とうとう私が被害者になった
開館とともに私は王立図書館へ入館した。まっすぐに新聞コーナーへ向かった。一面には、その紙面をスペースは減らしてはいるものの、宰相ロレンス軟禁の続報を掲載している。昨日は一部しか読めなかったので古新聞と他新聞をチェックしていると司書エミリーがやってきた。
「昨日、読めなかった分を読んでいるの。何か御用?」
「お師匠様から連絡あったのかしら?」
「昨日、帰ってすぐにね。向こうの味方をしないようにしっかり釘を刺されたわよ」
司書エミリーはぎょっとして私を見た。
「味方になる予定なの?」
随分、ストレートに聞いてくる。驚いている様から、ついうっかり聞いてしまったようだ。私は軽く手を振った。
「会ったこともない人の味方をするほど、酔狂じゃないわ。だから安心して欲しい」
「そう、良かった。貴女があっちの味方をするつもりなら、私はここから逃げ出すから。早めに言ってちょうだい」
なんでそう決断が速いのよ。というか、なぜそういう判断になるわけ?
「いや、落ち着きましょうよ。エミリーの方にもお師匠様は行ったの?」
「昨日じゃないけれど。ほら、私は新聞も読んでいるし、少なくともコンスタンスより情報はあるから、ね。でも、忠告は一緒じゃない」
「どういう意味?」
「いいから、気にしないで」
「そう?」
なんだか誤魔化された気がする。尋ねても教えては貰えそうにないわね。
「それより、お師匠様が昨日、私のところに来たのはエミリーが私が色々なことを知ったってリークしたじゃない?タイミングが良すぎるし、お師匠様がろくに説明もせずに本題を話し出すなんておかしいもの」
司書エミリーは少し罰が悪そうに肩をすくめた。
「うん。そう。コンスタンスが知らないうちは巻き込まない方が良いと思ったのよ。これは私のみならずお師匠様もそう判断したからよ」
「ふうん。それはどうもお気を使わせて。知ったからといって必ずしも私が巻き込まれるとは限らないでしょうに。うちの門下生は多いのだし」
「だと良いのだけれどね」
「その物言いは止めてくれない。不安になるから」
ひょいと私は窓へ目を向ける。
「さっきからやけにサイレンが鳴ってない?救急車かしら。消防車かしら」
「近いわ、音が」
司書エミリーの声はやけに響いた。
「そうね。サイレンが止まらないし・・・って、ちょっと。エミリー、見に行くつもり?そういうの野次馬っていうのよ。邪魔になるからやめておきなさい」
「馬鹿!国立図書館に近いのは拙いわ。もし、延焼でもしたら」
あ、そうか。図書館に火は厳禁だ。私は駆け出した司書エミリーを追いかける。図書館を出るとすでに大気は煙の臭いに満ちていた。ぐるりと見渡せば一部に黒煙が上がっている。えっと、あっちは私の家の方向じゃないかな。燃えているのは、もとい燃え尽きているのは私の家だ。二重三重に消防車に囲まれていて、家主の私はゆうにワンブロック離れたところまでしか近づけない。消防隊は私たちのような部外者を決して近づかせない。
私は唖然と燃え尽きた家を見つめていた。
翌朝、二日酔いの身体で私は中華がゆ専門店に入った。座った目で宿泊先のホテルから朝食へ出かけたら、ばっちり(待ち構えていたのではないか?)司書エミリーと出会った。成り行きで一緒に中華がゆ専門店に入る。
昨夜は呑みすぎた。久方ぶりに呑みすぎた。自宅が焼失してしまったので、今の私はホテル住まいだ。懐に響く。メニューを見るのも面倒だ。とにかく、あっさりしたものをオーダーした。司書エミリーが何をオーダーしたかは知らない今日の私は半分、起動していない。
「えっと、その。なんと言ってよいのか」
司書エミリーがいつになく口ごもる。
「いや、気にしなくて良いよ。ついでに今の私は落ち込んでいるわけではなく、単に二日酔いなのだよ。さして、酒の香りがしない?私は酒に弱いの。少量の酒で十分に酔えるから」
なんて経済的なのだろう。酒飲みが経済的とか言うな?そりゃそうだ。
「シビアな物言いで申し訳ないけれど、あの火事はかなり変よ。家だけが完全に焼け落ちているなんて」
作為的なものを感じていると?普通の火事ではない、か。仙術ならば家だけを焼くことも容易だろう。ふん、延焼しなかったことを犯人に感謝せねばならないとは、忌々しい。
オーダーしたかゆをスプーンで口に入れる。ほどほどに冷めている。
まずはお師匠様へ報告、加えて上層部にも連絡かな。仙人ってわりに縦社会だ。正直、身内の問題とされて後手に回った挙句、他流派にまで被害が出たら目も当てられない。犯人が仙人を狙っているとしたら流派なんぞ斟酌しないだろうからね。
「犯人の目星はついているの?」とエミリー。
「まさか。大体、私は自宅に放火されるほどに恨まれる覚えはないんだけど。なによ、エミリー、その顔は。私は放火されても当然だとでも言いたいの?喧嘩売っているなら買ってあげるわよ」
