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邂逅1

「まぁ、そうよね。」


ガタゴトと、栄えて活気のある街並みが遠ざかっていく。

うわー馬車ってうるさーい。とか。

うわー馬車って結構座り心地最悪ー。とか。様々な現実逃避をしてみても、遠ざかる速度は緩むことはない。

どんなに町娘みたいな衣装を着てみても。

どんなに育ちの良さを隠してみても。


「人攫いの現場に出てったらこうなるわよね。うん、予定調和。」


家を出たまでは良かった。

適当に台所で食材を拝借して適当にお弁当を作って、軽くピクニック気分だった。

街に来た所までも良かった。

おぉ、ここがあのゲームの世界!街並み!!あの背景だわ!!ひゃっほぅ!!となる。そりゃあなる。だってオタクだもの。


悪かったのは路地裏の入り口に差し掛かった時だ。

だって見てしまったんだもの、と私は言い訳をする。

ガタイが良く人相の悪い大人(青年と少年の間くらいが何人かも含む)が複数人、その中心には痩せて身なりの悪い子供が1人。

その子供を一人の大人が捕まえて、大きな袋に放り込んだ。これはもう事案。どう考えても誘拐。どう転んでも110案件。

お巡りさーん!!!と叫んでいる余裕もない。そもそもこの世界お巡りさんなんていないもの、自警団だけで。

見てしまった以上、無視するという選択肢はない。身体は6歳でも心は17歳、見過ごすわけにはいかない。罪悪感半端ないし。

そして特に何もできないのにのこのこ出て行って捕まったバカはだーれだ。


「私です……………。」

「おいうるせぇぞ!!」


見張りであろう如何にもチンピラ的な男が私の独り言に対して怒鳴った。

茶色の短い髪ツンツンと逆立てたような、黄緑色の瞳の男。馬車を操る男2人とは異なり、若い印象を受ける。生前の私と同じくらいの歳かもしれない。

しかし心の狭い男だ、たかが6歳児の独り言すら許容できないとは器が知れる。

だいたいこれか私ではなくエリザの方であったなら品性が地に落ちているとかなんとかもって言われている。

本編では盗賊Aとかで出てきて瞬殺されるのがオチだろう。タンスの角にでも小指ぶつけてHP減らしてろ。


「うるさいのはあんたの声よデカブツ。」

「あぁ?!!」

「おいやめろ。」


うっかり心の声を正直に口にすると、飛びかかってきそうなチンピラを、もう一人の見張り役が止めた。

こちらも若い男だ、一見すると穏やかそうな外見。淡い紫の髪に、特徴的な金の瞳。

……何だか見たことがあるような気がするが、どこで見たか全く思い出せない。


「その子はテンペスタ家の令嬢だ。人質としての価値がなくなる。」

「こんなじゃじゃ馬が本当に令嬢なのか?」

「年恰好や顔は確かにエリザ・テンペスタ侯爵令嬢だ。」


正直人質としての価値があるかは微妙だが、自分で言うと悲しくなるから言わない。

自分がいなくなったとしても、セリアーナ以外は誰も気に留めないだろう。今でさえ、私が屋敷にいないことに誰も気が付いてなくてもおかしくはない。

身代金は払うかもしれないが、それも世間体を保つだけの話。

もしかしたらこれを機に見殺しにしてしまおうと思うかもしれない。

だって私、お世辞にも好かれてなんていないもの。

誰も笑顔すらむけてくれないし、最低限の世話だけって感じで。

……想像だけで悲しくなってきた。


「な、なんだ?急に大人しくなったな…?」

「お前が脅すから……。」

「俺のせいかよ?!!」

「顔が怖いことを早く自覚したらどうだ。」

「うるせぇな!ったく……あー……その…。」

「謝罪する時だけ声が小さい……はぁ…。」

「うるせぇよ!!」


何か言われてる気がするが耳に入ってこない。

しょんぼりとした気持ちのまま、馬車はガタゴトと音を立てて加速して行った。




「おらここで大人しくしてろ!」

「凄いなお前、山賊が本職だったのか。」

「お前マジで黙っててくれねぇ?」


