隠れた証人
亜久タケルは震えている
薄暗く狭い場所にひっそりと身を隠しながら同じ事ばかり考えていた
遅かれ早かれ死んでしまうのは目に見えている。助けを呼ぶ相手も、自分を心配する相手も居ない…いや、正しくは唯一居たその相手は死んでしまった
亜久 タケル
(ユミ…ユミ、ごめん…俺…)
照井ユミという存在は、亜久タケルにとって何者にも変え難い大切な存在だった。結婚詐欺を繰り返し、クソみたいな人生を歩んできたタケルに彼女は、人の道を教えてくれたのだ
付き合ってる事を隠したりもせず、正々堂々と両親に紹介してくれた
勿論、前科持ちのタケルに彼女の両親は猛反対した「いつか絶対に認めさせる」そう言って、ユミはタケルの前から決して離れようとしなかった
だからこそ、何の連絡もなく姿を消したのはどう考えてもおかしかった。彼女の両親に電話をしてみたが、嫌われているせいで電話にすら出てもらえない……だが、それが余計に嫌な予感を駆り立てる事になる
もし、不満があり彼女が実家へ帰ったのなら両親は大喜びで電話越しに暴言を吐くだろう…
だがそれすらない上に、ユミの携帯もずっと圏外のまま…何か事件に巻き込まれたのかもしれない
だから警察に捜索願いを出した…
亜久 タケル
(俺が馬鹿な事をしたせいで、ユミを見つけてやれなかった…ユミ、本当に本当にごめん)
だが、警察はタケルの前科を知るとユミが嫌気をさして逃げ出しただけだと決めつけ、捜索の順位を下げた
警察
『何か分かり次第ご連絡はしますが、もし向こう側からDVの被害だとか正当な理由があれば別件になります』
亜久 タケル
『そんなんじゃない!俺はユミに何もしてないんだっ』
警察
『あー、はいはい。あんたみたいな奴は決まってそう言うんだよな』
鼻で笑った警察は適当にタケルを追い返した。諦めきれずもう一度頭を下げて、すぐに捜索隊を出してもらおうとお願いしに行くと、会話が聞こえた
警察
『どうせあいつに原因があったんだろ、あいつはそんな目をしてた』
警察
『一応、捜索じゃなくてDVの被害届けが出てないか調べとく、無ければただのいざこざだろ』
何を言っても無駄だと思った
自分で探し回るしかない…タケルはユミが失踪する前の行動を辿り、必死に探したがうまくはいかなかった。彼女の友人達からも警察と同じ考えをされ、誰一人としてユミについて話してはくれなかった
まるで世界から見放された感覚だった
そんな中…一人の少女がタケルの前に現れる。少女はにっこりと笑いタケルに近づくと、ユミの事について聞いてきた
2日越しの手掛かりにタケルは飛びつき、少女に聞かれるまま彼女との関係をありのまま話した。黙って話を聞いていた少女は最後に"あの事件"の事を質問した
『貴方はどこまで知ってるの?』
ゾクッと背筋が凍りついた
その瞬間、やっぱりあの時自分は気づいてはいけない事に気づいてしまっていたのだと思った
その反応が肯定を示したのだろう、少女は躊躇いなくタケルを襲った
その後の事はタケル自身もあまり覚えておらず、ただひたすらに無我夢中で少女から逃げていた。次に見つかれば確実に殺されるだろう…
突然に迫り来る死の恐怖と、ユミの失踪とが結びつくのにそう時間は掛からなかった
亜久 タケル
(俺のせいだ…俺のせいでユミは…)
半年前
隣の家の夫婦が大喧嘩をしていた、立て続けに聞こえて来る罵声とガラスの割れる音
暫くして音は止み静かになったが、尋常ではない喧嘩に"流石にいつもの事だろ"と、ほっとく訳にもいかず様子を見に行ってしまった
その時は、夫婦は健在で違和感なんてなく、強いて言うなら床に割られた酒瓶が転がってて危ないな…なんて思うくらいだった
だが、俺は自然と結婚詐欺をしていた時の癖が出ていた事に気付いてなかった…実際には鈍っていたのかもしれないが、何にしてもあの場であの夫婦にバレずに済んで良かったんだ
