第16話 機械仕掛けの大精霊と巫女の縁
大精霊の間の扉を開くと、入った時と変わらずリギスティアさんが待っていた。使用人も付けずに一人で謁見の間にいたようだ。
「対話は……できたのですね」
「はい。ありがとうございました」
やはり隠すことはできないようだ。俺が大精霊と対話したことは今の巫女である彼女には知られていると思っていた。
「この事は……」
「はい、分かっていますよ。巫女の名に懸けてこの件は内密にいたします。誰にも言いませんよ」
「ありがとうございます」
心配だったのは、巫女でもないのに大精霊と対話した俺をウンディーノ家がどう扱うかだ。だが彼女は秘密にしてくれるようだ。俺に隠している何かを知っていて俺を信用しているからだろうが、単に家や関係者を混乱させないためという理由もあるのだろう。
「他に私に聞きたい事はありませんか?」
「……聞いても答えてくれないんですよね?」
「内容によります。でもシオンさんから口止めをされていることがほとんどなので……申し訳ないです」
「いいえ。大丈夫です」
やはり母さんに会う必要がある。会って聞くべきことが沢山ある。その前に俺がやるべきは――
「――他の大精霊に聞いてみます」
「それは……残念ながら協力するとは断言できません。大精霊は巫女家の中枢。他家の大精霊について簡単に口を出すことはお互いにできないのです。タブーと言ってもいいでしょう」
伝手を借りられないのは仕方ない。まずは学長から辿って土に大精霊の巫女に接触してみるか?
「分かりました。自力でなんとかしてみます」
「困ったことがあれば何でも聞いて下さい。リオさんは……きっと他の大精霊とも対話することになると思います。こういった言葉は使いたくないのですが、運命というものでしょうか」
「運命……」
「縁、と言った方が正しいですね。貴方と母シオンさんは大精霊に大きな関わりがある。私は何も話せませんし、きっと知らない事の方が多いです。でも貴方ならいずれ分かるはずです」
引っ掛かる言い方だ。知ってるのに話せない。知らないけど分かるはずだと。「大精霊との対話」という母さんの使命。その本当の意味は、俺に隠してきた真実に辿り着くことなのだろうか。
「さて、もうこんな時間ですから食事にしましょうか。リオさんもご一緒にどうぞ。今日はもう遅いですし泊まっていかれますよね?」
「すいません、お世話になります」
そう言うと彼女は廊下に出て呼び鈴を鳴らし、すぐに使用人達が戻ってきた。
「食事の支度を。イレアも呼んできなさい」
「畏まりました」
「貴女はミヅカ殿を案内しなさい。彼が泊まるゲストルームの準備も任せます」
「畏まりました。ミヅカ様、こちらへどうぞ」
「あ、はい。巫女様、ありがとうございます」
使用人が戻った時から先程の柔和な雰囲気はなりを潜めた。彼らの前では体裁を保つ必要があるのだ。俺もそれに合わせるべきだろう。
使用人に案内され、俺は食堂へと向かった。
「リオ!」
食堂には既にイレアが着いていた。
「お疲れ様。その、お婆様はなんて言ってた?」
「大丈夫。俺のことは信用してくれるみたいだから」
「そっか、良かった……」
いつになく焦った様子のイレアだったが、俺の言葉を聞いて安心したようだった。随分と俺を信頼してくれているようでちょっと気恥ずかしい。
「他には何か聞かれた?」
「そうだな、やっぱり家族の事とか何故公国に来たのか質問された。あとはイレアと仲良くしてくれって言われたよ」
「……私と仲良くって、お婆様が?」
「ん? ああいや、社交辞令みたいな感じでな」
危ない危ない。イレアから見ればリギスティアさんは自分を家から追いやった張本人だ。親の心子知らずとは言うが、自分を想っているとは全く思わないだろう。このすれ違いには俺が口を出すべきではないな。どうしたものか。
「お嬢様、ミヅカ様、お料理の支度ができました」
そんな話をしていると、奥の厨房から出てきたコック帽を被った使用人が準備の完了を告げた。同時に部屋の扉が開かれ、リギスティアさん――今は巫女様と言うべきか――が入ってきた。隣に立つイレアが緊張するのが分かる。
「さあ、二人とも席に着きなさい。冷めてしまいますよ」
促されるままそれぞれ席に着く。食事中も学園での様子や俺の極東での話を聞かれたが、終始警戒するイレアと様子を伺うようなリギスティアさんに注目されて何を話したか全く覚えていない。会食はつつがなく終わったが、味には全然集中できなかった。たぶん美味かったと思う。
ようやく長い一日が終わりを感じて客室でくつろいでいると、ドアを軽く叩く音がした。こんな時間になんだろうか?
「――リオ、起きてる?」
「イレア? 今開けるよ」
訪問者はイレアだった。ドアの外を確認するが、使用人はいない。一人のようだ。
「ごめんこんな時間に。はい、これ預かってた鞄」
「おお、ありがと。こんなの明日でも良かったのに」
「ううん、話したいことがあったから」
そう言って備え付けの椅子に座るイレア。見慣れないパジャマ姿から少し目を逸らす。
「リオ?」
「いや、何でもない。話って?」
「えっと、まずは改めて来てくれてありがとう。そしてこんな事に巻き込んでごめん」
「巻き込むって、イレアは悪くないだろ」
「ううん、私と関わらなければこうならなかったし、疑われることもなかった。例えば違うクラスだったら……」
そうか、イレアは自分と関わることで面倒事に巻き込んだと責任を感じているんだ。だが、例えクラスが離れていても目的のために俺は打算で近づいた。謝られる筋合いは全く無い。
「イレア、もしクラスが違っても俺はイレアに話しかけたし、あの演習授業の時も絶対助けに行った。イレアは悪くないんだよ」
「うん……」
「だから気にすんな。その……」
あれ、俺いま結構恥ずかしい事言った? ヤバい、今更顔を直視できない……!
