伝言
中央警察病院
田文誠吾は精神科医に診てもらう事になっていた。その影には黎ヰが潜んでいるのだが、彼がそれを知る事はない
彼は数人の警察官に囲まれながら手錠をかけられていた。黎ヰの調査で容疑は晴れてはいるが、まだ完全に証明されている訳ではない
容疑者である馬場は逮捕されてはいるが、証言が取れた訳ではない…ましてや、調査したのが黎ヰだと知ると尚更、周りの警察官達は鵜呑みにしないようにしていた
皐月のようにちゃんとした報告書を見せてもらった訳でもないのだから、その対応は当然と言えば当然だった
正しい情報が入ってくるのにまだ時間は掛かるだろう…
田文自身、未だに自分が犯人だと思いこまされている
歩くたび、息をするたび、彼は自分が生きてはいけない人間なのだと思う。その考えを肯定するかのように、彼を取り囲んでいる警察官やすれ違う看護師も"人殺し"を見る目を向けていた
耐えきれず下を向き歩く田文は、やがて自分の方に向けられた靴に気づき立ち止まった
狭硯 秋悟
「おはようございます。田文誠吾君だね、どうぞこちらへ」
穏やかな笑顔を向けられた田文は、頭のおかしい自分にはそんな資格なんてないと思った
狭硯 秋悟
「すみませんが、診療中は彼と二人きりにして下さい」
田文と一緒に部屋の中へ入ろうとする警察官を止める
警察官1
「…分かりました。我々は外で待機してるので、何かあれば言って下さい」
狭硯 秋悟
「えぇ」
にっこりと笑うと、狭硯と田文は小さな部屋の中へと入って行った…
警察官1
「あの人なら大丈夫か」
警察官2
「今の人、そんなに有名なんですか」
警察官1
「あぁ。警察官でも何人か診て貰っていて評判がいいよ…あれ、でも」
何かに気づいた警察官は、不自然に言葉を途切れさせたかと思えば話を続けた
警察官1
「あの人って確か精神科医じゃなくて、心理士だったよな」
田文は医療の一環として精神科医に受診しに来た筈、心理士は医療ではなく精神療法を用いるので、また違うのだ
「どうして」彼がそう言う前に、こちらへと迷いなく歩いて来た人間に気づき二人の警察官は警戒する
曳汐 煇羽
「ご苦労様です。私の上司の命令で警護を代わりに来ました」
開口一番にそんな事を言う人物は、今まさに噂の的であり恨みの対象でもある、異常調査部の曳汐煇羽だった
警察官1
「君は確か…黎ヰの所の」
曳汐 煇羽
「はい。異常調査部の曳汐です」
短く自己紹介をする彼女に、二人は怒りを露わにした
警察官2
「勝手な事を言うな、そんな話聞いてないぞ」
曳汐 煇羽
「と、言われましても…」
行き渡っていない話に警察官は顔を見合わせた。それもその筈で、黎ヰは病院内警護を指揮している人物に連絡はしたが、一方的な彼の態度に指揮者は無視し部下に伝えてすらいなかったのだから
曳汐 煇羽
(また無視されてるみたい…)
いつもの事なので容易に想像できる事態に、仕方なく曳汐は次の案を提案することに…
曳汐 煇羽
「では私は私で警護致します。お二方もどうぞ気にせず警護を続けて下さい」
それだけ言うと、曳汐は部屋の近くに立った
警察官2
「勝手な事をされては困る!」
警察官1
「そうだ。それにお前らは信用できない、被疑者にもしもの事があったらどうする気だ」
彼女の勝手な行動はもちろん認められる事もなく、警察官は二人掛りで曳汐を責め立てた…にも関わらず、彼女は眉一つ動かさない
曳汐 煇羽
「やっぱり、黎ヰさんの言った通りですね。私達が警護するのは被疑者ではなく被害者ですよ」
警察官1
「なっ、」
曳汐 煇羽
「その選別が付いてない人間が被害者である田文さんの警護をしても、彼の精神の負担にしかならないから私に頼む…と、黎ヰさんが」
彼女からすれば、黎ヰに言われた事を代弁しているのだが、聞かされた方からすれば単なる煽りの言葉にしかとれなかった
怒りで顔を赤くしていく二人の警察官に構う事なく、曳汐は続ける
曳汐 煇羽
「いま、田文さんを診ているのは精神科医ではなく心理士の方です。その事を考えれば自ずと理解できると思うんですけど…」
警察官2
「何故それを知ってるんだ」
曳汐 煇羽
「黎ヰさんの指示ですから」
彼女に何かを言おうとした、その時…ガラリと扉が開いた
狭硯 秋悟
「あのー、丸聞こえなんですけど…」
微妙な顔をした狭硯は、このままでは終わらないと思い仕方なく間に入る
曳汐 煇羽
「これは、すみません」
素直に謝る曳汐に、狭硯は一度うなづくと警察官二人を見た
狭硯 秋悟
「彼女の話は本当ですよ。まだ情報が全体に届いてないのでしょう…田文君の容疑は既に晴れてます、今彼に必要なのは自分が事件の被害者だと自己認識する事です」
