友人
黎ヰ
「さて、と…ちょっと知り合いに会ってくるから紾ちゃんは待ってな」
案内されるまま車を走らせ、街中につくなり黎ヰはそう言って、紾の返事を聞く前に車を降りた。
蔡茌 紾
「知り合いって誰なんだ?」
なんて言葉は、虚しく車内に響くだけだった。特にやる事もなく、窓から外を眺めると、丁度黎ヰが店と店の間の小さな路地へと入って行ったのが見える。
蔡茌 紾
「それにしても、病院は本当に大丈夫なのか?ま…考えても仕方ないか」
一体、黎ヰはどこまで考えを巡らせているのか…最初は単なる殺人事件の再調査としてだった。
それが裏で組織が絡んでいたり、自分達の存在が露見しないよう証拠を隠滅しようとしていたり…正直頭があまりついていけてない。
殺人事件の調査が初めての自分と、百戦錬磨の黎ヰとを比べる事自体間違ってるのかもしれない…
だとしても、今のままじゃ黎ヰの負担は計り知れない。
蔡茌 紾
「ふぅー、どうして俺が異常調査部に移動されたんだ」
推理力も対してないのに、全く理解が出来なかった。
今のままじゃ確実に足手まといな気がしてならない…駄目だと分かっていてもマイナス思考になってしまう。
ピピピピ ピピピピ
携帯から着信音がする。取り出して画面を確認すると、友人の名前が表示されていた。
蔡茌 紾
「世瀨?珍しいな」
電話の相手は警察学校からの友人、世瀨芯也だった。最近まで地方へ居たが実績を上げてまた警視庁勤務へと戻って来た。
一瞬出るべきか迷ったが、まだ黎ヰも戻って来そうにないので、紾は通話ボタンを押した。
蔡茌 紾
「世瀨か、朝早くからどうしたんだ」
世瀨 芯也
『眠そうだな。声酷いぞ?』
蔡茌 紾
「もっと言い方があるんじゃないか。昨日からあんまり寝てないんだよ」
遠慮のない友人の第一声に顔をしかめる。
世瀨 芯也
『やっぱりそっちで何かあったんだな。非番だってのに朝から部長命令で駆り出されたかと思えば、理由も聞かされず待機。全く持って迷惑な話しだ』
蔡茌 紾
「あ、はは……大変だな、お前も」
世瀨の愚痴に心当たりしかない紾は、顔を青くさせる。
蔡茌 紾
(まさか、黎ヰが脅迫した相手って…まさか、な)
世瀨 芯也
『でもって、今し方中央警察病院にてまた待機命令だとよ」
"まさか"だと思っている事に、いよいよ信憑性が増してきてしまう。
世瀨 芯也
「噂によれば例の黎ヰって奴の影がある。って事なんだが、実際はどうなんだ」
世瀨は紾が、異常調査部の副部長兼監視係として移動になった事を知っている。と言うか、最初に気づいたのも彼だった。
自分が地方から都内へと部署移動になった際、たまたま紾の名前も発見したのだ。
興味本位で見てみたら、何故か悪い方へと有名な異常調査部への移動が確定しており、不審に思った世瀨は極秘で紾に教えた。
もちろん紾自身は、そんな話は全く知らされておらず…結果的には、無理矢理移動させられるという形になっていた。
何故そんな事になったのか、移動の理由を決定した管理官・世瀨 哲乙…友人の父親に直接聞きに行き話を伺った所、"誰かが既に手回しをしていた"と言われた。
今でも誰がそんな事をしたのかは不明のままで、決まった事だから受け入れてくれ。とあっさりと見放されてしまう。
昔からそう言う人だとは知っていたので、紾もそれ以上は追求せずに、渋々了承したのだった。
苦い思い出に浸りながらも、紾はどう説明しようかと頭を悩ます。
蔡茌 紾
「まぁ、その、色々と…な」
嘘がつけない性分のせいで、返事は曖昧になってしまう。残念な事に紾と長い付き合いの世瀨には、それだけで大体は理解できてしまった。
世瀨 芯也
