第6話 なかなか厳しい所のようです
前話は、転生後、孤児院に拾われ、少し身元調査を受けたところです。
◇◇◇
修道院といっても、ちゃんとした修道士が大勢がいるわけではない。
修道士の資格があるのは、マザーとシスターメアリーのみで、見習いがコレットであるらしい。
元修道士らしき者達が数人いるが、離れで自活している。
他に三人くらいが保母さんのように手伝いに来ているようだ。
メアリーとコレットは祝祭日以外は意外と朝が遅い。
そう、彼らは夜間代わる代わる子供達の世話をしているからだ。
辺境都市アッシュのミルレール修道院は実質的には孤児院だ。
美と愛の最古神ミルカを主神とするミルレール教会、本庁から正修道士には給与が出るらしいが、修道院と孤児院の運営は寄付で成り立っている。
(最古神とか呼ばれるとミルカ様、キれるんじゃあ?)
領主のグラウスター辺境伯やアッシュ代官のニムルラ男爵からも定期的な寄進はない。
ただ魔族領と境界を接しているので小競り合いが絶えない。
大きな紛争があると時にまとまった寄付をしてくれるそうだ。
孤児が増えるからな。
普通によく寄付や献金をしてくれるのは、かつていずれかのミルレールの孤児院に世話になった人々、また修道院の合葬墓に埋葬されてる者の縁者らしい。
辺境伯や男爵の騎士も時々やって来る。
◇◇◇
その中で冒険者や商人は一人で来ることも多い。
多くは礼拝堂で奉祀や祝詞を依頼するでもなく、屋外の合葬墓の前で佇んでいたりする。
時には、雪や雨に晒されながらも。
冒険者が去った後、コレットに抱かれながら合葬墓に行ってみた。
墓の前の土に細いくぼみがあった。
「あら、あの剣士さん剣を支えにしてお祈りしてたのかー…」
コレットの口調には屈託がない。
アッシュの夕陽は赤の上に虹のようなスペクトルが重なる。
雪の雲がない日には町を囲む山々は虹色に輝く。
「夕陽、綺麗だねー。
あー死にたくない、死にたくない。
死んでほしくもないなー。
帰ろー、アーレ、夕食だよー」
「アウー」
◇◇◇
ある雪夜、ドンッドンと扉が叩かれる。
メアリーの左手に抱えられ、扉に近づく。
彼女の右手には短剣が握られている。
「だ、誰?」
「…レスさん!セレスさん!お願いします。
お願いします!
祝福をお願いします」
扉が開かれる。
紫の毛色の犬の獣人の女だった。
片目と片耳、それと手や足にも、ぼろ切れを巻いて、所々血のようなものが滲んでいる。
髪の毛にかかる雪。
「セレスさん、セレスさんはいますか?
アレクの魂に祝福を、クラウス村のアレクです。
アレクの魂に祝福を…お願いします…」
「クラウス村のアレクさんね…。
いつだったの?
年齢はわかる?
あなたの名前は?」
「一昨日……は、はい…私は……はい…」
「寒いでしょう。
少し中に入らない?」
「なくなる…。
ここでお世話になったんです…戦えない。
入ったらもう戦えない…そうなっちゃうかも…です。
だから…」
女は歯をくいしばって扉の外に佇んでいる。
沈黙が流れ、雪塗れの細長い風の音が聞こえる。
「だから………」
「そう…」
メアリーはショールで包むようにふわりと女を抱きしめた。
「アレク…あいつ…アタシなんか…かばって…」
「そう…そうなのね…」
「アグーアウアウ」
メアリーの腕の中から、女の頭をポンポンポンポン。
「う……」
強く歯を噛み締める音が聞こえるようだ。
修道院では感じられない血の匂いがした…。
「セレスさんは?」
メアリーは何も言わず、顔を左に傾げた。
そちらは合葬墓のある方だ。
「………」
…………
少女はこれを一緒にと言って、錆びた銀貨と銅貨を数枚、それと猫のようなぬいぐるみを手渡して夜を駆けていった。
ぬいぐるみは、割れたボタンのような目も片方が取れている。使い古しの枕のようにテカテカしてる。
メアリーは猫ぬいぐるみの背中を広げて見ている。
「………
………お母さん?…って、縫いたかったみたいね…。
綴り…間違えてるわよ…」
「ダーア?」
「おチビのアーレ。
あなたは全然泣かないけど、眠りが浅いから心配です。
今晩は眠りの歌を歌いましょう……。
よい明日が迎えられますように…」
「アーァ?」
メアリーの指を掴む。
雪の降る音さえも聞こえるようだ。
メアリーの掌を引き寄せる。
「アフアフ」