第1被害者
結局、途中にあったコンビニで泊り用具を一式揃えた黎ヰと紾は辺りが薄暗くなり始めた頃、廃校舎に着いた
車はグラウンドに停泊させ、中の荷物は置いたまま二人は降りる
黎ヰはパソコンの代わりに調査用のタブレットを取り出すと焦点を紾へ合わせ、ハサミでボタンを押しカシャっと一枚撮った
突然のフラッシュに思わず目を閉じる
蔡茌 紾
「な、いきなりなんだ、俺を撮っても意味ないだろ」
黎ヰ
「そう断言するには早いねぇ。心霊写真ってのはふとした時に写ってるもんだろぉ」
蔡茌 紾
「やめてくれ。…お陰で目がチカチカするよ」
文句に耳を傾ける事なく黎ヰは、先程撮った写真を見るが間抜けな顔をした人物以外、期待するようなものは何一つ写ってないのを確認した
幽霊が居たとしても時間帯には早いし、そもそもこの廃校舎には"心霊写真"の噂など1つもない
最初から撮れる可能性はゼロに等しかったが、決めつけで行動を起こさないのは黎ヰの生き方に反する。特に事件調査の時ほどあらゆる可能性を考えるのが彼なりのやり方だった
黎ヰ
(保存しとこっ、最高だねぇ)
ついでに間抜け顔の紾を他のメンバーにも見せようと、涼しい顔で保存する
カメラモードを閉じると、自作した調査用ファイルを呼び起こした
出てきたのは廃校舎の地図。黎ヰが車に乗っている間に自作したものだ。事件現場には分かりやすく印とその情報がタップしただけで出てくるように作成されている
黎ヰ
「さてと、じゃぁま先に中嶋健人が埋められた場所に行くか」
中嶋健人は、第1被害者として発見された少年だ
蔡茌 紾
「確か彼の遺体が発見された場所は、中庭だったな」
正面玄関に足を入れた瞬間、紾は背筋が凍る…そんな感覚に襲われた
よく考えてみると、殺人事件の現場に足を踏み入れるのは初めてだった。ただでさえ幽霊の噂が右往左往する中、殺人まで起こったとなると嫌でも気味の悪さは感じてしまう
首を左右に振り気合を入れなおすと、コンビニで調達した懐中電灯を付けた
廃校舎とはよく言ったもので、埃っぽく蜘蛛の巣や割れた窓から入った落ち葉…よく分からないゴミなどが所々に見える
ギシッ
木造校舎らしくたまに床からギシギシと音が鳴るのも特徴的だろう
蔡茌 紾
「よくもまぁ、こんな廃校舎に入ろうと考えたな。俺だったら暖かくて綺麗な場所を望むよ。これが大人と子供の差ってやつなのか」
黎ヰ
「クククックッ、一理あるが違うねぇ。ネットでの配信目的で注目を集めたかった、それが理由。最近はテレビよりもネットの時代だからなぁ〜」
蔡茌 紾
「注目を集める為に肝試しを…か」
ネットの時代。確かに、ここ最近でネット配信に関しての事件や事故は増えつつある。配信目的での危険行為や迷惑行為
配信者も観覧者もスリルや珍しさを求めて様々なネタに興味を持ってしまうのだろう
蔡茌 紾
「趣味で楽しむのも分かるが…それでこんな事になるなんてな」
彼らは違う意味で世間の注目を浴びてしまった。それはとても無念で、きっと当人達も望んでいなかった結末だろう
そして、まだ事件の鍵を握っている第三者の人物はのうのうと生きている。どんな理由で関わっているのかは分からないが、決して許される事じゃないだろう
蔡茌 紾
「彼らの為にも、突き止めないとな」
無念に…残酷に散ってしまった命を可哀想だけで済ましたくはない。紾は拳を強く握りしめた
その時
黎ヰ
「紾ちゃんストップ」
蔡茌 紾
「うわっ、」
バキッ ドゴン
