第14話 本邸へ
イレアから詳細を聞いたその日の放課後。ヒナばかりに任せる訳にもいかないと、俺自身でもウンディーノ家について調べることにした。とはいえ俺に放送委員のような権限は無いので、できることは図書館で歴史などを調べるくらいである。
「『エレメント公国の歴史年表』、『王政から巫女家による共和制への変遷』、『巫女家の歴史・ウンディーノ家編』……こんなもんかな?」
分厚い本を抱えて備え付けの机に向かう。寮に戻って読みたかったが、一部の本は貸出禁止なのだ。
「とりあえず現当主に関する記述は……あった」
リギスティア・ラバック・ウンディーノ。イレアの祖母であり、ウンディーノ家当主。御年七十歳で水の大精霊の巫女を長年務めており、四家の巫女の中では最も高齢だという。二十代の時に代替わりしてからその力は衰えを見せず、国家の長の一人としても現役で活躍しているらしい。とんでもないな。ちなみに名前の「ラバック」は巫女名と言って巫女であることを示すものであり、代替わりの時に襲名するらしい。
「性格は頑固一徹、国家と家の存続と安定を重視する保守派筆頭か……会うまでは分からないけど、難しそうな人だな。あ、長年ノーミオ家とは対立してるってのも書いてある。この辺も引っ掛かりそう」
俺の立場を保証しているのは母と懇意だったという学長、ヴィオテラ・ノーミオだ。対立は避けられないだろう。他にも色々と調べてみたが、現時点で有用そうな情報はほとんど見つからなかった。ただ、巫女家は当主の権力が思った以上に強いらしい。彼女に疑われれば一発アウトだが、逆もまた然り。気に入られるとは言わずとも、悪い印象を与えなければ十分だ。
「それはそうと、巫女家は氷河の時代の前から続いてるって言われてるけど記録が全然残ってないんだよな……」
パラパラと本を捲ってみるが、最も古い記録でも正確な歴史が書かれているは氷河の時代の後からである。それ以前の歴史は全く不明、というのがここでも極東でも共通の認識だ。でも記録の一つや二つすら残っていないのは不思議だな。
「……いや、今考えても仕方ないな。後はヒナに任せよう」
結局大した収穫もなく寮に帰ることにした。また夜遅くに帰ってきたティフォ先輩は酔っぱらっていたので、残念ながら話は聞けなかった。
二日後、週末の放課後。約束通り三人について調べてきたヒナを呼んで寮の自室で情報交換をする。ティフォ先輩がしばらく帰ってこないのは確認済みだ。
「まずはイレアちゃんだけど、調べる程の情報は無かったよ。公の立場がある人だからね。前にお母さんとお父さんを亡くしてるって聞いたけど、兄弟とかもいないみたい。今は本邸から離れて学園の近くに住んでるって。で、あとは親戚が二人学園に通ってるってのが分かったくらいかな。その二人とも特に交友は無いみたい。巫女については特に情報は無かったけど、まあ当然かな」
「仕方ないな。じゃあ次は……」
「ソージア先生ね。これはちょっと調べた甲斐はあったよ」
イレアについての話を切り上げて次に移る。普通の教師かと思ったら護衛、それも特殊な立場であったソージア先生はイレアよりも注意すべきだろう。
「ホムラ・ソージアは学園出身で去年の主席卒業生。現在は研修期間として授業の補佐をやってるんだって。得意な系統は火。この辺は誰でも知れる話だけど……」
「ウンディーノ家との関係については隠しているんだろうな。護衛ってことくらいは皆分かってるらしいが」
「うん。調べてみたけど、ソージア先生は出自が不明なの。正確に言うと、孤児だった先生をウンディーノ家が身請けしたみたい。護衛として育てられたって感じなのかな」
なるほど、他人とあまり関わらないイレアが親しく接しているのは昔から親交があったからだろうな。専属の護衛と言ってたが、先生が学生の頃からの関係だったのだろう。
「孤児ね……本人に聞く訳にもいかないし、イレアにでも探りを入れてみるよ。さて、最後はティフォ先輩だな」
「これがねー。分かったけど分からないっていうか」
「どういうことだ? とりあえず分かった事から教えてくれ」
一番気になる人だ。最近は毎日ベロベロになって帰って来るので話を聞き出せずにいる。何か話の取っ掛かりが欲しいところだな。
「えっとね。まず本名はお兄ぃが言ってた通り、ティフォグランデ・ベント。他の名簿にはティフォで載ってるみたいだけどね。親族の記載は無し。さらに出身はぼかしてあるけど国外らしいの。極東じゃないとしたら――」
「ドラヴィド国か。意外というか納得というか?」
ドラヴィド国。中央大陸の南部、世界一と言われる山脈の向こう側にある国である。極東統治領とエレメント公国のちょうど間に位置し、極東との国交は盛んだ。盛んとは言ってもエレメント公国と比べてという程度だが。
「ドラヴィド国、ドラヴィド国……すっごい昔になんか事件あったとか聞いたことがあるような……」
「俺は全然覚えてないけど……そう言えば学長が『一族諸共引き入れた』って言ってたな。先輩の家族の話は聞いたことないけど、探してみるのも手か?」
何かを思い出そうと唸るヒナ。ドラヴィド国のニュースは極東にもある程度伝わっていたが、何年も前の事を覚えているのだろうか?