「噂通りって事だな。本当無茶苦茶な野郎だ黎ヰは…お前は大丈夫なのか?ぶっちゃけそっちが本題なんだぞ」
何気ない友人の気遣いに、紾は昔の懐かしさを感じた。
警察学校時代も、世瀨はよく紾に"大丈夫か"と口癖のように言っていたのだ。
蔡茌 紾
「何とかやってるよ」
世瀨 芯也
「その口振りは本当だな、安心した。おっと…そろそろ切らないと小言を食らう。んじゃ週末に」
それだけ言い残すと世瀨は一方的に電話を切った。
蔡茌 紾
「お節介な奴だな、相変わらず」
なんて軽口を叩きながらも、少し気分が楽になっていくのを感じた。
実家に帰って来たような…そんな気持ちだ。
蔡茌 紾
(週末か、特に予定もないしたまには奢ってやるか)
いきなり立てられた予定だったが、心待ちにしている自分に少し笑ってしまったのだった。
ーーー ーーー ーーー ーーー
同時刻。
紾を置き去りにして黎ヰが向かった先は、路地裏を何回か抜けた先にある、小さなマンションだった。
小さいが新築の為、外観はかなり綺麗で家賃もそれなりにある分セキュリティは完璧だ。
入り口は防弾ガラスになっており、入る時は呼び出し音で相手に開けてもらうか、住居人にしか設定できない指紋とカードキーを使うしか手段はない。
黎ヰは慣れたように、入り口の側に置いてある機械に自分の左手の指全てを認識させた。
画面に正しく認証確認済みと表示されたので、今度はハサミ越しに持っていたカードキーをスライドさせる。
そこまでしてようやく入り口の扉が開いた。
そのまま中へ入り、エレベーターに乗るとハサミで目的の階である5階を押した。
しばらくして着いた先は、この階には一個しかない玄関がある廊下だった。
迷いなくドアの前まで行くと、モニター画面が設置されており、今度は右手の指の指紋を全て認知させる。
入り口の機械同様に、画面に正しく認証確認済みと表示されたのでさっきとは違うカードキーをスライドさせた。
カチャン
玄関の鍵が開いた音がした。
黎ヰは軽く「おじゃましまーーす」と言うと、靴を脱ぎ部屋の中へと入っていった。
目的の部屋のドアを開けると、その中は机の上にパソコンが四台置いてある部屋だった。
窓はないが、空調機が付いていて部屋の温度はかなり下げられてしまっている為、真冬並みの寒さだ。
部屋の真ん中に座り心地の良さそうな椅子に座っている人物が居た。
その人物は黎ヰが部屋に入って来たのが分かり、椅子をクルリと回して顔を向けた。
葩永 夏氷
「どうも」
目の下の隈を隠さないつり目と闇を映しているかのような真っ黒な瞳は、どこか冷たさを感じさせる。
色白の肌のせいか、オレンジかかった髪色がよく目立つ…成人はしているが何処か儚げであどけない雰囲気のせいか、彼をより幼く見せていた。
黎ヰ
「悪りぃなぁ、昨日に引き続きで」
葩永 夏氷
「別に、アンタだってどうせ寝てないんだろう?ナポレオンの記録は更新したの?」
ナポレオンは夜に三、四時間しか眠らない短時間睡眠だと言う逸話を持つ。葩永は黎ヰにそれ以下の睡眠時間なのかと興味本位で聞いているのだ。
黎ヰ
「軽く24時間は経ってるなぁ、まっ今晩にはぐっすり眠る予定だから問題ねーよ」
葩永 夏氷
「事件が起こる度に聞いてる、その台詞。オレが言うのも何だけどアンタの特異体質面倒いね」
黎ヰ
「気にした事ねーよ、で?依頼した情報はどうだ?」
葩永 夏氷
「情報屋の看板掲げてる以上は、それなりにやる」
椅子をクルリと回し、今度は黎ヰに背を向け、目の前にある一際大きなパソコンに向き直ると、片腕を軽く縦に振り黎ヰにこっちに来い、と合図をする。
黎ヰが後ろに来たのを確認すると、キーボードを何回か叩いたのち、画面上に黎ヰが予め依頼していた二名の人間の写真が映る。
