死刑宣告
暗がりにも目が慣れてきた頃、紾は慎重に廊下を進んでいた。馬場に食らった重い一撃が、未だに残っており、歩くたびに痛みが襲う
蔡茌 紾
「それにしても、どこに行く気なんだ?」
道すがらライトを照らし男が居ないか確認していく
相変わらずギシギシと音がする床に集中力を削がれる気がしてならない。男は一体どこへ向かって逃げたのか…ただ闇雲に走ってるだけとは思えなかった
蔡茌 紾
「狙われてる…よな」
最初に攻撃をしてきた時点で、おそらく男は再び襲い掛かってくる
蔡茌 紾
「じゃないと、逃げるなら普通外に行くよな」
何となくだが誘い込まれているような気がしてならない。妙な勘だと思いながらも、ゆっくりと進んでいく中…黎ヰと通った時には開いてなかった教室の扉が開いていた事に気づく
どう見ても罠の様な誘い方に一瞬、拳銃の申請を出さずに来てしまった事を後悔しながらも中へと足を踏み入れた
蔡茌 紾
「誰か居るのか」
男を威嚇するように声を上げるも、物音一つしなかった
どこかへ潜んで襲うつもりなら、必ず音がする筈…ならそれを頼りに先制をとって取り押さえればいい
蔡茌 紾
「…」
なるべく自分から音を立てないよう慎重に進んでいく…極限の緊張感の中に居るせいで嫌な汗が流れていくのを感じる
どうやらこの中は図書室だったようで、何も入っていない本棚が並んでいた
すぐ側にあるカウンターらしき場所へ近寄り、そっとライトを照らし覗くが…
蔡茌 紾
「ふぅ、」
誰も居なかった。だとすれば、男は本棚の影に潜んでいるのだろう…意を決して紾は奥へと進んだ
先ずは端から行き、突き当たりになると反対側へと進む
丁度、本棚と本棚に挟まれた場所で何かの影を感じた
不審に思いライトを照らすと、空の本棚の一番下にぐるぐる巻きの何かがあった
嫌な予感がする中、調べないわけにも行かず紾は知らず知らず震える手でそれにそっと触れる
硬く少し湿ってるそれは、絨毯のようでライトを口にはさみ自由になった両手で、ゆっくりと手前へ引っ張っていった。次第に巻いてあった絨毯は細くなっていき…
蔡茌 紾
「っつ、」
人が丁度入るくらいの大きさの、ビニールで出来た寝袋のようなものが姿を現した
真ん中のチャックのホックに手を伸ばす。薄々感じている中身に、紾の鼓動は早まる
自分の弱さからか、黎ヰの推理は全て間違っているのかもしれない…根拠もなくそんな考えが頭をよぎった
それは半分はそうであって欲しくないという思いと、半分は死体を見たくないという思いからだが、今の紾にはそんな事を考えている余裕なんてなかった
蔡茌 紾
「頼む」
ライトを咥えながらも無意識に出ていた言葉と共に、チャックを下へと引っ張った
だが、真ん中辺りで引っ掛かり力任せに開こうとするもなかなか下がらない。もどかしくなり、開いているビニールの端に片手をかけた時…
蔡茌 紾
「?!」
不可抗力で中身が見えてしまった。予想はしていたが、実際に見てしまった現実に酷く動揺してしまいライトを落としてしまう
カラン
衝動で電池が飛び出し灯がなくなるも、そんな事は気にならないと言ったように紾の視線は、ビニールの中身に釘付けだった
紾は少しだが、確実に見た…あれは人の足だ
蔡茌 紾
「本当に、死体が、あるなんて」
数時間前に黎ヰに浮かばれない死体を探すべきだと、唱えたくせに情けないと思う
蔡茌 紾
(刑事課である以上は、死体を見る事も覚悟していたつもりだったけど…これはキツイな)
独特の異臭がより一層、気分を悪くさせる。紾は必死に自分を落ち着かせた
蔡茌 紾
(落ち着け、落ち着け…まだ男が居るかもしれない)
自分がここへ来た当初の目的を思い出し、紾は辺りを見回す。が、先程と違い灯がない事にようやく気づき側に落ちていた電池とライトを手に取った
その時だった
ギシッ ギシッ
馬場
「わぁあああっあああああっ」
軋むような音と男の叫び声に首を上げた時にはすでに遅かった
いきなり倒れ込んできた本棚に対応できる訳もなく、紾はそのまま死体と共に本棚に挟まれながら押しつぶされた
ーーー ーーー ーーー ーーー
暗い闇の中、動かない身体に痛みを感じながら何かが聞こえる
それは怒鳴り声なのか、鼓膜から脳まで響いている気がして単純にうるさいと思った
馬場
「あぁ!あぁぁあ!ま、ま、待ってくれっ!」
アリババ
「あはははは、凄いよ。さっきまで引きずってた足が嘘みたいにちゃんと動いてるじゃん☆火事場の馬鹿力ってやつ?」
馬場
「く、く、来るなぁあ!来ないでくだ、さい…嫌だ嫌だ死にたくない!」
男の野太い声がだんだんと紾の意識をはっきりとさせていく…なんとか瞼を開けようとするがなかなか開かない。それどころか、瞼を動かすたびに痛みが襲った
