C.ヴァルキリーの家族事情
シャドウの幹部、四凶刃の水の名を冠する蒼叉。
ウェアルに特殊任務の命を下した彼は可能な限り速やかに主のカオスヴァルキリーのもとへと向かった。
主君が真に望むことへの幕が切って落とされた。そのことの報告を行うために。
ウァーテルの政庁。その最奥にある一室の扉を蒼叉はゆっくりとたたく。
「イリス様、蒼叉でございます」
「入っていいよ~」
気の抜けた返事を返すのは金髪を肩口で切りそろえた娘だった。
少女ではない。だが成人したばかりの女性といった感じの娘が、執務机の椅子に座り片手を天井にかざしている。
その光景をこの部屋の元の主が見ればどう思うだろうか。
「ご下命どおり、ウェアルを在野に放ちました」
「ご苦労様。何か言っていた?」
「いえ、何も。やりがいのある任務をいただき勇んで旅立ちました」
だが他人や負け犬がどう思おうと蒼叉をはじめとしたシャドウにとってはどうでもいいことだ。
今までどおりお仕えし、今まで以上にシャドウが役に立つことを示す。
そのためなら蒼叉たち幹部は手段を選ぶ気などなかった。
「そうなの?・・・・・外に旅立って〈ハーレムを作れ〉なんていう任務、まじめなみんなは嫌がると思ったんだけど」
若い娘にあるまじきセリフが飛び出る。事実、この部屋で主君の護衛に就いている二人の女シャドウは表情を固定させて必死に動揺を押し隠そうとしている。
だが気配を探り眼球運動から情報を得る術をこころえている者にたちとって、彼女たちの胸中は明らかだった。
《聞いてない。私たちは一切何も聞いてない!!》
《ここは命をかけて諌言をしないと。ああ、だけど蒼叉様がご存じなら姫長も納得しているはず。どうすれば、いったいどうすれば》
仮にも側仕えを許されるシャドウの舌が軽いとは誰も考えていない。
だが今後の布石と彼女たちの精神安定のために。少々、露骨だが説明の必要性を蒼叉は感じた。
『よろしいでしょうか、イリス様』
『いいよ~。ボクたちヴァルキリーの事情だからね』
幹部用の秘匿フォトンワードで主君と刹那で意思疎通を行う。
こうしてカオスなヴァルキリーの事情が語られた。
カオスヴァルキリーという種族がいる。彼女たちは武術と魔術の両方に優れ、さらに【戦争】に勝つことを旨としている女系種族だ。
ここでいう戦争とは自分と仲間の命を左右するあらゆる戦場をさす。〈経済〉〈情報〉はもちろんのこと。〈技術開発〉〈芸術〉をはじめとしたあらゆる分野での勝利を渇望し追い求める。
それがカオスヴァルキリーという【戦争】種族だ。よって戦争に勝つのに必要な人員には敬意を払う。 彼女たちにとって補給要員や文官に対する嘲りは、唾棄すべき未熟と同義なのだ。
「そんなボクたちだけど無敵じゃないし、常勝には程遠い」
カオスヴァルキリーは人間と比べ隔絶したレベルの魔術が使える。
魔術を絶対と考えず。視線の魔力に干渉して事実上、他者の魔術を乗っ取る。そんな芸当を武術、魔術を併用するものが行う。
神代の魔女ならともかく魔術騎士モドキがそれをやってのけるのだ。
人間の魔術師にとって不条理・理不尽が横行していると言っても過言ではない。
「だけどそれには大きなデメリットが伴うんだよ。
出産率の低下。それにより次代の弱体化は避けられない。遠い未来では滅亡もあるかもね」
「そのようなことありえません!」
蒼叉のセリフが空しく部屋に響く。
フリー英雄の伴侶は上位の妖精族だったとか。彼女たちは永遠の命と高い魔力を持っていたが、次世代が誕生しないことに苦労していたとか。
その逸話を知り簡単な計算ができれば蒼叉の否定は空虚な追従だろう。
カオスヴァルキリーに永遠の命はない(ということに)なっており機会は無限ではない。加えて魔術を使いやすくなるよう身体が最適化して。術理の頂を求め本能的な色欲も抑えられる傾向にある。
古代種が子孫を増やせないことを偉そうに指摘できない。それがカオスヴァルキリーという種族だ。
「だけどボクたちは戦争種族。あらゆる戦場で勝利する!!」
カオスヴァルキリー。通称C.V.は血で血を洗う戦場でも生きる種族だ。
他者の役職に敬意を払うとはいえその階級は軍人のそれであり戦闘時の役割も細かく分化している。
はっきり言えば出産、子育てを問題なく行えるC.V.も多数存在するのだ。
同時に《力を高めるのに色恋など不要》などと負け惜しみを言う。未来を見据えず育児に〈はっきりと問題〉がある上級C.V.で戦闘力が高い者も少なくない。
「さすがはイリス様。微力ながらその勝利を得るのに協力させていただきます」
「「・・・・・・・・・・・・・」」
ウルカとサキラ。側仕えを許された女シャドウ二人は〈おべっか〉をただ言うだけでは駄目だという、ロクでもない事実を目の当たりにしているようだ。
この虚ろな空気に表情が弛緩している。ならばきっと育児が不得手であろうC.V.がこの部屋にいるなどとは思うまい。
蒼叉はそう自分に言い聞かせ幹部として汚れ役を務める。
「ちょうど我々シャドウも子供の少なさに悩んでおりました。ハーレムはともかく奴が旅の途中に一夜の過ちを犯すこともあるでしょう」
女の敵に等しいセリフを蒼叉はのたまう。姫長が絶対権力を握っているシャドウにおいてそのセリフは誇張の欠片もなく命がけだった。
だが絶対の忠誠を誓った聖賢イリス様の願望をかなえるため蒼叉は己の未来を閉ざす覚悟で嵐の海へと飛び出す。できれば別件で命を賭けたかったと思いながら。
「そううまくいくかなあ?
まあボクとしては彼が成長してC.V.パーティーの愛人になるのが理想なんだけど。そこまでいかずともお堅い君たちが少しハメを外せるようになれば御の字かな」
「「・・・・・・・・・・」」
女シャドウ二人の瞳から光が消えていく。蒼叉はそこから内心を読み取るのをあきらめ、自らの無事を応えることのない神に祈願した。
「そうすれば(蒼叉君みたいに)酒の勢いで何とかなるからね。子育てはC.V.パーティー全員でやればいい。戦闘力の高いメンバーが稼いで子供好きのC.V.が子育てをする
これで君たちも逢瀬を楽しめること間違いなし」
「「・・・・・」」
「イリス様。それは男シャドウのことをご理解していません」
どうやら無駄な神頼みなどしている場合ではない。ここで諌言しイリスの偏見を正さないと本気で破滅が待っている。
そう確信した蒼叉は命がけの説得を開始した。