漫才を繰り広げる二人組にぽいと放り込まれたのは見知らぬ山奥の屋敷の一室。

昔はそれなりに豪華なお屋敷だったのだろうが、今は誰も住んでいないと見えて荒れている。

剥がれかけた壁紙、蜘蛛の巣のかかる部屋の隅、錆びた鉄がむき出しのタンス。

ホラーゲームもかくやと言う有様だ。


「お前もここだ。」


もう1人、攫われた子供が馬を操っていた男の片方にに投げ込まれる。

私も結構雑だったが、それ以上に。

いや、明確な害意があった。

結構な勢いで投げ込まれた軽い身体は、鈍い音を立てて床へと転がる。


「ちょっと!!小さい子に何してんのよ!!」

「いやお前の方が小さい子だろ……。」


慌てて駆け寄り、倒れ込んだ小さな体の前に出た。

フード付きのローブを目深に被った如何にも通報待ったしの怪しげな男に噛み付く勢いで吠える。チンピラの冷静な言葉など聞こえない。

ぎゃんぎゃん最低!だのクソジジイ!だの吠えるが、特に意に介した様子はない。いや、クソジジイと叫んだ時だけ驚いた様にこっちを一瞬だけ見たが。視線はほとんど常に、倒れ込んだ子供へ向けられていた。

やがて興味がなくなったようにフードの男は部屋の外へと出て行く。

チンピラと薄紫の髪の男もその後ろへ続き、ギギッと嫌な音を立ててドアが閉まって施錠された音が響く。

ギシギシと床が軋む音と足音が遠ざかっていった。


「ホント小さい子に何してんのかしら……大丈夫?立てる?」


転がって微動だにしない身体に手を添え、ゆっくりと抱き起す。

両目が隠れるほどぼさぼさの髪が伸びる、痩せぎすの少年だった。

栄養失調気味なのだろう、血色は悪く肌はボロボロで幽鬼の様な有様。

先程投げられた時に切ったのか、右腕から血が流れている。


「怪我してるわね、ちょっと待ってて……はい、これでいいわ。」


ハンカチを出して傷口に巻きつけた。

こんな埃で汚れた場所で、何もつけないよりはいいだろう。

キツくはないかと聞けば、少年は巻かれたハンカチを前髪の奥からしげしげと眺めている。

ほんの少しの間を置いて、物静かで抑揚の欠けた声が、ひび割れて血色の悪い唇から紡がれた。栄養状態どうなってる?


「……僕を助けるなんて、しない方がいいよ。」

「…………どうして?」

「君も酷いこと、されるかもしれないから。」

「酷いことって?」

「……殴られたり、とか。」

「あぁ、別に構わないわよ。」

「………え?」


言われた言葉に最初は驚いたが、理由を聞けばなんだそんな事かと笑い飛ばす。

どうせ、殿下と結ばれないのならいつ死んだって良い、とエリザも思っていたし、今の私も思っている。

なんかもう詰んでるような人生だ。生家との確執や殿下(運命の王子様)の心変わり、最終的に嫉妬で身を滅ぼす人生に絶望しないで何に絶望するのだろう。

仮に私がエリザとは違う行動を取ったとしても、だ。シナリオ通りに事が運ぶ可能性もなきにしもあらず。なんだっけ、運命力?転生ものでよくあるやつね。


「私が死んだところで、だーれも大して気に留めないから。むしろ周りは清々するでしょうね。」

「…………どうして?」

「だって私、誰からも愛されるお母様の死と引き換えに生まれてきたんだもの。」


そう、悪役令嬢(エリザ)の母親は、『社交界の貴婦人』『奇跡の白い薔薇』『この世に舞い降りた女神』と言うとんでもない二つ名を二つ以上持っていた。

人形以上に整った顔立ちとスタイル、裏腹に天真爛漫でお茶目で優しい人だったと聞いている。

ゲーム本編では誰かの回想にちらっと出てくるだけで、スチルはない。

開発者の裏話曰く、イラストレーターが納得の行く絵を描けなかった為スチルが作れなかったとか何とか。

誰からも愛され、誰からも慕われた麗しい人。

皮肉にもその娘は、誰からも愛されない人生を辿ることになったが。


「…………あっ……。」

「………………。」


言ってから思った。

これ初対面でかますには死ぬほど重い話題では?