「いえいえいえ、コンスタンスに喧嘩売るような自殺行為を私がするとでも!?そこまで世をはかなんではいないわ」
妙な言い回しだけど、喧嘩は売っていないということで、もう少しストレートに言って欲しい。
「あ、お冷ください」
珍しくまだ二日酔いなんだ。水をよく飲んでおいたほうが良いのだったか?あやふやな情報か、はたまた単なる欲求からか私は水を飲んでおく。
「昨日はばたばたして、まともに考えていなかったけれど、少しばかり本気で犯人を考えようか。こう言ってはなんだけれど、宰相ロレンスと違って私に政治的コネはない。仙人といっても王都では何もしていないから、私が仙人だと知っている人は少ない。ほら、宰相ロレンスの執事たちも最近、私のことを知ったみたいだし」
「人間界に来てから、コンスタンスは大人しいから」
「以前から大人しいよ。なによ、その顔。大人しいじゃない。何もしていないよ」
「誰も暴れまわっていたとか言ってないわよ。コンスタンスは有名でしょ。仙丹作りでコンスタンスの右に立つ人はいないじゃない」
「そうかな?仙人なら誰しも仙丹くらい作れるじゃないの」
「仙丹作りの天才と言われていた癖に。そのねたみからかしら。いや、なんで今なのか分からないわ」
「そうだねー。仙丹作るの上手だからって放火されちゃたまらないわ。私みたいな人畜無害の人間に、いや仙人に」
「人畜無害。本人がそう言うのは勝手よね」
そんな含みを持ってまわって嫌味を言われると辛いかも。いやいや、建設的に考えよう。
「状況から、宰相ロレンスの同門だから?」
「私だけが同門ってわけじゃないでしょ。エミリーだって同門じゃないの。ちょっと待って。そっちは大丈夫なの?」
「うっ、そう言えば私も宰相と同門だった。やばいかも」とエミリー。
「そうだよ、危険だよ」
「あ、大丈夫。私は仙人って周囲にばらしてないわ」
「そうなの?知っているのは私だけ?」
「ええ。宰相ロレンスは私がここにいることを知らないし、彼の使用人や弟子とも接触はない。宰相ロレンスは国内有名人だから、私は彼の情報は得ているのだけれどね」
私もって、一昨日、宰相ロレンスの執事ロジャーズと弟子アンソニーが来たんだった。それで昨日、放火されたのか。犯人の行動は驚きの素早さだ。でも、これは放火犯が宰相ロレンスがらみならば、という推理だ。もっとも、同門ってだけで放火されちゃたまったもんじゃない。
「そうでなければ、貴族仙人オーエンかしら。ほかに問題ありの仙人がいるかは分からないけれど」
お師匠様が私に協力しないで欲しいと言っていた貴族仙人オーエン?私に協力して欲しくて自宅を放火する人間はいないわよね。
「協力を期待していないとか。単に復讐の邪魔をしてほしくなくて仙界へ戻らせるつもりなのでは?」
なるほど。それなら分からなくもないかな。復讐の間だけでも私の動きを制限させる、と。自宅が焼失してしまって、色々とやらねばならない処理が山ほどあるのだ。何より、図書館で借りていた本を焼失させてしまったのはショックだった。ほかにも火災保険の件で保険会社と話したり、消防と話し合いをしたり。ほかにもまだまだやることが残っている。ああ、面倒だ。すっかり気がめいって昨夜は深酒してしまったのだ。犯人の目的が復讐の時間稼ぎならきっちり果たされた。ちっ、腹が立つ。
「もっとも、それが正解とは限らないけれど?」とエミリー。
「色々と辻妻があうじゃない。あの貴族仙人オーエン本人かその部下か。よくもやってくれたわね」
「いやいや、犯人と決まったわけじゃないからね」
「あのね、君はどちらの味方なの?」
「いや、コンスタンスが暴走して、原因が私の推理と言われるとかなり困るんだけど!?行動起こす場合は、私が教唆したとか思われたくない!!」
「必死すぎて、いっそ滑稽よ、エミリー。分かった、分かった。証拠がない以上は貴族仙人オーエンに抗議したりはしないってば。ふむ、しかし、やつがこんな風に上手く立ち回っているとしたら、かなり厄介じゃない。あれ?なんで宰相ロレンスはこの時期に軟禁されているんだろう?ねえ、もしこの状況で宰相ロレンスが軟禁されていなかったら、ロレンスは貴族仙人オーエンに関わるよね?」
「出世欲というか野心家だから。点数稼ぎじゃないけれど、貴族仙人オーエンを上層部へ嬉々として突き出しそうね」
「だよね」
宰相ロレンスは相手が弟弟子とかお師匠様の心境がどうとか全く気にしない質だから。気づかないじゃないじゃなくて、野心の為ならば斟酌しない。だから政敵は多そうなのだよね。あれほど、短期間で宰相にまで登り詰めたのだから、きれいなやり方だけで出世したとは、世間知らずと言われる私ですら思わない。
もしかしたら、宰相ロレンスの軟禁は貴族仙人オーエンが関わっていたりしてね。喋りすぎたか、中華がゆはすっかり冷めてしまった。