邂逅2
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誤字脱字ありましたらすみません……。
窓から見える空は、鮮やかなオレンジ色の強い赤から薄闇へと変わっていく。
もう夕暮れすら過ぎてしまったようだ。
遠くから聞こえたカラスっぽい鳴き声は、もう聞こえない。みんな巣にでも帰ったのだろうか。
私と少年は、まだ帰れそうもない。
地獄(味的な意味で)のピクニックも終わってしまった。
やることもなく助けもなく暇なので、様々な話をすることにした。
「…それでね、思ったの。ケインは将来確実に禿げるって。貴方もそう思わない?」
同じ部屋にいる人質同士気が合う、なんて事はなういうく。
主に私が話して少年が時折相槌を打って聞いているだけの、一方的な会話が続いている。
内容は殆ど家の中の話だ。
やれケインは堅物だ、 の、セリアーナは天使のように優しいだの、お父様にはあまり会えないだの、そんな取り留めのない話を少年は静かに聞いている。
「……僕、きっと君みたいな子が関わっていい存在じゃ、無いよ。」
「…………………。」
そして話の返しがこれである。話の腰とか一切無視。
表情だってずっと変わらない、返事をしていても無表情のままだ。口元しか見えないがずっと引き結ばれている。
流石の私も凹む。
私がそんなに嫌いで関わりたくないかと思ってしまうのも仕方なくない?自意識過剰じゃないよねこれ?
ひく、と笑顔が引きつり、口の端が痙攣しそうなのを自認する。
それでも笑顔を維持できてるのは、これまでエリザが行ってきた淑女修行の賜物か。
それとも自身の結末を知ってしまっている私の諦念なのか。
「……あのね、私が嫌いなら素直にそう言っ」
「違う!!」
て頂戴、と続くはずの言葉は突然の大声に驚いて止まる。
そんな大声出せるんだ〜そんな細い身体のどこから出してるの?と言う意味での驚きが強い。
更に何故か少年自身も驚いたらしく、固まっている。本当に何故。何なの。
しん、と静かになった部屋。
誰も喋らないと、こんなに音のない場所なのな。どこなんだここ。
静寂の中で見つめ合っていると、数十秒してから、はっと弾かれたように少年が慌て出した。
「………あ……違う、よ……………。違う、違うんだ……違う、から。嫌いだなんて、違う。」
「…………ふふ。」
「……怒っ……た?」
あまりの狼狽えように、思わず笑ってしまった。
「怒ってなんかいないわよ。」
「……そっ……か……。」
素直に思ったことを口にすれば怒っていない事が伝わったのが良かったのか、少年が安堵したように肩を落とす。
きっと何か事情があるのだろう。
少年は何か話そうとして、口を開いては閉じるを繰り返している。金魚か。
再び訪れた沈黙の中、固く握り締められた少年の手を見つめる。
子供のくせに白くて骨ばった手が、血の気をなくすほどに固く拳を作っている。
もしかしたら手のひらに爪も食い込んでいるかもしれない。ちょっと心配。
「………嫌いになるのは、僕じゃなくて君の方だよ。」
「…………??」
漸く出てきたものは、まるで絞り出すかのような声で。思わず瞳を瞬かせる。
嫌いになるのは私の方。
…………………何故?
どうしてその思考回路にたどり着いたのか、良く良く理解しようと試みる。
ここに来てから少年との思い出を振り返ってみるが、嫌いになる要素に心当たりはない。
むしろ不味いものを食べさせると言う凶行をした分、私が嫌われて然るべきでは。
「よくわからないけど、今のところ貴方を嫌う要素なんてないわよ?」
「………これを、見ても?」
言うや否や少年が私に近づき、顔を覗き込むような体勢になった。
頭上に?マークをかっ飛ばす私を尻目に、自分だったら鬱陶しいと感じるまでに伸びた前髪を掻き上げた。
「あら。」
漆黒の向こうにあったのは、美しい色彩の青と銀。
所謂オッドアイ。左右の虹彩が異なる瞳を指す。
右は、まるで深海のイメージをそのまま色にした、深みのある濃い藍色。
左は、一見して白とも灰色とも付かぬ中間色、けれど光沢のあるそれは中々二次元では表現できない色味……!
