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昼の月

作者: 草屋 伝

 お空のお空の空遠く……。


 一人の男が昼の月を見上げている。公園のベンチから。

 月の表面に時々瞬く光が見える。あれは、今工事中の月面都市の光だ。


 あれの完成を夢見て軌道上エレベーターの最上階、研究棟の一室で、「宇宙空間での恒久的生活のための基礎研究」を行っていたのは、つい先日のことだ。

 宇宙空間に広がった太陽光パネルの形から”ヤシの木”との愛称を付けられた軌道上エレベーターの最上階。そこには、21世紀に入ってから急速に地球全土を網羅したネットの支配に耐えられず、またネット社会を支えるため必要とされたレアメタルで一発当てるため小惑星にロケットを飛ばす山師のような生活をすることもできず、いわゆる“糞詰まり“とまで揶揄された連中の吹き溜まりにもなっていた。

 しょうもない連中や邪魔くさい連中でひしめき合う中、自分の研究を進めようと悪戦苦闘した日々は、逆に地球上では得ることの出来ない様々な刺激やアイデアに満ちた日々でもあった。


 だがレアメタル相場の変動により、小惑星掘りの人々の生活は立ち行かなくなった。地球上の人々にその不満が向けられた時、それをそらす為国や企業が月面都市の建設に乗り出し、全ては一変した。

 スーツを着込んだ連中が大挙してくる中、しょうもない”糞詰まり“の人々は姿を消した。

 この勢いに乗らねばと、研究室のほとんどが国や企業の傘下に着いた。


「これから大きなことをどんどんやれるぞ」と、ともに研究していた友人たちが大喜びする中、大プロジェクトの下で少しずつ歪められていく研究の方向性に耐えきれなかったこととか悪だろうか。


「自分一人でできることを探してみるよ」


 そう言って一人地上に降りた。


 ……今、彼は地上から月面都市を見上げている。

 自分の手を離れて少しずつ仕上がって行く「彼の夢のカタチ」とされるものに嫉妬と違和感を感じながら。


 ……友のように踏みとどまっていれば、そう思うこともなかったのかな。


 さて、帰ろう。妻に買い物を頼まれていた。


            *


 お空のお空の空遠く……。


 一人の老人が昼の月を見上げている。公園のベンチから。

 月の表面にへばりついた醜い都市の姿が見える。あれは風化しつつある月面都市だ。


 かつて老人はあれの完成を夢見て、軌道上エレベーターの最上階の一室で研究を重ねていた。

 時代の流れから国や企業が月面都市建設に乗り出し、多くのものがその下でより実践的な研究に没頭した。

 月面都市は完成し、栄え、その先へと続く道標となった。


 その流れを押し止めたのもまた、時代だった。

 以前より噂されていた氷河期到来による気候変動は地球上の生活をより困難なものとし、人類が生き残るために高度な技術や物資が大量に必要とされた。


「なぜあんな離れたところで地上の必要物資が無駄遣いされているんだ」


 今、地上の生活を成り立たせている高度な技術のほとんどが月面都市建設の副産物でありながら、地上の人々は歴史の汚点として、月の都やそれを成り立たせた人々を見た。


 ……今、月面都市は風化しつつある。

 職を失い昼間から公園で月を見上げている、一目で宇宙技術者とわかる老人への視線が痛い。


 ……国や企業が乗り出した時に下野した友人と行動を共にしていれば、そう感じることもなかったのだろうか。

 さあ、帰ろう。誰も待つことのない家へ。


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