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日常はなかなか戻らない




私は執事ロジャーズと弟子アンソニーにお帰りいただいて(追い出して)日常に戻るべく図書館へ行った。ここ王立図書館は国内最大の、そして周辺国と比較しても大規模な図書館である。顔なじみの司書が私ににやりと笑った。この司書エミリーは私と同門にして相弟子あいでしの仙人で私以上にこの王立図書館に嵌まっている。司書として潜り込むくらいに。ちなみに司書のふりをしているだけで正式に司書ではない。彼女のひたすら一般人っぽい特徴のない顔立ちはこういうのに向いているとエミリー自身が言っている。私には、それが自前なのか仙術なのかは分からない。人に迷惑をかけているわけではないので、どちらでも良いと思っている。いや、司書のふりをしているのは、いささか問題があるか。なお、司書エミリーや私のように仙人であることを隠して人間界に住まわっている者はそこそこいたりする。というか、宰相ロレンスのように公表しているのが少数派なのだ。故に仙人同士であっても、人間界にどれくらい仙人がいるのかは正直、分からないというのが現状なのである。

私は軽く手を挙げ、挨拶を返しておく。

それから、普段とは異なって新聞コーナーへ向かう。いつもは向かうことのないコーナーだ。いくつかの新聞から(特に気に入りの新聞があるわけでもないので)表現の堅そうな感じのを一部、手に取った。空いていた新聞台にそれを広げた。

一面に宰相ロレンスの軟禁について書かれてある。軟禁されて既に一週間。これでは、私が宰相ロレンス軟禁事件を知らないことをしって周囲が驚くわけだ。ここ毎日、図書館には通っていたのだけれどね。

私は紙面から面を上げた。司書エミリーが目の前に立っていた。


「とうとう気づいちゃったのね。ちょっと時間は良いかしら?」

「ちょうど昼にしましょう。どうも今朝は食べた気がしなかったのよ。色々あって」

「色々?」

「そう、色々」


私の声音に外では話しにくいと分かったのだろう司書エミリーは行きつけの店に私を案内した。司書として王立図書館へ潜り込んでいるだけあって、エミリーは雰囲気の良い店を知っているようだ。個室ありの店で女子っぽい。ランチメニューは2種だがセットの盛り付け方もおしゃれである。ランチメニューを手早くオーダーし、エミリーは認識誤差宝貝を操作した。宝貝は仙人の道具だが、今、動かしているのはおもちゃみたいなものである。効果は立ち聞きされず監視されないというものだ。その対象は人のみならず仙人にも有効というのが宝貝らしいだろう。こんなものを使うなんて、確実に仙人がらみということか。迷惑な話だ。


「結局、宰相ロレンスの件は仙人がらみなの?」

「宰相の方は単なる政権争いでしょ?」

「そうなの?」

「ええ、多分」


多分って不安なこと言わないでほしい。人同士の争いに仙人が口出しすると大ごとになってしまうから推奨されていない。人と仙人

のスペック差を考えれば当然なのだが。そもそも、宰相ロレンスががっつり人の政治に関わっているのが異例と思う。思うだけで意見は口にしないけれど。


「私たちは相弟子あいでしだから表立って批判しにくいけれど、他の流派では苦々しく見られていたわよ。手は貸さないのは表向き、人の世に関わらない方針からかもしれないけれど、裏ではどうかしらね」とエミリー。

「宰相ロレンスのシンパは?門下生にもいたじゃない」

「わが身可愛さで沈黙を守っているんじゃないかしら。コンスタンスもさして親しくはなかったでしょ?宰相ロレンスはコンスタンスのこと嫌っていたみたいだから」

「あれ?私、宰相ロレンスに嫌われていたの?知らなかったわ」

「コンスタンスは宰相ロレンスを相手にもしていなかったし。宰相ロレンスは気位の高さからライバル視していることを周囲に気取られぬようにしていたしね。知っていたのは師匠ヴェラ様と私くらいじゃないかしら」


ライバル視?宰相ロレンスとは接点がなさすぎて私には分からない。王都に来てからは顔も合わせていないのだから何かの勘違いとしか思えない。


「うん、まあ。コンスタンスはそうよね」


司書エミリーはあきれたように言った。宰相ロレンスの方は放置するとして、よしんば何かしろと言われても正直困る、もう一つの件を話しておこう。


「今朝、ロンバートから聞いたのだけれど。うちの門下生が貴族になって何かやらかそうとしているらしいって知らせてくれたの。気を付けるようにって、知っている?」

「知っている。ついでに仙術ですでにやらかしているわよ、彼」


司書エミリーは顔をしかめた。なんだ、もう知っていたのか。


「仙術を人に使うのは拙いでしょ?討伐対象になっている?」

「いえ、まだよ。そう、コンスタンスは彼のことを知らないのね。彼は、オーエンは復讐のために仙人になったらしいの」

「本当に?よく弟子にとったものね。うちの師匠も軽率なことを。そのオーエン?とんでもない問題児じゃないの。まさか道士として修業中に復讐を考え直すとか思っていたとか?」


師匠ヴェラ様は性善説をとっていたかしら。だんだんそんな気がしてきた。いや、いくら師匠ヴェラ様でもそこまで呑気じゃなかろう。そうであって欲しい。


「うちのお師匠様が引き取らなかったらどんな邪仙の弟子になっていたか分からないからじゃない?目的のためには手段を択ばない危うさがありそう。こう考えるとうちの門下は問題児ばかりだわ」


