第一話 誕生
皆さんはじめまして。小説を書いて発表するのは初めてです。
大風呂敷を広げてしまい恐縮ですが、頑張って書きます。
シャザール戦記
第一章 成人の儀
第一話 誕生
───諸王歴502年9月10日 日没直後 クルト王国シャザール伯爵領 領都ザールス
北方域の夏は短い。
南の人々は未だ茹だるような暑さの中だというが、シャザール伯爵領内には既に秋の兆しがある。この北方域でも、さらに北のブローラ辺境伯領などでは既に降雪の見える所もあるという。
南の王都クルツ及び数々の諸侯領と、この北方域を隔てるように跨るガーシャ山脈から吹く風は心地よく、季節の移り変わりを感じる事が出来る。
領都ザールスはガーシャ山脈から北方域を貫き北海へと流れるガルガ川の中流に位置し、もっぱら内陸水運に任せた中継交易によって栄えている。それは北海の河口に位置するブローラ辺境伯領の領都ブロストへと、上流で伐採された木材を加工して販売したりだとか、諸々の物流に関わる事によって富を得ているという事である。
今日もまた、ザールスの河川港は大いに賑わっている。
王国において先年発布された"証券法"により、人々は"株式会社"を設立し、盛んに商業を興すようになった。その影響もあろうか、真新しい船が多く、まるで小型船舶による博覧会の様相を呈している。
その賑わう港街の一角に、古くからある酒場"鯨飲亭"がある。
港で働く人夫達の憩いの場でもあるそこに、今まさに領兵が踏み込んだ。
「御用である!者共、神妙に致せ!」
身長190はあろうかという偉丈夫が胴間声を放つ。静まり返る酒場。店主たる男は怯えた顔で一言。
「お役人さま、何事かありましたか」
領軍の軍服を着ていたとて、領民には軍人も役人と変わりない。
物々しく踏み込んで来た割に、未だ武器も放っていない領兵は、
「いやなに、このあたりに手配中の賊が逃げ込んだという通報があったのでな、ひとまず改めておるのだ」
「左様でしたか、して、その賊というのは…」
「お主も存知ておろう、先月ブルストにおいてブローラ銀行の頭取を害した賊よ」
「なんと、このザールスに逃げてきおったのでございますか」
「上はそう考えているようだ。よってこれより店内改めるが、構わんな?」
「もちろんでございます」
店内の者一人残らず尋問の末、やはり手配中の賊の姿は無く、ただ酒場を騒がせただけに終わったのであるが、
このような騒動は何もこのザールスに限らず、先月来北方域内で幾度も見られた光景であった。
領兵が帰る姿を見ていた客のうち、興が冷めて帰る者もいる中、3名の若者が残っている。
「またかよ、これで何度目だ?先週あたりからザールスでも見掛けるようになったが、兵隊達も気の毒だ」
それに対し、2人のうち痩せ型の男が反応する。
「それが奴らの仕事なんだ、仕方ないと思うよ」
「仕方ないと言ってもだ。司直連中も、もはや北にはその賊なんていないって分かってんだろうに」
「だから仕方ないと言ったろう、王都の目もあるんだから」
「はぁ、捜索してますって姿勢を取ってるってことかよ。なんだかなぁ。俺ぁ兵達の徒労を考えると、気の毒でね」
「言いたいことは分かるが、それこそお役目ご苦労ってものだよ。命じられた事をするのが兵隊ってものさ」
「まあなぁ…ちくしょう、あいつらの分も俺が飲んでやる!店主!おかわりだ!」
彼らは、着ている服から察するに、『北方星天教会(通称:北天教)』が運営する、神学校の生徒らのようだ。
神学校の生徒が飲酒を嗜むという時点で問題があろうが、3人は気にもしていないようだ。要するに不良である。
さて、黙っていた残りの一人がやっと口を開く。
「お前たち、この騒動ももうしばらくの辛抱だ。近いうち伯爵閣下に2人目がお生まれになる。そうなったら生誕祭で忙しくなる。どうせまた俺たちも駆り出されるんだ。男子だったら大変な騒ぎだぞ」
