実験場
照井ユミ。残念ながら廃校舎で遺体として発見されてしまった彼女は、親元から離れ自立しており、失踪届けは亜久タケルが4日前に出していた
4日前と言えば丁度、馬場達が廃校舎で殺人を起こした日…この時、馬場が埋めようとしていたのは照井ユミの死体
それを裏付けるかのように彼女の指輪が、掘られた穴の底に落ちていた
早朝から検死した結果、彼女の死亡推定時刻は4日〜5日前
その体には無数の擦り傷や痣などがあり、その殆どは他者からではなく彼女自身が付けたもの…つまり、照井ユミは、何かまたは誰かから夢中で逃げていたと思えた
時間の関係上、直接の死因は未だ不明だが、手口からして恐らく馬場やアリババ以外の第三者が殺害したものと黎ヰは睨んでいた
黎ヰ
「照井ユミが殺害された理由…恐らく亜久タケルが知ってる可能性が高いなぁ〜。まぁ、生きてたらの話になんだけど…」
彼女の失踪届けは、2日後には取り下げられている。そのせいもあってか、調べていた夏氷も見逃していた
失踪届けには優先順位があり、事件性の低いものは捜索を後回しにされ、最悪されない事もある
特に亜久タケルには逮捕歴があり、彼に問題があるせいで単に逃げられたのだと判断されたのだろう…事件性はないものと判断されてもおかしくはない
だが、亜久タケルがその対応に苛立ち失踪届けを取り消したとは考えにくい。単に彼女を探して欲しいなら、取り消す事に意味はないし、その行為はむしろ"探して欲しくない"と言っているようだ
そして、それを最後に亜久タケルは消息を絶っている
恐らくだが、照井ユミの失踪届けを出した事で、彼女を殺害した奴らに狙われた可能性がある
黎ヰ
「現段階じゃ、"誰が""何故"までは解らない。と言わざる得ないけどなぁ」
蔡茌 紾
「誰がって、例のサイコパスキラーじゃないのか?」
黎ヰ
「うーん?まぁ、今はそうかもなぁ〜」
だとしても、アリババに命じる奴が居るはず。まだ組織がどんな目的で何の為に存在して何人居るか…目星が付いていない以上は、下手な詮索は固定観念を生むだけだ
黎ヰ
「何にしても此処での聞き込みが上手くいくかで変わってくるだろうよ」
車から降りて歩くこと30分。山に囲まれた場所に、住宅地はあった
一戸建ての家の表には車が一台入れるくらいの庭が設置されており、駐車している家もあれば庭として使っている家もあった
申し訳程度に囲まれた柵で、近隣との距離を保ってはいるが、大声を出せば住宅地全域に届きそうな程に、左右前後と家々は密集している
黎ヰ
「流石、訳あり住宅地って所か」
夏氷の情報によると、此処に住む全員が恐喝・強盗・詐欺・窃盗などと言った全科持ちだ
もちろん、亜久タケルも例外ではなく、1年前に結婚詐欺グループの一員として捕まっていた
黎ヰ
(山奥に社会不適合者を集め、密接させた家で生活…宗教的なものが絡んでるなら車が在るのは不可解だしなぁ)
閉鎖環境下で相手の考える力を低下させ、思い通りに信じ込ませるのが宗教団体の特徴だが、その場合移動手段である車は先ず置かない
と、いうことから推測するにこの住宅地は、ちょっとした閉鎖環境で自由な生活が許されている事になる
黎ヰ
「……馬場がしてた事と住んでたこの妙な場所…成る程なぁ〜考えたな」
恐らく住宅地は、馬場が製造していた薬の効能を調べる為の場所…つまりは実験場と考えるのが妥当
黎ヰ
「とりあえず紾ちゃん、中央の家から話を聞くか」
蔡茌 紾
「手前からの方がいんじゃないか、わざわざーーっ?!」
紾が続きを言う前に、彼はある事に気づき思わず言葉を止めた
窓の外から人が見ている。しかも一人や二人じゃない…殆どの家の住人達からジッと見られていた
あらかじめ人の視線に気付いていた黎ヰは、気にする様子もなくスタスタと歩く
