今朝はぞくぞくお客が来る
私の一日は大体において規則正しい。判で押したような毎日で私は十分に満足している。波乱は全く望んでいないのだ。
「いやいや、貴女も十分に当事者ですよ。他人事みたに言っていますがね」
人の朝ごはん時を狙って訪問してきた友人ロンバートが言う。ロンバートは当然の如く朝食を食べていないと言うので、私はしぶしぶ朝食を出してやらなければならなかった。正確に言うなれば、私の手付かずの朝食を譲ったのだが。
「さあ、こちらが食べようという瞬間に来るだなんて、どんなタイミングなのよ。偶然と言うよりは見計らっていたんじゃないの?いや、そもそもからして人の家を訪問する際、食事時を避けるのはマナーじゃないかしら?」
「マナーやルールを超越したところが我々、仙人じゃないですかね?トースト、お替りください」
「仙人を傍若無人の集団みたいに言うのはやめてほしい。そして、君は今更、育ち盛りなの?」
文句を言いつつ、私はトースターに食パンを放り込む。ロンバートも私も仙人なのだが同門というわけではない。偶然、同じ流派で同期というだけだ。見習いから仙人になるとお披露目会がある。その時にあっちこっちと、それでも同じ流派で招いたり招かれたりする。ロンバートは仙人というよりは若き武闘家といった風だ。私に対して敬語なのは、ロンバートが誰に対しても敬語なだけである。
「それで、貴女の弟弟子でしょ。この国の宰相ロレンスは。今は政権争いのあおりで王城に軟禁されていますけれど」
「あら、そうなの?知らなかったわ」
いや、そんな目で見られても困る。仙人である私は時世には疎いのだ。新聞を読んでいないだけだ。もっとも、三面記事は読んでいる。事故防犯の意味で。政治については、ほら宰相ロレンスが上手くやっているでしょ。
「本当に興味がないのですね。というか、軟禁前に助言を求められたりは?」
「こっちに(人間界に)来てから顔を合わせたこともないのよね。宰相は今をときめく人だし、私に会う時間なんてないのでしょ」
それにうちの門下生はやたら弟子が多いから。師匠は能力があったら(能力がなくても)すぐに弟子にしてしまう。本当に私は一人一人を把握しきれていないし。私が人間界に出て以降も増え続けていると思われる。さっき言った問題を起こしているかも?な弟弟子は会ったこともない。
ロンバートの話によると、宰相の方でない弟弟子の一人がこの国でお貴族様になって何やらやらかしているらしい。お貴族様が何かやらかすのは、国の問題(もしくは貴族間の問題)だが、やらかすのに仙術を使っているとなれば、それは仙人間の問題になる。なお、宰相ロレンスが軟禁されているのはそれとは別問題らしい。単に政敵に嵌められただけじゃないの?宰相は王様の次に偉い人じゃないかしら?
「ここまでの話、今まで全く知らなかったのですか?王都に住んでいながら、貴女だけ噂からここまで隔離されるなんて、一種の才能ですよ。全く羨ましくはありませんが。仙人としては本来のあるべき姿という気もします」
無欲みたいなのが仙人らしいとでも?私だとて知識欲はある。そのための王都暮らしなのだから。宰相ロレンスは権力欲の塊みたいだし。そうでなきゃ、宰相の地位まで上り詰めたりはすまい。話題の弟弟子も貴族になったのならば世俗まみれということかしら。
「とはいえ、その貴族仙人(名前もわからない)が仙術で大ごとやらかせば、討伐命令が出るでしょうとも。その時は同門から声がかかる筈。今のところ、そんな話を私は聞いていないから大丈夫じゃないかしら」
「討伐命令が出たとしても、貴女に声をかけたりはしないでしょうが。貴女は武闘派じゃないですし、返り討ちに遭いそうでこっちが心配になります」
私って、そんなにか弱いイメージなの?戦闘派のイメージがないのは自分でも納得するけれど。確かに王都の図書館に入り浸るためだけに王都住まいをしている私は非戦闘員、もとい女性文学者風か。
「同門ということで風当たりが強くなるかもしれません。何かあったら言ってください」
「わざわざありがとう。同門の連中より、君の方がよっぽど親切だわ。もし仮に討伐命令が出たとしても、義理なんてないのだから手を出す必要はないわよ。ああ、私も討伐なんてしないってば」
ロンバートはくどくど私に注意して帰っていった。少しばかり過保護じゃないかしらね。
片づけを済ませて、さあ図書館に行こうとしたら、客が来た。一日に二回も客が来るなんて今日はどういう日なのだろう。
一人は執事風中年男性と小姓みたいな少年が一人。もちろん初対面だ。