「ああ、もうすぐだって噂は知ってるぞ。ご嫡男がおられるにしろ、男子であった方がお家にとっては嬉しいだろうしな」
「当代の伯爵閣下は、ご自身がただ一人の男子であらせられるしね」
今は亡き先代のシャザール伯爵は夫人ベラとの間に4人の子を儲けたが、うち男子は当代の伯爵ただ一人。残りは他家に嫁いでいるのだ。それは係累となって伯爵家の力ともなるのだが、閑話休題。
「で、実際いつ頃お生まれになるのかね」
「さぁね、もしかしたら今日、お生まれになってたりしてね」
「はは、噂をすればってやつか、あるといいんだけどな」
「なんにせよ、早い方がいいさ、もう飲んでる途中に邪魔されたくはないよ」
「そりゃあ違いない」
鯨飲亭がこうして賑わっている頃、領都ザールスに際立って立つ堅牢な砦と見紛う無骨な建物。
シャザール伯爵家の紋章である"銀星蛇紋"の旗が翻る城の中では、当の伯爵以下、家臣一同静まり返って何事かを待っている様子であった。
家令ノーマン・リンドがちらちらと扉を気にしている。武官筆頭の領軍司令官エリック・フェーザーは忙しなくまばたきを繰り返している。
12代シャザール伯爵モーリアス・ド・シャザールは、常の冷静さなど忘却の彼方に置き忘れたかのように、両手を握りしめて何かを待ち、執務室に座っている。伯爵がついに口を開く。
「まだかノーマン、もう日没はとっくに過ぎたぞ。大司教は日没と仰っていた。もしや予言は間違いではないのか」
室内に緊張が走る。
「閣下、それは」
「失言であった。許せ。まだだ、まだ夜の帳は完全に下りてはいない」
希望を持ち直し、まだ待つ姿勢を崩した訳ではない。その目は扉を睨んだままだ。
この夏に王都より持ち帰った時計が立てる音ばかりが室内に響く。
「しかし閣下、いずれにせよ」
ノーマンが何かを言おうとしたその瞬間、外が騒がしくなり、扉が叩かれた。
「ご注進!お生まれになりました!」
伯爵はすぐさま立ち上がり、歓喜をその顔に浮かべた。
「おお、参れ!いずれであるか!」
伝えに来た女官は、扉を開けながらはっきりと
「男のお子様でございます」と叫んだ。
15年前当時の北天教ザールス大司教がしたという予言の一部が伝わっている。
"五四七五回の日跨ぎの後、輝天の御子、日沈む折に生まれ来る"
"輝天の御子、恙なく育ちなば、国を興し民を安んじ、蒙を開くであろう"
まさにその予言通り、白皙紅眼の男子が、北のザールスの地に産声を上げたのである。
伯爵はきょう男子が生まれる事を前提にこれまでを過ごし、その為に犠牲にしてきた物も多かったので、その喜びは一入であったという。
嫡男デューイの手前、表立って出来ぬ事ではあったにせよ、政治家として北天教に対する姿勢を示すためにも、デューイの廃嫡を検討していた事もあったようだ。
予言の成就はそれこそ絵空事であり、真に受ける人間もそれほどいなかった事もあり、自然デューイ・ド・シャザールは嫡男として育てられ、現在は王都の陸軍大学に勉学中である。
しかしダフネ伯爵夫人が、俄に昨年末懐妊となった時、伯爵の心はまた廃嫡に動きつつあるという事も揺るがせに出来ない事実であって、王国におけるお家の立場や様々なしがらみもあり、そう出来ぬとは分かっていながら、内心において着々と、なんの咎もない嫡男を廃嫡にするという暴挙を、如何にして正当化するかという算段を立て始めているという事も、また間違いのない事実ではあった。
この日、伯爵は日記にこう書いている。
"私は、天に恵まれているに違いない。北天回帰を成し遂げるのは我が家を置いて他に無い。これで後顧の憂いなく臨めるというものだ。御子に幸あれ。我が家に幸あれ。"
北の地にひとりの男子が生まれた。時は諸王歴502年9月10日。夜空は遍く星々が輝き、吸い込まれそうなほどの黒をしていた。
(つづく)
主人公の名すら明かさない第一話。
正直、見切り発車な気がしないでもないですが、多くの人に読んでもらえるように頑張ります。