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しぶしぶ図書館へ行く




翌日、しぶしぶ私は国立図書館へ行った。借りた本を焼失してしまった件を報告して謝罪して弁償して―――考えただけで申し訳なさで胃が痛くなりそうだ。ともすれば足の歩みが遅くなるが、それでも仮宿のホテルから国立図書館までは徒歩圏内だ。どんな牛歩の歩みであっても、いつかは着く。というか、着いた。慣れ親しんだ筈の国立図書館その規模に相応しい豪奢な正門をいつもは目もむけず気にも留めないのに、今日ばかりはその大層な様に気おくれがしてならない。思わず吐いたため息はひどく重かった。



案ずるより産むがやすしとはこのことだ。私は行きとは全く違った気分でホテルへの帰路についている。国立図書館の館員は私の自宅が火事に遭ったことを知っていて同情的であった。私は借りた本の弁償と迷惑料としていくばくかの寄付を加算した金額を納めた。寄付に関しては私の自己満足にすぎないのだけれど。これは気持ちの問題である。流石に今日、本を借りることはできなかったけれど、おいおい、いつものように図書館を利用しようと思う。そもそも私が王都に居を構えたのは、ここの国立図書館の為なのだから。

さて、私の滞在しているホテルはアフターヌーンティーが有名なのだ。ここのアフターヌーンティーを楽しむために、このホテルにしたと言っても過言ではない。お茶を楽しむのはホテルのラウンジだ。ラウンジに入れば給仕のひとりから下にも置かぬ丁重さで席に案内される。渡されたメニューをじっくりと見る。給仕は客を急かせることがないようにそっと離れているが、注文しようと頭を上げれば、音もなく駆けつけることを私は知っている。紅茶はダージリンにして、さて茶菓子は何にするか。王道のスコーン、それともジャムの入ったドーナツ。シードケーキも良いかもしれない。この前に食べたマフィンもおいしかった。迷った挙句、スコーンにしようと決めて面を上げた時。


「ご一緒してもよろしいでしょうか?」


尋ねると同時に向かいに座った男に―――私は驚きで目を丸くしたのだった。




目の前の男を私はまっすぐに見据える。この男は本来ならば、ここに存在してはならない男だ。私は半ば睨みつけるかのように彼を見つめる。スッと男は以前に司書エミリーが使った認識誤差宝貝をテーブルに置いた。ただ、それは師匠エミリーが使ったようなおもちゃみたいな品ではなく、もっと本格的な品だったが。ほうっと、私はわざとため息をついた。彼にあえて聞かせるように。


「仙界のお師匠様の元以来ですね。宰相ロレンス殿。今更、私に何の御用でしょう?」


言い放った言葉にたっぷりの皮肉を交えておいた。


「お久しぶりです」


にこにこと、今まで何もなかったかのように、そう、まるで昨日もあったかのような気楽さで宰相ロレンスは返した。そうだ、忘れていた。こいつは相当に面の皮が厚いやつだった。政治家という商売はそうでなければ、やっていけないのかもしれないが。小市民で善良な私には到底まねできない所業だ。宝貝をテーブルに置いて作動してもらったので、私としても好きに話ができるというものだ。手早く私は給仕にオーダーを済ませ、注文品が届いてから口を開いた。


「用件をどうぞ?」


相手程ではなくとも私も今は色々とせわしないもので。


「火事で全焼したとか、お見舞い申し上げます」

「ご丁寧にどうもありがとうございます」


本音が火事見舞いでないことは分かり切っている。くだらない前座に過ぎない会話だ。一体、宰相ロレンスは何が言いたいのだろう。今、宰相ロレンスの立場は危うい。正直、私にかまっている暇があるとは思えないのだ。


「あの火事の犯人を調べましたか?」

「放火前提で話すのですね。実際のところ、仙人のかかわった放火だから。だからこそ、犯人の特定はしません」


不思議そうな宰相ロレンスに、私は唇の端を吊り上げて笑みの形を作った。見せつけるかのように。


「犯人が仙人かかわりと分かった時点で私はそれ以上、調べることを止めたわ。犯人が仙人か、それに関わりが強いと分かれば充分でしょう。仙人は私にとって身内に近い。身内の犯罪をわざわざ表にしたくないのよ。もう一つは、我ながらどうかと思うけれど。放火するほど恨まれている事実を認めたくない気持ちからかしら。だから、宰相ロレンス殿、犯人特定に対して私は役には立たないし、役に立つつもりもないわ」


