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うろうろ囮をやってみた




仙主トマス様の提案により(立場上、私に命令する権利を有していない為、実際はどうにせよ)私は人間界へ取って返した。別に仙界へ用事があるわけでもなし、人間界へ戻るつもりではあったが自分の意志で人間界へ行くのと、他人の思惑から人間界へ行かされるのではどうにも気分が異なる。

しかし、根がまじめな、自分でそう思う分には非難されるいわれはない、王都をうろうろして囮としての役割を果たそうとしている。そう、三日もうろついているのにだれ一人として私へ接触を図ろうとする人物が現れないのだ。これは、私が囮として問題があるのか、相手側が私を見つけられない程に無能なのか。判断に困るところだ。

天気が良いので私は王立図書館近くのカフェに入りお茶にすることにした。囮として目立つようにオープンテラスの方へ席を取った。いつもなら店内に席を取るところなのだ。私は頑張っている。言い訳がましいかもしれないが。テーブルには、ポット入り紅茶と持参した文庫本。目の前には王立図書館へ向かう人たちが通る道路であり、ここのオープンテラスでは道行く人を眺めながらカフェを楽しめるようになっている。私は既読済みの本をパラパラめくりながら、意識は道路の方へ向けておく。既読済みでなくば、本の方に集中して人への注意がおざなりになるのを心配して、だ。

中肉中背、武人風の男性が私の斜め前に立つ。私の視線に入ることを意識した立ち位置だ。


「同席しても良いでしょうか?」


かけられた声に私は―――近づいてきている時から気付いていたが―――少し顔をしかめた。彼は仙主トマス様と同門のロンバートだ。私の同期で友人だが、今は仙主トマス様の門下生である立ち位置か。気まずい、報告すべきことが何一つない。


「いや、まあ、その」


我ながら、あいまいな返事だ。ロンバートは私の真向かいに座り、店員を呼んで珈琲を頼んだ。オーダーした珈琲が届き、店員がきっちり離れてから私は口を開いた。


「悪いけれど、仙主トマス様のに報告できることは何もないのよ。え?別に報告を聞きに来たわけじゃないの?だったら何をしにきたの?」


ロンバートは渋い顔をした。


「いや、ごめん。悪気ではないのよ。用がなくても来て良いのよ」


私は必死に言いつのった。言いながら、なんで私がこんな事しているのかしら、と自身に問いたくなったが。多分、ロンバートは私を心配したのかもしれない。囮の件は仙主トマス様から聞いているだろうから。


「そうそう、預かりの身になっているアームストロングはどうなっています?何か新しい情報はあったかしら?」

「いえ、その点は何もありません。貴族仙人オーエンの方は目立った動きを見せていません。ただし、アームストロングの失踪は認識していて人間界における警察やその他に調査しているようです」

「つまり、仙界まで手を伸ばしてはいないのね」

「アームストロングがいくら達人であろうとも人間ですからね。アームストロングの話から見る限り、オーエンは仙界と正面切ってやりあうつもりはなさそうです。つまり、今回の件はアームストロングの勇み足といったところでしょうか」

「エミリーには、迷惑な話じゃない?勇み足で攻撃されては。オーエン側にしてみれば仙界とやりあうなんて正気の沙汰ではないでしょうし。それにオーエンが仙界とやりあう理由もなさそうだし」

「会ったことないわりに断定するのですか?」


ロンバートはあきれ切った口調であった。

指摘されると断言できない。でも、他に判断できる材料もない。オーエンがアームストロングの件で私に接触してくるかしら?そもそもオーエンは私のことを知らないと思うのだけれど。今更だけど、囮作戦は上手くいかない気がしてきた。


「正直、仙主トマス様が貴女を囮にしたのはいかがなものかと思っていますよ。貴族仙人オーエンは仙人になって以降、仙界とは一線を引いているようですし。実際のところ、私も会ったことありません」


同門の私ですら会ったことがないのだから、まして、他の門下では、ね。

完全に行き詰ったものだと思いつつティーポットからカップへお茶を注いだ。私は手を止めて、ティーポットをテーブルへ戻した。カップの茶は半分くらい、途中でやめたのはロンバートの視界に入る位置に男が立っていた。こちらの会話をうかがっている風なのは、声をかけるタイミングを計っているからかしら、それとも私が気をまわしすぎていたのか。

私たちの視線を受けて男はにやりと笑って帽子を取った。やはり、こちらの様子をうかがっていたのは正しかった。年のころはいくつだろうか。50歳か60歳か。年を取るとともに狡猾さを得たようだ。年配の不動産屋っぽい感じである。それもあまり良心的でない不動産屋。私だったら、この人に終戦を頼んだりはしない。


