第2話 精霊術士の学園 中
やっぱり、こういう所は極東と変わらないんだな。ケルヤ先生に連れられて高等部の廊下歩く俺はそんな感想をもった。広さは違えど、学校というものはどの国でも同じらしい。
「うちのクラスは皆中等部から上がってきた子たちでね。編入生は君が初めてだと思うから、仲良くして下さい。変わった子はいるけど悪い生徒はいないから」
歩きながらそんな風に言われて少しほっとした。そうは言っても少し緊張していたからだ。
「着きましたよ。次は自分の授業なので最初に自己紹介をお願いします」
そうこう言ってるうちに教室に着いた。高等部の建物は迷うような造りにはなっていないみたいだ。教員棟の構造は安全のためと言っていたが、守っているのは恐らく教員棟にいる学長のような身分の高い人間なのかもしれない。
「皆さん、昨日お話した編入生を紹介します。さあ入って、リオ君。自己紹介をどうぞ」
教室に入ると、二十人くらいの生徒が一斉にこちらを向いた。ちょっと緊張する。
「ミヅカ・リオといいます。リオが名前です。えー、極東統治領から来ました。あとは、えっと……よ、よろしくお願いします」
人前で喋るの苦手なんだよ。そう思って教室の様子を伺うと、一拍おいて拍手が返ってきた。極東、と聞いて少しざわついたが挨拶は問題なかったようだ。心なしか肩の力が抜けてホッとする。
「最初は慣れないと思うから、皆さんで色々教えてあげてください。トーヤ、頼んでもいいですか?」
「わかりました、兄さん」
トーヤと呼ばれた生徒はケルヤ先生の弟のようだ。眼鏡以外はよく似ている。後で聞いたが、クラスの委員長らしい。
「僕はトーヤ・スオロン。先生の弟だけど、クラスメイトとしてよろしく、リオ君」
「リオでいいよ。こっちこそよろしく、トーヤ」
「さて、では授業を始めていいですか? 歴史の教科書を開いて下さい。リオ君はトーヤから見せてもらって下さいね」
自己紹介もそこそこに、最初の授業が始まった。
「今更だとは思いますが、新学期で最初の授業ですので精霊術の概要から始めましょうか」
精霊術。人が精霊を使役し、その力を使うものである。極東ではそう教わったが、こちらでも変わらないだろうか。
「我々精霊術士には、目に見えない精霊が生まれた時から体に宿っています。そして精霊と対話して生命力を流すことでその力を使うことができます。精霊はそれぞれ属性を持ち、その中で最も力をもつ四体は大精霊と呼ばれます。大精霊と対話できるのは、代々その力を受け継いでいる巫女のみと言われていますね」
表現に違和感があるが自分の知識とあまり相違はない。対話と言っているあたり、精霊に対する考えが国によって違うようだ。
「大精霊の属性は火、水、風、土。精霊もそれらと同じ属性をもちます。精霊術も基本的にはこの四つの属性に分類されますが、一人で複数の属性を扱える人や、中には二種類を複合した特殊な属性を使う人も存在します」
鋼や氷などが有名ですね、と先生は補足する。氷、と言った時に数人の生徒の目が一人の女子生徒の方へ向いた。人目を惹く長い銀髪の美少女である。何かあるのだろうかと思ったが、彼女は周りの視線を気にする様子はない。
「複数の属性や特殊な精霊術を使う人には複数の精霊が宿っているのか? それとも一つの精霊が複数の属性を持っているのか? この問題は今もまだ議論が続いている分野ですが……と、脱線しましたね。歴史の授業に戻りましょう。えー、教科書六ページから読みます。精霊術の始まりは諸説ありますが、起源は氷河の時代より前に遡ると言われ――」
先生の説明は続き、俺や気の散っていた他の生徒も再び黒板へと向かった。
歴史に続いて数学の授業も終わり、カーンカーンと昼休みの時間を告げる鐘が鳴った。気の早いクラスメイトは既に教室から飛び出している。ヒナが玄関で待ってるはずだと思って自分も席を立とうとしたら、隣の席からトーヤが話しかけてきた。
「授業はどう? 余裕そうだったけど」
「向こうでもう習った所だからね。難しくはないよ」
「歴史は復習だったけど、数学も? へえ、極東は進んでるんだ」
「母さんが厳しかったからだよ」
正直、彼の言う通り授業は余裕だった。これならヒナもついてこれるレベルだ。ここは公国トップの学園らしいが、俺とヒナが通っていた中等学校も国内ではかなり上位のところ。トーヤに嘘はついていないけど、俺たちがいた極東の学校の方が教育は進んでいるんだろう。
「昼休みだけど、どうする? 僕は食堂に行くけどリオもついて来る?」
「悪い、妹を待たせてるんだ。玄関に行かないと」
「妹さんもいるんだ? なら丁度いい。食堂は玄関出てすぐだから一緒に行こうよ」
真面目な性分の彼は、兄に頼まれた通り俺を案内してくれるようだ。
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「あ、お兄ぃ! ごはん食べよ! 昼休み終わっちゃうよ!」
玄関を出ると、はやくはやくとぴょんぴょん跳ねながらヒナが手招きして待っていた。さっき鐘が鳴ったばかりだというのに、もう中等部から走って来たのか? 元気な奴だ。
「おまたせ、学長には話しておいたよ。学生寮に入れてもらえるし、色々用意してくれるって。そっちは大丈夫だったか?」
「うん! 授業は大丈夫。友達もできたよ。それで、そっちの人は?」
そっち、と言われたトーヤはさして気にするでもなく自己紹介をした。
