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ここはどこ? あなたはだあれ?



千依がゆっくりと目を開けると、そこには木目の天井があった。

裏路地にいたはずの自分が、どうしてこんな場所にいるのかと不安になる。

誰かに拐われたのかと頭をよぎったが、自分を包むのが清潔な白いシーツで有ることに気付いた。

もちろん、手足を縛られている訳でもない。

ランプの光しかない部屋はかなり薄暗いが、綺麗に整えれた部屋だと言うことだけは分かった。


(・・・ここどこ?・・・私は誰?)


なんてありがちな事を考えた千依だが、記憶喪失でもないので、自分が鮎川千依であることを分かってる。


(大五郎はどこにいったのかな)


部屋は静まり返っていて、千依は大五郎の存在を感じかれなかった。

重い体をゆっくりと起こして、周囲を見渡した。

ワンワン、千依の動いた気配を感じ取った大五郎が、ベッドの上へと両足を乗せて吠えた。

どうやら、大五郎はベッドの横で寝てたらしい。


「大五郎、いた」

千依は嬉しさに大五郎に抱き付いた。

もふもふした大五郎の体に顔を埋めた千依はホッと息を吐いた。

知らない世界の知らない場所で一人ぼっちじゃなかった事に安心できたのだ。


「起きたのか?」

第三者の声に千依はハッと顔をあげる。

ソファーで寝ていたらしいイケメンが上半身を起こしてこちらを見ていた。


(ど、どうして、この人いるの)


警戒するように体を強張らせて千依は大五郎にきつくしがみつく。

それを感じ取った大五郎は男に向かってグルルルと唸り声を上げて牙を剥いた。

怖がる千依を守ろうとする野生の本能だろう。


「なっ、な、なぜ・・・」

声を詰まらせながらも掠れた声で聞いた。


(どうして私がここにいるのか? そして、なぜ貴方と一緒なのか?)


起き抜けの千依の頭はうまく回ってない。

分からないことだらけで不安だけが募っていく。

自分が今、泣きそうな顔をしてるかも知れないと千依は思う。

イケメンは困った顔で笑うと、気だるそうに金髪をかき揚げソファーから立ち上がって歩いてきた。


(く、来るな!)


シーツを両手で掴んで怯えたようにカタカタと震えだす千依。

そんな千依を守るようによりいっそう唸り声をあげてイケメンを威嚇する大五郎。

そんな一人と一匹に、イケメンは更に苦笑いになってる。


「そんな警戒しないで。本当に何にもしないから。君達に危害を加えないと騎士の誓いにかけて誓う」

イケメンはそう言うと両手をホールドアップして、自分に敵意がないことを示した。

それでも、千依と大五郎は警戒を解かない。

見知らぬ異世界で見知らぬ他人を早々に信じられるはずなんてまず無いのだ。


「は、話だけしよう。俺はアルバローザ・イシュタル。これでも、国王軍の近衛騎士団の第一部隊の隊長をしてる」

千依達と一定の距離を開けて立ち止まったアルバローザは、両手をあげたまま自己紹介をする。


「近衛騎士団?」

千依はそう言って眉を寄せる。

よくある異世界ものの小説では、近衛と言えば王の近くに居ると設定される事が多い。

千依の頭にもそんな思いが浮かんだ。


「そう、知ってるかな?」

「聞いたことあるようなないような・・・」

この世界の事を知らないので、曖昧に返す千依だった。


「知名度がまだまだだってことだね」

「・・・あ、ち、違うの。私がちょっと情報に疎いと言うか・・・なんと言うか」

眉を下げて残念そうに言われ、千依は慌てて顔の前で手を振って言い訳した。


(この町の人達とか、この国の人とかなら、たぶん知ってると思うし)

(私が特別なだけなんだよね。そんな悲しそうな顔させちゃうのは申し訳ないよ)