ポロっと話すにしても大分込み入った話過ぎるのでは?

エリザではなく、私の意識が戻ったのが昨日なせいか、自分の人生としての認識がまだ薄い。

少年は相変わらず無表情だが、絶対内心ひかれたに違いないだろう。


「……ま、そんな感じなの。気にしないで。」


クソ重たい話をしてしまってごめん。そんな気持ちを込め、手を振ってごまかした。

にっこりと笑うのも忘れない。

なにやら微妙になってしまった空気を振り払いたくて、言葉を重ねる。


「私、エリザ・テンペスタよ。」


自己紹介は人間関係の第一歩よね。

何事もまず相手の素性を知ってから。


「……うん。」

「貴方は?」

「…………僕?…………僕、は。」


しかし、もごもご動いた唇から音は出てこなかった。

そのまま暫く待ってみるが、少年は凍りついたように口を引き結ぶ。

視線は下へと下り、かち合うことはない。

無表情ながら怯えのようなものが見え隠れする。

なるほど、これは……自己紹介する気は無いと言うことで良いのかな?

拒絶?拒絶なの?

結構心に来るものがあるが、ここで思い返してみる。


エリザ・テンペスタ。

それは我儘で冷酷な悪役令嬢である。

例え根幹にいろんな人間関係の確執があろうと、他人からしたら知ったこっちゃないのである。

我儘っぷりは幼少期でも健在であり、ドレスを毎日仕立てさせたとか、高価な宝石をやたらとねだってみたりとか、気にくわない相手(他の皇太子殿下の婚約者候補とか)を執拗に攻撃したとか……うーんそれは関わりたくない。

我がことながら引くわ。引いたわ。

実際以前の行動で心当たりがあるところがまた嫌だわ。やり過ぎよエリザ。

それは友達なんて出来ませんわ。


「……我儘令嬢には名乗る名前もないってことで良いのかしら?」

「ちがうよ、……そうじゃなくて」

「いいわよ、どーせ私があの我儘令嬢よ。」

「……我儘?」

「そう、私我儘なの。噂で知ってるでしょう?」

「……君が、我儘…?」

「ええ。」


ふん、と威張るように胸を張る。

今更轟いた悪評など消せないのだから、好きに振る舞うに限るだろう。


「我儘だから、貴方にお詫びを要求するわ。」

「……それは、何に対する?」

「決まってるわ、僕なんか助けない方が良いって言った事に対するお詫びよ。」

「………………??」


びしっと指先を突き出して鼻先に突きつけるが、男の子は心底わからないと言うように小首を傾げた。

きょろりと自分の体を見渡し、スダボロのポケットを探り、服を叩いて、途方にくれた様に私を見る。


「……よく分からないけど、僕、何も持ってないよ?」


どうやらものを取られると思ったらしい。

ボロ切れを纏った痩せぎすの男の子から何かを取ろうなんてほど落ちぶれてはない。

はん、と鼻で笑って何故か取り上げられなかったバスケットを突き出した。

ドン、と音を立てて床に置く。

こうなったら仕方ない、ここでピクニックを満喫してやる。ちょうど道連れもできた。もー絶対満喫してやる。ついでにこのまま仲良くなって名前を聞いてやるんだからね!


