第13話 下準備
教室へ向かいながら考える。まずは目先の問題、ウンディーノ家からの招待についてだ。当然行くことは決定だし、そのようにソージア先生も伝えるのだろう。会うのはおそらく現当主である巫女、イレアの祖母だ。彼女について事前に情報を集めておく必要があるな。
そしてティフォ先輩のこと。早急に必要な事ではないがこれも調べるべきだ。経歴や出身、そして名前まで知らない事が多すぎる。あとは邪霊の出現や残骸が無くなったことも気になるが、こればかりは学長の言っていた調査とやらを待つ他ない。なんにせよ俺がエレメント公国に来てから初めて、確実に事態が動き出したと言える。
「ヒナに調べてもらうか」
放送委員の権限を使って調べられる事は全て調べよう。今日までの話も詳しくして、二人で作戦会議をした方がいいな。
色々と考えている間に教室へ着いた。まずはイレアに話を聞こうと思ったが、姿が見当たらない。次は演習授業だから先に移動したのかな……いや、机の荷物が片付けられている。
「あ、リオ。昼休みに用事って言ってたけど何かあったの?」
「ちょっと色々な。学長に話があってさ」
代わりに出迎えたのはトーヤ。用事について聞かれるが少しぼかしておく。俺とティフォ先輩が倒し、持ち去られた邪霊については口止めされているのだ。
「ふーん。そう言えば昨日の警報の事、知ってる? 邪霊が出たらしいね。寮にいる人は皆聞こえたって言ってるけど」
「あー、いや。聞こえたけど詳しくは知らないよ。ところでイレアは?」
知ってか知らずか、妙に鋭いトーヤの質問を躱してイレアの所在を尋ねる。朝は授業に出ていたけど、早退でもしたんだろうか? 出席を確認している委員長なら知っているはずだ。
「イレアさんなら帰ったよ。特に体調とか悪そうには見えなかったから家の用事かな。巫女の家は大変だね」
「ありがとう、でも次の授業は演習だったよな。どうしようか」
「今日は精密術式の授業だからペアはいらないと思うよ。時間も無いし、もう行こうか」
「今日の課題は物質の分離です。今から見せるのを各自で再現してみて下さい」
演習棟の実験室と呼ばれる建物の一室。その教壇に立つのは担任のケルヤ先生だ。手に持つのは密閉された瓶に入った茶色く濁った液体。説明によると砂利や細かい砂と水が入ったいわゆる泥水だ。
「精霊よ――」
濁った水の中から砂利や石が浮き始める。徐々に分離し上から大きい粒、下に細かい砂が溜まった。
「通常の沈殿とは逆の順序に分離してもらいます。方法は何でも構いません。直接砂を動かしても水を操っても良し。熱で対流を起こしても空気で間接的に動かすのも良いです。できた人から僕かソージア先生を呼んで下さい」
では始め、と言われて生徒達は各々教卓に瓶を取りに行った。
「はい、リオ。今日のは楽そうだね。いつも実戦の演習はキツいからよかったよ」
「ああ、そうだな……」
俺の分の瓶も取ってくれたトーヤにぎこちない相槌を打つ。さて困ったな。純粋な系統の精霊術、それも精密な制御は苦手なんだよな……
「リオ?」
「うん? いや、今からやるよ」
数分後、瓶を手に唸る俺をよそ目にトーヤの方はほとんど分離が終わっていた。流石優等生、しかも得意な系統だ。俺はというとさっきから大きい砂利が浮いたり沈んだりを繰り返している。
「うーん、もっと対象を限定してピンポイントに動かす感じで……」
「むむむ……」
トーヤがアドバイスをくれるが、今度は速く動かしすぎて水が濁ってしまった。なんとか浮かすことができたが、今度はこれをキープしたまま他の砂を分離しなければならない。
「頑張って、あとちょっと……あっ」
「あっ……!」
少し気を抜くとすぐに戻ってしまうのでやり直しだ。
