第四話 嫡男デューイ
───諸王歴502年10月
さて、アーロンが生まれて歓喜に湧くザールスから南へと目を向けてみよう。峻険な山容峙つガーシャ山脈を越えて"王国四街道"の一つ、幅広い北方行路を上る事、早馬ならば一週間はかかる距離を隔てた先に王都クルツはある。
この頃の早馬は1日におよそ200キロを走破する事が出来たので、1000キロは離れているという事になる。
クルト王国が建国されたのは古く500年前の戦乱期に遡る。クルツはその時に都として定められ、以来一度も遷都することなく王国の都として栄えている。
王都の人口は、10年前に"戸籍法"が制定された後の調査により詳細に判明している。一部の奴隷は含まれていないので、都に住む自由民以上の人口統計に過ぎないが、おおよそは把握出来る。それによると人口は82万人だ。
実際は、罪を犯し奴隷身分に落ちた"犯罪奴隷"や、紛争や反乱の末捕らえられた"戦争奴隷"など、自由民以下の者たちを含めば100万を少し超える規模になるだろう。
ともかく、王都は国内で最大の都市であって、という事はつまり国内で最大の人口流入地でもある。この時代、王領間の臣民の移動は自由であったので、農村から出稼ぎに出てくる人が絶えずおり、常に過密の様相を呈していた。
クルト王国は現在絶対王政ではなく、権威と権力の部分的分割はなされており、軍権は王が握るが、政府については首相の任命権は保持するものの、各官庁の長を指名したりだとかそういった事も、官吏に指導することも無い。ただし、御前会議における発言権と予算執行権は残しており、王の意図しない政策に予算が付けられる事も無かった。
要するに、細々しい事は諸卿に任じ、大枠を定めて大方針を整える事が王家の任務なのである。
・ 首相 リオネル・ド・ケーディス侯爵
・大法官 ゴードン・ド・マレー伯爵
・宮内卿 ジョージ・ディズレーリ男爵
・軍務卿 アレクシス・ド・ガルダン伯爵
・内務卿 メルヴィン・ド・グランハート伯爵
・外務卿 ユルゲン・ド・ドーズ子爵
・大蔵卿 フランシス・ド・ベッグ伯爵
これら7名のうち、大法官を除く6名を以てケーディス侯は内閣を組織している。その責任の方向は一重に王命の達成であって、目下不断の精力を傾注している。ということになろう。
さて、デューイは現在陸軍大学に勉学中であると述べた。現在19歳。学院に15で入り、3年の時に陸軍軍人に憧れを抱き、そこから流れるように陸大に移籍し、今に至っている。本人は至って真面目な決断をしたつもりだが、周囲は相当に止めた。
友人の一人、西大洋に面する所領を持つディアハート子爵公子たるアレンなどは、
「お前が陸大に行くというのは国家の損失だ。このまま学院にいろ。大体、もし移籍するとしてもこれからの時代は海軍だろう。ふざけた選択を今せぬでもよいではないか。考え直せ」
と迫った。果たしてデューイの心には何も響く事はなく、
「そうは言うがな、アレン、陸軍にだってこれから活躍のしどころがあるかもしれんではないか。うちの祖父も陸軍だった。家系的にも合ってるんだよ」
と言って考えを改めず、移籍を断行した。
学院は、2年間教養を学び、3年間専門だということは既に述べた。はじめの2年を過ごせば、政府が指定する進路に限定してだが移籍が可能なのだ。その制度にうまくハマったという事だろう。学院は首相直属の教育機関なので、基本的に国立の学校であれば、どこにだって移籍が可能だという解釈も出来る。
ただし、移籍して入った者は、当然最初から入っている者との競合を強いられる訳で、生温い物ではない。貴族だからといって、身分差を振りかざした傲慢な態度などは学院の2年間で矯正されているので見せるわけにもいかない。
つまり、デューイは、そのまま学院で学べば将来安泰であったにも関わらず、そしてここが重要だが、祖父であるドーズ子爵が望んでいたにも関わらず、奇特にもハードモードでやり直しをするような人間なのだ。周囲の友人が止めるのも当然である。
デューイの性格を一言で言うと"頑固"そのものである。多分に父に似ている。そのデューイは現在、陸軍大学の寮にある私室に友人と共にあった。
「おいデューイ、これ見ろよ」
そう言って王都新報の今日付けの一面を見せてくる。王都新報は、王都を拠点に発行する新聞社で、純粋民間企業である。歴史は長いが、これも先年以来株式会社化し、この一年で大いに部数を伸ばした。論調が政府に対し批判的である事も多いが、尊王の志つよく熱烈な支持者が多く、貴族平民問わず読まれている。
"北方域頭取殺害事件、未だ解決の兆し見えず"
「なんでこれをわざわざ俺に見せるんだよ」
「なんでって、お前北の出身だろ?気にならないのか?」
「いや、北って言っても俺には無関係なことだ。気になるもならないもないだろう。大体俺はそんな事気にしてる場合じゃないんだ」
「気にしてる場合じゃないって、何かあったのかよ」
紙面にはちらりと目を向けただけで、視線は手の中の手紙にある。送り主は父だ。
"デューイよ、久しいな。こうして手紙を送るのも一年ぶりになろうか。今年は演習で帰領出来なかったようだが、年始の休暇には必ず帰ってくるように。大事な話がある。息災であれ"
どうやらモーリアスは、アーロンが生まれた事をまだ明かしていないようだ。実は、その生まれたという事を伝える記事が、今まさに目の前にある新聞の3面に書かれているのだが、結局デューイが目を通すことは無かった。
要するにデューイは、演習のせいもあり今年一度も帰領せず、昨年末に妊娠した母の事を知らないのである。何を薄情なと思うことなかれ。
モーリアスの狂信としか言いようの無い北天教徒としての考えの元、家中の者に箝口令が敷かれていたのは事実であるが、そもそもデューイ自身、家族を思う気持ちが希薄で、故郷に目を向けるという事を一切してこなかったせいでもある。
きっと、一度でも "故郷の様子はどうだ" 問うてみれば、誰かが答えてくれただろうに。
この、自らの将来の事のみを考える姿勢が、未来を決定付けてしまう。
平民ならばいざ知らず、実家たるシャザール伯爵家は領民50万を数える北方の雄である。親子のすれ違いの原因は、モーリアス側にその責任の大部分が帰せられるであろうが、嫡男の地位に安住し、故郷を思う心を忘れてしまった事に罪が無いとは言えないと、後の史家は語る。
デューイが帰領した際の悲劇は、後に王国で語り草になり、一つの法律が制定されるほどの影響を発するが、今はまだ胸騒ぎの欠片もしなかった。
19歳の若者に対して向けるには多大な悪意が、実の父親から向けられる事になろうとは。
(つづく)