腐っていた床を踏んでしまい、まるで漫画のように綺麗に足をハマらせた。バランスが崩れ、片足を床に突っ込んだまま前のめりに転ける
蔡茌 紾
「油断したよ」
少し腰をかがめた黎ヰは、紾を見下ろしながら笑った
黎ヰ
「クククッ、どんなに澄ましても滑稽なのは変わらないぜ」
蔡茌 紾
「ノーコメントだ。…もっと早く声を掛けて欲しかった」
タイミング的には足が床につく0.何秒前だ。八つ当たりなのは分かるが、もう少し早く言ってくれても良かったと思ってしまう
黎ヰ
「これはこれは失礼。クククク…足元の感触で分かるもんだけどねぇ」
明らかな嫌味に顔を歪めつつ、こんな所で口論しても仕方がないので大人しく脱出を試みる
幸いたいした怪我はなく、落ちた衝動で軽く膝辺りに青タンが出来てる程度だろう
黎ヰ
「それと、俺が止めたのはそれじゃない。こっちの泥ね〜」
床にしゃがみ込んだ黎ヰは、床についている泥を指で掴んだ。本人的にはハサミ越しで掴みたかったが、触感までは流石に素手じゃないと詳しく分からないので仕方なく指を使う
黎ヰ
(まだ完全に固まってない…24時間ぐらいしか経ってない証拠か)
蔡茌 紾
「泥か?先にもあるみたいだな」
黎ヰ
「雨続きだったからなぁ、最近。グランドの方は太陽の光で乾いただろうが、中は流石に無理だろうねぇ」
体勢を変えず黎ヰは、懐中電灯を先まで照らす
泥は微かに見えるスニーカー独特の模様が所々見える事から、"足跡"なのだと推測させた。いくら鈍い紾でもそれくらいは容易に想像できた
蔡茌 紾
「…誰かここに来たのか?」
黎ヰ
「紾ちゃんよ〜く見てみな。この足跡…ここから見ると後ろ向きで足幅が開ききった状態だぜ」
言われるまま確認するように床を見てみると、明らかに人の肩幅を超えた足跡が泥のせいで残っていた
それだけじゃなく、今の自分たちの様に向かっている跡でも、ましてや帰りの足跡でもない。後ろ向きで歩いている跡だった
黎ヰ
「こんな状態になるのは1つだけだ。何かを引っ張っていた」
重い何かを床に引きずる形で引っ張ると、確かにこんな足跡になるだろう。それを裏付けるかのように、足跡の真ん中には水溜りが所々散らばっている
黎ヰは反対側…つまり自分達が来た道を照らした
そこには、大きな水溜りが結構残っており泥も散らばってはいるが、今みたいなくっきりした足跡は見当たらない
黎ヰ
「この位置で運び方を変えたか…予想以上に重量に耐えきれず引きずる形になった」
おそらく行きと帰りは同じ道を辿ってるだろう。足跡が足跡によって消されてしまっていたから、ここに来るまで気づかなかったのだ
だが、行きだけにつけた足跡は帰りの普通の歩き方じゃ消せなかった。もちろんその人物も足跡の事なんて、全く気にしてなかっただろう
黎ヰ
「紾ちゃんも災難だねぇ〜。さっき床が抜けたのは、先に誰かが重いモノを落としたからだ。床の腐り具合といい感じにマッチして、紾ちゃんがピンポイントで体重をかけた」
蔡茌 紾
「……何が言いたいんだ」
黎ヰ
「嫌味じゃねぇよ?悪運が強いって話、紾ちゃんもここを往復した誰かさんも」
蔡茌 紾
「悪運どうこうなら、落ちなかった黎ヰの方じゃないか?それに誰かさんだって気付いてて帰りはわざと避けて通ったかもしれないだろ」
黎ヰ
「あり得ないねぇ。こんな暗がりで…しかも雨の中行動するような人間がそんな繊細な頭脳を持ち合わせてるとは到底思えないぜ」
あんまりな言い草に少し同情してしまう
黎ヰ
「それに俺は気付いてて避けたからなぁ。言っただろ?踏んだ感触で分かるって」
蔡茌 紾