一人は、いま警察病院にて身柄を確保されている人物…馬場で、もう一人は死体として発見された女性だった。
黎ヰは情報屋である葩永に、二人の写真を送り、身元を調べて貰いその結果を確認しに来た。
葩永 夏氷
「男の方からでいい?」
黎ヰ
「あぁ」
画面上に男の情報が上がってくる。
【名前は馬場達夫。42歳。
学歴・経歴共に下の下と言わざる得ないもので、定職に着かず両親の遺産で生活を続けるも、それも底をつき思い至った仕事が麻薬の栽培だった。意外にもそう言った才能はあったようだったが、所持している所を発見され直ぐに捕まるが、翌日には証拠不十分で釈放。】
そこまで読むと、黎ヰは首を捻らせる。
言いたい事が分かった葩永は、黎ヰが疑問を口に出す前に自分から喋る。
葩永 夏氷
「馬場って男、取り調べの時には自供してる。当時の担当者に聞いたから間違いない」
黎ヰ
「なのにも関わらず証拠不十分ねぇ」
葩永 夏氷
「そこなんだよね問題は」
黎ヰ
「だとすれば、別の容疑者の浮上だなぁ」
葩永 夏氷
「麻薬とは無縁な青少年。明らかに作られた容疑者だね。因みにその子は逃走中に事故で死亡、全ての罪を着せられたまま事件は幕を閉じた」
黎ヰ
「ふーん、成る程ねぇ。手口が似てんなぁ」
今回の廃校者殺人事件も青少年に罪をなすりつけている。
そんな類似点に黎ヰは、アリババの影を見た。と言うか全てアリババが仕組んでいたのだとすれば辻褄が合う。
馬場と一緒に居た事や、明らかな上下関係…この時の罪をでっち上げ釈放させたから馬場は言うことを聞かざる得なかったのだろう。
葩永 夏氷
「釈放された後、とある住宅地で結婚生活を送ってる」
黎ヰ
「結婚生活ねぇ〜、おそらく薬製造の隠れ蓑にしてたんだろうなぁ。だとすれば女の死体はその結婚相手」
葩永 夏氷
「だと思うよね普通」
葩永は眉間にシワを寄せながら、次のページへと画面を切り替えた。
黎ヰ
「あ?」
そこには女の情報が載っていたが、そこにある個人情報は黎ヰの予想を裏切る結果となっていた。
調べた葩永でさえ、納得の言っていない目で画面を見た。
【名前は照井ユミ。年齢22歳。大学卒業と共に上京】
以下の文は、彼女がいかに優秀で真面目な子なのかが分かる情報しか載っていなかった。
とてもじゃないが、馬場と出会いそうにない上に結婚歴もない。そもそも彼女を利用する動機すら思い当たらない。
葩永 夏氷
「この子と男とを繋げる接点がない」
黎ヰ
「……やられたなぁ」
流石の黎ヰもそう言わざる得なかった。
おそらく、元から入っていたのは馬場の結婚相手、または関連のある人物だったのだろう。
廃校舎での馬場やアリババの反応を見ても、それは間違いない。二人も知らないうちに死体の中身はすり替えられていたらしい。
余程警戒心が強い組織らしい。思ってた以上に一筋縄じゃいかない。
黎ヰ
「手掛かりが途絶えたか?」
死体が別のものならば、指輪も全く関係がない事になる。
そこまで考えて黎ヰは、引っ掛かりを覚えた。
黎ヰ
「指輪には名前が掘ってあったよなぁ」
葩永 夏氷
「名前の掘られた指輪?あぁ、そう言う事」
唯の指輪ならお洒落の一環としてだろうが、名前が掘られているなら誰かからプレゼントされた可能性がある。そしてそれを付けるなら相手は彼氏かもしれない。
黎ヰの言わんとしている事が伝わり、葩永は彼女に失踪届が出されていないかを確認した。
葩永 夏氷
「あった。届け人は…亜久タケル、住所は…」
葩永が読み上げる前に黎ヰは目で確認し、ニヤリと笑った。
黎ヰ
「馬場と一緒の住宅地だなぁ」




