第10話 自治組織
放送委員会。それは数ある学園内の組織の中でも特殊な立ち位置にある。生徒のみで構成される委員会でありながら、学園運営の一端を担っているのだ。主な活動は校内放送と緊急時のアナウンスであるが、そんな重要な役割を生徒に任せているのはとても不思議だ。
「先輩から聞いたけど、昔からの伝統らしくてね。わたしも最初びっくりしたよ」
今日の昼、「用事がある」と言って珍しく昼食を早めに終えてヒナは教室に帰って行ったのだった。その用事というのは放送委員の先輩に呼び出されていたことらしい。発端は今朝、ヒナが掲示板を眺めていた時だという。
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「うーん、ぜんっぜん面白そうなのないなー」
一限が始まる前の休み時間、ヒナは廊下の掲示板を見ていた。貼られているものは学内の事務的な連絡や天気の予報、邪霊討伐隊のお知らせ、そして大半を占めるのが部活動などの勧誘ポスターだった。高等部の方にも貼ってあるが俺は詳しく見たことが無いな。
「テニス、バスケ、フットボール、陸上……スポーツは興味ないしなあ。声楽、手芸、美術……ピンと来ない。精霊術研究会……はちょっと面白そうだけどわたしが入ってもなー……ん?」
その中に異彩を放つ張り紙が一枚。真っ白な面に太く黒い文字で「放送委員募集」と書いてあったのだ。他には一切の説明は無い。いや、下の方に小さく「中央棟三階放送室」と書いてあるのみだ。
「放送委員会? そっか、部活じゃなくてこういうのもあるんだ。めんどくさそ……」
「あら、うちに興味があるのかしら?」
放送委員の張り紙を見つめるヒナに話しかける者がいた。振り返ると、豪奢な金髪を揺らした女子生徒。制服からして高等部の三年生らしい。
「あ、ちょっと見てただけです。放送委員会の人?」
「ええ。わたくしは放送委員長のエスメラルダ・ヴィエント。あなたは?」
「ミヅカ・ヒナです。編入生で最近入学したの」
「ふふ、元気な子ね。……あら、あなた風の精霊術を使うのね? だったら放送委員会に入るといいわ」
ヒナが言うには、何となく優雅で威圧感のある人らしい。放送委員長ともなれば格が高い家柄の生徒なのだろうか? そして精霊術の系統を言い当てられてヒナは警戒心を高めた。精霊術に長けた者は自分と同じ系統の使い手は自然に分かるそうだ。端的に言うなら、彼女は強いということ。
「えっと、どうしようかな。とりあえずお話は今度で……」
「いいえ、今度と言わず今日のお昼にどうかしら? 放送室で待っているわよ。それではごきげんよう」
そう言い残して去ったらしい。周りを振り回すお嬢様タイプという印象だそうだ。しかしヒナとしても気になるので、昼休みに彼女を訪れる次第になった。
「失礼しまーす」
「どうぞー」
放送室は食堂や講堂、図書館がある中央棟の三階にある。普段は生徒の寄り付かない一番奥の部屋だ。他の部屋とは全く様相の異なる重厚な扉を開けると、中には数人の生徒がいた。
「ミヅカ・ヒナです。昼に呼ばれたんですけど」
「あら、いらしたのね。さあどうぞこちらへ」
入室を促したのとは別の声の主、昼に会った委員長が奥から顔を出した。
「なんだ、委員長のお客さんね。新入生?」
「あ、編入生です。二年だよ」
「……へぇ、例の。なるほどね」
「ルーさん、彼女の相手はわたくしがしますから。あなたは業務に戻ってちょうだい」
「はいはーい。君、ヒナちゃんって言ったっけ? 多分委員長の誘いを断るのは無理だから早めに諦めな。そうやって強引に入れさせられた人、いっぱいいるからね」
「お黙りルーさん。さあヒナさんこちらへ」
やや引っ張られるように部屋の奥に案内されたヒナ。ルーと呼ばれた女子生徒の言葉を聞いて、この時既に自分が放送委員に入らざるを得ないだろうと諦観したそうだ。
「えっと、なんでわたしを?」
「なんとなくですわ」
ソファーに座らされて、最初にした質問の答えがこうだったそうだ。
「さて、まずは放送委員の活動内容についてご説明いたしましょうか」
ああ、誘った理由は答えてくれないんだな、とヒナは思った。であれば説明を聞くのみである。切り替えが早いのは彼女の長所だ。
「放送委員会の主な仕事は大きく分けて三つ。教職員からの依頼による校内放送、緊急時の全校放送ですわ。もう一つは後ほど」
通常の校内放送は建物ごとに管理が分割されているらしい。中等部向けの放送が高等部や教員棟にされても無意味なので当然である。そして緊急の放送。これは中央棟のこの部屋から全ての棟への放送を行うという。
「委員は交代制で必ず常に二人この中央放送室に留まります。ですので当番中の授業は特例で免除されます。まあ優秀でない生徒はそもそも委員会入れませんので、ここは問題ありませんね」
「放送委員って何人いるの? 当番多すぎたら大変じゃない?」
「現在の委員は十七人。ほとんどの生徒は週一回、午前か午後の当番ですわ。これなら大丈夫でしょう?」
以前は二十人ほどいたそうだが、上級生の卒業で数が減ってしまったらしい。基本的に委員会は学年を跨いでも継続するため、人員確保は中等部の生徒から募っているそうだ。