結局チャイムが鳴るギリギリに合格点は貰えたが、実戦演習を見ている先生二人とトーヤの表情はなんとも微妙なものだった。
■□■□
「ホントだったんだね、こういう細かい精霊術ニガテって言ってたの」
「ああ、今日は疲れたよ……普通の演習授業の方が楽だな」
放課後。三限四限と連続の演習授業を切り抜けた俺はトーヤと共に食堂へ向かっていた。帰りにヒナを呼んでいるのだが、委員会の仕事で遅くなるらしい。暇つぶしに付き合ってくれるとのことだ。
「でも意外だよ。いつもの授業じゃあイレアさんと同じくらい強いのにさ。討伐隊だって参加してるんでしょ?」
「それとこれとは別っていうか、言っちゃえばケンカが強いだけなんだよ俺は」
「あはは、それでも求められるのは実戦の強さだからね。今のご時世は特にそうだし」
フォローするトーヤだが、後半の授業で出された課題も情けないものだったのだ。普段話さないクラスメイトでさえ様子を伺いに来るレベルで、ちょっと落ち込んだ。
「まあ多分来週はいつもの授業だろうからさ、元気だしなって」
「ありがとう。悪いな、ヒナを待ってるだけなのに」
食堂で軽食を注文し、適当なテーブルに着く。……まずい、奢ってみたはいいが財布が軽い。何かバイトを探さなければ。
「トーヤ、何かいいバイトって知ってるか?」
「バイト? 学園の方で募集してるのはたまに聞くけど、詳しくはないかな。先生に聞いてみたら?」
「ありがと。最近金欠でな。実はさ……」
ティフォ先輩とのトレーニングやその顛末を語った。そう言えばトーヤにはルームメイトのダメ男の話はしてなかったな。
「ティフォ先輩って、ティフォ・ベント!? うわぁ、そんな人と同じ部屋なんだ……」
「何か知ってるのか?」
「噂とか逸話はいっぱいあるよ。有名人だからね」
聞くと、風の精霊術においては右に出る者がいないとか、入学当初はやたら色んな人に戦いを挑まれては負け無しだったとか、たまに道端で倒れているとか……
「ともかく凄い人らしいよ。って、どうしたのリオ?」
「いや、ちょっとね……」
頭を抱えた。うん、昔の事は知らないがだいたい合ってると思う。でも外で倒れてるって……酒だよな、絶対。最近はちゃんと帰ってきてるか、もしくは呼び出されて迎えに行ってるけど、まさか寮に帰ってこなかった理由ってそれか? 冬とかそのまま凍え死ぬんじゃないか?
「まあ最近は大人しいって聞くけど、リオがいるからかもね」
「……そうかもな」
そんな話をしているうちにヒナと待ち合わせの時間が近づいた。トーヤと別れて俺は三階の放送室へと向かった。
「あ、お兄ぃ」
「お待たせヒナ。早速だがいくつか頼みがあるぞ」
放送室前の廊下でヒナは待っていた。予定より早く来たのだがそれでもヒナの方が早かった。昔から人を待たせるのが嫌いな性分である。
「分かった。でもまずはお兄ぃの話を聞かせて」
「そうだな。まずは昨日の話だけど……」
邪霊が現れたこと、ティフォ先輩と倒したこと、そして残骸が消えたこと。学長に報告した時に聞いたティフォ先輩の本名らしき名前、ウンディーノ家からの招待、ソージア先生がウンディーノ家の使者だったということ。今持っている情報を全て話した。
「えーと、じゃあわたしが調べるのはそのティフォ先輩って人とイレアちゃん、あとはソージア先生かな?」
「ああ。とりあえずその三人を頼む。優先度はティフォ先輩が最後でいいよ。招待の方はすぐだろうからな」
「うん。……お兄ぃ、いよいよだね」
「いよいよだ。思ったより早かったというか、色んな事が立て続けに起こって正直混乱してるよ」
そしてこれからさらに忙しくなるはずだ。そう思って二人で頷きあう。全ては母からの使命、「大精霊との対話」のために。
「そうだね、一日ちょうだい。遅くとも明後日までには三人のこと調べてくるから」
「上出来だ。頼むぞ、ヒナ」
