金髪碧眼のイケメン騎士と千依
千依と大五郎は、人波を掻き分けて逃げた。
追いかけてくる後ろの変態に追い付かれないように、頑張った。
けれども、昨日の夜から何も食べていない千依達の体力の限界はすぐそこまで迫っていたのだ。
「おぉ~い! ちょっと待って」
イケメンの声が近づいてくる。
ちらりと振り返った千依は、イケメンとの距離にギョッとする。
逃げたはずなのに、イケメンとの距離はかなり近い。
(あ~もう、有り得ない)
ぐうぐう鳴るお腹を押さえながら、自分の不運に泣きそうになる千依。
どんなに逃げてもイケメンが諦める様子をなさない事が、千依の精神力まで奪っていく。
それでも千依は逃げた。
それなのに、イケメンは諦めることなく追いかけてきた。
賑やかな通りを抜けて、静かな裏路地に逃げ込んだ千依は、空腹と疲れによる目眩に襲われた。
(あ・・・ダメだ。足に力が入らない)
そう思った瞬間に、ぐるぐると回った視界。
立ち止まった響は、足ともからゆっくりと崩れ落ちていく。
クゥンクゥンと心配そうに鳴きながら響に、体を擦り寄せた大五郎。
「・・・ごめん、大五郎」
(・・・ああ、私って最後までついてないなぁ)
それを最後に大五郎の体に覆い被さる様にして倒れた千依。
大五郎がいてくれたお陰で地面とキスをしなくてすんだのは幸いだ。
こんな路地裏で倒れる事は死を意味すると分かっていても、意識を保てずに千依は目を閉じた。
訳もわからずに異世界に飛ばされ、飲まず食わずでこの町まで歩いてきた千依の体は限界だった。
その上、おかしな騎士に町中を追いかけ回されたのだ、立ってるのもやっとだったに違いないのに。
千依が大五郎に重なる様にして意識を手放して数分後、大きな足音が路地に響いた。
ウゥ~ワンワン、大五郎は牙を剥き出しにしてその人物を威嚇する。
千依を守らなきゃいけないと言う強い意思の籠った大五郎の瞳が捉えたのは、あの変な騎士。
ウゥ~グルルル~大五郎は必死に騎士を追い払おうと威嚇する。
「おいおい。そんなに威嚇するなって。お前のご主人にはなにもしないよ」
そう言いながら金髪碧眼の騎士はゆっくりと近づいてくる。
この男の真意が分からない大五郎には、威嚇することしか出来ない。
倒れた千依が心配で仕方ないのに、犬である
自分はなにもしてやれないのだ。
せめて、この騎士を遠ざけようと大五郎は頑張った。
「彼女に無茶とかしないから、抱き上げさせてくれないか? お前もご主人をこんな場所に寝たせたままとか嫌だろ?」
大五郎と目を合わせたまま真摯に話しかけるイケメン。
そんな男に、大五郎はグルグルと喉を鳴らす。
犬の自分には倒れてる千依にしてあげられる事が無いのは分かっていたが、出会ったばかりの男に千依を預けることに戸惑った様子の大五郎。
「俺の泊まってる宿屋がそこだから、連れていってやりたいんだ。な? ちょっと運ばせてくれ」
イケメンはそう言って千依へと両手を伸ばす。
もちろん、牙を剥き出した大五郎に噛みつかれしないかと、冷や冷やしてる。
グルルル・・・大五郎はイケメンの手に今にも噛み付きそうな勢いで睨んでいる。
それでも、噛みついたりしないのは、意識のない主人を心配しているからだ。
イケメンは大五郎が噛み付いて来ないのを確認して、千依の首と足の裏に手を入れて、ゆっくりと抱き上げた。
いわゆるお姫様だっこと言うやつだ。
千依の意識があったならば、恥ずかしさで顔を真っ赤にしたことだろう。
190センチは近い身長の男が150センチの千依を抱く姿は、大人が幼子をだかえるそれに見えた。
