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邂逅3


「…………ねぇ、エリザ。」


どのくらいそうしていたのか。

たぶん、そう長い時間ではないと思う。

漸く感情が落ち着いた頃に、レヴィが私を呼んだ。

その声は何処となく硬い。

視線を合わせれば、床に置いていた手をぎゅっと強く握られた。


「……レヴィ?」

「…………僕はね。」


何かを思い詰めたような表情。

その手は微かにだが、震えている。

話かけたにも関わらず、未だに言おうかどうか迷うような間が空いて、秘密を打ち明けるように口を開いた。


「今日の夜殺されるんだ。」

「…………え?」

「ずっと前から決まってた事。……ごめんね、巻き込んじゃって。」


予想できなかった言葉に、思考が凍りつく。

突然、何を言っているの。

言いたいのに、口は開かない。

ただレヴィを見つめるだけになる。


「……悪魔の名を持つ忌子は、悪魔になる前に殺さなくてはならない。」


まるで定められた台詞を読む調子で、レヴィは続ける。


「生まれてから10年目の夜に、その儀式を行う。」


その声に諦めや怯えはない。

ずっと言い含められたことをきっちりと暗唱しているように。


「忌子の生誕は呪いであり、死滅は祝福である。僕の死は幸いであり、生きる事は禍いなんだよ。」


ただただ決定事項を述べているだけ。

いつのまにか震えが収まっていた手を握り返す。

今度は逆に、私の手が少し震えている気がしたが、気が付かないことにした。

握る手に強く力を入れる事で誤魔化す。


「なるべく抵抗してみるよ。時間を稼ぐから、だから、その間に。」

「……逃げてとか言ったら、張り倒すから。」


絞り出すような声でも、示すのは明確な拒絶だ。

確かに、死にたくはないと願っている。

確かに死にたくはないのだけど。

他人を見捨て、自分一人逃げ帰ってまで生き延びたいのかと言われると、何か違う。

嫌だと心の底から思う。


「絶対、嫌よ。生憎、見殺しにするのがわかっていて出来るような性格じゃないの。」


はっきりと突き放すように言えば、レヴィはほんの少しだけ困ったような顔をした。

困ったような顔をして、頷く。

その返答は予想していたとでも言うように。


「うん。でも、君はきっと生きるべきで、僕は死ぬべきだから。」

「なんでよ。誰がそんなこと言ったの、ふざけてるわぶっ飛ばすわよ。」

「僕は嫉 嫉妬の蛇(レヴィアタン)だから。この国が決めたことだよ。」

「…………は?国が?」

「うん、国が。」

「え、やだ。なにそれ。」


終わってる。

国全体で厨二とか……完璧に終わってる。

頭が痛くなってきたぞ。

もうこの国本当終わってるとしか言えない、早く滅びた方がいい。

あ、でも待って、本編の舞台の学園は見たい。とても見たい。

ついでに推しの主人公のカップリングも画面を隔てなくても見れるなら見たい。

……というか、そんな闇みたいな設定あったっけ?

あ゛ーとゾンビの如く呻けば、どこから声出てるのと真面目に質問される。

うるさい、今はそれどころじゃないのよ!!


「……だいたい何なのよ、忌子とか悪魔とか!」

「貴族で知らない君の方が珍しいよ。」

「知りたくもないわよ!!何よもう、腹立つったら!」


厨二は14歳で卒業しろ!とは言わないからせめて心の奥底くらいに封印しろ!!国全体でやるな!!

バンバンと遣る瀬無い気持ちを手のひらに乗せて床に叩きつけた、が。

勢いをつけ過ぎたせいか手が痺れて痛い。

白くて柔らかい掌は、少し赤くなってしまった。

……令嬢の身体って柔過ぎない?皆こんなもんなの?

6歳の時って野山とか公園駆けずり回って傷だらけになるもんじゃないの?どうやって生きてくのこれで。

逸れた思考を元に戻しながら、赤くなってしまった掌を見つめつつ、ポツリと呟く。


「本当何なのよ……貴方が何をしたっていうの。理不尽の塊じゃない。」


忌子と呼ばれて、悪魔の名前なんぞつけられて、ろくな栄養状態ではなく、衣服も最低限。

しかも誕生して10年目の夜に殺されるとか……ん?ちょっと待て、それって。


ー10歳の誕生日が命日になるって事?