「物なんていらないわ。私と一緒にお昼を食べることを強要します。」

「………………?……お詫び、になるの?それ。」

「えぇ、だって私の手作りだもの。」


困惑を隠しきれない声を聞きながら、いそいそとバスケットの中身を広げる。

簡単なサンドイッチしかないが、ピクニックの定番といえばこれだろう。作り手が私で制作時間が短時間でなければ良かったのだが。調味料なんて見ないで適当に振ったし塗った。材料とか見た事ない奴があったけど適当に切って挟んだ。

あの赤いペーストはケチャップか、はたまたチリソースだったのか、やたら色の濃い苺ジャムなのか…神のみぞ知る。


「味見なんてする余裕なかったから味の保証なんてできないし、充分罰ゲームだわ。ある意味闇サンドイッチよこれ。」

「………………???」

「待って、色々と言いたいことはわかるわ。今この状況で食事?君の手料理?ってとこでしょう。だけどね、覚えておきなさい。」


前髪に隠れている目をまっすぐ見つめ、鼻先へと人差し指を突きつける。

白黒する瞳は丸っと無視して、ゆっくりと言い含めるように告げた。


「腹が減っては戦が出来ぬ。」

「………………………。」

「繰り返して。腹が減っては戦ができぬ。」

「……腹が減っては、戦が……出来ぬ?」

「そうよ。何をやるにしてもまずお腹を満たさないとね。そんな訳だからはい。」


バスケットから闇サンドイッチを一つ取り出して半分に千切り、片方を差し出す。

痩せた右の手が少しだけ動いて、それでも受け取って良いのか悩むように宙をさまよった。受け取れっちゅーに。


「……一緒に食べて、良いの?」

「そう言ったわ。まぁ……確かに、美味しくなさそうに見えるかもしれないけど。」


ようやく差し出した半分を受け取った事を確認してから、ぱくりとこれ見よがしにサンドイッチを齧ってみる。

……?…………????え、何これ。

思わずサンドイッチの断面を見つめた。


「……うわまず……何これ……食べれないこともないけど不味い……。」


中に挟まってるのはキュウリに似た野菜のような何かだ。それを賽の目切りにしてマヨネーズ(のような何か)で和えてパンで挟んである。

キュウリに似てるんだから味もキュウリかと思えばそんなことも無く……なんと言えば良いのだろうか……スイカのような……甘みのある……シャクシャクとし食感ではなくナタデココのようなブヨっとした……何かだ。


「何これ。」

「……たぶんナタデっていう、野菜じゃないかな。僕は食べたことないけど。」


何それ。

しげしげとそのよくわからない物体を眺めると、同じように少年もサンドイッチを凝視している。………とても気まずい。

名乗る名乗らないで若干もめた時の比では無く、気まずい。

こほん、と苦し紛れに咳をして話題を変えようと口を開く。


「……誰かと半分こした方が美味しいのよね。……美味しいものに限るけど。不味いものは不味い……いや、美味しく感じてこれ…………?」


しかし、変える話題も思いつかなく、絶望しきった面持ちで手の中のサンドイッチを見つめるだけだった。

こんな不味いものを他人に食べさせるなんて…。

くっ、と下唇を噛み締め、どうやって少年からサンドイッチの片割れを返してもらうかを考えはじめた頃、少年の視線がサンドイッチから私へと動いた。

こてん、と音がするように首をかしげる。


「……はんぶんこ?」

「え、そこ…?……知らないの?」


こくり、と頷かれた。

心底不思議だ、と全身で訴えられている。

じっと私に注がれる視線は真っ直ぐで、きっと前髪に隠れている瞳はガラス玉のように澄んでいるのだろう。

何かを隠しても、すぐに暴かれてしまうような、そんな気がする。


「……今やってるじゃない。」


ふふ、と得意げに笑い、齧りかけのサンドイッチを持つ手をひらひらと降りながら片割れを指し示した。

別に話題が変わることに安堵したわけじゃない。ないったらない。

どうせ最終的には話題戻るし。


「1つのものを半分にして食べることよ。主に私のこれとあなたのそれね。」


少年の顔が自分のサンドイッチと私の齧りかけのサンドイッチを交互に見る。

じっと考え込むように手元へと視線を落として固定した。

そうしてまた首をかしげる。


「僕の方が大きいよ?」

「……貴方の方が食べ盛りかと思ったの。栄養も足りていないようだし。」


心底不思議そうな声。

自分の取り分が少ない、もしくはない事を当たり前のように思っているような。

それだけで、彼の服装や体型とも相まって何となく今までの待遇が伺えてしまう。

きっとご飯をまともに与えられていないに違いない。ネグレクトだろう。クソ親め。

推測が外れてくれればいいのに。

そんな不遇な子に、こんな不味いものを与えているなんて……くっ……テンペスタ家の名以前に私自身の名折れだ……!

