の三階に届くくらいはあるんじゃないか? 七、八メートルといったところか。


「じゃあいくよ。二人は私のサポートをお願い」

「ああ。制御は任せるぞ」

「うん。精霊(スピリット)よ――」


 臆していても仕方ない。早速始めようと、まずヒナが空気の流れを作る。氷を生み出すために湿度の高い空気を集めるのだ。


「そろそろいいな。精霊よ――」


 次に俺が空気中から水分を凝縮して温度を下げていく。細かい操作は苦手だが、踏ん張りどころだ。こうすることでイレアが氷の制御に存分に力を使えるのだ。一度だけ演習棟で試した時には、威力が高すぎて構内での使用禁止というお墨付きをもらった程である。

 俺が手をかざすイレアの足元の水球が徐々に大きくなっていく。そろそろ頃合いだとイレアに目で合図を送る。


「氷の精霊よ――」


 水球が少しずつ形を成していく。無数の鋭い菱形の氷が集まって、一本の槍が生み出される!


「一人だと難しいけど、これなら! クリスタリア・バーストジャベリン!」


 放たれるのは透き通るような氷の槍。それは全速力で邪霊に突き刺さり、


「――爆ぜろっ!」


 中心から放射状に弾け散った!


「やったか!?」

「お兄ぃ、それ」


 キイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィンンンンンンンン


 フラグとでも言いかけたのだろうか、ヒナの言葉も精霊術の余波もかき消すような金属音が響く。


「――! ……?」


 イレアの声も聞き取れないが、口の動きから撤退と読み取れる。俺とヒナも頷き、その場を一旦離れようとした時、


「イレアっ!」


 音もなく、否、かき消された音の中で忍び寄る邪霊の一閃。


「精霊よ!」


 一瞬で加速し、イレアを突き飛ばしつつ自分は反対方向に回避する。攻撃は免れたが……


「チッ、分断された……!」


 手負いだが、依然巨大な邪霊が攻撃を始めた。




「イレア! ヒナ! ……駄目だ、声が聞こえないと作戦が立てられない!」


 走りながらも邪霊は攻撃を仕掛けてくる。灯台のような本体の足元から伸びる幾本もの腕が俺達を追って来る。先端の刃は短いものの、この勢いで触れれば怪我では済まない。


「精霊よ」


 まずは一番近くにいるヒナと合流しなければ。水の精霊術で攻撃を防ぎながらアイコンタクトをとる。流石妹、すぐに気付いて逃げながらこちらに向かってくる。


「――、……。……!」


 クソっ、こんだけ近くに来ても声が聞き取れない。耳障りな金属音には慣れたが、集中力を削がれる感覚は耐えられない。


「合流、ご、う、りゅ、う、だ! イレアの所に!」


 口パクでなんとか伝えたが、どこまで邪霊から離れれば聞こえるようになるのだろうか?


「――!」


 ヒナが指さして何かを伝える。見ると、バゴンバゴンと音を立てて背後から巨大な何かが降ってくる。避けながら走るが……音?


「音の、方向?」


 解決策を思いつきそうだが、今は試す暇が無い!


「イレアっ、こっちだ!」


 向こうは反撃に必死で気付いていない。なんとか合流しないとジリ貧だ。


「精霊よ――!」


 三度目の加速。ヒナの手を引いて一気に駆け寄るが、


「お兄ぃ危ないっ!」


 ()()()いち早く反応して迎撃する。やっぱり音が聞こえる方法はある!

 だが先程の攻撃で再び引き離されてしまう。何か良い方法は……


「――兄ぃ、……しを置……一人――って!」


 断片的に聞こえる。自分を置いて一人でイレアの元に行けと。


「分かった、絶対迎えに来る!」


 俺はヒナの手を離し、全速力で駆け出した。



■□■□



「耳が……いや、周りの音?」


 リオにまた助けられた。いや、そんな事は今は良い。直前まで私は気付かなかったのだ。攻撃の音も二人の声も聞こえないのは致命的だ。


「しかも、この音っ……」


 頭にガンガンと響く、集中力をかき乱すような嫌な音だ。これも邪霊の攻撃なのだろう。


「精霊よ!」


 四方に氷の盾を浮かせ、死角からの攻撃に備える。離れてしまった二人はどこに……?