「この国本っっ当クソだな。」

「令嬢がそんな言葉どこで覚えてくるの?」

「 秘匿するわ。それより!誕生日は祝うものでしょう?!何で死ぬ日になるのよ?!考えたやつ頭おかしいわよ!!」

「おかしくないよ。」

「なんでよ!!」


キシャーと噛み付かんばかりに吠える私を、どうどうと押さえ込みながら、レヴィが忌子について教えてくれる。

怒り狂う私とは対照的にとても落ち着いた様子で。


「忌子は生誕を忌まれて、死滅を祝われるものだから。」

「はぁぁ?!!さっきも聞いたしどっからどう聞いてもあったまおかしいんですけど?!!あんたも何でそんなに落ち着いてるのよ!!」


それも火に油どころかガソリンと着火剤をぶちまける結果となったが。

肺が許す限りの力で叫べば、どうどう、と目を手のひらで覆われる。私は馬か。

あ、でもこれ割と落ち着く…じゃない!!

ぺいっと視界を覆っていた痩せこけた手を外して握り込み、正面から真っ直ぐにレヴィを見据えた。

若干睨みつけてる感じになってるかもしれないがそれは不可抗力、諦めて欲しい。

はぁーと深呼吸をして、少しだけ気を落ち着かせて。

今更になるかもしれないがにっこりと笑顔を作る。


「私、貴方とこうして出会えて嬉しいわ。」

「…………エリザ?」


記念すべき誕生日だっていうのにアホみたいにまず……いやいや、美味しくない料理を食べさせたりして、すごく心苦しいけども。

今の私には、ろくなプレゼントも渡せない。だから、ここから出たら、きっと心からの贈り物をしようと思う。後でお家の場所か連絡先を聞かなければ。

だってもう友達だもの。同じ場所に連れ去られた仲よね。

今はせめて、心からの言葉と笑顔で、祝辞を。


「誕生日おめでとう、レヴィ。」

「……………………………。」

「この世の誰が貴方の生まれた日を祝わなくても、私は貴方が生まれてきて嬉しいって思ってるから、それだけは忘れないで。」

「……………………。」

「あと今後誰かに絡まれたら言いなさい。私が言い返して精神的にギタギタにしてあげる。」


多分勢いよく相手を罵倒するスキルは高いと思うし、これからもきっと高くなると思うの、エリザ(悪役令嬢)だし。

そんな形で元気付けるがレヴィは無言だ。

え?何この沈黙。

私今結構まともな事言ったと思うんだけど。

何とも言えない空気を取り繕うように言葉を繋げる。


「……そ、それで?、誕生日プレゼントとして何かしてほしい事とかあるかしら?一先ず、当日のお祝いという事で何かあれば」

「君って、変だ。」

「は?」


思わずむっと眉が寄る。

何が変なんだ何が。

確かに私は変人とか変わってるとか前世でも言われてたけど、今のやり取りに変なことなど…………なかったはず!!

言葉と態度で抗議の意味を表す。


「あのね、失礼すぎない?誕生日祝って変って言われるのなかなか無いわよ。」

「変だよ。だって、僕の、忌子の誕生した日を祝うなんて変だ。」

「相変わらず忌子忌子うっさいわね。いい?」


よーく聞きなさいと耳たぶを引っ張る。

痛いよ、とレヴィは言っているが全く痛がっている顔ではない。何なんだその表情の乏しさは。ええい、とにかく聞け。


「私にとって貴方は忌子なんかじゃないの。大切な友達なのよ。」

「とも、だち……?」


レヴィは、何を言われたのか分からないのか戸惑うように復唱する。

それから数回、初めて習う言葉を喋るようにともだち、と繰り返して、本当に?と首を傾げて視線で問うてきた。

力強く頷く。


「友達。」

「……迷惑だった?」


あまりにも戸惑う様子がすごいので、もしや押し付けだったかと後悔するが、すぐ首を横に振られた。


「迷惑、じゃないよ。嫌じゃない……何だろう、このあたりが……こう……ぽやぽやする、感じ……?」


え、何それ……ぽやぽや……?