夫婦が離婚をして引っ越した後、突然蘇った記憶に蒼然としてしまう
俺は女性を喜ばせる為の一つとして、相手の手を見て咄嗟に指のサイズを把握する技術を身につけていた
そうする事で、女性にピッタリの指輪をプレゼントし"君の事を見ている"と思わせる。これで大体の子は喜んだ
いくら足を洗ったとは言え、その時の癖はなかなか抜けれずあの時も知らず知らずに、玄関を開けた彼女の手を見ていた
あの時玄関を開けていたあの手は……女性ではなかった。これは単に直感だが、どっちにしろ性別に関わらずあの手は奥さんの手ではない事に変わりない
だから、咄嗟にユミの前で口にしてしまった。「あの人…誰だったんだ」と…
その時のユミは気味悪がっていただけだったけど、もしかすると外で喋ってしまったのかもしれない…
半年前の出来事だし、自分でも考え過ぎだと思うけど…
もし…もし、あの夫婦が大喧嘩していたのがワザとで、自分達に様子を見に来させるのが目的だったなら……きっと本当の奥さんは殺されているに違いない
亜久 タケル
(きっとユミも、あの子に殺されたんだ…)
そして自分も殺されてしまうに違いない
どのみち、身を隠すのに必死で2日もほぼ飲まず食わずだ…
亜久 タケル
(いっそう、このまま衰弱死ってのも悪くないか…)
自分が死んで喜ぶ人間は居ても、悲しむ人間はもう居ない。なら、ユミの元へ行きたい
亜久タケルは、精神的にも追い詰められていた。彼の思考回路はすでに生きる事を諦めているのだ…死と向かい合った時、彼の心の中には生きる意味はとうに失われていた
亜久 タケル
(ユミに会えない世界なんて、意味ないじゃないか)
そんな時、充電が切れかけの携帯が音もなく一瞬光を放った
ほぼ無意識にタケルは携帯を見ると、登録していないアドレスからのメッセージだった
もしかすると、自分を殺そうとするあの少女からの脅迫なのかもしれない。今となっては、どうでもいい…
亜久 タケル
「もう、殺してくれ…」
呟いた後、彼は届いたメッセージに言葉を失う
『バイバイ、タケルの幸せを祈ってるね』
亜久 タケル
「ユ、ミ…?」
直感的にユミからのメッセージなんだと分かった
そして、"バイバイ"と打たれた彼女らしくない言葉に彼は酷く動揺した
何にしてもユミは生きてる
その事実が嬉しく、堪らず涙を流した…もし本当に自分に愛想を尽かして姿を消したのだとしても、彼女が生きてさえ居てくれればそれで良かった
亜久 タケル
「ユミ、ユミ…良かった…本当に良かった…」
もう会えなくてもいい
死んでさえいなければ、ユミが元気で幸せならそれ以外は何も望まない。
ドンッ
亜久 タケル
「ひっ、」
家の中で響き渡るぐらい強い音がした。その数分後、タケルは異様な暑さに襲われる
亜久 タケル
「まさかっ!?」
嫌な予感が彼を襲い、タケルは真っ暗な場所で出口を探し、開けようと思いっ切り床を叩くーー
タン
が、思った以上に力が入らず失敗してしまう。それどころか、隙間から煙が上がってきた
亜久 タケル
「ごほっ、ごほっ…ごほごほっ」
思わず吸い込んでしまいタケルは、その場で悶え苦しむ。その間にも床から焼けるような熱さが彼を更に追い詰めた
駄目だ。逃げられない
亜久 タケル
(ここで死ぬのか…最後に…ユミに会いたかった)
もう会えなくてもいいと思ったのに、最後の最後での未練がましい恋人への想いを胸に秘め、タケルの意識は途絶えようとしていた…
ー瞬間ー
バキン
大きな音と共に、天井の板が突き破られ出口を作った
薄れゆくタケルの視界には燃え盛る炎と煙が見え、家に火を付けられたのだと理解する
が、動く元気すらない彼に逃げる事など出来なかった
黎ヰ
「多少の痛みは我慢しなっ!」
聞き慣れない声がした後、タケルの身体はそのまま下へと引きずり出されたのだった




