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すぐに読める掌編シリーズ

Time is Money

作者: 長月京子

 久しぶりに訪れた繁華街で、俺は近道をしようと細い道に入る。

 けれど、見慣れた店はなく、スタイリッシュな面構えの店がオープンしていた。

 看板には「Time is Money」とある。


 前を通りかかりながら店内を見ると、色鮮やかな液体の入ったガラス瓶が陳列されていた。

 奥のカウンターに、女が一人立っている。

 目があうと、女が艶やかに微笑んだ。

 俺は興味をひかれて、フラフラと店に足を踏み入れてしまった。



「いらっしゃいませ」


 美しい女が、足音もなく近づいてきた。


「このお店は何を売っているんですか?」

「当店は、お客様に素敵な時間をご提供いたします」


「素敵な時間?」

「はい。そのためにお客様のご希望を叶える色水を調合しております。例えば不眠に悩まされているのであれば、良く眠れるように調合いたします」


「リラクゼーションのようなものですか?」

「どのように受け取ってもらってもよろしいですよ。お客様のご希望は必ず叶えてさしあげます」


 微笑む女の屈託のない営業トークに、俺は少し意地悪な気持ちが浮かんだ。


「必ず? じゃあ、例えば女にもてるようになりたいとかも叶えてくれるのか?」

「はい。もちろんです」


「もちろんって。そんなことできるわけがないよ」


 俺が笑うと、女は真顔になった。


「当店はお客様に素敵なお時間をご提供するために、必ずご希望を叶えてさしあげます。お客様のご希望は女性にもてるようになりたい、ということでよろしいですか?」


 数日前、2年ほど付き合っていた女と別れたばかりだった。

 女にもてたいというのは事実だが、そんなものを調合できるとは思えない。


「そりゃ、女にはもてたいけど」

「わかりました」


「ちょっと待って。そんな効果が不確かなもの、そもそも値段は?」

「女性にもてるための色水の場合は、少しお値段がいたします。1人に対して24時間の効果で5万円となります」


「24時間で5万って。そんな金、持ち合わせていないし、効果がなかった場合は金を捨てるようなもんだろ?」

「いいえ。当店では全て後払いとなっております。また、お客様が効果を感じられない場合は、お代金は頂きません」


 ますます怪しいが、なんとなく断りづらくなってしまった。


「本当に効果がなかったら金を払わなくてもいいの?」

「はい。もちろんです」


「効果についてはどうやって確かめるわけ? 効果があったと決めつけて無理矢理払わされたり?」

「そんなことは一切ございません。効果についてはお客様の申告によって決まります」


 それが本当だとすると、万が一効果を感じたとしても俺が嘘をつけば代金を払う必要はなくなるが。


「でも契約書があるわけじゃないしね」

「契約書はございます。当店の商品は取り扱いの難しい物ですので、こちらの書類にご同意をいただくことになります。また店側としては、こちらの書類に記載していることは必ず遵守いたします」


 俺は女の差し出した契約書にざっと目を通す。


(効果の是非について、甲(店側)は乙(お客様)の申告に従う。ただし、乙(お客様)は虚偽の申告はできないものとする)


 見たところ、こちらが不利になるような条件の記載はないようだ。


(代金の支払いについては甲(店側)の集金により行うものとする。初回のみ一週間後、もし色水の使用を継続する場合、二回目以降は、一週間後、一ヶ月後、半年後、一年後から、乙(お客様)の希望によって集金日を決定する。また集金は乙(お客様)に色水を販売した者が行う)


「代金の支払いが集金? その時に効果があったかも申告するの?」

「はい」


「だけど、いまどき支払い方法が集金なんて。強面こわもての人が来たりするんじゃないの?」

「いいえ。お客様の担当は私です。私が自宅まで集金に伺います」


「君が?」

「はい。契約書には担当者のサインも必要になっております」


 彼女が訪れてくれるのなら、申告の内容を脅迫されるようなことはないだろう。

 悪くないかもしれない。

 懸念することはなくなったが、俺は形式的に女に問う。


「もし代金が払えない時は?」

「契約書の記載の通りです」


 女の綺麗な指先が契約書の該当部分を示した。


(集金時に支払いができない場合、乙(お客様)は代価に見合った()を甲(店側)に奉仕する)


