調査するにあたって
"未成年者が廃校舎で同級生を殺害"
事件は三日前に起こった。その意外性と残酷性は世間の話題を集めるには充分すぎる内容で、各メディアでも取り上げられている
事件の概要はこうだ。深夜1時過ぎ、寒い時期にも関わらず肝試しをしようと三人の中学生が廃校舎へと忍び込む。廃校舎にはよくある類の心霊話があり、検証動画をSNSであげる目的だったらしい
深夜3時23分
三人のうち一人が携帯電話で警察へ通報…電話越しに何度も"助けて、幽霊が、殺される"の単語を繰り返し冷静さは失われていた
逆探知により場所を特定し、複数名の警察官が廃校舎に到着
深夜3時36分
通報した少年を除いたニ人が無残な死体で発見され、屋上にて血塗れの少年を確保。状況証拠により同級生殺害の容疑者として少年が逮捕された
尚、その後も少年は意識がはっきりとせず口も固く閉ざしたまま現在に至る。
ーーー ーーー ーーー ーーー
黎ヰ
「クククク!これ最高!」
皐月から依頼内容を聞いた紾は、とりあえず事件の資料を貰った
入れ違いのタイミングで黎ヰが戻ってきたので事の成り行きを説明すると、興味深げに事件の調査資料を読み終え……開口一番が"これ最高"だった
何をどうとればそんな感想になるのか…全く理解できない紾に、黎ヰは質問を投げかけた
黎ヰ
「で?紾ちゃんの腹積は?」
蔡茌 紾
「皐月君によると、容疑者の少年がこのまま捕まれば確実に重い罪に課せられるか、精神病院へ収容されるらしい」
黎ヰ
「だろうな〜。本人は今も黙秘のまま…いくら中学生といえど今の世の中、反省の色が伺えなけりゃ世間様は叩きに叩きまくる。もしシロならこの先…生きにくいだろうなぁ」
蔡茌 紾
「状況証拠的には、彼がやったも同然らしい」
でも、皐月は納得してなかった。状況証拠だけでロクに調査もせず少年の犯行は認められてしまってるのだ。誰一人、無実だとは思っていない
そんな人間が集まって調査した所で結果は見えている
だから皐月は、先入観がかけ離れている異常調査部へ依頼しに来た。もちろん紾も少年が本当に無実なら、このまま何もせずに見過ごせるほど控えめな性格ではなかった
警察官として"らしい"仕事はあまりしてこなかったが、市民を守る使命感が消えたわけではない
蔡茌 紾
「時間はあまりないが、事件を調べ直そうと思ってる」
揺るがない瞳を見て黎ヰはニヤリと笑った
黎ヰ
「ふーん。で?その皐月って奴はどんな動機を持ってきた?」
ただの再調査を異常調査部に依頼してくる訳がない
皐月には、絶対少年がやっていないと思える動機があった筈だ。だがその動機はとてもじゃないが無実を証明するには線が細く、誰からも相手にされないものなのだろう
だから最後の頼みの綱として異常調査部へ来たに違いない
黎ヰの読みは当たっており、曖昧な動機をどうやって説明しようかと紾は頭を悩ませるが、上手な言葉を知らないので結局、皐月から言われた事をストレートに伝えるしかなかった
蔡茌 紾
「皐月君が容疑者と対面した時…"犯人は幽霊だ。"と言われたらしい」
周りの警察官の威圧からか、少年はその後何も喋ることはなかった
だが皐月には、容疑者がどうしても嘘をついている様には見えなかった。『彼の目は真実を語る者の目でした。少年課での私の勘と経験がそう言っているんです』
皐月は真剣だった。1人の人間の人生を大切に考えている、だから納得できない事は出来るまで調べたいのだろう
蔡茌 紾
「俺もそれに応えたい」