「フッ・・・君は優しいね、ありがとう」

アルバローザは口元を緩めて、イケメンぷりが更に増すような笑みを浮かべた。

これが、俗に言うイケメンスマイルである。

彼の色気のある笑みに、免疫のない千依がポッと頬を赤らめたのは仕方ないことだろう。


「・・・べ、別に」

照れ隠しにそっぽを向いた千依は手持ち無沙汰に大五郎の背中を撫でた。


「君の名前を教えてくれないだろうか? 君達が困ってるようなら俺が力になろう。袖すり合うも多少の縁と言うし」

「・・・・・」

千依は一生懸命頭の中の算盤を弾く。

この目の前で人好きのしそうな笑みを浮かべる男を信じていいものかと。

お金も住む場所もない千依にとっては、彼の提案は凄くありがたいものだが、安易に信じてしまうのは怖かったのだ。


(この人、倒れた私をここまで連れてきてくれて自分のベッドまで貸してくれたのよね)


そう考えれば少しは信頼してもいいのかも知れないと思うのだから、人間とは不思議だ。

さっきまで唸ってた大五郎も、今は千依に抱かれたままアルバローザを見据えてるだけ。


(名前を名乗られて、名乗らないのは礼を尽くす日本人としてはダメだよねぇ)


「鮎川千依です」

「あ、ゆわか? それが名前か?」

「千依が名前です」

「ティーか、可愛い名前だ」

イケメンはにっこり笑う。

どうやら、海外と同じで名前が前で名字が後ろになるようだ。


「ティーじゃなくて、ちぃ」

「ティ?」

「ち、ぃだってば」

「チー」

千依の名前の発音は彼にとって難しいらしい。


「あ、もう、それでいいです」

千依は正しい発音を教えることを諦めた。

言えないものは言えないのだろうと。

顔が外国人ぽいから無理なんだろうと自分を納得させた千依は諦めが早い。


「ティ、チー、チイ・・・・ティン」

アルバローザは口の中で千依の名前を反芻する。

必死なその姿に千依は苦笑いを浮かべる。


(この人は案外悪い人じゃないのかも)


「もういいですよ。好きに呼んでください」

「いや、ダメだ。名前はきちんと呼ばないと」

なんとも律儀である。

この後もアルバローザは、千依の呼び方を必死に練習したのだった。

そのせいか、最終的に『チィ』と呼べるようになった。

努力の人、アルバローザはなかなか良い奴だ。



「チィ」

「あ、それです」

そう言った時のアルバローザの嬉しそうな顔は、千依の心をドキリとさせた。


「俺の事はアルバでも、アルでも好きに呼んでくれて良い」

「あ、じゃあ、アルバさんで」

長ったらしい名前を呼ぶより楽である。


「呼び捨ててもらっても構わないのだが」

なぜか不服そうに唇を尖らせたアルバローザ。

イケメンは何をしても様になるのだと、千依は関係ないことを考えたのは内緒だ。


「あ~それはちょっと。アルバさんの方が年上ですし」

「そうか。千依はまだ幼子だものな」

慈しむような視線を向けられた千依は複雑である。

幼子と言われるほどの年齢ではない。


「私、いったい幾つに見えてるんですか? こう見えても16歳ですよ」

「えっ? ふ、二つしか変わらないのか」

その驚きように千依は愕然とする。

しかも、二歳上と言うことはアルバローザ18歳。

かなり落ち着いて大人びて見えていたアルバローザと、たった二つしか変わらない衝撃になんとも言えない複雑な気持ちが沸き上がった千依。


(この見た目の差はなんだろう。異世界ってなんだか怖い)


そんなことを思いながら自分の短い手足をぼんやりと見つめてしまったのは仕方がないと思う。

異世界はどうやら、発達が良いらしい。

そして、18歳で騎士団長とは、アルバローザは中々凄い奴なのだろう。

千依は複雑な思いを抱えながらも、ぼんやりとそんなことを考えた。




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