幽霊のしわざ
アリババが教えた遠回りのせいで、消防車が住宅地へと着いたのは三十分後だった。次第に強くなる風に消防隊員の誰もが大惨事を予想していたが、それは別の形で裏切られる事となった
消防隊員1
「これは一体、どうなってるんだ」
消防隊員達が戸惑うのも無理はなかった
彼らの目の前には、赤々と燃え上がる炎ーーではなく、破壊された水道管から滝のように溢れでた水だった
それも一つ二つじゃない、ほぼ全ての家の水道管から水が噴き出ている。本来なら火を煽る筈の風は、水を運び家を濡らしていた
どうしてこうなったのか…
亜久タケルを火事から救った後、何の躊躇いもなく黎ヰは、外付けされていた水道管を持っていた消化器で破壊したのだ
劣化していたのか、僅か二、三撃で水道管は破壊されバルブが全開まで開けられていた事もあり、水は想像以上に大きく噴き出てくれた
最初は、火元が拡がらないために出火元である亜久の家と、両隣りの家で済ます予定だったが、散らばった場所にも煙が上がっているのに気づき、アリババの狙いは山火事だと察した黎ヰが、同じやり方で各家々の水道管を破壊し続け…現在に至る
消防隊員1
「全部、水で消火出来たんですか」
一体、どんな奇跡がおきればそうなるのか…驚き声を上げる消防隊員に答えたのは紾だった
蔡茌 紾
「酷いところは…消化器で出火元を消して回りました」
我ながら何を言っているんだ。と思うが本当なのだから仕方がない。動き回ったのはほぼ黎ヰだけで、紾は亜久の側を離れる訳にはいかず、結局彼の暴れっぷりを傍観するしかなかった
黎ヰ
「虹が見えてきたなぁ〜」
紾が必死になって、消防隊員達へ説明しているのを横目に黎ヰはそんな言葉を吐く
誰が見ても、明らかにやり過ぎだが当の本人は全く気にしておらず、それどころか清々しさすら感じさせている
蔡茌 紾
(これって、ただじゃすまないよな)
おそらくこの後、紾の心配は的中する事になるだろう
亜久 タケル
「…ユ、ミ…」
横になっていた亜久が、ふと言葉を洩らした
黎ヰ
「目が覚めたみたいだな」
無理矢理身体を動かし、起き上がった亜久は知らない顔に驚いた
亜久 タケル
「…誰だ…俺は一体…」
黎ヰ
「誰かに狙われてたろ?おそらく、そいつの仲間に火を付けられて、死にかけた」
黎ヰの説明で、だんだんと記憶が鮮明になっていく…
亜久 タケル
「そうだ…確かに、変な女に狙われて…天井に隠れて、気が付いたら…ここに……」
黎ヰ
「俺は警察だぁ、あんたの治療が終わり次第その話詳しく聞かせて貰いたい」
亜久 タケル
「警察…なんで今更、そうだ!なんでも話す、だからユミを!ユミを探して欲しいんだ!お願いします!!彼女は生きてる!早く、早く探して下さいっ!!」
死にかけたせいか、最後に浮かんだ大切な彼女の顔を思い出し亜久は興奮気味に黎ヰに掴みかかった
亜久 タケル
「何でもするから、お願いだ!!せめて彼女の安否だけでもっ、お願いします!!」
騒ぎに気づいた紾が、二人の間に入る
蔡茌 紾
「落ち着いて下さい、もう直ぐ救急車が来ますからそれまで安静に」
亜久 タケル
「俺はどうでもいい!ユミを…ユミを探してくれ!」
"ユミ"…彼から何度も発せられるその名前に紾は、数時間前に見た死体を思い出した
蔡茌 紾
「ユミさんは…」
何を言えば正解なのか、恐らくそんなものは無いのだろう…紾は心が締め付けられる感覚を覚えた
蔡茌 紾
(言えるはずがない)
思わず亜久から目を逸らしてしまう
黎ヰ
「照井ユミは死体で発見された」
亜久 タケル
「え…」
悲しく重い言葉を吐いたのは黎ヰだった
亜久 タケル
「そんな、そんな訳ない!ユミは死んでなんかいない!!だって…だってユミから連絡が!!」
証拠に携帯を取り出し、亜久は気を失う前に見たメッセージを探した
亜久 タケル
「ここに、あった…あったはず…なんだ…」
何度探しても、そんなメッセージは見つからない
亜久 タケル
「俺の、幸せを祈ってるって、バイバイって…確かにあったんだ…ユミから…きたんだ…」
亜久は、頭の中では幻だったのだと理解はしていた。だが、感情が追いつかない
気づけば、みっともないぐらい涙を流し血が滲むぐらい拳を握りしめていた
亜久 タケル
「ぜん、ぶ…幻だったのか…」
彼の中の希望が無くなっていく…それは生きる意味を失うのと同じだった。亜久の瞳は、もう何も見たくないのだと…光を遠ざけた
黎ヰ
「そんな事ねーよ。証拠がなくても確かに彼女の想いは届いてた、見たんだろ?メッセージ」
亜久 タケル
「……あぁ」
黎ヰ
「なら、それが何よりの証拠だぁ。死して尚、照井ユミが伝えたかった事…本当に彼女を想い愛してんなら、ちゃんと受け取ってやんな」
亜久は、その場でもう一度泣き崩れた
暫くして、救急車が到着し亜久は近くの病院へと搬送された
去って行く救急車を見ながら紾がぼやく
蔡茌 紾
「彼は死の間際でも、大切な彼女を想ったんだな…だからこそ幻を見たのかもしれない」
言いながら黄昏れる紾に黎ヰは、おでこをパチンと軽く叩く
蔡茌 紾
「痛っ、何するんだいきなり」
おでこを摩りながら、文句を言う紾
黎ヰ
「紾ちゃんはロマンがないねぇ〜こう言うのこそ…」
黎ヰは、振り返り際に悪戯な笑みを向ける
黎ヰ
「幽霊の仕業でいんじゃね?」
蔡茌 紾
「幽霊か…」
もし本当に幽霊がいるのだとすれば、怨みや辛みで現れるのではなく大切な誰かを想い現れて欲しい…そして、出来れば亜久のように、残された人間が進める為に背を押してあげて欲しい…黎ヰの言葉を聞いてふと、そんな風に思ったのだった