「あらあらあらあら!!」
「え、ちょ……っと……。」
もっとよく見たいとばかりに、額がくっつく勢いでその両目を更に覗き込む。
思わず少年が仰け反るが、またその分私が上体を倒す。
「珍しい色ね!すごいわ……。」
「……っ……なに…………ち、か」
「オッドアイなんて見たの初めて!……はー、綺麗ねぇ。」
あぁ、これ色見本ではコードなんだろう?!と思わずスマホを探して床をぺちぺちするが、当然ながらこの場にはない。悲しみが深い。
キャラの瞳とかのコードを調べたりすると結構面白いのに……まぁいいわ。
「どっちも凄く綺麗。まるで宝石と銀細工みたいね!」
今はこの綺麗な瞳を見ることに全力を尽くそうと思います。他のことなど考えないでよろしい。
少年が戸惑ってるのもこの際まるっと無視で。嫌ならきっと逃げるでしょう、たぶん。
ぱちり、と美しい瞳が瞬き、理解できないものを見るように見開かれた。
表情筋はあまり動かないようだが、以外に瞳ははっきりと感情が出るタイプのようだ。
「………………き、れい?」
「ええ、綺麗よ。すごいわね、それ、カラコンじゃなくて自前でしょう……?色素どうなってるのかしら……。」
「から、こん……?」
「何でもないわ。とにかく、とっても素敵よ。えぇ、素敵だわ。」
やだ、私の語彙力低すぎ?!って口に両手を押し当てたくなるくらい素敵すぎる。
別にオッドアイが特別好きだと言うわけではない。綺麗だとは思うけど。
だけどこれは、まるで造られたものかと思うほどに鮮やかな色味は、誰が見たって綺麗だと思うはず。
言葉は悪いが、物珍しさも相まって興味が湧くのを禁じ得ない。
「前髪で隠すなんて勿体無いくらい。切っちゃえばいいのに。」
「…………君、変わってる。」
「そうかしら?」
やっと私と距離を取り、そそくさと前髪を下ろされてしまった。
やっぱり見過ぎたかしら、反省反省。
思いつつもじっと瞳に当たる部分を見つめると、プイと顔を逸らされてしまった。
うーん、やり過ぎなのはわかってるけどどうしても見てしまう……。
「…………僕、レヴィアタン、だよ。」
「…………?」
考え事をしていたせいか、ぼそっと告げられた言葉をうまく受け止められなかった。
レヴィアタン……それは……なんだっけ?
記憶を辿るが、何か霞の中にいるかのように漠然としている。
学校のテスト中にうろ覚えの何かを思い出そうとしているような感じ。
思い出さないといけない焦燥感はあるのに、思い出せない。
「僕の名前。………悪魔の、名前だよ。」
あぁ、そうだ、悪魔の名前だ、と少年の説明を受けて思い出した。
レヴィアタン、神が天地創造の5日目に造り出した海の怪物。
いかなる武器もその鱗は通さず、性質は凶暴。
七つの大罪では嫉妬の悪魔に位置する。
ーゲーム内では確か
確か……….なんだったっけ?
そもそも、ゲーム内に出てきただろうか?
レヴィアタンなんて名前の人間は、出てきた記憶が……。
いや待って、それよりも今、僕の名前って言った?
「………貴方の、名前?」
「……うん。」
「そうなの、それは……」
レヴィアタンが?
名前?
日本でいうと山田レヴィアタンみたいな?
え、ありなの?その名付け。
学校でのイジメ待ったなしだよ?
地獄の幼少期から思春期を迎えて家庭が崩壊してもおかしくないぞ。
「……それは…………苦労するわね。」
心の底からの同情を送る。
最悪だ。
あまりにも最悪すぎる両親のネーミングセンスを知った。
私だったら親と刺し違えても15歳になった瞬間に改名する。というかもう偽名使う。頑なに本名は認めない。
それは確かに名乗りづらい。自己紹介とか始めてごめんね。心中お察しします。
「親が厨ニって本当に……キラキラネームにしたってもっと他にあっただろって思うわ。なぜ受理した役所。炎上するぞ。」
「……ちゅうに……?きらきら……?」
「ミカエルとか、せめて天使の名前を付けるべきよね。」
少年が左右で異なる瞳を瞬かせる中、うんうんと1人満足気に頷く。
ゲームとか漫画の人間って結構西洋顔の美形だから絶対似合うし、ミカエルとかって実際結構いるものね。
日本でいうと何なのかしら……神使なんだから……お稲荷さんとか、大黒天弁財天……ないな。ない。
「目の色もそうだけど、貴方顔立ちも綺麗なのよ?着ているのはボロだけど。」
日本版ミカエルを考えるはやめて、素直に少年を褒める。
普通にゲームの攻略対象の幼少期並みに綺麗な顔をしているのだ、これは本心からの言葉である。
なのに少年は俯いてしまった。
……ボロって言ったのがマズかったかしら?