「いた、ヒナさん!」


 リオは一緒にいない。三人ともバラバラになってしまったみたい。


「たぶんリオは合流するつもりね……でも、この攻撃はっ」


 四本の腕を相手に立ち回るが、次第に追い詰められていくような感覚だ。


「――クリスタルバレット!」


 氷の弾丸でも撃ち抜けない。手数より威力が無いと駄目みたいだ。


「なら……アイシクルランス!」


 いける。一本ずつしか対処できないが、確実に仕留められる!


「精霊よ――貫け、アイシクルランス!」


 バシュン、と()を立てて先端の刃ごと腕が砕ける。


「もう一回!」


 何度もやるうちに視界が開けてくる。そうだ、二人は?


「――イレアっ!」


 ()が聞こえた。リオが呼んでる!


「――そっち――行……! ――御を……くれ!」


 防御。一瞬で判断して氷の盾を一斉に展開する。


「……! っ、待たせたイレア!」

「リオ! どうして声が!?」


 盾の中に飛び込んで来たリオを受け止め、状況を確認することになった。



■□■□



 一瞬だけ聞こえた敵の攻撃。その後に聞こえたヒナの声と再び聞こえなくなった事。最初は音がする方向から聞こえるのかと思ったが、そうでもなかった。


「この音さえ無ければ……!」


 迫る攻撃を躱しながら反撃のチャンスを伺うが……


「精霊よ!」


 水流を生み出し、至近距離で()なした時、


 轟、と耳元に音が。


「聞こえた!?」


 すぐに戻る金属音。でも分かった。精霊術を使った時だ。


「精霊よ――吹き散らせ、ミストパルス!」


 恐らくあの巨大な邪霊は精霊術のようなものを全方位に向けて放っている。それを別の精霊術で相殺した瞬間にだけ音が戻るんだ!


「早く伝えないと――」


 全方位に向けた霧の精霊術は一瞬で崩壊するが、その間は確実に音が聞こえた。その瞬間、聞き覚えのある声が。


「――アイシクルランス!」

「いた。イレアっ!」


 邪霊の本体の向こう側。氷の盾を周囲に携え、邪霊の腕を一本ずつ潰している。


「今そっちに行く! 防御をしていてくれ!」


 そう叫んで大きくジャンプ。空中でも追って来る腕を足場にして、要塞のようなイレアの盾の中に飛び込んだ。


「よしっ! 待たせたイレア!」


 咄嗟に俺の体を支えようとしたイレアに抱きとめられる形になった。


「リオ! どうして声が!?」

「精霊術で相殺するんだ。ピッタリ邪霊の方向に向けるか全方向にすれば……って、悪い、受け止めさせて」


 今更気付いた危ない体勢に慌てて離れる。そんな事をしてる場合じゃないが、ちょっと混乱した俺は「意外と体幹強いな」とか考えていた。すぐに無駄な思考を振り払う。


「で、どうするリオ? 今は盾を出してるから良いけど、このままだと攻撃できないし……」

「あ、ああ。俺だと射程が届かないからな。ヒナと合流しよう」


 盾の中に籠っていてはいずれ体力が尽きてしまう。その前になんとかしないと……


「俺がイレアと合流するためにヒナと一旦離れたんだ。まだ向こうにいるはずだけど」

「行こう。私が後ろで追撃を対処するからリオは先頭で走って!」

「分かった、行くぞ!」


 簡単なハンドサインを決め、盾を解除する。即座に迫ってくる邪霊の攻撃!