「初めまして。リオのクラスメイトのトーヤ・スオロンです。妹さん? よろしくね」
「うん。お兄ぃの妹のミヅカ・ヒナです。お兄ぃ、人見知りだからよろしくね!」
「こらヒナ、先輩だぞ?」
年齢関係無く誰とでも仲良くなれるヒナの欠点は敬語が使えないことだ。よく母さんにも怒られていたけど、礼儀が無い訳じゃないので本人も直すつもりはないらしい。あと人見知りは余計だ。
「いいっていいって。じゃあヒナちゃんも一緒に行こうか」
妹とクラスメイトと、やや奇妙な組み合わせでの食事となった。
崖を背にして高台に位置するこの学園は、正門から入ると正面奥に教員棟、右奥に高等部、左奥に学生寮、右手前にはグラウンドと演習棟、左手前に中等部という配置になっている。そして中心には講堂や図書館が併設された最も大きい中央棟があり、食堂もこの一階にある。敷地のどこからでも食堂が近いのは、建設者でもあった初代学長の配慮らしい。
「だから皆ここに集まって、昼はいつも混むんだけどね。今日はいつもより人が多いかな」
そんな話を歩きながらトーヤがしてくれた。彼は顔が広いようで、玄関からここまで何度も話しかけられてその度に俺とヒナは自己紹介をすることになった。申し訳ないけど到底覚えきれそうもない。
「それにしても凄い人数だな。何人いるんだ?」
今俺たちは食堂の一席で昼食を食べていた。味付けは慣れないが、彼お勧めのパスタもスープも美味しい。
「そうだね、生徒は学年にだいたい二百人、中等部三学年と高等部四学年で千四百か五百。教師と関係者を合わせたら、二千人くらいは学園の中にはいるかな。出入りする業者とか含めたらもっと多いかも」
「二千人! すごいね。極東だと多くても三百人くらいだったよ?」
「まあ、この国じゃ一番大きいからね」
驚くヒナに当然というように答えるトーヤ。この規模の学校は極東にはなかったので俺も驚いたが、同時に疑問も湧いた。
「それなら、学年で十クラスもあるのか? 先生も大変だな」
「いや、普通は一クラス四十人だよ。自分で言うのもなんだけど、うちのクラスは特別なんだ」
これでも優秀なクラスなんだよ、とトーヤは自慢げに言った。
「だからリオもちょっとした有名人だよ? うちのクラスの編入生ってね」
さっきやたらと話しかけられたのも、俺が噂になっていたせいらしい。こんな話、学長は全く説明してくれなかったな。
「へーっ、お兄ぃすごいじゃん! わたし聞いてないよ?」
「ああ、俺も初耳だよ」
「まあそんな感じだから、頑張ってね」
気楽に言ったトーヤは、少し声を落として続ける。
「それと……うちのクラスなら氷の姫の事は知っておいた方がいいかも」
随分と大仰な名前に、俺とヒナは眉を顰めた。
「姫って……凄い名前だな」
「渾名だよ。うちのクラスの人でね。氷の精霊術を使うんだ」
氷の姫。教室で一度見た銀髪の少女が陰ではそう呼ばれているらしい。彼女の名はイレアーダス・ウンディーノ。水の大精霊を持つ巫女の家系、ウンディーノ家の直系である。
「大精霊の巫女は分かるよね?」
「この国の支配者だって聞いてるけど」
「あはは、そうとも言えるかな。国の方針は巫女の四家が決めるからね。ただ、王政を覆した後の制度だから……人前でそうは言わない方がいいかも。巫女の家系の人とかは気にする人もいるからさ」
かく言う僕もノーミオ家の遠い親戚だけどね、と言うトーヤ。
「それはごめん。えっと、ノーミオって……」
「わたし知ってる! 大精霊の巫女がいる家が、火がサラマンド家、水がウンディーノ家、風はシルフィオ家で、土がノーミオ家でしょ? 確か学長さんの家もそうだよね」
「そうそう、よく知ってるね。ここの学長も巫女家の人が持ち回りでしてるんだよ。国の機関だからさ」
そうだ、今朝聞いた学長の苗字だ。学長の権力が強いのは職員室で聞いた話の雰囲気から感じたが、国の上層部どころかトップに連なる人のようだ。それにしても会った俺が忘れていたというのに、他の家名まですらすらと出てくるヒナの記憶力には驚かされるな。
「ヴィオテラ・ノーミオ学長は今もノーミオ家の当主様でね。影響力が強いから、今はノーミオ家の傍系の生徒とか教師が多いんだ」
一人の人間が主に使える精霊術の属性、つまり体に宿す精霊は基本的に一つと言われている。これはほぼ親からの遺伝で決まるので、この国ではそれぞれの巫女家を頂点とした同じ属性の術士による派閥が昔からあるという。トーヤとその兄であるケルヤ先生も、親と同じ土の精霊術が得意らしい。
「それでね、水と土の巫女家は昔からちょっと対立してるんだよ。だから彼女はここでの肩身が狭いみたい。それに彼女の氷の精霊術は僕達より遥かに強いんだ。そういうのもあって、演習の授業もいつも先生と組んでるし……」
いくつかの理由が重なって、彼女は孤立しているようだ。彼女自身もクラスメイトとあまり関わろうとせず、使う精霊術と至上の家柄、その性格も相まって「氷の姫」と陰では呼ばれているという。
「難しい立場なんだな。覚えておくよ。ありがとう」
「うん。僕も事務的な話しかしたことないけど、悪い噂があるって訳じゃないから。もし関わるなら普通に接してあげてね。あくまで僕達と同じ生徒の一人だし」
俺は真面目な上に優しい性格の友人を持ったようだ。そんな話をして昼休みは終わり、ヒナと別れて教室に戻った俺達は次の授業の準備をした。