「今年は良さそうな方があまりいらっしゃらなくて。ヒナさんが編入してくれて助かりましたのよ」
エスメラルダ委員長の中では、この時点でヒナが委員会に入る事は決定していたようだ。
「さて、放送委員になるメリットもお教えしないといけませんね。まずは勤めた年数に応じて卒業時に評価が加えられます。現在行われている討伐隊参加よりも評価度は高いのですよ」
ここはヒナはほとんど興味無かったそうだ。正直俺もヒナもこの国にいつまでいるか分からない以上、卒業時の評価への関心は薄いのだ。
「まあこれは大したものではありませんの。本当のメリットは放送委員に与えられる特権ですの」
「特権?」
「ええ。委員は放送内容の校閲という名目で、学園内の資料を自由に閲覧することができるのです」
学園内の資料。国家機関である公立学園には様々な機密性の高い資料も存在するのである。そんなものを一部の生徒に公開するというのだ。
「これは初代放送委員長が初代学長との契約で勝ち取った権利。もちろんただ見ることができるだけではありません。わたくしたちは資料の閲覧によって監査の役割を果たすことも仕事の内なのです」
「なるほど、自治組織を兼ねてるって事ね」
「そういうことですの。そしてわたくしたちは巫女四家からも独立した組織として成り立っています。この国にいる以上は全くの無関係とは言えませんけどね」
学園の運営には巫女家が大きく関わっているため、監査への介入を避けるために巫女の家系からなるべく遠い生徒を集めているのだという。人手不足の理由は、スカウトしたい優秀な成績の生徒ほど巫女家に近いかららしい。
つまり自分の存在は渡りに船という訳だ。そう理解して、ヒナは更に探りを入れる。
「なら、改めてわたしを誘った理由を教えて。……調べてるんでしょ?」
「――ミヅカ・ヒナ。兄ミヅカ・リオと共に極東からエレメント公国に来た。母ミヅカ・シオンは極東の軍人で学園長ヴィオテラ・ノーミオと懇意だと言われている。その伝手で我が校へ編入し、学生寮に入寮。同室はクラスメイトのミカラ・ウルカニアス。そしてイレアーダス・ウンディーノと共に邪霊討伐隊に参加。間違っているかしら? 巫女の家系とも縁が無く、風の精霊術を扱えるあなたを誘わないわけないじゃない?」
入るべきか退くべきか。一瞬で思考を巡らせる。相手は自分たちの素性をいとも簡単に調べ上げたのだ。それも思った以上に詳細に。相手が敵か味方かも分からない。近くにいれば兄と自分の目的を知られる可能性もある。しかし同時にこの特権は目的のためにも大いに利用できる諸刃の剣だ。つまり――
「うん、合ってる。ならわたしも委員長のこと、その特権で調べさせてもらおうかな」
「ふふふ、放送委員会へようこそヒナさん。早速仕事を覚えてもらいましょうか」
「あ、わたしの記録に『放送委員に強引に勧誘された』って追記しといてね」
「ええ。『本人の希望により』、ですわね」
こうしてヒナは一抹の不安を抱えながらも放送委員会に入ることになった。
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「――てな訳で放送委員会に入ったの。ごめんね、ほんとは断った方が良かったかもしれなかったんだけど」
「いや、それは仕方ない。でも入ったならどうすべきかは分かるな?」
「うん。調べられる事はわたしに任せて」
聞く限りでは放送委員会とは放送の機能を持った自治組織という事だろう。少々厄介だ。行動する際に巫女家の他に注意しなければいけないものが増えたということである。いや、元々あったものを知れたと考えれば良いのだろうか? なんにせよ、使えるものは全て使うまでだ。
「早速その先輩、エスメラルダ委員長について調べてみたの」
エスメラルダ・ヴィエント。風の巫女家、シルフィオ家の遠い親戚だが関係はほぼ断たれているらしい。彼女は高等部の三年生。成績は優秀で精霊術の腕はトップクラス、中等部に入学した時から放送委員に抜擢され、去年から上級生を差し置いて委員長になった。教師からも生徒からも一目置かれている才女である。入学前の記録は残念ながら見れなかったようだ。
「この学園には生徒会は無いから、放送委員長の彼女が実質生徒会長のようなものなのか」
「うん。実は学園ができた最初は生徒会ってのもあったけど、生徒会長と放送委員長を一人の生徒が兼任してたんだって。それでメンバーもほとんど同じだった生徒会の方は形骸化して、放送委員会が残ったらしいの」
「なるほど、そういう事情か。まあそんな事はいい。とりあえずその委員長は要注意だな」
「もしかしたらお兄ぃの方にも接触してくるかも。気を付けてね」
放送委員の内部事情を知れた事は大きい収穫だ。しかし引っ掛かるものがある。エスメラルダ・ヴィエント。風の精霊術に長けた女子生徒。そして彼女と本来は同学年の男、ティフォ・ベント。同じ属性の精霊術を扱い、苗字も似ている。何か繋がりがあるのか……?
「勘繰りすぎか……」
考えても分からない無駄な思考は振り払い、俺とヒナは久しぶりに二人で買い物に出かけた。なんとなくモヤモヤを抱きつつも、時間は流れていくのだった。
そして事態が動き始めたのはその一週間後――邪霊が再び学園に現れた時であった。