栄養にはなるけど……栄養にはなる、けど……!


「やっぱり不味いからそっちも私が」


言うやいなや、意外に素早い動きでサンドイッチを後ろに隠されてしまった。手を伸ばす暇もない。

なんだかお気に入りのおもちゃを取られそうな時の犬に似てるなぁと、失礼なことを思ってしまう程度には小動物感に溢れている。

小さく笑うと、伺うような瞳が伸びた前髪から僅かに除いた。

綺麗な青色の瞳だった。


「……どうしたの?それ、美味しくないわよ?はっきり言って不味いわ。」


優しく声をかけると、ふるふると首を横に振る。

まるで小動物に餌付けしているようだ。

……餌の内容的に虐待もいいところな気もするが。


「君がいいなら、これが良い。こっちを食べてみたい。」


少年は頑なに食べると言って聞かないので、諦めることにした。

そんな欠片も美味しそうじゃ無いサンドイッチをよく食べる気になるな。優しさの塊か?


「……そう?もし、食べられないほど不味かったら遠慮なく残してちょうだいね。」

「……………うん。」


恐る恐るぱくり、と小さな口がサンドイッチへ齧り付く。

咀嚼して、咀嚼して、またサンドイッチへ齧り付いて咀嚼して、また齧りー……あれ……嚥下してる?嚥下してなくない?


「ちょ、ちょっと、貴方さっきから飲み込んでないわよね?待ちなさい、いくら噛み砕いてるからってその量を一気に飲み込んだりしたら」

「……っ……んむ……!」

「あー、やっぱり…………。」


案の定喉に詰まらせたらしく、青い顔になる。不味すぎて飲み込めなかったのだろうか……いやそこまで不味くは……なかったはず。

バスケットから紅茶の入った水筒を出して、お茶をカップに注ぐ。

トントンと胸を叩く手の前に差し出してあげた。


「はい、これをお飲みなさいな。」

「で、……こ、君……っ……。」


しかし差し出したお茶を受け取る気配はない。

トントンと胸を叩きながら、詰まった喉で何かを伝えようとしているが何も言葉になっちゃいない。

はぁ、とため息をつき、その胸ぐらを抵抗しないように掴み上げるとあら不思議、視覚的に取っ組み合いどころか一方的なカツアゲ場面に早変わりだ。


「喉に詰まらせながらじゃ何言ってるかわからないわよ!ほらいーから飲みなさい!一息に行け!!」


もがくいているのだが、あまり力の入らない腕に折れたらどうしよう、なんて心配をしつつも、お茶をカップから小さな口へと直接流し込んだ。


「んん……んぐ…………。」


こんな不味い料理食べさせた上に喉に詰まらせて殺すなんてそんな事あってたまるか!!一生立ち直れないわ!

こくこくと細く筋の浮いた白い喉が動き、カップの中の紅茶が飲み干されていく。

どうにか詰まりは解消されたようで、少年が息をつく。

私も不味い料理で人を殺さずにすみ、一先ず安堵である。


「……良かったの?これ、君のなのに。」

「何よ今更。別に貴方の二口や三口分どうって事ないわよ。」


自分が飲み干したカップを何故か絶望の顔で見る少年を尻目に、もう一度紅茶を注ぐ。

はぁー慌てて喉が渇いたとばかりに一口啜ると、口いっぱいに広がる……渋み雑味苦味。


「え、何このお茶も不味い。ある意味才能じゃない?これ。」


サンドイッチと同じで、飲み込めないほどではない。ではないが、不味い。フツーに不味い。

お、お茶くらいは普通に淹れられると思ったのだが。

……て言うかこれなんの茶葉?適当に淹れたけど、もしかして紅茶じゃ無いんじゃ…。


「……………………………。」

「……な、何よ。」


じっと紅茶(?)を注いだカップを見つめる少年に、八つ当たりだと思いながらも不貞腐れた声をかける。

何よ、言いたいことがあるなら言えばいいじゃない。不味かったんでしょう?そうなんでしょう?