不思議そうに胸のあたりを触るレヴィは、至って真面目だ。すごく真面目に、不思議ちゃんっぽい事を言っている。なんだぽやぽやって。

呆れたように言葉を返す。


「……貴方の方がよっぽど変だわ。」

「……うん、そうだね。」

「でも、きっと変同士相性はいいわね。だから此処を出る時は一緒よ。」


いい?と確認の言葉を重ねる。

絶対に見殺しなんてしない。

関わってしまった以上、見捨てて逃げるなんてあり得ない。


「約束しましょう。」


モラルの問題というか、自分の尊厳というか、自尊心というか、まぁそんな感じだ。

レヴィはうんともすんとも言わない。

それが少し気にはなったが、勝手に私が誓ってるだけなので気にしない事にした。


「よし、じゃあ助けも待ってても来ないし、貴方が今日の夜殺されるなら何とかして脱出しなくちゃ。」

「……ねぇエリザ。」


とにかくこの部屋から出ないと何も始まらない。

今までは人質だから直ぐには殺されないと思って大人しくしていたのが仇となったか。

どこからか脱出できないかと部屋を調べようとした私を、レヴィが袖を掴んで引き止める。


「ぎゅって、してもらっても良い?」

「……?」


突然こんな時に何を言い出すのか。

一瞬言われた意味がわからず、目を丸くしてレヴィを見つめる。


「誕生日のプレゼント。」


簡潔に伝えられた言葉を理解するのに、数秒かかった。

……誕生日プレゼントに、抱きしめろって事?

ここで強請るの?今この場で?

貴方早くしないと殺されるんじゃないの?

何なの?可愛いけど何なの?


「…………それ、今じゃなきゃダメかしら?」

「うん、駄目。今じゃないと駄目なんだ。」


きっぱりと言い切られる。当初のもごもごとした喋り方が嘘のようだ。

焦る私を置き去りにして、当の本人の彼はというと、両手を広げて準備万端である。

あ、これはひく気ゼロですね。わかりました。

じっとお互いに見つめ合う。


「……わかったわよ。」


結局、折れたのは私の方だ。


「でも、そんな事でいいの?」

「君が良いなら。」


一応もっとして欲しいことは色々あるのではないかと、確認を取る。

例えば……マッサージとか、ここから助けてくれとか、いや助ける力は私にはないんだけど。精一杯力を尽くすくらいしかできないんだけど。

でも抱きしめるなんて、そんなお手軽なー


「そんな事すら、誰にもやってもらったことがないから。」

「……………………。」


言われた瞬間、一も無く二もなく抱きついた。レヴィがよろけないよう、力加減を考えて。

痩せてはいてもレヴィの方が少し背が高く、首筋に顔を埋める形になる。

……あぁ、こうしてみると、本当に痩せている。骨が浮き出ているのが服越しに触ってすぐにわかるのだから。


「貴方のご両親はバカだわ。」


しっかりと背中に手を回し、ぎゅっと力をこめる。

レヴィもおずおずと背中に手を回して、私の事を支えてくれた。


「……僕にはね、兄がいるんだ。母親は違うんだけど。」


そしてぽつりぽつり、と家族について話し始めてくれる。

腹違いの兄、という時点で割と良い予想はしない。絶対修羅場があるに決まっている。


「僕と違ってちゃんとした、人だよ。普通に優秀な人。母親から抱きしめられてるところを、よく見かけるんだ。……よく見るだけで、その2人と、話す事はほとんどないんだけど。」


