待機時間
もともと幽霊が出ると有名な廃校舎
その噂をネタにしようと、三人の中学生が深夜の廃校舎へ肝試しに訪れた
三人とは別に廃校舎にはもう一人別の人間が居た。彼は、おそらく自らが殺害したであろう死体を埋めようと中庭で死体を傍らに穴を掘っていた。幽霊の噂で誰も近寄らない事を利用したのだろう
だが、そこに運悪く別行動をした中嶋健人に目撃されてしまい…咄嗟にスコップで殴りかかり、その一撃が彼の首の骨を折り殺害してしまう
予想だにしない出来事と、また別の死体を増やしてしまった事で犯人は酷く動揺しただろう
しかもまだ他にも人間が居ると知ると、そいつらも生きては返せない
そこで思いついたのが"噂の通りに幽霊のせいにすればいい"だった
だから、三人のうち二人だけをあたかも幽霊が殺したように殺害し、その罪を生き残った田文誠吾になすりつけた
警察の捜査も終わり、ニュースなどで犯人も特定されたと知ると、真犯人はまた死体を埋めに訪れる。殺人が起こった廃校舎に来るものは居ないとふんだのだろう
黎ヰ
「にしても、わざわざ証拠が残りやすい悪天候の中来たって事は……相当焦ってた証拠だねぇ」
二人はいま用務員室に居た
机の上にはロウソクが三本に、カセットコンロとその上に小さな片手鍋を置き、お湯を沸かしていた
コンビニで買ったものを一度車へ取りに戻り、次に黎ヰが向かった場所は、校舎から少し離れた位置に建てられた用務員室だった
唐揚げとサラダにおにぎりが数個…蓋を開け机にのせていく黎ヰに、紾は3分おきに言いつづけている言葉を口にした
蔡茌 紾
「なんなんだこれは」
黎ヰ
「クドイねぇ紾ちゃん〜腹ごしらえ、晩御飯の時間だろ?人間として生きる上で当然の権利」
そう言いながら並べ終えた食材を、先ほどとは違うハサミで掴み食べていく。それを眺めながら、紾は調査を無視しくつろいでいる理由を探す
蔡茌 紾
「密かに他の警察を呼んでて、それ待ちとかじゃーー」
黎ヰ
「無いねぇ。つーか警察は俺らだろぉ」
蔡茌 紾
「じゃあどういう事なんだ。廃校舎の中に新たな死体が埋められてる可能性があるんだろ、探がして見つけるべきなんじゃないのか…それを、晩御飯なんて食べてる場合か」
そもそも廃校舎へは事件の調査に来た
それを差し置いて呑気にご飯なんて食べれるわけがないし、食べたいとも思わない。紾の意見は最もだった
普通なら黎ヰのしている事の方が責められる行為だろう。だが何故か黎ヰにため息を吐かれてしまう
黎ヰ
「はぁぁ〜、今の暗さで死体を見つけるのはちょいと無理があるねぇ。床が抜けて落ちたの身を持って体験したろ?」
ついさっきの失態を指摘され一瞬顔を渋らせる紾を見て、畳み掛けるように黎ヰは続けた
黎ヰ
「それに、紾ちゃんまだ事件の全体が理解できて無いだろ?食べながらゆっくり説明してあげようとする、俺の教育心が分からないかねぇ。あぁ虚しい」
蔡茌 紾
「事件の全体って、第三者が一連の犯人なんだろ。そいつが別の死体を埋めに来た。ならそれを見つければ遺体との関係性で突き詰められるんじゃないのか」
黎ヰ
「あぁ、やっぱりねぇ。そう考えるよなぁ普通」
含みのある言い方が気になるも、とりあえず黎ヰが何も考えずにこうしているのでは無いのだと判断する
黎ヰという人物は、そんな無駄な事はしない気がした
確かに多少理解の範疇を超える事をしてくるが、事件の調査には手を抜いていないし、むしろちゃんと向き合っている。だからこそ紾は、自分の思っている事を包み隠さず打ち明けた
蔡茌 紾
「何かあるなら言ってくれ。確かに暗がりの中2人でどこにあるのか分からない遺体を見つけるのは困難だって言うのも分かる。でもな、どんな理由があれ死んで尚発見されてない…誰にも知られてない人間を放っては置けないだろう。亡くなったその人や家族や友人の為にも直ぐに見つけてあげるべきだと思うんだ」
どこまでも真っ直ぐな紾の想いに、彼には見えないよう小さく微笑む
破天荒で普通とは違う思考と調査方法なのは黎ヰが一番良く理解していた。でも、それを直そうとは思わない
間違ってないから…唯それが彼のやり方だって言うだけだから直す必要がない
そんな彼の行動や言動は警察官という役職から見るとかなり逸脱しており、周りから遠ざけられるのも無理はなかった
だがいま目の前にいる蔡茌紾は違った。理解が追いついていないながらも、黎ヰの意見を聞こうとしている
自分を理解しようとしてくれている。その為に自ら想いを伝え歩み寄るのが伺えた
黎ヰ
「……紾ちゃんは純粋だねぇ」
蔡茌 紾
「なんなんだいきなり」
黎ヰ
「クククク…さぁな。俺の意見を言う前に、先に第2被害者について説明する必要がある聞いときな」
はぐらかされた気もしたが、黎ヰから発せられた単語に反応する
第2被害者…武市智秋
彼の遺体は胴体と頭部が切断され、それぞれ別の場所で発見された