「……一族……一族? あっ、思い出した! いつかは忘れたけど、確かドラヴィドから亡命した――」
「先輩のお帰りだぞーーー!!!」
バタン! と大きく音を立ててドアが開かれた。まずい、思ったより帰ってくるのが早かった!
「ヒナ、資料を隠せ!」
小声でヒナに言う。調べていることが知られるのはまずい。テーブルに広げた資料をまとめて目に付かない所にしまうが、
「おお? リ、リオ君それって……!」
しまった、見られたか? ヒナを背中で隠すように先輩に向き直る。
「いや、これはですね――」
「彼女!? リオ君の彼女なの!? いるなら教えてよ~先輩じゃん?」
「そっち!? いや、違いますから、妹です妹!」
「あ、そういう設定? 隠さなくてもいいってー」
駄目だ。バレなかったのは良いがこれはこれでめんどくさい!
「だからうちの妹ですって! ほらヒナ、自己紹介!」
「え? あ、えっと、妹のミヅカ・ヒナです。お兄ぃがお世話になってます!」
「えーホントに妹~? 証拠出せしょーこ!」
「本当ですよ! 母さん……はいないけど! なんなら学長でも連れてきましょうか!?」
「いやそれは無理でしょお兄ぃ」
「そーだそーだ、さっさと証拠出せー!」
背後に庇っていたヒナを押し出しても文句を付けてくる先輩。クソっ、証拠なんて……!
なんて思っていると、ヒナが懐から取り出したのは。
「はいこれ学生証。苗字一緒でしょ」
「学生結婚?」
「……お兄ぃ、もう帰っていい?」
「先輩、そろそろ怒りますよ。ていうか別に彼女くらいできたら言いますって。勿論今はいませんけど」
「なーんだ、つまんないの。できたらぜってー報告しろよな」
半目のヒナを後ろに下がらせ、大きく溜息を吐く。ようやく納得したか。
「チッ、酔っ払いはめんどくさいな……」
「あー舌打ちしたー! 先輩だぞー?」
うんざりして焦りも冷めた。先輩がしつこく俺に絡んでいるうちにそそくさと帰るヒナだが、今は仕方ないな。聞きそびれたことは明日にでも聞こう。
「ほら、とっととシャワーでも浴びてきてください。俺はもう寝ますよ」
「えー彼女帰っちゃったじゃーん」
「だから妹です!」
酒臭い先輩をシャワールームに押し込んで俺はベッドに潜った。酔っ払いの相手ほど面倒なものは無いな。
休日は急遽委員会の仕事が入ったというヒナと会うことができず、かと言って俺も夜はティフォ先輩に付き合わされたせいで時間もとれず、話の続きは聞けずじまいだった。色々と準備不足に感じるまま、俺はウンディーノ家本邸に呼ばれることになったのだった。
■□■□
そしていよいよ当日。午前の授業を終えた俺はそのままイレアに連れられて校門へ向かった。その際にまたクラスメイトがざわついていたが、噂がイレアの耳に入るのも時間の問題だろうか。
「今更だけど、何か持ってくるものとかあったか? いつも授業で使うものしか持ってないけど」
「特には。謁見の時は荷物はこっちで預かるよ」
「分かった。あ、武器も持ってきちゃったんだけど……」
「もしかして例のナイフ?」
忘れていた。邪霊の素材の武器は忌避されるんだった。今から寮に置いてくるほどの時間は無さそうだ。
「ああ、預けて大丈夫かな」
「家の人の目に付くのはちょっと不安ね……私が預かるよ」
「助かるよ。何から何まで悪いな」
「ううん、呼んだのはこっちだから。リオは気にしないで」
少しして迎えが到着した。運転手がいるところを見るに人力で動かす霊道具の車、いわゆる霊動車だな。極東でもそうだったが、霊動車を呼べるのは相当な金持ちか身分の高い者だけだ。ちょっと緊張してきた。
「乗って」
先に乗ったイレアが手を伸ばす。ひんやりとした手をとって俺も車に乗り込んだ。
