一人だけの出陣
悪徳の都ウァーテル。周辺一帯の勢力に悪名をとどろかせていたのも今は昔のこと。
《たった一昼夜で陥落した無防備城塞》
《使者に手を出したあげく、返り討ちにあった弱兵集団》
《弱いうえに実力差もわからないチンピラの最底辺》
のど元過ぎれば何とやら。今までウァーテルにさんざん怯え顔色をうかがっていた連中があっさりと手の平を返して罵詈雑言をさえずる。
それを世の無常と考えるか、悪漢たちの自業自得と捉えるのか。それは後世の歴史家にでも委ねるとしよう。
何故ならウァーテルを陥落させたシャドウたちに勝利の喜びなどないのだから。
ウァーテルの中央部。陥落したばかりの太守館を兼ねる政庁。
その一室でシャドウの幹部。四凶刃の一人・蒼叉が部下の一人を呼びつけていた。
そうしてしばらくすると感知範囲に速足で移動するものの気配をとらえる。そうして間を置くことなく扉がたたかれる。
「ウェアル、お呼びにより参上しました」
「入れ」
シャドウ。盗賊の上位互換と言われかつては確かにその程度の存在だった。だが一人のカオスヴァルキリーに忠誠を誓うことで、生活と能力が一変する。
その結果失ったものも多いが得たものも多く。今では密偵の色はうすれ武装した拳士のようになってしまった。
「ウェアル、貴様に特別任務を与える」
そのことに不満などあろうはずがない。ただ失ったものを回収するのにコストが少しかかるようになっただけだ。
「承ります」
「ああ。その前に問おう。貴様は身体強化の魔術についてどの程度知っている」
身体強化。武術家・戦士英雄にとっては必須と言っていい術技だ。最近では遠距離攻撃をするはずの魔術師が発動することもあるらしいが、普通そんなことはありえない。
何故なら身体強化の〈燃料と刃〉はどちらも肉体だ。消費され刃こぼれと同様のことが起こる。
よって身体の厳しい鍛錬をしてないものが安易に強化を行えば自滅あるのみだろう。
そんな風に教本どおりの返答をした部下に対し彼は現実を語る。
「よく勉強しているようだな。だが想像力が足りない」
「想像力でございますか?」
「ああ。人間は鍛錬や術理の会得により、体重差や武装の優劣を覆せる。だがそれが通じるのは只人同士の争いまで。
モンスターやそれを屠る勇士と相対した時。強化怪物やそれを使役する魔術師の根城に突入する時。
単なる修行や術では間違いなく犬死するだろう」
もっと言うならば人間にとっては卑怯の代名詞と考える毒もモンスターにとっては体液、吐息に含まれる成分の一つでしかない。そんな怪物と相対するたびに解毒薬の入手に奔走し、治療に手間取っていては早晩に詰んでしまうだろう。
「だから我々はもっと強力な力を得なければならない」
「旋風閃では不足だと仰るのですか!?」
『旋風閃』空気の薄い高山の環境を魔術結界で再現し鍛錬する。高山と平地における環境の差異によって生じるデメリットにも対処して修行し、機動・高速戦闘に適した身体と強化魔術を会得する。
シャドウたちにとっての誇り。
大事なそれを蒼叉は貶めなければならなかった。
「ああ、不足だ。不足しているから我々はこの都市を襲い、聖賢の御方様がワズラっておられる」
「なっ!?」≪マコトですか、ホントウですか≫
〈旋風閃では不足〉という蒼叉の発言に不満げだったウェアルは絶句し、続いて怒涛の質問が喉元まで出かかる。
しかしレッサーシャドウは己の分をわきまえ何とかそれを飲み込んだ。かしましい雀ではあるまいし、安易に聞いていい話の区別がつかない愚か者に本当の任務はたくせない。
『もちろん世情に煩っているほうに決まっている。患っているなどということはない』
『フォトンワード』最下位ではるはずの発光術式で蒼叉は筆談を行う。
特定方向からしか文字の像を結ばない。それ以前に不可視光を視る瞳でなければ光を視認できない。
絶対の忠誠を捧げる聖賢の御方様からもたらされたその秘匿会話の魔術を使った理由は一つ。
「ッ!!!。む、無論、承知してございます」
事の重大さを理解したウェアルは姿勢をただす。もはや『旋風閃』の誇りなどと言っている場合ではないことを理解したのだろう。
それでいて口に出して発したセリフに対してもかろうじて返答する。特殊任務を与えるシャドウとしては及第点といったところか。
「よろしい。理解が早くて助かる。
それでは改めて命じる。貴様にはこれからただちにウァーテルを発し各地を放浪してもらう。
目的は各地の『薬』に関する情報収集だ。さらにそれを調合する薬師の安全確保。および生活環境の保全を命じる」
「かしこまりました。優先順位は薬師の安全確保が第一でよろしいでしょうか」
「ああ。ただし身柄を確保するのは最終手段だ。我々の動きを気取られたくないし、環境が変わって薬の調合ができなくなっては困るからな」
「承知いたしました」
「それと貴様の仮の身分は武者修行を目的とした冒険者ということにする」
「・・わかりました」
ウェアルが一瞬口ごもる。理由は坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというやつだ。カオスヴァルキリーを主君と仰ぐシャドウたちにとって、一部だろうと悪徳冒険者の所業は許せるものではない。
実際、シャドウたちはそういう連中を暗殺まがいに始末したことも一度や二度ではないのだ。
ウェアルが放浪修行中の単なる武術家でもいいと考えるのはレッサーシャドウなら当然の考えだろう。
そんなウェアルの心情を察し蒼叉は苦笑しつつ声をかける。
「貴様の心情はわかるがそれなりに隠密の任務だ。装備はともかく資金は当分自分で稼いでもらわなければならない。何より頭数が必要な時に冒険者の顔があったほうが色々と役に立つからな。
もちろん普段は動きやすい状態でかまわん」
〈冒険者ギルドは大きな組織だから利用しろ〉
そんな蒼叉の意向を理解したウェアルは短く了解の意を示す。
「では行け。任務に必要な物は隣りの部屋にある。ウァーテル陥落で密偵どもが右往左往しているドサクサにまぎれて出発しろ」
「承知!ウェアル・アトナイヴ、これより出陣いたします」
こうしてウェアルの旅が始まった。