「……綺麗じゃないよ。」
俯いたままで少年が言う。
まるで諦めきったように。
何かに怯えているみたいに。
視線は地に落ちている少年の影へ向けられている。
「僕は生まれたことが大罪で、醜い怪物なんだよ。」
「はぁ?」
少年の肩がビクッと跳ねた。
それも仕方がない、すっごく機嫌の悪い声を出した自覚はある。
しかし、誰だ。
誰だそんな事を言わせる奴は。
このくらいの小さな子供なんて、満面の笑みを浮かべてゲームするなり公園を走り回ってればいいんだよ。
こんな言葉を吐かせるなんて、それは環境が間違ってる。どう考えてもおかしい。
生まれたことが大罪など、あるわけがないだろうに。
怒りのままに言葉を重ねる。
「貴方を見て何か言う奴がいたら、私がぶちのめしてあげるわ。」
だから俯かないで前を見なさい。
言葉を強めにすれば、少年は素直に視線をあげる。
私は、勤めてにっこりと、元気づけるように笑い、少年の肩を掴んだ。
「はい、背筋は伸ばしてーしゃんとしてー前髪は避ける!!ほら俯かないで胸を張る!!貴方の瞳が日の目を見ないなんて世界レベルの損失よ!!」
テキパキと少年の姿勢を整え、最後に気のいいおばちゃんよろしく背中にパーン!と一発喝を入れた。
今私の目の前には、背筋を伸ばして堂々としている子しかない。
ちょっと瞳がキョドキョドしてるけど、そこはまぁ、及第点よね。
「うん、綺麗よ。悪魔だなんてご両親は見る目がないのね。天使様みたいよ。」
実際天使だよね。
あんな不味い料理を美味しいって言ってくれるんだから、味音痴でなければ天使でしかない。
自信を持って欲しいとばかりに、ぎゅっと手を握る。
握った手は一瞬強張ったが、振り解かれはしなかった。
嫌がられてはいない、そんな様子が私を調子づかせる。
「ねぇ、レヴィって呼んでもいいかしら?」
エリザにとっての初めての友達。
前世で友達がいた記憶はあるけど、朧げで名前と顔も思い出せない私にとって、正真正銘、実物の友達だ。イマジナリーフレンドではない生身の友達。
「…………レヴィ?」
「そ、所謂あだ名……愛称ね。仲良しの証みたいなものよ。」
レヴィアタンなんて街中で呼ばれるのは微妙だろうと思い、あだ名を提案する。
レヴィならまだ可愛いもの、音の響きとかが。
「そのかわり、私のことも好きに呼んでいいわよ。」
「……………………………。」
レヴィは数回瞬きをして、こくりと頷く。
暫し何かを考えるように宙を見上げ、一呼吸置いてから視線を戻した。
「…………エリザ。」
「うん。」
最初は少し、掠れるような声で。
「エリザって、呼んでいい?愛称とかじゃ、なくても。」
それでもどこか嬉しそうに名を呼ばれたと思うのは自惚れだろうか。
若干面映ゆくて微笑ましい気持ちで胸が満たされる。
自分に弟がいたら、こんな感じなのだろうか。
「当たり前だわ。私の名前、そもそも愛称付けるほど長くないしね。」
エリーでもそんな変わんないもんね。
ベスはエリザベスだし。
「……じゃあ、エリザ、ずっと聞きたかったんだけど。」
「何かしら?」
「君は侯爵令嬢なのに、護衛もいないのは、何で?」
それはあまりにも今更な問いかけで。
特に秘密にすることでもなく、言いづらい話でもないので、簡潔に答えを返した。
「あぁ、家出してきたのよ私。」
「………家出?」
何故?と視線だけで問われている。
たしかに、はたから見たら家出などする理由もない。
