山賊の砦~竜牙兵の下位互換
山賊の一員マグは森の中を必死に駆けていた。
《村の連中が腕ききの用心棒を雇っている》
この情報を山賊の仲間に伝えるために。単純に仕掛ければ大きな犠牲が出かねない。しかも投げ槍という遠距離攻撃の手段まであるとなれば一方的に攻撃されかねない。
ならばこちらも情け容赦をすべきではないだろう。始めからお頭の切り札を使って蹂躙する。
食料とオンナと少しの金品を寄こせば許してやったのに。カワイソウだが村に火をつけ徹底的に破壊し尽くしてやる。
厄介な用心棒は陽動でおびき寄せる。あるいは小娘を人質にとって撹乱してやるのもいい。
そうしているうちに村が焼かれれば護衛は失敗となり。奴らの面子も丸つぶれだろう。
直接仕留められないのは残念だが、山賊には山賊の戦い方がある。
「この走り方なら山賊か」
「へっ!?」
小さなつぶやきと同時に首筋に冷たいものが走る。振り向いたそこにはギドをなぐりはじき飛ばした男がいつの間にかたたずんでいて。
それを威嚇する間もなく全身に冷たいものが広がっていった。
短剣についた血をぬぐいながらウェアルは山賊の片割れが確かに死んだことを確認する。
中型サイズのモンスターまでなら対抗できるように、機動力に秀でた下級のシャドウは槍を持ち槍術を修める。
とはいえ槍に固執して刻を失うなど論外だ。速さが求められるときは槍を放棄する。
幸いここは木々が生い茂っているのだ。運が良ければ隠した槍を回収できるだろう。
「さてどうするか」
単独行動などすると独り言が多くなって困る。
そんなことを考えつつもウェアルは山賊の分析を始めた。
傭兵ならともかく山賊なら遊撃でなんとかなるだろう。頭目の首を取れなくともザコをそれなりに始末すれば逃げ出す確率は高い。
それなりの人数をまとめるなら襲撃・人員損耗のコストを考えねばならない。偵察員も送ってきたし頭のすみまで血に飢えた狂戦士が指揮をとっている確率は低いとウェアルは考えた。
「だったら俺一人でもなんとかなるだろう」
自分が通り過ぎた村が壊滅した。お館様が治めるウァーテルの食料庫となるべき農地が廃墟となるなどウェアルにはとうてい認められることではない。
「勇者の卵なら正義のために戦うんだろうがな」
下級シャドウにすぎない自分がセイギのために生きることは不可能だ。何故ならシャドウは正義の勇者から討伐される存在なのだから。
そんなことを考えつつウェアルは山賊の攻略を開始する。
山賊の逃げる方向と地図によって奴らの拠点は既に当たりをつけている。あとはいかに先んじて索敵を行えるかだ。
もっとも単独では全てのリスクに対応するなど不可能だ。多少は運頼みの面があることをウェアルは考えないようにした。
そして数分後。ウェアルはどうにか山賊たちの拠点となったさびれた砦を発見する。
「お~い、そっちはどうだぁ!」
「何もねぇ!くそっ、酒ぐらいねぇのか」
「へっ、ばぁ~か。そんなお宝あるわけねぇだろうが」
山賊共の大声が聞こえる。その内容から察するに移動してきたばかりの連中らしい。移動で疲れているうえに拠点となる砦を探検しているありさま。
とはいえ飢えた奴らは凶猛だ。物資が少ないなら物語によくある〈酒を飲んで眠りこけている〉などという状況は期待できない。
一人だけのシャドウとしてはもう少し人数を減らしてからでないと、突入は無謀というモノだ。
【生還】を厳命されているならなおさらだろう。
「やむを得ないか。他力本願の力に頼るのは業腹なんだが」
ましてそれが義姉たちの功績・特権によってもたらされたものだとしたら。男、義弟どちらの立場でもその力をふるうのには抵抗がある。
とはいえ村一つの住人の命やお館様の利益と比べ天秤に乗せる価値のあるものではない。
ましてや聖賢の担い手様が【アレ】を売買していることを考えればウェアルの意地を優先できる機会は皆無に近いだろう。
「迷っている時間も惜しいな。もしも賊の別動隊が《食料調達》なぞしていたら全てが徒労だ」
万が一の可能性に怯えていたらきりがないがその〈もしも〉の確率は決けっして低くはない。
そう考えたウェアルは地面に簡易の術式陣を描いていく。そうして陣の八角に支柱となる骨釘を突き立てた。さらに核となる中央に呪符を安置してから最上の鱗を持つ生き物の欠片を重ねた。
「準備は完了。行くぞ『ドラゴントゥース!スパイダートゥース!!スパイダーリボーン!!!』」
ウェアルに残された少ない魔力が術式陣を起動させる。
それによって八角の骨釘は脚と化し。中央の欠片は身体を構成して呪符は血と連眼へと変じていった。
「よし。どうにか完成と」
それは両の手のひらを合わせた大きさの蜘蛛鬼だった。表面にクモの体毛はなく、骨が筋肉も兼ねている。だが骨アンデットの穢れはなく、むしろ地精の霊気を放っている。
それは竜牙兵の下位互換とでも言うべきもの。二足歩行どころかヒト型を直立させることも断念した獣の使い魔だ。触媒に付与儀式を行っていれば魔力の低い下級シャドウでも使役できる改造式鬼とも言う。
「霊糸をこちらに」
「ギィッ」
蜘蛛鬼の尻から一本の糸が放たれる。それはウェアルの利き腕に巻き付いてから装束の繊維へと接続された。
「右っ、左っ、前、後ろ」
「ッ、ッ、’’、::」
霊糸を通じてウェアルの指示に式鬼が従う。
仮にも竜牙兵に属する使い魔が糸伝達とはソーサラーが目の当たりにしたら情けないと笑うだろう。
だが世の中には他者の魔術に干渉して操作を奪うようなリッチーより凶悪な理不尽がいるとか。
よって速さを重視するウェアルのようなシャドウが義姉の魔術に頼り切りになるとき。こういう安全策も必要となるのだ。
「よし、動作に問題はないようだな。それじゃあ頼むぞ相棒」
「ゴォォォ」
そうして一人と一体は山賊の拠点となりつつある砦へと忍び込んだ。