「任せてお兄ぃ。わたしは実際には動けないから、こういう所で頑張らなくちゃね!」
早速とばかりに放送室に入っていったヒナ。扉を閉める前、帰る俺の背中に声がかかった。
「お兄ぃ、無理はしないでね。約束だよ?」
「心配すんな。危険なことはしない。ヒナも無理するなよ?」
「大丈夫、その辺お兄ぃよりしっかりしてるから!」
我が妹ながら自信満々である。今度こそ、じゃあねと声をかけて俺は寮へと帰った。
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翌日。教室に入ってすぐにイレアの姿を探した。すると向こうも気付いたようで、こちらに向かってくる。
「おはようリオ。ちょっと話があるんだけど」
「先生から聞いてる。詳しい話はイレアから聞いてくれってな」
ちらりと教室の様子を伺う。まだ授業までには時間があるな。
「今でいいか?」
「うん。ついて来て」
俺の手を引いて教室を出るイレア。向かう先は人の来ない空き教室だ。クラスメイトがこちらを見ながら何やらヒソヒソと話をしている。ああ、またあらぬ噂が立つんだろうな……
「どうしたの?」
「いや。なんでもな……くはないけど、気にしても仕方ないから」
首を傾げるイレア。よかった。本人に直接聞く勇気がある人がいなかったからか、単にイレアに話し相手がいないからか、噂はまだ知らないようだ。教室に着くと彼女は念入りに戸締りを確認し、扉にも鍵をかけた。やはり内密な話らしい。
「リオに……いえ、ミヅカ・リオにウンディーノ家本邸より招待があります。ホムラ・ソージアから了承の確認をとりましたので、正式に日時と場所を伝えに参りました」
いつもより一層冷たい表情に無意識に唾を飲む。今の彼女はクラスメイトのイレアではなく、国を統べる巫女家の令嬢、イレアーダス・ウンディーノだ。
「日時は五日後、月曜の午後。学園には早退の届けを既に提出しました。場所はウンディーノ家本邸ですが、昼休みに校門まで当家の者が迎えに上がります」
「分かりました。……他に何かあるか?」
「ううん、私からは何も。でもお婆様には失礼の無いようにお願い。あの人は……いえ、何でもないわ」
少し緊張が弛緩して、いつもの口調に戻ったイレア。過去の話を聞く限り、祖母には思うところがあるのだろう。
「一つ聞きたい事がある。何故、俺は呼ばれたんだ?」
ぴくり、とイレアの表情が動く。いや、理由はソージア先生から聞いて分かっている。だが改めて彼女の口からも聞いておきたかったのだ。
「――あなたが、極東統治領からのスパイではないかと、疑われているからよ」
「……っ、そう、か。そうだよな」
「待って、それはウンディーノ家としてのことで……私はリオを信じてるから。それは分かってほしい」
「そうか。ありがとな。でも巫女様は違うんだろ?」
イレアにそう言ってもらえて安心した。だが国に携わる者として俺を疑うのは当然の事だろう。ノーミオ家である学長の後ろ盾が無かったら、俺は学園に通うことすらできていなかったはずだ。
「そうね。一応私からもリオについては言ってあるけど……あんまり意味無いかもしれない。でもホムラ先生も分かってるし、安心して欲しい。お婆様も、先生のことは信用してるし」
「やっぱり、ソージア先生はウンディーノ家の?」
本人にも確認はしたけど、護衛以上となるとどういった立場なのだろうか。イレアに聞いてみたが、首を横に振られた。
「先生は私の専属の護衛。それ以上は明かせないわ」
「わかった。これ以上は聞かないよ。じゃあ当日は宜しくお願い致しますと伝えてくれ」
「うん。私からも、お願いします」
全てを知るには、信頼が足りない。いや、信頼を得るために俺は本邸に行くんだ。約束を確認し、俺達は教室へ戻った。