「――!」


 それを撃ち返すイレアからゴーのサインが。俺は立ち上がって無音の中を走りだした。




「ヒナ!」


 見つけた。やはりヒナも仕組みに気付いたようで、周囲に風壁を展開している。だが攻撃を防ぐので精一杯みたいだ。


「お兄……! 来――だめ!!」


 何を、と聞こうとした時――


 キイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィンンンンンンンン


「なんだ!?」


 再び強くなる金属音。後ろのイレアからも逃げろとのサインが……!


「クソっ、相殺できない! ヒナ、イレア!」


 次の瞬間。


「え――?」


 俺が気付いた時には空中を真上に吹っ飛んでいた。ヤバい、受け身がとれない。


「精霊よ――流泡!」


 水浸しになりながらも咄嗟に地面スレスレで止まれたが、他の二人は?


「ヒナ! イレア、どこだ!?」


 声がよく通る。もう耳障りな音はしない。しかし二人の姿が見当たらない。


「どこに行っ……あぶねっ!」


 目の前に一瞬で現れるような速さの刃を躱す。掠っただけでも倒れそうだ。


「どうする……俺一人じゃ無理だ……!」


 見上げる邪霊からは何本もの腕がこちらへ狙いを定めている。周囲は草原の原型を留めておらず、土は抉れ岩は砕け散っていた。イレアもヒナも、近くにいたはずのソージア先生も見当たらない。始めは邪霊の姿を隠していた巨大な岩も今や見る影も無い。

 失敗だ。明らかな判断ミスだ。功を急ぎ過ぎた。そんな考えが頭を(よぎ)りつつも、邪霊の攻撃は止まらない。


「……精霊よ」


 何度目かも分からない加速に足も耐えかねる寸前だ。必死に走って逃げる。我ながら惨めな姿だな。


「リオ……!」

「イレア!?」


 イレアの声だ。掠れた声の主はしゃがみこんで氷の盾で身を守っている。駆け寄ると怪我の具合がはっきりと分かる。


「ごめん、俺のミスだ。ヒナは?」

「ううん。ヒナさんは、分から、ない……」


 ゴホゴホと咳き込むイレア。さっきの場所からここまで吹き飛ばされたのだろう。片腕は力なく垂れ下がり、足からも血が出ている。


「逃げよう。邪霊はあの場所から動かないみたいだ。行けるか?」

「でも……うん。分かった」


 弱った体起こして俺の背に乗せる。ヒナは無事だと信じよう。今はイレアを助けるのが先だ。


「行くぞ。少し耐えてくれ――精霊よ!」


 今までで一番の力を込めて加速する。邪霊の攻撃が届かなくなる事を信じて俺は走り始めた。


「頼むぞ、()()……!」


 使うことになるとは思わなかった()()を握りしめて。



■□■□



「お兄ぃ! 来ちゃだめ!!」


 わたしがそう言った瞬間。


 圧倒するような金属音が鳴り響いた。


「嘘っ……! 精霊よ!」


 せめてお兄ぃだけでも。風壁をお兄ぃの周りに作れた事に安堵したわたしの体は宙を舞っていた。


「……ダメ、かも」


 来たる衝撃に備えて歯を食い縛る。迫る地面。ドスッという音が全身を貫いた時、わたしは意識を手放した。




「――い、おーい、――――」


 痛い。腕が、足が痛い。目は開かないし指先の感触も薄い。


「――きてって――ちゃん――」


 呼ばれている。最近聞いた声。ちょっと嫌な感じの声音。


「――妹ちゃん? 起きた起きた。でも怪我酷いなあ」


 ティフォ・ベント。またの名をティフォグランデ・ベント。お兄ぃのルームメイトで、わたしが嫌いなタイプのナンパ野郎。


「リオ君に呼ばれたから来たけど、こりゃ大変だ。よーし、後は俺に任せとけ!」


 でも、この時ばかりは救世主のようだった。

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