黎ヰは肩の震えを大きくさせ、そして…
黎ヰ
「アハハハハハハハ!アハハハハハハハ!クククク、アハハハハハハハ!アハハハハハハハ!」
今までに無いぐらいに大声で笑いだす。もはや笑いと言うよりは、雄叫びに近いそれは廊下にも響き渡った
両耳を抑えながら曳汐が、ドア越しにひょっこり顔を出し現れる
曳汐 煇羽
「黎ヰさん、煩いですよ。いくら地下と言えど、迷惑かと思います」
なんて言葉も、その雄叫びによってかき消されてしまう
一通り笑い終えた黎ヰは、パソコンを弄りながらご機嫌の合図としてハサミをクルクル回し出した
一体なぜ黎ヰが高笑いをしだしたのか、全く理解できない紾はあまりの迫力に息を呑んだ
やっと静かになった所で、曳汐が再び話しかける
曳汐 煇羽
「黎ヰさんがそんなにテンションが高い理由ってやっぱり、事件の調査ですよね?私にも資料下さい」
黎ヰ
「もう各自のパソコンに送った。今回は紾ちゃんの初事件だしなぁ、俺が出る」
曳汐 煇羽
「じゃあ、私と芥さんは…」
なにかを察知し、曳汐はハサミで遊んでいる黎ヰを見た
黎ヰ
「あぁ、サポートで良い。その代わり明日は6時出勤だぁ」
曳汐 煇羽
「やっぱり頭数が揃うのは素晴らしいですね。出勤時間は問題ありません」
蔡茌 紾
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
二人の間で勝手に進んでいく話に、全くついて行けず思わず制止をかけてしまう
黎ヰ
「紾ちゃんが受けた依頼は、異常調査部の依頼…つまり、俺たちが受けたも同然。こんな唆られる事件独り占めさせねぇよ。クククク」
蔡茌 紾
「じゃあ、異常調査部として受けてくれるのか」
てっきり断られると思っていた紾は、想像していない展開に目を見開いた
曳汐 煇羽
「黎ヰさんだけじゃなく、私達も裏方としてお手伝いします。頑張って下さいね」
蔡茌 紾
「あ、あぁ…ありがとう」
昼から機嫌を損ねたと思っていたが、曳汐の態度は普段と全く変わっていない。感情が一定の為、普段と言っていいかは分からないが言葉自体は、とても有り難いものなのは確かだった
たまたま黎ヰの興味が惹かれた依頼内容だったとしても、紾からすれば協力してくれたその事実が素直に嬉しい
蔡茌 紾
(少しずつ、知っていけばいいよな)
先程まで緊張をしていた紾の表情は、安心したのか分かりやすく緩む。そんな変化に気づいた黎ヰは、ニヤリと笑った
黎ヰ
「紾ちゃんは単純だねぇ」
曳汐 煇羽
「お二人共気をつけて行ってきて下さいね」
蔡茌 紾
「あぁ!任せてくれ」
自信がついた紾は、やる気十分といったように拳を握りしめた
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曳汐に見送られながら、異常調査部を後にした二人は駐車場へ向かった
黎ヰは、ハサミを器用に使いポケットから遠隔操作用のカギを出すと、パトカーが並んでいる中一台の黒い車へ向けボタンを押す
ガチャン
カギの開く音が聞こえるとほぼ同時に、黎ヰは後部座席にどかっと座り脇に抱えていたパソコンを開く
蔡茌 紾
「…」
問答無用で運転手を押し付けられた紾は、大人しく運転席へと座った
蔡茌 紾
「行き先は、やっぱり現場だよな」
黎ヰ
「例の殺人幽霊が出る廃校ね」
お互いシートベルトをしたのを確認すると、紾は車を動かした。元々、1人でも今日中には廃校に行く予定だったので地図は頭に入れてある