「痛い! 噛むな噛むな。彼女には何にもしないから。俺の部屋のベッドに寝かせるだけだ。お前もついてきていいから」
大五郎に足を噛み付かれたイケメンは眉を寄せて、大五郎を見下ろした。
本当だろうな! と言う顔で大五郎が男を値踏みする。
「本当に変な下心とかないから」
必死な顔で大五郎を説得するイケメンは、少し残念な様相を呈してる。
大五郎は仕方がないと言う風に、男の足から口を離す。
グルルル・・・もちろん唸ることは止めたい。
イケメンはそんな大五郎に困った顔をしながらも歩き出す。
この世界でめずらしい黒髪黒目のこの少女が何者なのか。
町中で見かけて興味を惹いた彼女を追いかけたものの、正直この少女の扱いに危惧する自分もいたのだ。
主人に忠誠を誓ってるであろうこの狼も人間の言葉をよく理解して、とても頭が良いことが伺える。
(さて、ひょんな事から珍しい拾いモノをしたが、果たしてそれが吉とですのか、凶と出るのか)
ピタリとイケメンの横について歩く大五郎は、唸りながらもチラチラとイケメンに抱き抱えられる千依を見上げる。
イケメンの宿泊する宿が近づくにつれて、人が増えていく。
彼らを物珍しそうに見てくるのは仕方がない事だろう。
それでも近付いてこないのは、大五郎の存在とイケメンの醸し出すオーラのせいだろう。
只者ではない空気を醸し出すイケメンが、容易に近づいていい存在ではないことは、誰の目にも明らかだったのだ。
「ここだ。悪いが部屋の中に入るまで唸るのを止めてくれないか。出来れば飼い主に従順な振りをして貰えるありがたい」
明かりの灯った宿屋の前で立ち止まるとイケメンは大五郎にそう言った。
野獣が唸ったままで宿屋に入れば、他の宿泊客に害をなすとみられてしまう。
そんなことになれば、千依を休ませてやることが出来なくなる。
大五郎は唸るのを止めると、涼しい顔でイエメンの隣に佇んだ。
「ありがとう」
素直に言うことを聞いてくれたことに驚きながらも男はそう言うと宿屋の扉を押し開けた。
「いらっしゃい」
店員の声がする。
宿屋の一回は食堂になっていて、大勢の客で賑わっている。
ここでも、千依を抱くイケメンと大五郎は注目の的になった。
向けられる不躾な視線を無視してイケメンは、宿屋のカウンターへと向かった。
そこにいたのはふくよかな体格の女将。
「お帰りなさい、騎士様」
「ああ。俺の泊まる部屋に悪いが一人と一匹を追加してほしい」
「それはお安いご用ですが、そのお嬢は具合でも悪いのですか? お医者様が必要であらば手配しますよ」
人好きのする顔で女将は、イケメンの腕に抱かれる千依の顔を覗き込んだ。
「いや、少し疲れて眠ってしまっただけだと思うので医者は必要ないだろう。目が覚めたら食事を頼んでいいか?」
「ええ、もちろんですよ。今日は聖霊祭で賑わっているので、明け方まで食堂の方は開いてますよ」
「それは助かる。では、失礼する」
「後でペットの水を持っていって差し上げますよ。喉が乾いているようだし」
イケメンの隣にちょこんと座ってはぁはぁと口を開けていた大五郎を見て、女将は微笑んだ。
「ああ、助かる」
イケメンは大五郎をチラリと見下ろしてから女将に頷いてから、カウンターの横にある階段を登り始めた。
軋む木の階段を千依を落とさないようにゆっくりと上がるイケメンを、背後から警戒するようについてくる大五郎。
大五郎にとって、先程出会ったばかりの男は安易に信用すべき人物ではないらしい。
大五郎の険しい視線を感じてイケメンは苦笑いする。
(随分と警戒されてるな。この子が心配で仕方ないんだろう)
イケメンは階段を上りきると自分が借りている二階の一番奥の部屋へと向かったのだった。