それをどんな気持ちで見ていたのだろうか。

想像するだけで胸が詰まり、ついでに未だ見ぬレヴィの家族への文句ばかりがお腹に溜まっていく。

本当にふざけるなと叫び散らしたい。

抱きしめる腕に力を込める。

それでね、とレヴィは続けた。


「人に抱きしめてもらうのって、どんな感覚なんだろうって、たまに考えてたんだ。」

「……訂正するわ。」


どうしてレヴィが殆ど無表情なのか、わかった気がする。

だって諦めてるんだもの。

どうしようもなく諦めてる。

小さな子が誰かに抱きしめてもらう事すら諦める生活。

ある種、エリザと近いのかもしれない。


「貴方のご両親は大馬鹿なのね。きっとこの世で一番の馬鹿よ。」


更に腕に力をこめる、痛いかもしれないと思うほどに。

少し痛いよ、とレヴィが私の背中を軽くつつくが、お構い無しにぎゅうぎゅう抱きしめた。

誕生日プレゼントに所望したものだ、返品なんて許さない。

この際だから10年分の抱擁をしてやる。

痩せ細った身体の骨の尖った部分がささるが、構うことはない。

しつこく纏わり付いていると、背中をつついていた手が観念するように止まる。


「…………君は暖かいんだね。」

「貴方だって暖かいわよ。」


まるで泣きそうな声だ、レヴィも、私も。

そろそろ離そうと力を緩めると、反対に私を囲う腕に力がこもった。


「……レヴィ?」


表情は見えない。

子供らしい暖かい体温に、サラサラの黒い髪が頬にあたる感触だけが、今の私の知覚の全て。


「……エリザ。」

「何よ。」


耳元でレヴィが私の名前を呼ぶ。

応対はするがが、それについての返答はない。


「エリザ。」

「何。」


私の名前を呼ぶだけ。

最初の方は平坦に。ただ、音の羅列を喋っているだけの。


「エリザ。」

「いやだから」


それが少しずつ変化していく。

噛んで味わうように、ゆっくりと。


「ふふ………エリザ。」

「な、なんなのよ……!」


ほんの少しだけ体温と心拍数が上がる。

心底大切なものであるかのように自分の名前が紡がれるというのは、初めての経験なので。

……いや17歳が小さい子に抱きつかれてドキッとするのはもしや事案…………?


「ちょ、ちょっと。」


すり、と側頭部に擦り寄られて慌てふためく。

だ、ダメなの、そういう接触は前世込みでもお姉さん体験したこと……あったわ。女子同士でそういう接近事故はあった……けど私まだ捕まりたくない!!