紾はチラリと車に付いていたデジタル時計を確認すると、無意識に呟く
蔡茌 紾
「今からだと、だいたい1時間くらいか…」
黎ヰ
「もうちょい、ゆっくりめでもいいぜ」
蔡茌 紾
「日が沈むと調査しづらくなるんじゃないか」
ただでさえ廃校だ。電気が通ってるとも思えないし、暗くなってしまえば調査どころじゃなくなるだろう…
そんな当たり前の意見だったが、バックミラー越しに黎ヰが眉をひそめるのが分かった
黎ヰ
「お目当ては幽霊。なら夜か、事件時刻の3時を狙うのが定説ってもんだろ」
蔡茌 紾
「……念の為の確認だけど、まさかこの事件の犯人は幽霊って考えてるんじゃないよな」
この質問は単純で馬鹿馬鹿しいが、相手は黎ヰだ。本当に幽霊を探すつもりかもしれない
黎ヰ
「紾ちゃんはせっかちだねぇ〜。今からそれを調べに行くんだろ?」
蔡茌 紾
「確かに、そうか」
案外まともな返答に拍子抜けしてしまう。
が、どうやら思っていた以上に黎ヰは真面目に取り組んでくれる様だ。少し安心する
蔡茌 紾
「現段階でどう思う?犯人は別にいると思うか」
黎ヰ
「退屈しのぎにはいい質問だねぇ。事件の概要をもう一度洗い流してたトコだ」
皐月から貰った資料はあくまで事件の大まかな概要を示したものだ。その他の細かいものは簡単に印刷して人に見せれる筈もなく、皐月はインターネット上でまとめられた調査資料のパスワードを渡したのだった
そして黎ヰは、今まさにインターネット上で得た情報を紾へ向けて喋り出した
容疑者は、【小神野中学校ニ年生。田文 誠吾】
担任や生徒の話しだと、目立つ性格ではないが友達も居ない訳じゃない。親しみやすく、成績も中のレベル
強いて言えば運動神経に恵まれておらず、体育は彼の苦手分野
黎ヰ
「そんな田文誠吾が唯一、目立つ事件があった」
蔡茌 紾
「どんな内容なんだ?」
黎ヰ
「中学1年生の頃、調理実習中に馬鹿にされて泣きながら授業放棄。クククク、同級生の話しだと何をさせても駄目過ぎたからつい"大人しくしてろ"って言っちまったらしいなぁ
もちろん、その後は先生の仲介もあってまるく収まりましたとさ」
事件と言われて身構えていたが、どこにでもありそうな日常の内容で紾は拍子抜けた
蔡茌 紾
「良くある話だな。中1だろ、小学校から上がったばっかだし皆んな子供じみててむしろ普通の事に思える」
とてもじゃないが、そんな事をいつまでも根に持って殺害ーーとは考えにくい。が、調査資料に載っていると言う事は少なくともこれも動機の一部なのだろう…
黎ヰ
「紾ちゃん〜これは道徳じゃないんだぜ?それに目の付け所が違うなぁ」
蔡茌 紾
「すまない。事件捜査は初めてで」
黎ヰ
「なら、今から学んでいきな」
素直に謝る紾を馬鹿にするでもなく、かといって嫌味を言うでもなくまともな答えを返した黎ヰに、素直にうなづいた
蔡茌 紾
「分かった。それで目の付け所が違うって言うのは?」
黎ヰ
「注目する点は、田文誠吾が"大人しくしてろ"と言われた原因」
ヒントをもらい、もう一度頭を巡らせる。つまりは調理実習中に馬鹿にされた理由を考えればいいらしい…何をやらせても駄目過ぎた理由…
蔡茌 紾
「調理実習にする事って料理。野菜切ったり、茹でたり炒めたり…それが駄目過ぎた…ってことは…えっと、料理が下手?味音痴とか調理自体が危なっかしかったとか、そんな所か」
黎ヰ
「いい線いってるぜ?つまり田文誠吾は不器用だった。で片付くだろぉ」
不器用。その単語に紾も納得した
蔡茌 紾