「どうせ不味いって」

「気持ち悪く、ないの?」

「?……何が?」


この味が?サンドイッチとお茶の味が気持ち悪くなるほど不味いよねって事?

そう言う事?

自分の料理スキルに悲しみと絶望を堪えながら引き続き渋めのお茶を啜り、先の言葉を促す。

少年からようやく言葉が出てきたのは、二杯目のお茶を消費している時だった。


「僕が触った、のに。僕が使ったカップで……気持ち悪くないの?」


言われた言葉に、はて?と首をかしげる。

もう一度言われた台詞を反芻してみるが、聞き違いは無いように思えた。

別に同じカップを使ったからって、何か思う訳もない。

だから返す言葉は決まっている。


「え?全く。普通に回し飲みとか余裕。女子高生のその辺の節操のなさを舐めたらダメよ。」

「ジョ……シ……コウ……?」

「やだ、なんでもないわ、忘れてちょうだい。あ、お茶をもう一杯……要らないわよね、そうよね。」


確かに人の体など雑菌だらけ、菌の温床もいいところ。

けれどそんな事を一々気にしていたらおちおち空気すら吸えない。

そもそも気にしているなら最初から勧めないし、カップを二つ用意するか使い終わったら縁を拭くくらいするわ。

余計な言葉を誤魔化しつつ、お茶を勧めて引っ込めた。

色は立派なお茶の水面に、虚ろな瞳の美少女がいる。

ふふ、と苦笑いを少年へ向ける。


「……このお茶、私が淹れたのよ。渋くて不味かったでしょう?ごめんなさいね、お茶くらいはまともに淹れられると思ったんだけど。」

「渋い……?」


少年が水筒を見つめる。……不思議に思うものは何でも見つめる癖があるらしい。

じぃっと数秒水筒を見つめてから、ポツリとこう言った。


「美味しい、よ?お茶も、サンドイッチも。」

「……え?」


言われた言葉に思考がついていかない。

まさか、と思い急ぎお茶を口に含んでみる。


「……うん、不味い。まごう事なき渋さと不味さ。」


別においしく感じるとかそんなことはなく。

不思議そうに私をみる少年を不思議だと思いながら見返す。


「………味音痴なのかしら?……うわまっっっず。」


サンドイッチも念のため齧ってみたが結果は同じ。飲み込めないほどではないが不味い。

渋みと雑味がある不味い飲み物と、よくわからない食感の甘くて不味い固形物の相性はある意味バランスは取れているのかもしれない。

不味い不味いと言いながら口に入れていく私に、少年の救いの手がもたらされる。


「……君さえよければ、僕が食べるよ。」


天使か。優しさの塊か。

思わず手に持っているものを渡しそうになるが、その救いの手を取るわけにはいかない。

こんな薄幸そうな少年を地獄に引き摺りこむなんてそんな事できない。……いや地獄は言い過ぎだとしても、とにかく。


「こんな不味いもの、これ以上他人に食べさせられないわよ。」


これに尽きる。

失敗作は生産者がきちんと責任持って処理をしないといけない。

少年の手の届かない位置へバスケットを追いやる。


「…………美味しいのに。」


くぅと少年の腹が小さく鳴ると同時に、心底残念そうに呟かれた言葉。

もしかして空腹は最高の調味料って言うの、真理だったのだろうか。

自分も空腹のはずだと言う事実には目を背けつつ、つらつらと考えながら失敗作の消費を行う。


残念ながら今はゲーム本編以前の話で、この誘拐事件に関しては一切情報はない。

エリザが誘拐されたと言うエピソードも聞いたことがない。

……私(と少年)これからどうなるのかしら?


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