「ロンバートさんですね」


彼の質問に私とロンバートは一瞬、目を合わせた。互いにこの男は囮に引っかかってきたと思った。加えて私は、自身が囮として役に立たなかったことを明らかにされて、すっかり腐ってしまった。この三日、私は何をしていたのかしら。

ロンバートは男に席を勧めた。


「私はアイザックと申します」


ちらりとアイザックはロンバートから私の方へ視線を向けた。つまり、私は邪魔になると言いたげであった。一瞬、何もかもロンバートに任せてしまおうかと私は思った。


「この人の前では何を話しても大丈夫です。俺が保証します」


席を立とうとした私に気付いて、口早にロンバートが言った。まるで陳腐な探偵みたいな言葉だ。この言葉からすると私の役回りは探偵の助手あたりか。アイザックはどうでも良さげに私を見やって、この男は男尊女卑のけが確かにあった、再びロンバートへ視線を向けた。私のことは気に留めないことにしたようだ。全くありがたい話である。


「私はオーエン様の代理人なのです」


アイザックは貴族仙人オーエンの名前に重きを置いて言った。どうやら、アイザックにとってオーエンは一角の人物なのだろう。その名前が私たちに感銘を与えると思っていたようだが、私たちがさほど反応を返さなかったので内心、私たち、特にロンバートに対して失望しているように見えた。

私たちにしてみれば、アイザックがオーエンの部下であることは予想していたので今更である。


「そうだろうと思っていましたよ。正直、もっと早くこちらに接触するだろうと期待していたのですがね」


ロンバートはいささか皮肉めいて言った。私はこの三日、空振りだった恨みもあって、もっと言ってやれと心中で呟く。アイザックはめをすがめロンバートを見た。彼の人となりを推し量るようにであったが、はたしてアイザックにロンバートの何が理解できるのだろうか。

私は探偵の助手らしく、ただ彼らを観察しておくことにした。


「あなた方はアームストロングを拘束していますね。オーエン様は解放することを―――望んでいます」


アイザックは言い回しを直前で変えたようである。私たちにオーエンの名前それとも威光が通用しないことには気づいたらしい。続けて言う。


「オーエン様は大変気前の良い方です。お礼は十分に弾むことでしょう」

「別に金には困っていませんのでね」


ひしゃりとロンバートは返した。実際、仙人である私たちは金銭欲が薄い。大体、オーエン側が私たちに与えられる交渉材料はそもそもない。

アイザックは困って私の方を見た。私が金に目がくらむことを期待したのだろうが、彼の望むリアクションを返す義理はない。黙って彼を見返した。交渉は平行線である。


「そうですね。オーエン氏と直接、話をしたいのですよ。代理人のあなたではなく」


ロンバートの言葉にアイザックは顔をしかめた。当然だろう。アイザックは代理人として全く職務をはたせなかったのだから。


「その、オーエン様は大変お忙しい方で。希望がありましたら私が窓口となっています」

「そうでしょうとも。ただ、こちらもアームストロングを解放するのは。彼がやらかしたことから考えましてね。そう容易に事をなすにも問題があります」


そして、じろりとロンバートはアイザックをねめつける。


「ひとつ、確認させて下さい。アームストロングにエミリーを攻撃させたのはオーエン氏の命令ですか?あなたの意見でなくオーエン氏の回答を聞かせてください」

「―――分かりました。連絡は?」

「明日のこの時間、この場所で」


アイザックはさっと立ち上がり、帽子をかぶると挨拶もそこそこに店を出た。逃げ出したのだ。

彼が立ち去って充分に経ってから、ロンバートは笑った。


「逃げ出しましたね。いい気味です。さて、明日、あいつは来ますかね?」

「来ないかしら?」

「俺は来ないと思います。大体、来たところでアイザックでは何も進展ありませんよ」

「そうね。だとしたら御大のオーエンが来るかしら。いや、来ないでしょうね」


私はそう思った。オーエンが復讐の最中ならば瑣事に関わる愚は侵さないだろう。いや、瑣事ではないか。アームストロングの奪回にこだわれば仙界と事を構えることになるし、復讐の妨げになることは目に見えている。


「俺たちが何者かとオーエンは知っているようですから。今、仙人に近づけば捕まるとおもうでしょうね」

「ロンバートなら簡単に捕縛できるんじゃない?」


ロンバートはにやりと笑った。

仙人の、特に武人よりのロンバートと駆け出しに近いオーエンでは勝負にならないと私は分かっていた。やっぱり、オーエンは来ないだろうと思う。オーエンはまだ復讐の最中なのだから。




次の日。

約束には誰も来なかったので、すっぽかされた私とロンバートはお茶を楽しんだ。






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