「じゃあ、わざと言わなかったのか!」
黎ヰ
「人聞き悪いねぇ。どれ位の被害が出るのかは流石に俺にも分からなかったからなぁ〜あえて黙ってた」
紾は何かを考える前に、懐中電灯を黎ヰへ向けて当てていた。相変わらずニヤニヤした笑顔を見せていたが、数秒でその顔は彼の片腕によって隠された
黎ヰ
「紾ちゃん眩しぃ…」
特に怒るでもなく素直な感想をこぼした。その声音はまるで寝起きのようにか細く、少しギャップを感じてしまう
蔡茌 紾
「これで、おあいこだ」
不機嫌な紾の顔を今の状態の黎ヰが確認することはなかったが、どんな表情なのかは単純な彼を知っていれば容易に想像はできた
黎ヰ
(面白いねぇ)
完全に自分が黎ヰのおもちゃになっているとも知らない紾は、懐中電灯を進む先へ向け直すと、今度は慎重に進んだ
ーーー ーーー ーーー ーーー
先に泥の跡を辿るか迷ったが、あくまでも事件の再調査が目的の為、当初の予定通り紾は事件現場へ向う事にした
黎ヰも何も言わず中庭へ向かう。たまに何処かを撮っているのか、カシャカシャとシャッター音を鳴り響かせている
中庭は、校舎と校舎を繋いだ渡り廊下を逸れた道の先に造られていた
廊下を挟んだ左右で分かれており、片方の面積は小さいが両面積で考えると長方形になり、中庭と呼べる並にはなるだろう
だがそれも廃校になる前の事で廊下を挟んで右側にある大木は、誰の手入れも入らなくなったせいで、成長を我がものにしている
枝の何本かは、校舎の壁にまで伸びきってしまっていた。窓ガラスがあれば間違いなく突き抜けていただろう…
もしこんな木を子供の頃に見てしまったら、動く木の妖怪と呼んで決して近づかなかったに違いない
蔡茌 紾
「設計ミスか、こんな小さな空間に木なんか植えたらこうなるよな」
黎ヰ
「そっちの大木の所為で死体を埋めれなかったんだろうねぇ」
ここまで成長してしまっては、地面を掘る時木の根が邪魔になるだろう
蔡茌 紾
「だからこっち側に埋めたのか」
左側にはボロボロの半壊したベンチが一台と、プランターが無造作に散らばっていた
死体を掘り起こしたのだろう、不自然に穴が空いている場所がある。陽当たりは良くないのか、中庭と言えど連日の雨の影響をしっかり受けていた。穴の中はかなり湿っている
タブレットに写していた現場写真と見比べてみる
蔡茌 紾
「ここに第1被害者が埋められていたのか」
改めて写真を確認すると残酷だ。遺体は折れ曲がった状態の首元が外に晒されており胴体部分は、無理矢理穴の中に収まるよう地面に詰められるように埋められていた
黎ヰ
「写真から見れば…あぁ成る程ねぇ。渡り廊下からこっちを見ると直ぐに首だけはみ出した遺体と目が合うように埋めてんな」
妙に納得した黎ヰは、止める間もなく穴の中へ飛び込んだ
蔡茌 紾
「なにしてんだ!」
黎ヰ
「出来る事はなんでもする。こういうのはやったもん勝ちなんだよ紾ちゃん」
若干、彼の身長や体格的に小さいのか手足がはみ出ている
そんな黎ヰを見ていくら調査とは言え、実際に死体が埋められていた場所に飛び込むのは気が引けてしまった自分に対して、紾は罪悪感が生まれるのを感じた
黎ヰ
「入ってみて分かるけど、気持ち横長に掘ってんな…まぁ普通死体を埋める王道は横だよなぁ」
縦に掘るのは時間もかかるし死体を埋めるのにも手間がかかる。そう考えるとこの穴の彫り方はかなり妙だった
黎ヰ
「最初は横長に掘って、後から縦へと掘り方を変えてんな…死体の埋め方が変更になった証拠だなぁ」