「コンスタンス様ですね。私は宰相ロレンス様の第一執事ロジャーズです。こちらは宰相ロレンス様の弟子のひとりでアンソニーです」
宰相ロレンスは複数の弟子持ちみたいね。仙人になってしばらくすると弟子を持って一人前みたいな風潮はある。強制ではないので私は一人も持ったことはないけれど。
「宰相ロレンスの執事と弟子が私に何のごようかしら?」
ついでに弟子のアンソニーは私を睨みつけているけれど、反抗期か何かなの。
「宰相ロレンス様が今、王城に軟禁されているのは既にご存じでしょう」
「ええ、今朝方、知ったけど」
執事ロジャーズと弟子アンソニーが目を丸くして私を見る。
「け、今朝でございますか?」
「今朝、私の友人から聞いたけれど、それがどうかしたの?ああ、どうも私をのけて噂が広まっていたみたいで友人も驚いていたけれど。いや、本当にどうしたの?」
ロンバートの名前は出さないようにして私は聞き返す。名前くらい出したところで問題があるとは思えないが用心に越したことはないだろう。もっとも、彼らが仙人のロンバートに危害が加えることが出来るとは思わないけれど。
「そ、そうですか。それでは。何もなさらないのも当然ですね」
「あんたハブられてたんだ」
あきれ交じりに弟子アンソニーが言う。それを執事が慌ててたしなめていた。
そうみたいだけれど、別にどうでも良いかな。宰相ロレンスも仙人だし、自分の身は自分で守れるでしょう。仙人だもの。相手が人間ならば物理的に危害を加えることは不可能だ。心配はいらない。
「実は貴女様にご助力願いたくこうして訪問したわけです」
「え?それは無理かな。私は王城に知人はいないし、つてもないから王城に入ることも出来ないと思う」
二人はしょっぱい顔をした。そんな期待外れみたいな顔をされても困る。多分、私が王城に行っても門番に止められると思うよ。
「はあ、ここまで役立たずとは」
弟子アンソニーは口が悪いな。私は大人なので流してあげよう。しかし、執事、君はこの口の悪さを注意すべきじゃないのか?子供のしつけがなっていない。役立たずでも構わないから帰ってはくれないものかね。そろそろ私は図書館に行きたいのだよ。
「貴女様は宰相ロレンス様の妹弟子で」「私は姉弟子よ」
私は執事ロンバートのセリフをぶった切った。
しかし、宰相ロレンスは私のことを妹弟子と言っていたのかしら?あの人、頭大丈夫なのかしらね。別な意味で心配になってくるのだけれど。
「ねえ、宰相が私のことを妹弟子と言ったの?」
そこははっきりさせておかないと、と思って私が尋ねれば執事ロジャーズはなぜか怯えた様子をみせる。弟子のアンソニーも顔を引きつらせていた。どうしのだ、二人とも。
「そ、それはその。私の方ではなんとも」
そういえば、なぜ彼らは私のところに来たのかしら。そもそも私の存在をどこで知ったの?人間界に来て以降、宰相ロレンスとは接触が全くないというのに。
「今更だけれど、あなた達はどこで私のことを知ったのかしら?」
「お師匠様の師匠の弟子ってのが館に来たんだ」
執事ロジャーズは目をむいて弟子アンソニーを見る。弟子アンソニーに口ぶりからすると、館を訪れた弟子というのは少なくとも弟子アンソニーのお眼鏡には叶ったらしい。
とはいえ、私の師匠ヴェラの弟子としたらとても特定はできない。師匠ヴェラは他の仙人から”教育者”なんてあだ名を付けられる位に弟子を量産しているのだから。人数が多すぎてよそと違って弟子同士の連帯感なんてかけらもないし。別に仲が悪いわけでないけれど、私も人間界に来てから同門の仙人に会ったことがないのよね。そもそも、人間界で暮らす仙人なんて変わり者はそうそういないのだけれど。
「あんた、宰相様をねたんで助力をしないんじゃないのかよ」
ぎょっとした執事ロジャーズがアンソニーの口を慌てて閉じさせた。ぺこぺこと頭を下げ、無理矢理に弟子アンソニーの頭を下げさせる。「申し訳ございません。申し訳ございません。」見事な謝りっぷりだ。
私が仙人と知って、かつ宰相の姉弟子と知っているならば執事ロジャーズの対応の方が一般的だ。弟子アンソニーの方は無謀なのか無知なのか判断に困るところ。多分、知らないのだろう。弟子は師匠に絶対服従(基本)だし、弟子間の序列もはっきりしているものだ。もっとも、うちの門下みたいに門下生が多すぎてぐちゃぐちゃしているところはかなり珍しい方なのだが。
とりあえず、この二人には帰ってもらおう。
「どうも私ではお役に立てそうにありませんね。お二方、お帰りはあちらです」