笑う解剖士
2事件【被験者達の集う場所】
アハハハハハハハ アハハハハハハハ
アハハハハハハハ アハハハハハハハ
蔡茌 紾
「?!」
絶叫にも似た笑い声で紾は慌てて目を覚ました。廃校舎での体験のせいか、咄嗟に誰かが殺されかけているのではと思ってしまう
馬鹿らしい発想だが、狂気の混じった笑い声がより信憑性をあげていくのだから、疑わずにはいられない
身体を無理矢理起こして直ぐに叫び声がした方に顔を向けた。そこに居たのは、台の上にのせられ横たわる人間と血だらけの白衣を着ている人物…誰がどう見てもこの状況はまずい
蔡茌 紾
(黎ヰはどこだ)
まさか、いまあそこに横たわっている人間が黎ヰなのではと嫌な想像が横切る
そんな紾を他所に、白衣を着ている人物は鋭い刃物を両手に、目の前に横たわっていた人間へ遠慮なく斬り付けていく。残酷な光景に何かが込み上がってくる
蔡茌 紾
「ゔっ、え」
黎ヰ
「吐くならここにしときな」
聴き慣れた、懐かしさすら感じさせるその声に紾は、はっと顔を上げた
ガラン
蔡茌 紾
「痛っ」
勢いよく頭を動かしたせいで、黎ヰから差し出されていた銀のトレイが額にぶつかり派手な音を立てる
黎ヰ
「元気そうで何よりだねぇ」
明らかな嫌味を言われるも、紾はとりあえず生きていてくれた事にほっと胸を撫で下ろした
蔡茌 紾
「死んだかと思ったんだぞ…じゃあ、あそこに居るのは一体…」
芥 昱津
「アハハハハハハハ、いいよいいよ!静かで最高の死体だよ!」
まだ笑いながら不気味な事を言っている人物に紾は眉を寄せる。黎ヰの反応を見るからに、物理的には危険な相手じゃないのかもしれない
蔡茌 紾
「いや待てよ」
顔は黒のサングラスとマスクのせいで見えないが、深緑色の手入れが全くされてないボサボサの髪の毛
長身長の割に猫背気味な姿勢と裾が余りきっている短いジャージ姿に足元は草履。血がプリントしてある独特の白衣を着る人物に、一人だけ心当たりがあった。…と言うか、彼しか考えられない
黎ヰ
「あ〜く〜た〜怪我人居ること忘れんな」
黎ヰが注意したその人物は、片手で返事を返すと声を小さめにして再び笑う
蔡茌 紾
「やっぱりか」
彼は芥 昱津、れっきとした異常調査部のメンバーだ。引き篭りがちのせいで一度しか会ってないが、間違いないだろう
そして、彼の前に置かれているのはあの死体
蔡茌 紾
「と言う事は、ここは異常調査部の解剖部屋か」
一度も入った事のない部屋と狂気じみた笑い声のせいでかなり動揺してしまったが、周りを見渡せば色んな機材が揃っていた
黎ヰと車に乗り、死体と相席になった辺りで記憶が曖昧だ。きっと極限の緊張感と疲労で寝てしまい、何故か解剖部屋まで連れてこられたらしい…
理由を聞こうと口を開いたが、自分の傷だらけだった身体が丁寧に手当てされているんだと気づいた。おまけに下には柔らかい素材の布が敷いてあるのと、軽いタオルケットまで掛けられている
黎ヰの側にある台の上には、包帯や消毒などが置かれてる事から何をしてくれたのが簡単に想像できてしまう
蔡茌 紾
「手当てしてくれたのか、すまない」
黎ヰ
「別に、俺のとついで」
素っ気なく返されたものの、顔を逸らした黎ヰはきっと照れてるんだと思えた
芥 昱津
「素直に…なったら?…此処に着くなり、僕の大事な死体と…被疑者ほっぽり、出して連れてきた…んだから…」
黎ヰ
「叩き起こしたの根に持ってんな」
芥 昱津
「まさか…感謝してる、よ…フフフフ…素晴らしい、僕の死体を…持ってきてくれたんだから」
黎ヰ
