それなら、まぁついていきますけど
アルバローザを探るように千依は視線を這わせる。
彼の言い分は自分にとっていいことばかりなのだが、それがまた疑いを深くしていた。
(怪しい、やっぱり怪しいと思う)
(人の無償の優しさを疑うのは悪いと思うけど、こんなイケメンが優しい上にいい人だなんて簡単に信じられない)
「ククク、そんなに怪しまないで」
アルバローザは眉をへの字に曲げて苦笑いした。
「だって、私の事を何百年に一度しか来ないって言う落ち人だと直ぐに信じるのも、どうかと思いますよ」
簡単に千依の立場を理解したアルバローザに、千依が不安になるのは当たり前のことだ。
「ああ、それはね。俺が学園時代に落ち人に興味を持って色んな文献を調べたりしてたからだよ。だから、チィを一目見て心が踊ったよ。渡り人にずっと会いたいと思っていたからね」
饒舌に話すアルバローザは本気で渡り人に会いたかったのだと分かる。
とは言え、それを丸飲みするのも危ないと思う千依である。
「はぁ」
気のない返事をした千依にアルバローザは苦笑いを浮かべてこう言った。
「チィはこの世界の事も知らないし、生活の基盤もないだろう。だから、俺を信じてついてきて欲しい。絶対に悪いようにはしないから」と。
千依は考えた。
アルバローザの言うことはもっともなのだ。
魔法が使えても、この世界のお金もなければ住む場所もない。
そんな千依がこの世界で一人で生きていくのは厳しいものになるだろうと。
(体を売るもの嫌だし、アルバローザにお世話になるのが一番いいよね)
この世界について無知な千依が行く先はきっと悲惨な未来。
それを思えば、アルバローザの提案に頷く方が得策とも言えた。
だ・・・がしかし、如何せん簡単に頷けないもの間違いない。
「落ち人は、国が保護すると言う決まりもある。騎士団である俺がそれを蔑ろにすることはない。それに我らを統べる総督閣下はこの国の第2王子だ。だから、安心してくれていい」
不安に思っていた千依に畳み掛けるように話して聞かせるアルバローザ。
国が保護してくれると言うのなら、信用してもいいのかもと思い始める千依。
(アルバの顔も本気そうだし、頷いてもいいかなぁ)
(しかし、金髪碧眼にこんなに見つめられたら、ドキドキするなぁ)
ちょっとお門違いな思考を抱いていた千依である。
「まぁ、じゃあそう言うことなら」
ついていってもいいよ、と笑った千依。
アルバローザはその途端に破顔して、立ち上がった。
「ありがとう、チィ。食事を済ませたら君の気持ちが変わらないうちに王都にたとう」
「へっ? もう?」
「ああ。ここは王都まで1週間ほど掛かる辺境の地だから、急ぐほうがいい」
アルバローザの勢いに気後れしてしまった千依は、顔をひきつらせて苦笑いした。
アルバローザはそんなチィに構うことなく、椅子に座り直すと急いで朝食を掻き込みはじめた。
(食事はよく噛んで食べた方がいいんだけどなぁ。消化に悪いから)
千依は子供みたいに瞳をキラキラさせながら、時おり千依をチラ見するアルバローザに、小さく肩を竦めたのだった。
宣言通り、アルバローザは食事を終えると早々に荷物を纏めると千依を馬に乗せると自分は後ろに騎乗してイーロンを出発した。
千依にとって乗りなれない馬上は、少し不安定で居心地が悪かった。
それも、一時間ほどすると慣れてくるのだから、千依の柔軟性は凄いのかも知れない。
王都まで1週間と言っていたが、実は二日ほど馬で行った場所に転移のゲートがあるらしく、二人は今、そこを目指している。
大五郎は、馬に遅れを取らないように横を走ってついてくるので問題は無さそうだ。
不安は色々あったが、馬上の揺れは自棄に心地よくて。
千依はついウトウトしてしまう。
眠っちゃダメだと思えば思うほど、瞼が落ちてくる。
アルバローザの腕に囲まれるようにして座る千依は、気が付いたらアルバローザの胸に背中をすっかり預けていた。
(昨日今日、出会ったばかりの相手のはずが、思いの外信用できそうな感じがするし)
(ちょっとぐらい、目を瞑っても大丈夫かぁ)
緩い考え方の千依が落ちてくる瞼を上げることをしなくなったのは、それから30分もしないうちだった。
一方アルバローザの方はというと、自分に身を寄せて眠りこけてしまった千依に、驚いていた。
宿屋を出るまでは警戒していたはずの女の子が、すっかり自分を信頼してるのだ、驚かない方が無理と言うもの。
小さな寝息を立てて眠る千依を落とさないように、しっかりと腕の中に囲い混んで手綱を操ったのは言うまでもない。
学生の頃から会いたいと思っていた落ち人が腕の中にいるなんて、未だに夢じゃないのかとさえ思っている。
二歳しか違わないと言われたが、どう見ても千依は成人前の子供に見える。
愛犬と一緒だったとしても、知らない場所へ急にやって来たのだ。
不安が一杯のはずだろうと、アルバローザは考えた。
この落ち人を、保護したのが自分であったことにほっと胸を胸を撫で下ろす。
奴隷商人や人拐いに会う前にアルバローザが見つけられたのは幸いだった。
すやすやと眠る千依は、いかに自分が危険な立場だったのかをきっと知らない。
警戒心は強くても、呑気な所がある千依は、自分の置かれた現状をさほど難しく考えてないのだ。
「王都に着いたら、まず始めにジャスティン王子に謁見をしないとな」
早い段階で、大きな力のある後見人が必要だとアルバローザは考えた。
この幼子のような千依は、悪い人間に簡単に騙されてしまうかもしれないと。
(落ち人は必ず守る。騎士の誇りにかけて)
アルバローザは、腕の中の千依を見下ろした。
この世界の事をなにも知らない千依を、一人で放り出すことなんて出来るはずがない。
(日が暮れる前に、なんとしても次の町につかねば)
土埃の舞う道をひたすら次の町まで急ぐアルバローザであった。