宰相ロレンスはひとつため息を吐いた。


「貴女にちょっかいをかけた人物と私を嵌めた相手は同じではないかと考えているので、ぜひ助力していただきたかったのですが」


はっきり断るのは気の毒な気もして、私は小さく肩をすくめるに留めた。そもそも、私の家の放火魔と宰相ロレンスの政敵が同じと私には思えないのだが。そのあたりは言わないでおこう。


「私は貴族仙人オーエンが黒幕と思っています」

「それはどうかしら?貴族仙人オーエンの目的は復讐のように思うけれど。あなたは復讐対象ではないのでしょう?」


宰相ロレンスは当然のように否定したが、ここにきて私は貴族仙人オーエンの復讐対象に宰相ロレンスが含まれていても不思議ではない気がしてきた。宰相は本当に短期間でその地位に登り詰めたのだ。相当に後ろ暗いことをしていそうな気がする。よしんば、宰相ロレンスが貴族仙人オーエンに報復されたとしても仙人同士だし、同門同士だし、特に問題は生じないと私は思う。

私はティーカップを手に取り一口。思わず眉をひそめた。何だろう。思ったものと違う味だ。拙いわけでは決してない。そこで私は気づいた。メニューをオーダーするときにダージリンかアールグレイか迷っていたが、ダージリンを注文したつもりでうっかりアールグレイを頼んでしまったらしい。我ながらなんて間抜けな。思わぬ宰相ロレンスの登場に相当、同様したようだ。流石にこの件を宰相のせいにするのはあんまりか。

それはさておこう。

今更だけど、宰相ロレンスは今、王城で謹慎中だった筈。



「式神に代理をさせています。問題はありません」

「問題ないのかしら、本当に?」


私の言葉に引っかかるものを宰相ロレンスは感じたのだろう。少しばかり宰相ロレンスは顔をゆがめた。宰相とは仙界・師匠のもとにいた時以来だ。そう親しいわけではない。彼にとっては姉弟子に私は当たるけれど、決して面倒見の良い方ではない。だけれども、宰相も知っておいた方が良いだろう。


「私はお師匠様から貴族仙人オーエンに関わるな、と言われたのよ。ついこの前に」

「師匠からですか?」

「ええ」


正確には、貴族仙人オーエンに同情しないで欲しい。味方にならないで欲しい、だけれど。大きく解釈すれば関わるな、だろう。


「それにあなたも」


ぴくりと宰相ロレンスは眉をひそめた。


「今は大人しくしていた方が良いと思う。貴族仙人オーエンに関わって派手な動きを見とがめられたら、仙界から干渉されるわ」

「どういう意味ですか?」

「もともと、仙人が政治に関わることに良い顔をしないお歴々は多いのよ。ここぞとばかりに糾弾される。もっとも、貴族仙人オーエンのせいで糾弾自体、時間の問題だけれど」

「だからこそ、同門として我らの手で始末を」


私はそれ以上言わせずに手で制した。


「同門の人間は他にもいる。私や目立つ貴方以外のもっと適当な仙人が、ね」

「わかりました。貴女もせいぜい大人しくなさることですね」


宰相ロレンスはテーブル上の宝貝を回収し、茶も飲まずに出て行った。これで宰相が大人しくしてくれれば良し。今は、下手に動き回られて、貴族仙人オーエンを追い詰めるのは得策ではない。多分、お師匠様も。貴族仙人オーエンの目的が復讐ならばそれを叶えさせようとしているのではないかしら。正しくは、即急に終わらせようとしているのかもしれない。だから、師匠は私に同調しないで欲しい、と。

色々と考えると頭が痛い。あまりパッとしないティータイムになってしまった。私は給仕を呼んで清算しようとして。


「すでに清算は済んでおります」

「え?どういうこと?」

「お連れ様から既に」


宰相ロレンスか。そういえば、あいつ自身はお菓子どころか茶も飲まなかった。全く客としてのマナーがなっていない。

しかし、茶の代金については次に会ったときに忘れず礼を言わねばならないようだ。





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