「不器用だったから馬鹿にされた。それが悔しくて泣いて飛び出した……ん?だから、どうなるんだ?」
黎ヰ
「混乱してるねぇ」
当たり前だ。と言いたい衝動を抑える
蔡茌 紾
「容疑者が不器用だって分かったからどうなんだ?」
黎ヰ
「田文誠吾は運動音痴で不器用。そんな人間が計画的に二人も殺せるかねぇ」
蔡茌 紾
「つまり、殺人には向かない人物像って事か」
黎ヰ
「2人の被害者がよりそれを物語ってる」
続けて黎ヰは、被害者について説明をする
1人目の被害者【小神野中学校2年生。中嶋 健人】
容疑者とは同級生であり関係性は親友。彼の遺体は、首が折れた状態で廃校舎の中庭に埋められていた
首が折れた原因は、前からの打撃による衝撃。つまり喉元を何かで思いっきり叩かれ、その衝撃で折れた
傷跡からして一撃でやられ、その他の外傷は見当たらない事から、直接的な死因は首の骨折
2人目の被害者【小神野中学校2年生。武市 智秋】
前者同様、容疑者とは同級生であり親友の関係性
彼の遺体は、胴体と頭部が離れた状態でそれぞれ別の場所で発見された。胴体は2階廊下で、頭部は2階から1階を繋ぐ階段の上
死ぬ間際、唾液や咀嚼物を吐いた跡があり口には微かに血が付いていた。また、切り離された胴体の爪が所々剥がれていたことから、死ぬ間際でもがいていた事が分かった
頭部と胴体を切り離した凶器は、廃校舎にあった用務用の釜。直接的な死因は嘔吐物による窒息死
蔡茌 紾
「聞くだけでおぞましいな」
黎ヰ
「にしても、警察はちゃんと機能してるのかねぇ。調査資料に目を通しただけでも、田文誠吾は犯人じゃないってのがよく分かる」
黎ヰの言うように、もし仮に容疑者が殺人を計画していたとしても、中学二年生の男子が一人で全て実行出来たとは考えにくい
蔡茌 紾
「協力者……が居た可能性があるって事か」
黎ヰ
「協力者と言うよりは、別の人間って考えた方がいいねぇ。関係性ってのは調べりゃ嫌でも見えてくる。最初の調査に余計な先入観は無い方がいい」
事件捜査をする上でのアドバイスをさり気なく送る
黎ヰは既に蔡茌紾という人間が、呆れるほど真面目で責任感がある男だと気付いていた
そんな紾にあれやこれやと、知識を植え付けておけば…長い目で見たら自分が楽になる。と、考え今のうちから色々と手解きする目論見だった
当然、本人は黎ヰの裏事情など知る由もなく、目論見通り真面目に取り組んだ
蔡茌 紾
「分かった。勉強になるよ」
黎ヰ
「紾ちゃん、そこ左折ね」
蔡茌 紾
「は?え、このまま真っ直ぐじゃ…」
黎ヰ
「左」
頭の中に入れた地図とは違い、一瞬躊躇ったが言う通り左へとハンドルを切った
蔡茌 紾
「近道か?」
地図上の正確な道筋しか覚えていないので道案内を黎ヰに頼むしか無い。そんな思いで発した言葉は、文字通り耳を疑う言葉で返ってきた
黎ヰ
「まさか。泊り用具を揃えるのは人間として当たり前だろ?最低限のエチケットは守る主義だからねぇ。そこのコンビニの駐車場ね」
どうやら黎ヰは、この後何か用事があるらしい…
蔡茌 紾
「待て。プライベートの用事なら調査の帰りにーー」
黎ヰくろい
「紾ちゃん分かってないねぇ。宿泊先は廃校舎」
キキーッ
驚いた衝撃でアクセルを強く踏んでしまう。だが、そんな事に構っている場合でもなく紾は急いで後ろを振り向く
蔡茌 紾
「待て待て!!今なんて言ったんだ!」
振り向いた先には、有無を言わせない強い瞳を宿した黎ヰが口をにやけさせていた
黎ヰ
「殺人現場で寝泊まり、最高に唆られるだろぉ」