司書エミリーはなかなか辛辣な意見だが分かっている?私もあなたも相弟子あいでしなんだけれど。自分の悪口を言っているようなものよ。ブーメランよ。

ようやく、ランチメニューが来たので私たちは会話を中断して食事に集中する。そもそも食事時にふさわしい話ではない。いつもなら互いに読んだ本を話題にするのだが、さすがに今日はそんな気分にもなれない。

さっさと食事を済ませて、食後の珈琲を出されてから、再び話を戻す。


「復讐のために仙人になる。―――言葉にすると簡単だが実のところ、そう容易い話ではない。道士修業中に復讐対象が死んでしまう可能性が大なのだ。師匠ヴェラ様もそれを狙っていたのではないかしら」

「そうね。だけど予想に反して優秀で仙人になって復讐に入っている、と。ただターゲット以外に危害を加えていない。周囲の人を巻き込まないように細心の注意を払っている。いや、正しくは犯人不明でターゲットが死亡したり破滅したりしている。いやはや、見事よ。拍手するわ」と司書エミリー。


なるほど。疑わしいけれど真犯人と言える程の根拠がないのか。ただ状況的には犯人なのだろう。さて、どうしたものかね。討伐命令が出ても、あまり受けたくはない。復讐のためだけに仙人になってみせる根性者を相手に出来るとは思えない。


「エミリーはどうする?あなたも戦闘向きではないでしょ?」

「私はやめておく。戦いは私の専門じゃないから」


結論。討伐命令が出るまでは静観しておく。なお、討伐命令が出てもせいぜい後方支援で逃げる、と。実際、私や司書エミリーは仙人の中でも非戦闘員なので実戦に回されることはないだろう。まして、どっちに道理があるかわかっている場合は、ね。





一日の始まりは非日常から始まった。図書館へ行った以降、日常へ戻ったと思い込んでいたのだが、そうではなかった。

夕方、家へ戻ったら、家には師匠ヴェラ様と道士がいた。ここは私の家なのに当然のようにテーブルについている。標準仕様の道士服姿の師匠ヴェラは一昔前の女家庭教師みたいに見える、そして線の細い道士姿の少年は小生意気そうだ。

どうも今日の私はくさくさしている。


「色々と言いたいことはありますが、なぜここにいらっしゃるのですか、お師匠様」


向かい合った席に座る気もなく、私は少し苛つきながら尋ねた。傍らの道士が目を吊り上げる。私を怒鳴りつけようと口を開きかけ、私が睨みつけると口を閉ざした。

生意気な弟子と道士を一日二人相手にする余裕は、既にない。

口を開いたのはお師匠様だった。


「すみません。私はあなたに迷惑をかけて」


お師匠様は二回りは年を取ったように気落ちしている。不老不死の仙人が年を取るなんて矛盾した表現だけど。迷惑をかけて、迷惑をかけた、迷惑をかける。さて、過去形なのか現在進行形なのか。嫌な予感が当たっているなら現在進行形だろう。


「私は彼・オーエンに仙術を授けた。魂を純化させ、復讐心も消えることを望んだのだけれど、そうは為せなかったの。全ては私の無力のせいでしょうね」

「お師匠様のせいではありません。師匠の心を踏みにじるなど弟子としてどうかしています」道士ブロア。


なんだろう、小芝居を見せられている気分がするのは。

私の視線が冷ややかなのを感じてお師匠様は自嘲する。


「コンスタンスが怒るのも無理ないですね」

「私が怒っているのは、勝手に私の家に入ってくつろいでいることです。家主の私の留守に」


さっとお師匠様と道士ブロアの顔をが引きつった。その点で私が怒っているとは全く思っていなかったらしい。うちのお師匠様も大概に常識が欠落している。


「ついでに、うちの門下生が何かやらかしているということ―――私は今日、知ったばかりでしてね。なにがあって、どういうことになっているのか説明していただけますかね」


苛々した口調のまま、私はお師匠様を睨みつけた。




話は聞いたが、あまり付け加えることはなさそうだ。現状、復讐のために仙人にまでなった貴族仙人オーエン、証拠はないが復讐に突っ走っているらしい。相弟子あいでしとして彼を止めるべきか否かという話ならば断わる。相弟子あいでしとはいえ、オーエンに会ったことはないし、思い入れがそもそもない。


「まさか、お師匠様、私に相弟子あいでしとしてオーエンを止めろ、なんてこと言いだしませんよね」


お師匠様はぶんぶんと首を横に振った。道士ブロアは完全に私にびびってしまってお師匠様の後ろに隠れてしまっている。どこの小動物だろう?


「ただ、コンスタンスにはオーエンの味方にならないで欲しいのよ」


味方?私は小首を傾けた。なぜ、私が貴族仙人オーエンの味方にならなきゃいけないのだろう。接点もないのに。


「オーエンの話に同調して助力されると、事態は私の手に負えなくなるから」

「同調?同情ではなくてですか?」

「ええ、同調」


結局、お師匠様の言うことは良く分からない。どちらにせよ、忠告は真摯に受け止めましょう。お師匠様と弟子ブロアにお帰りいただき、私の波乱の一日は終わった。

だが、これが始まりであることを私は予感していた。全く望んではいないのだけれど。




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