距離を取ろうとするけれど、レヴィの腕がそれを許さない。

蛇に巻きつかれた獲物のような気分になった。

細い腕のどこにあったのこんな力。おかしいよ。


「レヴィ、あのね」

「綺麗な名前だね。」


耳元ではっきりと告げられる。

声は上機嫌だ。

宝物を見つけたような、無邪気に。


「綺麗な色。」


例えば、晴れた空に虹を見つけた子供のような。

もしくは、新作ゲームのグラフィックが死ぬほど綺麗に書き込まれていた時の私の反応みたいな。


「綺麗な、人。君は何でも綺麗だ。」


レヴィは相変わらず私を抱き込んだまま。

表情は見えないがきっと笑っているに違いない。

むしろこれで無表情な方が嫌だ。怖い。引く。


「君が愛されないなんて、嘘だよ。本当なら、その方がどうかしてる。」

「……それは。」


残念ながら嘘じゃないのよね。と、言いかけたが、やめた。

ぎゅぎゅぎゅっと最早締め付けられるのに近くなってしまったこの状況に身をまかせる。

何故かどんどん力が強まっているのだけど……その内鯖折りにされるんじゃないかと恐ろしい想像さえ頭によぎる。

気分的には幼児に引っ掴まれた、折るタイプのアイス。


「うん、決めた。」

「何を……?」


唐突な宣言がなされてしまった。

突拍子もない所は結構子供らしいわね、と思いながら内容を聞く。

それが全くもって子供らしくない事など、一ミリも想像しないで。


「僕は君のために死ぬ。僕が生まれた意味は、君を生かすためであってほしい。。」

「…………レヴィ?」

「時間だ。」


聞きなれない低い声がした扉の向こうからした瞬間、バン!といきなり扉が開く。

ぞろぞろと入ってくる人の群れ。

どれも皆、フードを目深にかぶった人物たち。

顔の上半分だけが見えない。

まるで幽鬼のようで、不気味な集団。

その中の1人が、レヴィの肩を掴んで引っ張り私引き剥がした。

背後へべしゃっと尻餅をついたが、何とかすぐに起き上がる。


「ま、待って。」


手を伸ばすが、その身体に届くことはない。予想よりも短い腕に舌打ちをしそうになる。

追いすがっても引き剥がされ、何度も尻餅をついて、その度に起き上がる。

追いつくことはないとしても。

諦めるという選択肢は、既になかった。

追いかけて、追いかけて、レヴィは部屋の唯一の出口へと運ばれていく。

まるで抵抗しない様子は、良くできた人形のようで。

どうして一切抵抗しないのよ、と焦れるように。


「レヴィ!」


精一杯名前を呼んだ。

出入り口である唯一の扉を潜る前。

漸く、灯りに照らされて見えた表情は、想像通り。

微かに口元をあげて、目尻を緩めて。

決してわかりやすくはないけれど。


「僕の死はきっと君の役にたつ。それなら、僕の人生は素晴らしいものだったって思えるから。」


美しい瞳に私を映しながら、確かに微笑みを作っていた。

この場に相応しくないほど、綺麗に、穏やかな。


「プレゼント、ありがとう。君に会えて良かった。」


いっそ、殉教者のような笑みで。


「…………ごめんね。」

「待って!!待ちなさい!!待ちなさいってば!!レヴィ!!!」


自分に出来る限りの速さで走り出しても、間に合わずに扉は閉まる。

鍵がかけられる音がして漸く、私の足は扉の前にたどり着いたのだ。

力の限りドアに拳を振りかぶりながら突撃する。


「こっのクソドア!!!開きなさいよクソ!!!開け!!!開けゴマ!!アホ!バーカアーホ!!!」


叫んで叫んで、喚いて、ドアをなりふり構わず叩くがびくともしない。

集団の足音が遠ざかってく。


「開けて!!開けなさい!!開け……いっ……!…たぁ…………。」


どこかのささくれに引っかかったのか、ジワリと拳に血が滲む。

今の喧騒が嘘のように、静寂が訪れた。

最初から、私しか存在しなかったみたいに。


「ふ……」


唇から吐息が漏れる。

ジワリと血が滲み始めた手を下ろし、無様に床に膝をついた。

遠ざかってく団体の足音は、もう聞こえない。

ギリ、と奥歯を噛みしめ、拳を握りしめる。

脳内にリフレインするのは、先ほどの別れ際。


ー僕の人生は、素晴らしいもの『だった』ぁ?


「ふっざけんじゃないわ。何過去形にしてんのよ。」


八つ当たり気味にもう一度だけ、強く扉を叩いてからその場を離れる。

開かない扉に用なんてない、インテリアの分際で生意気な。

トボトボと部屋の奥へと戻る。

がらんとした静かな部屋は、私1人だとやけに広く感じて。

持ってきたバスケットが隅の方に転がっている。

サンドイッチを食べたのがまるで遠い昔のよう。恐らく6時間くらいしか経ってないのに。


「……あんたみたいな子供の人生なんて、これからでしょうが。」


それが、僕が生まれた意味は、君を生かすためであってほしい?

僕の死は君の役に立つ?

ふざけてるのか。そんな事があってたまるか。役に立つとかそんなわけがあるか。

私を生かす為に生まれて死ぬとか、そんな事許せるか。

あぁ、なんて気にくわない。


「そんな悲しい生まれた意味があっていい訳がないでしょう。誰が許しても私は許さないわよ。」


自分の頬を両手で張り飛ばし、気弱になりそうな心を奮い立たせる。

諦めるのはまだ早い。

だって私、まだ何もしていないもの。

人は意外とそう簡単には死なない。

儀式というならそれなりの準備とか手順があるはずだ。忌子とやらの死に意味があるのならなおさら。きっとまだ時間はある。


ーそれに、約束したじゃない。此処を出るときは一緒だって。


「………諦めちゃダメ。諦めたら試合は終了なの、考えて、考えなさい。落ち着いて。私は確かに6歳だけど、精神年齢はもっと上よ。考えることは出来るはず。出来ることもあるはず。」


入り口が駄目なら……と窓に目を向ける。

朽ちかけたはめ殺しの窓。

開ける事はできない。

そう、開ける事は出来ないが、壊す事なら出来るかもしれない。

どうせこの世界観なら強化ガラスではないだろう。


「6歳の女児なんて他愛ない存在、特に私は貴族の子。魔法だってまだろくすっぽ使えない。そこまで注意を払う必要もない……と考えるはず。考えててくれ〜頼む〜。」


ブツブツ言いながら、その辺に落ちていた重ための棒切れを拾う。

ちょうど窓際にあった小さな机にうんうん言いながら登って、窓の下を見た。


ーうん、いける。


うちの屋敷の二階より低いのだから、飛び降りたところで最悪足をひねるだけだろう。

棒切れを素振りしながらイメージを固める。


「割ったらすぐ飛び降りる、割ったらすぐ飛び降りる。」


そして走る。

これからする行動を念仏のように唱えながら、全力で棒切れを振りかぶった。

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