 これは、タダ働きをしろということか。


「当店ではお客様に借金を負わせるようなことはございませんので、ご安心ください」


 女がふわりと笑う。


「では、女性にモテるための色水を調合させていただいてもよろしいですか?」

「うん。じゃあ、頼むよ」


 女には申し訳ないが、効果については全く信じていない。代金の支払いが発生するとも思えなかった。

 俺はその日、「Love Potion」というラベルのついた、小さな瓶に入った紫の色水を購入した。



 色水は信じられない効果を見せた。

 飲む気になれず手をつけていなかったが、一週間後の集金を思い出し、俺は購入してから5日後の朝にそれを飲んでみたのだ。


 その日、いつも通り出社した俺は、密かに憧れていた社内のマドンナに夕食に誘われ、なんと告白された。

 しかし、有頂天になって帰宅した翌日、出社すると、マドンナは昨日の出来事は冗談だから、なかったことにして欲しいと素っ気ない態度。


 色水の効果は24時間。

 なるほど。あの色水は本物のようだった。



 色水を購入してから一週間後の夜、女が集金にやってきた。


「では申告をお願いします」

「……効果があった」


 はじめは嘘をつくことも考えていたが、俺は色水を継続したかった。効果がなかったのに、もう一度試してみたいというのもおかしな話だ。

 素直に申告して、まず女に5万円を支払った。


「ご利用を続けますか?」


 俺は考えていたことがある。


「これって、一度にもっと購入することはできないの?」

「もちろん可能でございます。二回目のご利用からは、一週間分、一ヶ月分、半年分、一年分と集金時期に見合った量の購入が可能です」


「そう。じゃあ、一週間分でお願いするよ」

「かしこまりました」


 女は前回よりもひとまわりほど大きな瓶に入った色水を取り出した。


「効果を圧縮してありますので、一回の服用量は少なくなりますが、効果は同じです。この瓶の一目盛を目安にご利用ください。」

「一目盛で24時間の効果?」


「そうです」

「わかった」


「ありがとうございます。では一週間後にお伺いします」


 翌日から、さっそく社内のマドンナと付き合うことになった。マドンナは俺と結婚したいとまで言い出している。

 有頂天な一週間を過ごして、集金日がやってきた。

 俺は次なる企みのために、素直に効果を申告し、一週間分の色水の代金をきちんと支払った。


「ご利用を続けますか?」

「もちろん」


「では、今回はいかがいたしましょう」

「そうだなぁ。一年分購入した場合、集金はどうなるの?」


「まとめて一年後にお伺いすることになります」

「効果については? 一年間ずっと効果があるとは限らないし、毎日使用するとも限らないけど」


「効果につきましては、一年後にお客様に申告して頂くことになりますので、そう言ったことがあった場合は申告していただきます」

「メモでも取る必要がありそうだね」


「その辺りは、お客様のご自由にどうぞ。当社はお客様の申告に従うだけですので」

「わかった。じゃあ、一年分の購入でお願いするよ」


「かしこまりました」


 女は花瓶ぐらいの大きさの瓶を取り出した。濃縮されているのが一目瞭然の、濃い紫の液体が満たされている。


「一年サイズは、色水の濃度が原液となりますので、一回のご利用につき、こちらのスポイトの一滴分の量で大丈夫です」


「わかった。ありがとう」


 俺は女から一年分の色水を受け取った。



 一年をかけて、俺はマドンナの心を手に入れた。瓶を見ると、一週間分の微量の原液が残っているだけだ。

 今日は約束の集金日だが、俺は一週間前から色水の使用をやめた。

 使用しなくても、すでにマドンナの心が俺にあるのか試したかったからだ。

 相当な勇気が必要だったが、俺は初めて使用した時に、効果時間が切れてからも、マドンナに俺と過ごした記憶が残っていることが気にかかっていた。

 もし長い時間色水の使用を続ければ、その蓄積された記憶や思い出が、本物の気持ちを育てるのではないかと思ったのだ。


 そして、それは見事に功を奏した。

 この一週間、色水の効力がなくても、俺とマドンナの関係に変化は見られなかった。

 明日、めでたく俺とマドンナは婚約する。

 今夜、集金に来た女に、適当な申告をして、50万くらい支払えばいいかと考えている。




 夜になって女が集金にやってきた。

 女の様子は一年前と全く変わらない。


「では、効果について申告をお願い致します」


(初めは効果があった気もするけど、10日もすると何も変わらなかったよ)


 俺は自然なそぶりを装って、あらかじめ考えていた台詞を言おうと口を開いた。


「初めから終わりまで、とてもよく効いたよ。おかげで俺は憧れの女と婚約することになった。使用していないのは最後の一週間だけだよ」


 しかし、俺が語ったことは、信じられないことにありのままの真実だった。


「かしこまりました。では、ご精算に入ります」

「ちょっと待って。今のは違うんだ」


 女は不思議そうに、俺の顔を見る。


「違うと申しますと」

「だから色水の効果は、すごかった」


 俺は唖然とする。効果を認めたくないのに、まるで俺の意思とは反して、本当のことだけを語ってしまう。戸惑う俺を見て、女がはじめて出会った時のように、艶やかに笑った。


「お客様、お忘れですか? 契約書に、乙(お客様)は虚偽の申告はできないものとする。と記載があったこと。ですから、文字通り、お客様は虚偽の申告はできないのです」

「え?」


 女は美しい顔に酷薄な笑みを宿らせる。


「効果について、嘘をつくことはできないということです」

「そんな、バカな……」


「事実です。そして、お客様はすでにお気づきになったかもしれませんが、「Love Potion」の場合、350日の使用を続ければ人の心を変えられます。ですから、お客様にお支払いいただくのは350回分で結構です。本日、この場で1750万円をお支払い頂くことになります」


「そんなバカなこと! 支払えるわけがない」


 激昂する俺の前でも、女は冷静だった。


「お支払いいただけないと?」

「当たり前だ!」


「人の心を奪うほどの効果をもたらして、素敵な時間をお過ごし頂けたはずです。本当に破格のお値段だったと思うのですが」

「払えないものは、払えない」


「ではお客様に代価を要求することになりますが、よろしいですか?」

「勝手にしろよ!」


「代金でのお支払いの方が、お得だと思いますがよろしいですか?」


 俺は半ばやけくそになって叫ぶ。


「タダ働きでも何でもしてやるよ!」

「そのような意味のない代価はいただきませんが」


「何だって?」


 女は屈託のない微笑みを浮かべている。


「では、お客様には代価を要求いたします」


 俺は女を睨みつけていたが、女はさらに華麗に微笑んだ。


「たしかに代価を頂きました」

「え?」


「時は金なりと申します。お客様には1750万ふんを当店に奉仕して頂きました。破格でのご提供をありがとうございます。寿命から約33年を頂いたことになります。この度は当店の商品をお買い上げ頂き、誠にありがとうございました」



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[良い点] 不思議でどこか怪しく、妙に人の気を惹くお店。 ラストで提示された金額と対価に震えあがりました……! 大変楽しませていただきました。
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