「なら早くその死体を、隅々まで調べろよなぁ」
二人の会話を聞きながら、芥の言ったように黎ヰは自分の疲労など無視して、ここへと運んでくれたのだろう
別に解剖部屋じゃなくても良かった様な気もしたが、黎ヰの事だ"効率を重視した結果"だと言いそうだ
黎ヰの思いやりに顔を綻ばせた時だった…
黎ヰ
「なに笑ってんの、紾ちゃん」
不機嫌100%の顔をさせた黎ヰは、紾が乗っている台に片足を掛けると、思いっきり蹴った
蔡茌 紾
「うわっ」
キャスターが付いた台は勢いよく滑り出し、落ちない様にしがみつくのも束の間、閉じられているドアへとぶつかる
衝撃に備えて思わず目を瞑る紾だったが、そうなる前に出入り口の開閉ボタンを押した黎ヰは、そのまま台ごと紾を追い出す事に成功した
黎ヰ
「で、進展は?」
芥 昱津
「もちろんあるよ。黎ヰ君も一緒に…解剖しよ」
芥だけではなく黎ヰも司法解剖士としての免許を持っている
腕前はすでに認められており、担当する"自分の死体"を大事にする余り、他人が手をつけるのを酷く嫌がる芥ですら、黎ヰには手をつける事を許していた
いつもなら黎ヰが調査し芥が解剖した結果を知らせるので、滅多に解剖する事はないが今は早く知りたい情報がある
アリババを逃したのは最善の判断だったとは言え、その代償は大きくもあった
ほとんど証拠を残したがそれが必ずしも有効になるとは限らない。ナイフの指紋や紾に打とうとした劇薬、関係のある被疑者と死体…その全てを生かすも殺すも自分達次第なのだと自覚しなければならないと黎ヰは考えていた
アリババが口封じを失敗した以上、次に起こす行動は証拠の隠滅なのだから
黎ヰ
「時間が惜しいからなぁ、要点さえ抑えたら任せる」
芥 昱津
「忙し…そう。大丈夫?」
人数が少ない割にハードな事件の調査…紾だけではなく、疲労は確実に黎ヰにも蓄積されている
いつ倒れてもおかしくはない状態なのだが…
黎ヰ
「こんなに最高な事件だぜ?忙しさなんて苦になんねぇなぁ!」
本人は疲労を感じるどころか、まだまだ深まる謎に興奮していた
芥 昱津
「流石、黎ヰ君。そう言う所…好き…だよ、アハハハハハハハ」
黎ヰ
「クッククククク」
しばらく解剖部屋には二人の笑い声が響いていた
ーーー ーーー ーーー ーーー
強制的に解剖部屋を追い出された紾は、台に乗ったまま出てきてしまった為、その場に居た二人の人物に不思議そうな顔を向けられてしまう
曳汐 煇羽
「元気そうでなによりです」
デジャブめいた言葉を投げかけられ、紾は苦笑いを返した
蔡茌 紾
(曳汐に言われると、本当にそう思われてる気がしてならないな)
皐月 周
「蔡茌さん!!」
蔡茌 紾
「うわっ?!」
もう一人そこに居た人物ーー皐月は、紾の顔を見るなり飛びかかった
皐月 周
「流石です!たった半日で事件を解いてしまうなんて!!本当に本当にありがとうございます!」
感謝の言葉を並べる皐月は、紾の身体を何度もゆらした
蔡茌 紾
「わ、わ、分かった、から、おち、着いて、くれ、ないか」
完全に我を忘れている皐月を落ち着かせようと、声をかけるも本人には全く届いていなかった
最後の頼みの綱として曳汐を見るも…
曳汐 煇羽
「お茶を用意しますね」
見当違いの言葉を残して去られてしまった。これはもう、皐月の興奮が収まるのを待つしかないなと諦める
ガチャン ガチャン
遠くの方でお茶の用意をしてくれていた曳汐が、コップを何脚か割っている音が聞こえる
蔡茌 紾
(家に帰りたくなって来たな)
強くそう思ったが決して口にはしなかった