テンペスタ侯爵家の一人娘。
我儘は許され、贅沢も許され、更にこの国の次期国王である王皇太子殿下との婚約もほぼほぼ纏まっている状態。
まさに天下取ったに等しい状態。
だが思い出して欲しい、天下を取った奴、もしくはとるの秒読みの奴ってのは、だいたい後で転げ落ちるのよ。
「ちょっと王太子殿下との婚約について取りやめにしたくて。」
「え……?」
視線を言葉にするのなら、信じられない、なんだこいつ、といったところか。
視線で語らないで言葉で語りなさい。言葉で。
ふん、と鼻を鳴らし、視線を見返す。
少しだけ目を丸くしたレヴィの顔がそこにあった。
「王太子殿下の事、凄く好きだって言ってるって聞いたけど。」
色んなところに轟くほどか。
それはもう終わったな。私の人生が。
忘れてたけど、外堀自分で埋めてたんだったわ。
あちゃーと額に手を当てて俯く。
どうにかして、せめて目の前のレヴィにはどうにかその認識を訂正してもらいたい。
必死に言葉を探す。
「………………わ、若気の至りよ。」
「わかげのいたり。」
「キョトンとした顔で見つめるのやめてもらって良いかしら。」
……えぇ、好きだった。
確かに好きだったわよ。
好きだった、私の意識が出て来てしまった今はもう、そんな激しい気持ちなど色褪せてしまったけど。
エリザの愛しの王子様。
アルステリア・ソーレ・ヘリオス。
この国の第1王子、王太子殿下。
『アルビートルの福音』のメイン攻略キャラクター。
冷静沈着、眉目秀麗、頭脳明晰の神童と呼ばれ、次の国王になると熱望されてやまない人。
金髪碧眼、絵に描いたような王子様。
エリザの最愛の人。
だけど彼は、エリザに恋愛感情など抱かなかった。
まぁ我儘で嫉妬深くて攻撃的な女を好きになる男とか大分ヤバい気もする。
ゲーム本編でのエリザの所業を覚えている限り頭の中で思い浮かべて並べてみた。
そして確信する。
あぁ……絶対靡く事ないわ、と。
あと私、ぶっちゃけアルステリア殿下は好みじゃないの。ルイーズとのカプとしては推せるけど。
じっとこちらをみる色違いの瞳から逃れるように窓の外へ視線を向けた。
だって納得してない。確実に何それ不思議だなぁ納得いかない何でって顔してる。
…………わぁ、今日も空が暗いなぁ。もう夜か。
「殿下と、何かあったの?」
「いや、何もないわ……まだ会ってもないのにあってたまるか。その……昔と今は違うのよ。ほら、乙女心は変わりやすい、とか言うじゃない?」
「………………………。」
「王太子殿下と結婚なんかしたら、将来は国王妃じゃない?凄く重荷だなって思ったり、した、とか、ね?」
「……………………………。」
「ちょっとやめなさいよ無言。せめて、せめて何か言って。」
「…………………………。」
「何かいいなさいってば、やめて、やめなさい、そんな瞳で私を見ないで!」
じっと私を見つめる瞳は訝しげながらも、とても澄んでいる。
なんで?どうして?と言った気持ちが10Bくらいの鉛筆で力いつぱい書き殴ったくらい濃く浮き出ている。表情は変わらないくせに。
どこまでも純粋な疑問なのだろう。
幼子がママーこれ何ー?と問いかけるのに近いものがある気がする。
ただし問いかけているものは私にとってすごく都合の悪い事だ。
う、う、と喉を詰まらせるが、視線による追撃が止むことはない。
や、やめろ、そんな瞳で私を見るな!!
