狙われている村
都市ウァーテルを出発したウェアル。
いきなりの単独行動に加えろくな準備もできていない。荷物を渡され義姉の一人に挨拶をしただけ。
これだけで〔薬師と薬草を広域で確保可能な状況を作れ〕などという聞いたことのない任務に従事しなければならない。
はっきり言って不安だらけだが下級シャドウにとって命令は絶対であり、何より大きなチャンスだ。
ならばウェアルがするべきことは一つ。
『旋風閃』
機動力に特化した身体強化の術式を使う。できれば夜陰に乗じて秘かに出立したい。だが隠密より速さを優先するから旅の荷物を即時、渡されたのだろう。
そう理解したウェアルは加速した身体の勢いのままウァーテルの城壁を駆け上がる。そうして背負った槍、荷物もろとも都市の外周へと跳躍した。
数刻後
目の前には地図に記されていたとおりに村がある。ウァーテル近隣にある村だけあって不穏な空気が漂う。そこでウェアルは早急に決断を下すことを迫られていた。
風属性でありスピード、索敵能力に優れている標準的な下級シャドウであるウェアル。その感覚が村をうかがう山賊の気配を捉えていた。
ウァーテルに食料を供給するはずの村を狙う存在を発見した場合。三人一組のチームなら村を防衛するか、報告しつつ様子を見るべきところだ。
しかし今のウェアルは一人きりの単独行動。挟撃・包囲されていればればかなりの村人に被害が出る防衛は無理だ。
そして中級シャドウならともかく今の自分が一人で戦って山賊に勝てる保証はない。そんな犬死は誰でもごめんだろう。
では村人に声をかけて協力を仰げばどうか。
[村人の皆さん。山賊が襲ってきます。逃げるか村の守備に協力してください]
[何だと!それは大変だ]
[ところでアンタは誰じゃ]
[私の名はウェアル。悪徳都市ウァーテルを陥落させた聖賢イリス様の配下です]
[・・・・・・・・・ッ!?]
[それはあれか。ウァーテルに食料供給をして安全を確保していた契約がなくなるということか]
[そんなことよりまたウァーテルをめぐって争いが始まるぞ。略奪兵とモンスター。どちらかか両方が押し寄せるか知れたものではない!]
今のウェアルの身分ではうさんくさい冒険者より下手をすると立場が悪い。幸せかはともかく今日まで安定していた村に嵐をもたらす確率が高い勢力の一員なのだ。
万が一協力を仰げても不信感で瓦解しかねない自警団を指揮するなど御館様ぐらいにしかできない奇跡だろう。
「はぁ~~~」
先祖の密偵。城砦以外にまで放火して〈軍事行動〉〈戦士の誇り〉などと言えた者がうらやましい。
ウェアルの祖父母たちの世代でそんな賊徒の仕事からは足を洗った。とはいえ昔なら〈身の安全と報告が最優先〉と誰はばかることなく言えただろう。
しかし今のウェアルは聖賢であり可能性の粒をすくいあげる御方に仕える者の末席だ。
「『旋風閃』を使えれば楽なんだがな」
任務の秘匿性を考えれば義姉の一人に挨拶することも本来は控えるべきだった。だから身体強化による加速で城壁を飛び越え同僚にも見つからないようにしたのだが。
どうやらそれが仇になったらしい。ウェアルは切り札の術式を使えない不利を少し嘆いた。
山賊団。町から追い出されたゴロツキ、敗残兵が徒党を組むモノとは一線を画す山に生きる武装集団。
それの活動には様々なものが必要だ。指揮能力のある頭目。にらみを利かせる腕利きの戦士。あるいは策を練り山中での生活を少しでも快適なものに変える策士や交渉ができる者。
そして何より大事なのが偵察技能に秀でた者だ。
大商会や通行する者を手あたり次第に襲っていたらエモノは逃げだし討伐依頼も早く要請される。
それを避けるためにエモノの見極めは山賊にとって最重要の仕事だ。
他にも山に不慣れな騎士団が地形を探るため探りの人員を派遣したら速やかに発見する。そうして狩場を移すのが山賊の生存術だ。討伐の軍とまともに戦うなど戦力評価もできないノロマのクズと断言する。
「とはいえ背に腹は変えられねぇ」
天候、モンスターの異常行動にしつこい復讐者。《想定外》のトラブルで移動を余儀なくされた山賊団は農村で食料調達をするしかない状況にあった。
本当に残念である。ウァーテルという闇の勢力圏で中途半端は許されない。食料を頂戴したら山賊団の痕跡を消すためタチの悪いモンスターを呼び込み襲撃の痕跡を消す必要がある。
「本当に残念だぜ。ゆっくりなら色々と搾り取ってやれるのによ」
「・・・・・」
「ッ!?なんだてめぇっ、ガッ!バァ!!」
首筋に衝撃を感じたと思った次の瞬間に相方の怒声が響く。それを確認しようと首を回しかけたところで男の意識は永遠に途絶えた。
【情報を知るものは全てを操る】
軽々しくそんな内容のセリフを吐く連中は多いがイコール情報戦ができるというわけではない。たいていのエセインテリは丸腰に近い情報弱者を手札の数で蹂躙することを《諜報戦》とか言って自分讃歌をさえずる。
この偵察をしている山賊二人。日々の生活に追われている村をのぞき見しているゴロツキもその類だろうとウェアルは確信した。
何故なら偵察中に欲望の言葉を垂れ流しているから。
「目標補足。投槍、射!」
発見した山賊二人の片割れを狙って槍を投げ撃つ。
林の木々に身を隠す的に対して投げ槍を当てることはウェアル一人の武力では四回に一回当たればいいほうだった。
とはいえ風の術式でサポートすれば命中率は四回のうち三回。そこから徐々にサポートの比率を下げていけばウェアルの技量でも命中率は上がる。かくして投槍の軌跡は山賊一人の首筋をえぐり裂いた。
「ッ!?なんだてめぇっ
誰何の声を上げる男。だがその瞳は林の中で投じられた槍にくぎ付けとなっている。飛び道具を投じたウェアルの姿を捕捉しようともせずのんきに驚いている賊の脇腹に風属性の拳が吸い込まれていった。
ガッ!バァ!!」
骨を砕く感触が右手に伝わる。その瞬間にウェアルは右手を引きつつ、左手の掌底で男の体をはじきとばした。その衝撃で山賊の偵察役は茂みへと転がっていく。
その無様な様子にウェアルは一応声をかけておく。
「私は武者修行中の武術家だ。村をうかがう貴様らは何者・・・」
ウェアルの話が終わるのを待たず生き残った山賊は脱兎のごとく駆け出す。かなりのダメージを与えたはずだが、そのスピードはなかなかのものだった。
まあ槍を投げて所持していたから足の速さは大したことがないと判断したのだろう。
猛犬の勇者でもなければ槍を持ちながらの疾走などできるはずがないのだから。