アリババ
「まだ殺さないって、お前の死顔とか簡単に予想ついてつまんないからさ」
馬場
「じゃ、じゃあ…その注射器…」
アリババ
「こいつに使う☆」
ガッシリと誰かに髪を掴まれ、嫌がをでも首が上を向いた
無理矢理引っ張られた痛みに紾は危機感を覚え、うっすらと瞼を開けた。最初に見えたのは、見覚えのない男の顔と注射器
蔡茌 紾
「……っ、だれ、なんだ…」
アリババ
「そんな目になっても、ちゃんと見えてる?」
蔡茌 紾
「っつ、」
アリババの言うように今の紾の両目は腫れ上がっていた。それだけではなく身体は横向きに寝かされ、絨毯にす巻きにされている
見覚えのある絨毯に、紾の記憶はだんだんと鮮明に身に起こった事を呼び覚ましていく
馬場は力任せに本棚を押し、紾を押しつぶした
不幸中の幸いか、本棚と本棚の間に小さな溝が出来た事と、手前にあった死体が転がり紾の上に倒れ込んだお陰で、大怪我にはならなかったものの頭を打ってしまい気絶した
その後は馬場が気絶した紾の首に手を掛けた所に、アリババから連絡が入り、見失った黎ヰの代わりに紾を囮にしておびき寄せたいからと言われ、殺すのをやめてアリババが来るのを待った
合流した二人は、死体を巻いていた絨毯で今度は紾を巻きつけ、動きを封じアリババが注射器を取り出し冗談交じりに馬場へと向けた
殺されると勘違いした馬場は動揺し……冒頭へと繋がる
自分が殺され掛けた事など知らない紾は、現状を把握するのに必死だった
目の前に居る二人の男…一人は追っていた男でガタガタ震えながら、視界の端の方で座り込んでいた
蔡茌 紾
(じゃあ、こいつが黎ヰの言っていたサイコパスキラーか)
すでにフードを外していたアリババの顔は、腫れた目の紾でも十分に確認する事が出来た
暗めの赤茶色の髪に大きな目をした黒の瞳…あまり特徴のないような顔だと思いながらも、自分に向けられている表情を見てあながち黎ヰのネーミングセンスも間違いじゃないなと感じた
アリババ
「そうそう、注射器使う前にさ聞きたいんだ。今更何しに来たの?」
好奇心に満ちたその目に善悪はない。自分のしている事に躊躇いがなく…子供がおもちゃで遊ぶのと同じで、彼にとってはその程度の事なのだ
人の生き死を遊びとしてしか見れない
もちろん、初対面の紾がそんなアリババの性格など知る由もない。だが、薄々直感で感じとっていた
蔡茌 紾
「調査で来た、んだ。あの子達を殺害したのはーー」
アリババ
「俺とそいつだけど?これと同じ劇薬使って、あぁ使ったのは俺だけで…って説明しなくても知ってるか」
ニヤニヤと笑っているアリババは続けた
アリババ
「じゃなくてさ、どうして今更再調査しに来たのか聞いてるんだけど。だってさ田文誠吾は既に終わった人間じゃん、ほっとくじゃん普通。無価値な人間に興味なんてないでしょ?」
蔡茌 紾
「そんな事、ない」
アリババ
「うんうん、聞かせて☆」
蔡茌 紾
「あの子は、お前達のせいで親友を殺されてやってない罪を着せられて、誰にも信じてもらえずに、苦しんでる!それを終わったなんて言わせる、ものか!」
アリババ
「は?」
紾の中で沸々と感情が湧き上がる。それは間違いなく怒りで、コントロールする術を今の彼は知らない
蔡茌 紾
「絶対に捕まえてやる!お前もそこの男もだ、捕まえて彼の容疑を晴らす!」
アリババ
「答えになってない☆」
アリババは身動きの取れない紾の顔を足で踏んだ。苦痛で顔を歪ますのを見ながら、もう一度問いかけた
アリババ
「どうして再調査に来たのか、聞いてるんだけど」
抵抗出来ない状態の中、横切ったのは皐月 周の顔だった。『彼の目は真実を語る者の目でした。少年課での私の勘と経験がそう言っているんです。』
蔡茌 紾
「単純な、話だよ。田文誠吾君を信じたいと願った人間が居た、それだけだ」
アリババ
「あっそ、つまんな」
呆れたようにため息を吐くと、アリババは注射器を紾の首へと当てた。チクリと針の刺さった感覚に紾は、何か出来ないかと考えを巡らせる
アリババ
「前にコレを使った子はね、効き目が早すぎて苦しんで苦しんで苦しみもがいて死んだんだ。あの時の恐怖の顔と生きようとする必死さがさ、凄いのなんのって」
蔡茌 紾
「…ぐっ、」
せめてす巻き状態から脱しようと、身体を動かそうとするが全身打撲のせいで思うように動かない
アリババ
「安心して、同じ死に方じゃつまんないから薬を薄めた。あとは体質にもよるけど、多分効果は遅れるからさ…」
アリババの顔が近づき、耳元で囁かれる
アリババ
「だから、ゆっくり苦しんで死ねるよ」
それは残酷な死刑宣告だった