蔡茌 紾
「調査資料によると、死後硬直と遺体の埋められ方を考えると、どうしても予め掘っていないと無理だった事から、被疑者の計画的殺人だと結論づけた様だ」
黎ヰ
「だろうねぇ。第1被害者である中嶋健人が殺害される前にこの中庭で穴が掘られていたのには賛同できる」
中学生である田文誠吾が殺害後穴を掘るなんて事は、体力があまりない彼がするのにはだいぶ無理がある
だが、予め掘られたと考えると今度は穴が小さすぎる
黎ヰ
「この穴を掘ったのは十中八九、第三者だろうな。成る程ねぇ…だとすれば色んな可能性が見えてくる」
一人でに納得した黎ヰは、穴から出ると今度はハサミで奥の穴を掘り始めた
蔡茌 紾
「じゃあその第三者が計画的に彼らを殺害したって言うのか」
黎ヰ
「いーや、むしろその逆。中嶋健人の殺害は突発的だった…第三者と三人は無関係だよ」
掘るのをやめ、すっかり泥まみれになった黎ヰは髪から足まで泥を払う
蔡茌 紾
「偶然居合わせて殺害された…のか。いや待て…じゃあ被疑者はどうなる?見逃されたのか?彼だけ?」
黎ヰ
「理由は簡単だろぉ、田文誠吾の現状そのものが生かされた理由だ。犯人役に選ばれたんだよ」
黎ヰの言うように確かに今、田文誠吾は殺人の容疑で捕まっている。最初から第三者によって仕組まれていたのだとすると…
蔡茌 紾
「彼が言った"幽霊がやった"は、まさかその第三者の事なのか!」
それが正解とでも言うように黎ヰはコクリと頷いた
黎ヰ
「まぁ本人は幽霊だと思わされてるだろうけどねぇ。第2被害者…武市智秋の死体がそれを裏付けてる」
蔡茌 紾
「胴体と首の切断…脅かすためだったのか。じゃあ首だけが残るよう埋められたのも…」
黎ヰ
「だろうねぇ。同級生の無残な死体を見ちまったら、動揺どころか精神が錯乱するのは当然。つまりそいつの思惑通りって事になるなぁ」
ここに来るまでの出来事と調査資料から照らし合わせ、黎ヰの頭の中はバラバラに散りばめられたピースをはめていく
黎ヰ
「昨日此処へ来た奴と中嶋健人を殺害したのは同一犯。予想外だったんだろうなぁ…三人がこの廃校舎に来たのは」
おそらく、第三者は中庭に何かを埋める目的で穴を掘っていた
するとそこへ中嶋健人が現れた。多分、肝試しで脅かそうと一人逸れたのだろう……驚き焦った第三者は、咄嗟に持っていたスコップを彼の喉目掛けてぶつけてしまった
運悪くその一撃が彼の首の骨を折った。おそらく男だろう…
黎ヰ
「さぞかし焦っただろうねぇ、で咄嗟に幽霊のせいにしようと穴の掘り方を変え首が出るようにした。紾ちゃんの言った通り脅しの為に…」
蔡茌 紾
「人を殺してまで、一体何を埋めていたんだ?大金とか強奪した金品とかか?」
黎ヰ
「いやいやいやいや、紾ちゃん〜穴の大きさからするに埋めたかったのは別の死体でしょ〜」
別の死体…確かにそれなら見られたらまずいだろう。咄嗟に殴りかかったのにも理由がつく
でもそう考えると、もう一つの可能性に気づいてしまい嫌でも背筋が凍りつき冷や汗が出る
さっき、黎ヰはこう言っていた。"昨日此処へ来た奴と中嶋健人を殺害したのは同一犯"だと…
蔡茌 紾
「……なぁ、黎ヰ…ま、まさかだと思うが…」
動揺する紾をよそに黎ヰは、平然とした顔で言葉を付け足す
黎ヰ
「あぁ。昨日来たのは埋め損ねた最初の死体遺棄目的だろうねぇ」
この世に幽霊が本当に居るのかどうかは分からない
だが、今自分が居る場所の近くに死体が在ると知ると紾は、どうしようもない悪寒と吐き気に襲われたのだった