「リオ、どうかした?」
「いや、とにかく気にする事じゃないから! ほら明日は早いからおやすみ!」
「? うん、おやすみ」
ああもう、向こうは何も気にして無さそうなのが余計恥ずかしい。とっとと寝よう。
翌朝早くに起きた俺とイレアは再び霊動車で学園へと帰った。色々あり過ぎてよく眠れなかったけど移動中にまた膝枕のお世話になる訳にもいかず、その日の授業中は起きているので精一杯だった。
その日の放課後。ヒナを呼び、ウンディーノ家本邸であった事を全て話すことにした。一応は母さんの使命を果たしたのだが、俺達がやるべき事は増えたからだ。
「――で、お母さんはウンディーノ家とも関わりがあるってことね。それで?」
「俺達の父親も関係してるらしい。リギスティアさんは知っていると言ってた」
「お父さん!?」
「ああ、顔も名前も知らないけどな。だけど、それも母さんから口止めされてるらしい」
驚くヒナだが、それも当然だ。よりにもよって今まで考えもしなかった父親の話が出てきたからだ。俺の出生の話からしてエレメント公国の人かもしれないとは思っていたが、巫女と関わりがあるとすれば話は別だ。
「お母さん、何を考えてるんだろうね」
「分かんないけど……それを知るために大精霊と対話するのかもしれない」
「うん、そうかもね。それで対話はどうだったの?」
「それは――」
俺は大精霊の間での出来事をヒナに話した。時は昨日の謁見後に遡る――
■□■□
『機械仕掛けの大精霊、起動』
『ミヅカ・リオをマスターとして認証しました』
何が起こっている!? 今聞こえた「言葉」。生体コード、ユーザー認証、俺の名前。権限、上位ユーザー、そして機械仕掛けの大精霊。大精霊に一時的にマスター――おそらく巫女として認められたということか!?
「貴方が水の大精霊ですか? 巫女でもない俺がどうして対話できるんですか? そもそも巫女とはなんなんですか!?」
『��――に敬称は不要です。マスターの質問に回答します』
「今、なんて言った?」
『私は機械仕掛けの大精霊、コード・ウンディーネ。ミヅカ・リオをマスターとして承認したため、最上位管理端末へのアクセスが許可されました。巫女とは最上位管理端末へのアクセスが可能な者を指す通称です』
これが大精霊であることは間違いない。アクセス……対話することを指すのだろう。最上位管理端末とは目の前にある白い箱のことか? 問題は、何故俺が巫女と認められたのかだ。代々巫女家の女性にしか継承されないはずなのに。
「えっと、その管理端末ってのは――」
『マスターの質問に回答します。端末へのアクセスによる私との通信を対話と呼ぶ者が過去に多数存在します。最上位管理端末とはこの室内の固定オブジェクトです。上位ユーザーが登録した生体コードとの一致によってアクセスが許可されました』
「なっ……」
まだ口に出していない質問の答えが返ってきた。心を直接読めるのか? さっきから聞いているこの声も実際の音ではないのか?
『脳波の読み取り及び干渉する機能をオフにしますか? ここで得た情報は他のユーザーには公開されません』
「脳波……精神を読み取れるのか。いや、ちょっと気持ち悪いからやめてくれ」
『機能をオフにしました。音声認識によってのみ応答します』
ひとまず落ち着けるな。現状を整理しよう。まずこの白い箱、そしてその中身が水の大精霊であることは間違いない。そして俺が対話できるのは誰かが生体コードとやらを登録したから。また、大精霊は自身を機械仕掛けの大精霊と名乗った。人ではない。意思があるように感じるが……
「二つ質問だ。俺の生体コードを登録したのは誰だ? そして大精霊とはそもそもなんだ?」
『マスターの質問に回答します。生体コードの登録者は��――失敗、上位ユーザーによってブロックされています』
チッ、またか! 上位ユーザー……今の巫女のリギスティアさんか? 絶対に何かを知ってる様子だった。母さんもそうだが、俺に隠していることが多すぎる!
『マスターの質問に回答します。大精霊とは西暦��――に讖滓「ー莉墓寺縺代?螟ァ邊セ髴として――失敗、上位ユーザーによってブロックされています』
駄目だ、何も聞き取れない。唯一判明した「西暦」という言葉だが、これは氷河の時代以前に使われていた暦だという。大精霊がその時代から存在したという証明になるが、今更分かり切っている話だ。
「もういい、最後の質問だ。正式な巫女は今もリギスティア・ラバック・ウンディーノか? 急に巫女を継げなんて言われたらたまったもんじゃない」
『マスターの質問に回答します。現在のメインユーザーはリギスティア・ラバック・ウンディーノです。アクセス終了後にマスターの認証及びアクセス権限は解除されます』
「分かった。……いや、もう一つ最後に。情報をブロックしている上位ユーザーってのは、リギスティアさんの事か?」
『マスターの質問に回答します。答えは否です。また、その上位ユーザーに関する情報もブロックされています』
リギスティアさんではない。いや、さっきも俺の母から口止めをされていると言っていた。であれば、上位ユーザーとやらは母さんなのか? 断定はできないが、大精霊と対話しなさいと言った母さんは情報のブロックに関わっているはずだ。
「今の俺には何も分からないか……大精霊、また来る」
『ミヅカ・リオのログアウトを承認』
最後にそう聞こえて頭に響く「声」は消えた。物言わぬ箱に背を向けて俺は部屋を出たのだった。