「だ、だって。」
「だって?」
「だって、だって、私、アルステリア殿下と婚約したら確実に破滅するのよ?!!待ち受けるのは死しかないの!!」
「……破滅?」
とうとうぶちまけてしまった。
やっちまったなー、未来にこんな事が起こりますみたいなことを言ったところで基地外の判定しか受けないだろうと、冷静な私がそう囁く。
そう思いつつも口は止まらない。
「私だけ投獄の末の死とか断頭台なり斬殺なり国外追放ならともかく、セリアーナや実家まで巻き添え食うとか絶対にお断りだわ……それは死んでも阻止しないと……。」
「……君が破滅、とか、死ぬような目に合うの?」
「そうよ!!本当死ななくても娼館に落とされたりするのよ……あーやだやだ!」
「しょうかん……。」
ま、レヴィは本編には登場しない人物みたいだし、いっか、と判断を下したのもその冷静な部分の私だ。
彼は本編物語の登場人物ではない。
だから、私を害する存在ではないはず。
「いっそ他に婚約者を……婚約する前に婚約してしまえば……そうね、いっそ」
ふと、レヴィに視線を固定してしまった。
……レヴィと早急に婚約してしまえば?といつ考えが首を擡げた。
レヴィがどこの子だなんて関係ない。
我儘だなんだと言って、レヴィと婚約してしまえば、王家の面子を潰す結果となり、テンペスタ家が没落するとしても、処刑は免れるのではー。
「………………?」
「…………いいえ、それはダメね。」
酷く馬鹿げた考えだ。
せっかく出来た友達を巻き込んでどうする。
それに結婚は基本的に好きな人同士がするものであり、打算で、破滅したくないからと言って他人の人生を滅茶苦茶にする行為など許されるわけもない。
それに。
「……それに、きっと私を愛してくれる人なんて、見つかりっこないもの。」
レヴィにだって好みがあるだろうし、私も恋愛的な意味でレヴィを好きなわけではない。
最悪最低の考えだった、こんな事を考える人間などやっぱり誰にも好かれるわけがない。
はぁ、と吐いたため息は思ったより物悲しげに聞こえた。
「…………君が?」
私の気分も落ちて静かになった部屋に、レヴィの声が響く。
信じられないと言ったような調子で。
真っ直ぐに私を見つめながら。
「……えぇ。」
何がそんなに信じられないのか、わからない。
私にとって、私が愛されない事など、最初からわかりきっているのだから。
「君が、愛されないの?」
「そうよ。地味に傷つくから繰り返さないでくれるかしら。」
「誰にも?」
「……えぇ。」
「……殿下にも?」
「……………えぇ、そうよ。」
初めて会った日のことは、鮮明に覚えている。脳裏に焼きつくかのように、鮮烈に。
王太子殿下の婚約者候補に上がった日。
婚約者候補たちが一同に集まって、殿下と初めて顔を合わせた日だ。
流石に煌びやかな王室の温室で。
見たこともないような品種の大輪のバラに囲まれながら、上等なお菓子の並ぶ場に、流石のエリザと言えども4歳では太刀打ちできなかった。
端的に言おう、転んだのだ。それはもう派手に、段差につまづいて。
他の令嬢がクスクスと笑う声が酷く耳障りで。
この時はまだ、セリアーナもいなくて。
誰も手を差し伸べようなんてしなかった。
王太子殿下、たった1人を除いて。
『大丈夫?痛かった?』
嫌われ者のエリザに。
誰からも好かれない我儘な令嬢に、唯一手を差し出してくれた人。
助け起こしてくれて、自分の分のお菓子も分けてくれた人。
本心から笑いかけてくれた人。
エリザは簡単に恋をした、一目惚れだった。
例え何かの気まぐれでも、十分だった。
『俺が君を愛してるだって?妄言もいい加減にしてくれ。』
それがいつしか冷たい侮蔑の瞳に変わるとは思わなかったし、その優しい手がこの首を切り落とす指示を出すものに変わるなんて、欠片も思っていなかった。
例えそれが、自業自得だとしても。
「……私、誰にも愛されないの。」
今のところ侍女のセリアーナ以外には、優しくされることもない。
それも彼女には、私への恩があるから。
スラムで行き倒れの彼女を、昔の私がただの気まぐれで拾った恩故なのだろう。
彼女は優しくて、義理堅い人だから。
あと天使だから。性格と外見共に。
私は何をどうしたって好かれない。
最初の生まれから決められてしまっている。
「そういう人生なの。まぁ下手するとここで終わりそうだけどね。」
縁起でもないけど、と言いながら笑う。
……笑っているはずなのに。
どうしてか泣きそうになるのは何でだろう。
鼻がつーんとするのを懸命にこらえ、ぼやけそうになる視界は、ひたすら天井の照明へと固定する。
どうせ死ぬなら普通に布団の上で安らかに死にたい。処刑とかで首と胴がお別れとか娼館に落ちた末とかではなく。
それが無理だとしても誰も巻き込まずに死にたい。
……もしも、贅沢を1つ言うのならば。
この人生、一度くらいはちゃんと誰かに愛されたい。友情でも愛情でも何でもいい。
そう願ってやまない。
どうしたって不自然な私に、レヴィは何も言わず。
何かを考えるように、同じ方向を見ている。
「……せめて疎まれずに死にたい……。畳の上でとか贅沢言わないから。」
あぁ、まだ本編すら始まってないけど、どうしたら破滅を回避できるのかしら。
今のうちに手を打っておく必要があるだろうけど、何ができるのかしら。
未だ記憶が戻らぬ本編へと思いを馳せ、気分を落ち着かせるために瞳を閉じた。
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