舗装された道をゆっくりと進んで行く。ウンディーノ家本邸は公国の中でもかなり西の方にあるようで、到着までしばらくかかるらしい。イレアは寮生ではないが、本邸に住んでいないのは家の事情というより単に遠すぎるからみたいだ。
「ふぁあ、時間あるから少し寝ていいか? ちょっと寝不足なんだよ」
昨日も色々と調べものをしていたら寝るのが遅くなってしまった。先輩が帰ってくるのも遅いせいで最近は睡眠時間が足りてないな。トレーニングの時以外はつくづく迷惑な酔っ払いだ。
「うん。着く前に起こすよ」
「ありがとう、おやすみ……」
目を閉じると意識がスッと重くなる。揺れる車内と春の陽気は寝不足の体をすぐに眠りに落とした。
■□■□
――大勢の人が拍手を送る中、男は手を振って壇上から降りた。彼は――いや、「俺」だ。俺は仲間の中から歩み寄って来た一人の男の手を取り、強く握る。夢が叶った。そう噛み締めて彼の顔を見る。でも、その表情は……分からない。
男から目を逸らした俺の元に、人混みをかき分けて少年が駆け寄る。俺は少年の頭を撫でて何かを言った。断片的にしか分からない。でも、確かにこう言った。
「大精霊が完成した」と――
――嗚咽を堪え、「俺」はそれを手に取って立ち上がる。すぐにでも追手が来る。もうここには居られない。全てを持ち帰ることすらできない。
それでも。行かなければいけない。弔うのは、今じゃなくていい。俺じゃなくていい。いつか必ず。そう誓って重い足を前へ進めた――
――幼い頃からよく見る夢だと思っていた。俺が知らない人、知らない景色。でも夢じゃない。これは……誰かの記憶? 俺は「誰」の見た景色を見ているんだ――
■□■□
久しぶりに夢を見た。もう内容は薄れてしまったが、何かを思い出しそうなモヤモヤとした気分だ。少なくとも、楽しい夢じゃなかったな。
意識がはっきりしてくると姿勢が横になっているのに気付く。頭を支えるのは枕だろうか。イレアが用意してくれてのかもしれない。目を開けると、横向きの視界に鈴を転がすような声が降り注ぐ。
「――あ、おはよう。起こしちゃった?」
「おはよう……悪い、横になっちゃって……ん?」
体を起こし、頭のあった位置を見る。枕など無い。イレアが座っているだけだ。でも、俺は今確かにそこに体を横にして――
「ごめん、寝にくかった?」
一瞬で理解した。膝枕だ。少し傾いた太陽を見るに、かなり長い時間をイレアの膝の上で寝ていたのだ。恥ずかしいやらなんやら、顔が熱くなって目を合わせられない。
「いや、その、大変心地よかったと言いますか……」
「なら良かったけど。……リオ、どうかしたの?」
「大丈夫、ちょっとボーっとしてるだけだから! そうだ、そろそろ着く頃か?」
赤くなってるかもしれない顔を外に向けて話を変える。イレアは気にしてなさそうなのが余計に恥ずかしい。
「そうだね。もう起こそうかと思ってたから。ふふ、ぐっすり寝てたね」
「あ、ああ、そうだな」
正直、めちゃくちゃよく眠れた。頭の柔らかい感触がまだ残ってる感じがするけど、今は切り替えよう。もうすぐ謁見だ。切り替えなければ延々と気にしてしまいそうだ。
「お嬢様、ミヅカ様、到着いたしました」
広い庭を持つ豪邸の前に霊動車は止まった。高まる緊張を抑え、車から一歩を踏み出す。
手入れの行き届いた庭園を抜け、屋敷の中に案内される。行き交う使用人らしき人達にも注目されている気がする。いや、気のせいじゃないな。客人という立場があるからか、それともイレアがいるからか。あからさまな視線は無いが、こっそりと伺うような雰囲気を感じた。
「ではここからはミヅカ様お一人でお願いいたします。お嬢様はこちらへ」
「リオ、改めて今日は来てくれてありがとう。荷物は私が預かるよ」
「頼む」
短く答え、武器と鞄をイレアに渡す。使用人によって豪奢な装飾が施された扉が開けられた。いよいよだ。