黎ヰ
「武市智秋の直接の死因は自らの嘔吐物による窒息死。調査資料と写真を見ても分かるように吐血や吐瀉物の痕、両手の爪が割れてる事から死ぬ直前までもがいていたのが分かる」
蔡茌 紾
「あぁ、その後で利用する為に切断されたんだろ」
黎ヰ
「紾ちゃんそもそも論。他の連中は窒息の苦しみでもがいた。と判断したらしいが…そもそも何でそんな事になった?」
蔡茌 紾
「それは…中庭の遺体を見たからじゃないか。友達の死体を目撃したら気分も悪くなるだろ」
第1被害者はわざと折れた首だけが見えるように埋められていた。そんなものを見てしまえば、誰だって気分は悪くなるだろう…いや実際はもっと色んな感情が溢れ出たに違いない
黎ヰ
「まぁそれもあっただろうねぇ。だからと言って服にまで付くほどの吐血は難しい…口が切れた痕がない以上、原因は別にあると考えるのが定跡。それを踏まえた上で答えを導き出すと、劇薬の線が濃くなる」
蔡茌 紾
「劇薬って、つまり毒!!でも解剖記録には打たれた痕はないぞ…飲ますにしても流石に無理がないか?」
黎ヰ
「だからだろ。切り離したのは…一石二鳥ってやつだなぁ。首に打って切断してしまえばバレないし脅しにも使える」
タブレットの画面に第2被害者の調査資料を開く
色んな角度から撮られた写真が出てくる中、黎ヰは胴体だけの写真を見せた
黎ヰ
「微かにだが、腕や鎖骨らへんに引っ掻いた痕があるだろ打たれた後苦しんだ証拠だ。解剖記録に胃が空っぽだった事から劇薬は胃を刺激するもの。だから全部吐き出した…詰まらせなくても毒で死ぬのは確定だったって訳だ」
蔡茌 紾
「運悪く詰まらせて苦しんだのか…なんて酷い事を」
黎ヰ
「相当苦しんだだろうよ。毒の効果だけなら死ぬまでにもっと時間が掛かった筈だ」
不幸中の幸いとは言えないだろう。どっちにしろ、彼はとても苦しんで殺害された。あまりにも残酷で人間がしたとは思えない
もっとも、そう思わせるのが犯人の目的な訳だが…
蔡茌 紾
「それにしても、第三者…殺人鬼は何者なんだ。スコップで殴ったと思ったら今度は薬で苦しませて胴体を切断…これが謂わゆるサイコパスってやつなのか?」
黎ヰ
「調査資料を見た時点で第2被害者の殺害方法は簡単に解けた」
だから黎ヰは、第2被害者の事件現場へは行かなかった…行く必要がなかったのだ
黎ヰ
「第1被害者の場合は、予測は出来たが確かめる必要があった。計画的な犯行より突発的な犯行の方が裏付けるのが難しいからなぁ。で、俺は考えたこの二つの犯行はあまりにも人物像が違いすぎる」
少なくとも、中庭に死体を埋めた奴は昨日此処へ来た件と合わせても雑な人物だろう。知能が高いとも言えない、が…一撃で首の骨を折ってしまう程に力は強い
それに比べて第2被害者の場合、紾が言うように猟奇的な犯行だ。血の量から見ても薬を打ったのは別の場所だろう、苦しんだのを堪能した後何のためらいもなく切断し、それを持ちわざわざ移動させている
黎ヰ
「そこから導き出される答えは一つ。犯人は二人居るって事だ」
蔡茌 紾
「二人…それぞれ別の人物が被害者を殺害したのか。そう言われると納得出来なくもないが…」
黎ヰ
「そう、まだ憶測でしかないのが現状だ。だから今から検証する」
ここまで言われると黎ヰが用務員室へ立て篭もった理由がなんとなくだけど分かってきた
蔡茌 紾
「犯人達が廃校舎へ来るのを待っているなら、その確率は低いんじゃないのか?」
昨日死体を埋めたのなら次の日に来るのは考えにくい。犯人だとバレない為にも近寄ろうとは思わないだろう。その考えは黎ヰも同様だった
黎ヰ
「だからワザと餌を用意した。俺が知りたいのは二人の犯人の関係性だからなぁ、ちょいと荒っぽいがね」
悪戯っぽく笑うと窓の外を示す
その先には停めてある車があり、よく見てみると来る時には無かった筈のパトランプが、しっかり付けられていた。わざわざ自分達の存在を知らせる為、わざと付けたのだろう
黎ヰ
「警察が来たと気づけば、何らかの策を講じる筈だ」
死体を隠した翌日に警察が現れれば確かに動揺するだろう。だからと言って彼らが直ぐに行動を起こすかは断言出来ない
だが間違いなく自分達の存在に気づけば黎ヰの言うように策は立てるだろう…それがいつに実行されどんな内容かは分からないが…
蔡荘 紾
「泊まる理由はそこか…つまりは張り込みって事だろ」
犯人達が尻尾を出すまで見張る。最初から黎ヰの目的はそれだったのだろう
調査はそのついでだ…そうやって考えると彼の幾何かいな行動に説明がついた
黎ヰ
「まぁそんな所だ。やっと理解したか紾ちゃん?」
蔡荘 紾
「あぁ。二日でも五日でも張り込む覚悟だ」
そんな紾の言葉に黎ヰは、そんな事にはならないと返した
黎ヰ
「俺の予想が正しければ今日中に必ず現れる」
確信的に言い放った黎ヰの目は、まるで全てを見通しているかの様だった