黎ヰ
「中央にある赤い車の家。空いた窓から人影が見えた、話を聞くにはマトモな人間だと思うぜ?」
この場合のマトモとは、警戒してこっちを見ていない人間を指す。ので、話が通じる相手かどうかはまた別の問題だろう
もちろん紾は、そんな事とは知らずに、そのままの意味で捉えた結果…チャイムを鳴らし、出てきた30代ぐらいの女性に冷ややかな目で見られた挙句…
北田
「帰って下さい」
門前払いをされてしまい、絶句している間に玄関は閉められた
カチャン
黎ヰ
「クック、鍵まで掛けられて…気の毒だねぇ紾ちゃん」
蔡茌 紾
「笑ってる場合じゃないだろ。まぁ、少しは傷ついたけど」
素直な感想を漏らした紾に、黎ヰは彼の肩に手を置いて慰める
黎ヰ
「気にする事ねぇよ。誰だって疲労困ぱいの虚な目をした怪しい人間が訪ねてきたら、警戒すんだろ?」
蔡茌 紾
「ちょっと待て!まさか…全部分かって…やらせたのか…」
デジャブめいたやり取りに、紾は思わず頭を抱えた
黎ヰ
「最初に身分証明書を見せなかった、紾ちゃんの失態だろ?」
言いながら黎ヰは、懐からハサミで取り出した警察手帳を掲げた
北田
「警察!!」
蔡茌 紾
「え…」
覗き穴からこちらの様子を伺っていたのか、女性は閉めた鍵を直ぐに開けると玄関を勢いよく開いた
黎ヰ
「少し、聞きたい事があんだけど?」
北田
「は、はい」
先程とは打って変わり、女性は二人を家の中に招き入れた
蔡茌 紾
「俺も見習わないとか…」
黎ヰのお陰で、女性と話す事が出来る。多少なりとも自分の軽率な行動に反省するのも束の間…独り言を聞いていた黎ヰが、澄ました顔で口を開く
黎ヰ
「俺の格好と今の紾ちゃんを見れば、誰だって警察とは思わねぇし信じねぇって。ぶっちゃけ手帳を見せようが見せまいが、あぁ言うタイプは最初に玄関を閉める」
蔡茌 紾
「……つまり…」
黎ヰ
「ん?紾ちゃんを囮にしたって話」
こうも悪気なく涼しい顔で言われてしまうと、怒りを通り越して褒めたくなってしまう。何とも言えない感情に、紾は顔を引きつらせるしかなかった
ーーー ーーー ーーー ーーー
北田
「あのっ、言っておきますけど私じゃありませんから!」
家に入るなり女性は、はっきりとだが震えた声で言い放った
蔡茌 紾
「落ち着いて下さい。俺達はただ人を探しているだけで…」
急に取り乱す女性に、紾は落ち着かせようと丁寧に接しようとするが、彼女はお構いなしに続けた
北田
「だから!私じゃないんです、それ。あの子達とは挨拶をする程度で深くは知らないし、だいたい私は半年前に引っ越して来たのよ!この環境に慣れたのも最近で、それに動機だってないわ、分かってくれるでしょ」
何かを勘違いしている女性は、弾丸のように言葉を並べると、同意を求める様に紾に顔を近づけた
あまりの迫力につい返事をしてしまいそうになる
どうしたものかと、目を動かし黎ヰに助けを求めた
蔡茌 紾
「って… 黎ヰ?」
さっきまで隣に居たはずの黎ヰの姿がない。不審に思うのも束の間、女性のがなり声が彼の場所を教えてくれた
北田
「あんた、何やってんのよっ!」
女性が怒るのも無理はない
土足で勝手に家の中まで上がり込んだ黎ヰは、いつもながら器用にハサミを使って、写真立を持ち上げ眺めているのだから
正直どこから突っ込めば良いか分からなかったが、黎ヰの事だ、きっと考えあっての行動だろう
だからと言って、一般市民…ましてや女性の家でするのは常識的な面でアウトだ
どうやって止めようかと悩んだ紾だったが、黎ヰが喋り出す方が早かった
黎ヰ
「北田結衣子。僅か5年間で児童を誘拐した数は16人、どの児童も虐待を受けていた事から"誘拐"ではなく"保護"と裁判で認められ、半年前に釈放。」
