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中辛

歌がじょうずなカエルの話

雨の季節のお話です。


鳥や大きな獣から身を隠していたカエルたちは、雨の気配を感じると

アジサイの下へ這い出てきて、いっせいにゲコゲコと歌い始めます。


でも仲良く合唱しているわけじゃありません。


カエルたちにとって、空気に湿りのあるわずかな時間が

女の子をデートに誘うチャンスなんです。


歌がじょうずなカエルくんもアジサイの葉にぴょんと跳び乗り

お気に入りの蝶ネクタイを整えてから、ひとつ咳払いをして声を張り上げました。


葉っぱの上にいるカエルくんからは下の様子がよく見えます。


地面に近いほうのカエルたちも周りに負けじとゲコゲコやっていますが

あんな調子っぱずれじゃ女の子は振り向かないでしょう。


この一年間、彼らはいったい何を練習してきたんでしょうか?

ヘタっぴだなあ、とカエルくんが思っていると

頭上の葉っぱでも別のカエルたちのゲコゲコが始まりました。


上から聞こえるゲコゲコのじょうずなことといったら

カエルくんの耳にも惚れ惚れするほどで、とても太刀打ちできそうにありません。



ここでカエルくんは気がつきました。

そもそも“じょうず”“ヘタっぴ”とは何でしょうか?



下の葉っぱにいるカエルたちのゲコゲコをカエルくんがヘタっぴだと思っているように

上の葉っぱにいるカエルたちは、カエルくんのゲコゲコをヘタっぴだと思っていることでしょう。


ひょっとしたら、カエルくんの上の葉っぱのゲコゲコを

さらに上の葉っぱにいる、もっとじょうずなカエルたちがヘタっぴだと思っていて

さらにその上にも、もっともっとじょうずなカエルたちがおり


アジサイの葉を上へ上へと辿ってゆくと、どこかで茎が一周し

いちばんじょうずなゲコゲコのてっぺんが

いちばんヘタっぴなゲコゲコの底につながっているのかもしれません。


……というのは考えすぎですが、じゅうぶん上の葉っぱから見下ろせば

自分の歌をじょうずだと思っているカエルくんだって、とんでもなくヘタっぴでしょう。


つまり、カエルくんはただ自分を基準にして

周りのゲコゲコを「じょうずだ」とか「ヘタっぴだ」とか勝手に決めつけているだけなんですね。

上も下もないのに。


女の子達からの評価も同じことで、カエルくんのゲコゲコを評価する基準は

それぞれの女の子自身の好き嫌いにすぎません。


ですからカエルくんは、誰かを見下すのも妬むのもやめて

カエルくんだけのゲコゲコをひたすら磨き上げることにしました。


おわり

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