エルリアン文明記
遥か遥か昔のこと。エルリアン大陸に大きな災いがありました。それはこの世で一番大きな大地震でした。ひび割れた大陸は二つに裂けてしまいます。その隙間は大量の水で覆われ海になりました。人々は混乱しました。これは「神様の仕業に違いない」と口々に言いだしました。
そんな中、分かれた大地を橋でつなげようというものが現れました。その名はタージュ。まだ非力な少年でした。彼には賢い姉がいます。しかしまだ男尊女卑の考えがあったエルリアン人は、女性が神の導きに背く行為をするということを良しとしませんでした。どうなったかはタージュの紅い瞳と吊り上がった眉を見て想像するといいでしょう。
「神様はあなたを悪魔にするために天変地異を起こしたのではないわ。忘れないで」
姉の最後の言葉を胸に、タージュは無意味に生贄や祈りをささげる人たちを説得します。
「今のあなたたちは悪魔に憑りつかれている! “不安”という悪魔に!」
タージュは悪魔の正体を見抜いていました。しかし人々はそんな彼を追放します。さすがに一人では何もできないと悟ったタージュは、一人静かに姉のもとへ逝こうと考えるようになります。そんな彼が最後の地に選んだ洞穴にはなぜか祠がありました。もっと進んでみると古代エルリアン語が壁一面に記された空間が現れました。そこには一枚の古びた紙切れが台座に置かれています。タージュがそれに触れると、一つの剣が現れました。驚いて尻もちをつくタージュに剣は語り掛けます。
「あきらめてはだめよ」
それは、紛れもなくタージュの姉の声でした。彼は不意の出来事に溢れんばかりの涙を流しました。
「姉さん。僕。どうすればいいかな」
「タージュ。あなたは今、“不安”という悪魔に憑りつかれているわ。その悪魔をまずは断つのよ」
タージュのもとへゆっくり輝きを放ちながらやってくる剣。不思議と彼に恐れはありませんでした。なぜなら、その剣の中に姉の意志が宿っていると感じたからです。タージュは剣先をぐっと握りました。血は出ません。その瞬間に、走馬灯のように沢山の知恵が湧いてきました。“不安”という悪魔がタージュから消え去ったのです。
「この剣の名前はチェーンホープ。今のあなたの心の輝きに応じて様々な働きをしてくれるはずよ」
それ以降、姉の声はしなくなりました。しかし、使命感を与えられた者にはどういう訳かさまざまな知恵が湧いてきます。タージュは剣に今の自分の願いを込めました。
(離れつつあるエルリアン人の心を一つに!)
――タージュが目を開けると、彼を追放した人々が心配そうにタージュのことを見ていました。
「我々が悪かった。立ち向かおう。神に!」
エルリアン人の士気は上がっています。しかし、タージュの手元に剣はありませんでした。そのとき、胸の奥で微かにしたのです、彼の姉の
(いつも見ているわ。タージュ)
という声が。
無事に橋をかけられ、文化も発達したエルリアン文明ですが、皮肉なことに内戦が理由で滅ぶこととなりました。タージュを神格化しすぎたのです。
「僕は……僕は、神様なんかじゃない」
タージュの言葉を信じるもの、信じないもの。その分裂は大地の裂け目よりも深くなっていきました。彼は死の間際に一滴の涙を流し、何かを呟いたそうです。それが内戦の原因になったとか。
これは、遥か遥か昔の噺――