北田
「そ、そうよ!やっぱり私の事を疑って…」
動揺する女性に黎ヰは、うっすら笑いながら首を横に降る
黎ヰ
「いーや、誘拐云々に関しては俺の趣味。あんたの顔と写真に映った子でピンときただけ」
言いながら、丁寧に持ち上げていた写真を元の場所に置く
北田
「は?な、なんなのよ、あんた…」
この気持ちは紾も一緒で、趣味で女性の犯罪歴を当てた黎ヰに、多少なりとも不信感が芽生えてしまう
戸惑う2人に構う事なく、黎ヰはそれより、と続けた
黎ヰ
「どうして隣人が行方不明だと気付いた?」
北田
「そんなの、分かるわよ。人の家を観察するのがーーっ?!」
まずい事を口走ってしまい、慌てて女性は口を押さえた
黎ヰ
「癖なんだろぉ?別に責める気も無闇に逮捕する気もねぇから安心しな。さっきも言ったろ、話が聞きたいだけだ」
北田
「私の言う事なんて誰も信用しないわ」
あまり良いとは言えない彼女の癖……そのせいもあり、歪んだ正義感で16人も誘拐してしまい、多少なりとも普通とは違う自分の生き方に、一番戸惑っていたのは彼女自身だった
責められ後ろ指を刺されて生きてきた彼女は、散々嫌な思いをしてきた。そんなやつの話は誰も信用しない。それが彼女の生きてきた現実だった
さっき迄とは打って変わり、女性は暗い顔で目線を落とす
北田
「警察の言う事なんていつも一緒、私の様な犯罪者を追い詰めて罪を上塗りさせる気なんでしょ」
諦め切った彼女の言葉に紾は、胸の奥に何かが刺さったような感覚に陥った
きっと住宅地には彼女のように、世間から迫害され行き場を失った犯罪者達が集まっているのだろう
冷たいかもしれないが、どんな理由があれ犯罪は犯罪だ。罪を犯した以上は、世間からの風当たりは厳しいだろう…
でも、せめて警察官である自分は罪を償い人生をやり直そうとしている犯罪者に、手を差し伸べたいと思っている
蔡茌 紾
「俺は、貴方の犯した誘拐については詳しくは知りませんが、罪を償い懸命に生きている貴方を陥れる様な事は決してしません」
北田
「……貴方はしなくても、他の警察はするのよ」
静かに告げられた悲しい現実に、紾はこれ以上かける言葉が見つからない
何を言っても傷ついてきた彼女を慰める事は出来ないだろう
蔡茌 紾
(俺は犯罪者じゃない……彼女の嫌う警察だ…)
真面目な性格のせいか、紾は目に見えない境界線に無断で踏み入る様な真似は出来なかった
黎ヰ
「なにも、犯罪者を逮捕するだけが俺達の仕事じゃないぜ?」
重たい空気を破ったのは、やっぱり黎ヰだった
北田
「何が言いたいの」
黎ヰ
「犯罪者から犯罪歴のある者に変わった、一般市民を守るのも給料の内に入ってるって事だ。今後そう言った嫌がらせや不等な扱いを受けたら言いな、同僚だとしても相応の対応はする」
犯罪者から犯罪歴のある一般市民、そんな言い回しが彼女の心に響く
少なくとも目の前の2人は、なんでも決めつける奴等とは違うのかもしれない……頭では理解できるが、真実を語るには言葉が震えてしまう
女性の態度からして、確実に何かを知っているのだと悟った黎ヰは、自分の本音をぶつけた
黎ヰ
「あんたの話で救える命があるかもしれない、知ってる限りで良い情報が欲しい」
黎ヰの言葉に突き動かされるものがあったのか、女性はうなづいた
北田
「……分かったわ。私でよければ話します」
二人のやりとりを、黙って聞いていた紾は、上手に交渉する黎ヰに、素直に関心していた
蔡茌 紾
(無茶苦茶に見えて、相手の事を考えてるんだよな…)
犯罪思考で有名な黎ヰは、署内では恐れられ忌み嫌われているが、少なくとも目の前の…犯罪者の心に寄り添えるのなら、良いのかもしれない……そんな風に思えたのだった