警察官1
「…」
医者にこう言われてしまっては、何も言える筈もなく警察官二人は黙った
曳汐 煇羽
「もし良ければ、田文さんにお話したい事があるんですけど、いいでしょうか?」
一瞬、何かを考えたが狭硯は了承する
狭硯 秋悟
「……えぇ、分かりました」
曳汐 煇羽
「ありがとうございます」
部屋の中に曳汐を入れる。すぐ手前にある座り心地の良さそうな椅子に田文は、身体を縮こまらせるようにして座っていた
曳汐 煇羽
「お騒がせしてしまって、すみません」
田文 誠吾
「…」
曳汐は、しゃがみ目線を田文へと合わせる
まるで、ビー玉のような大きく透き通った彼女の瞳に、居心地が悪くなった田文は目線を逸らしてしまう
曳汐 煇羽
「上司の黎ヰさんって人からの伝言です。"貴方はご友人の墓前で手を合わせる資格のある人間"だ、そうです」
田文 誠吾
「え…」
顔を上げた田文の瞳に映ったのは、普通の顔をした曳汐だった
蔑むでも憐れむでもなく、普通に接し話しているのだと、田文は感じた
これは単に、曳汐の感情が一定なのと彼女の中では"犯罪者"や"一般人"と言った壁がないので、誰が相手でも同じ対応だからなのだが…今の田文からすれば、その対応はとてもありがたいものだった
曳汐 煇羽
「あと、これを…」
曳汐は、異常調査部の名刺を田文へと手渡す
曳汐 煇羽
「暴言や誹謗中傷、理不尽な事などあればいつでも此処にご連絡して下さい。一応警察なので力になれるかと思います」
田文 誠吾
「あ…」
曳汐は田文に一礼し部屋から出ていった
狭硯 秋悟
「良かったね。田文君」
なんとも言えない感情が彼の中でうずまいていく
「犯人は幽霊だ」最初にそう言ったのは、確かに自分がやっていないと訴える為だった
その後は、地獄の様な日々で何度も何度も犯人だと、友人達を殺したんだろと、言い聞かされ彼がうなづくまでそれは続いた
本当に友人を殺したのが自分なんだと、そう思った方が楽になれた。だが、罪を認めても毎晩見る無残な友人の死体は頭から離れる事はなく……気がおかしくなりそうだった
狭硯 秋悟
「この紙に、寝ている時の君を描いてみてくれるかな?」
紙とペンを渡すと、田文は言われるまま描いていく…
出来上がった絵の中には、布団にうずくまる田文とその傍に立つ死んだ友人達が描かれていた
狭硯は優しく問いかけた
狭硯 秋悟
「…成る程。絵の中のこの子達はどうして泣いているんだい?教えてくれるかな?」
田文 誠吾
「……わか…ら…ない」
震え掠れた声から出たのは、彼の戸惑いだった
狭硯 秋悟
「僕の考えを言ってもいいかな。彼らの夢を何度も見ていたんじゃないかい?その中で彼らは泣いていた…田文君はそれを描いた」
田文は小さくうなづいた
泣いているのは、おそらく田文の深層心理が死んでしまった友人を心底案じているからなのだろう
田文 誠吾
「とう、に…本当に、お墓参り…して、いいの…かな」
無意識に発せられた言葉に驚いたのは彼自身だった
狭硯 秋悟
「当たり前だよ。君は彼らの友達なんだから…そうか、君はずっと彼らの事を気にしていたんだね」
無残な死体を見た日から、ずっとずっと…どうして友人達が死んでしまったのか…その事実を知りたい。友人達の無念を晴らしたい…そんな思いをうちに秘めていた
自分でも気付いていなかった…いや、周りの威圧から気付かせて貰えなかった気持ちに、彼はひたすら涙を流すしかなかったのだった
狭硯 秋悟
(それにしても"貴方はご友人の墓前で手を合わせる資格のある人間"か…)
気の利いた言葉はもっと他にもある様な気はしたが、その言葉の裏には田文誠吾が、友人想いの優しい人間だと、信じて疑わない何かを感じ取る事ができた
でなければ、彼の心にこんなにも響かないだろう…泣くことが出来ると言う事は、自分が悲しいのだと認めている証拠
友人の墓参りで区切りをつく事ができれば、時間は掛かるかもしれないが、田文はゆっくりと自分と向き合う事ができるだろう
『曳汐 煇羽プロフィール】
性別/女 年齢/23歳 誕生日/12月27日 血液型/AB型
好きな食べ物/豆腐 嫌いな食べ物/トマト・ケチャップ…赤い物
好きな飲み物/白湯 お気に入りスポット/温泉
経歴/昔の異常調査部へと勧誘されていたが断っている。祖父・父共に皇宮警視官なので天皇家とも所縁を持っている。体質が護衛へと向いていた為、20歳には第二機動隊として活躍していた。
性格/怒ったり笑ったりはするが常に感情が一定。何事も割り切り淡々としており基本、老若男女の区別を付けないので女でも普通に殴れてしまうファイターでもある。




