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森また森、さ迷う一匹と一人


魔法の世界は魔法が使える。

彼女がその事に気付くのは早かった。 

それチートじゃね? と思った人、彼女はそうとは気づいてないのです。

能天気な彼女は深く考えず、焼けた魚を愛犬と食べるのでした。


「う~ん、どんなに見ても森の中だよね」

周囲を見渡した彼女はそう口にする。

川原は開けているが深い森が辺りを囲んでる。

どう考えても、先程まで彼女がいた場所ではないのだ。


(これって異世界転移ってやつかな)


彼女がそう思うのには理由がある。

ネット小説の大好きな彼女がいつも読んでたのが異世界もの。

現実でそんなことが起こるとは彼女も思ってはいなかったが、さすがにこの状況は認めざる終えないのだ。


「大五郎、ここってどう考えても日本じゃないよね」

彼女の言葉に地面に置かれた魚を食べていた大五郎が顔を上げてワフンと鳴いた。


「だよねぇ。もう疑いようがないよ。太陽が二つもあるとか地球ですらないし」

黄色い太陽と青い太陽が山へと傾く姿を見据える彼女。

「魔法が使えるのはラッキーだけど、このあとどうするかねぇ。いつまでも森の中にいるとか無理だもん」

独り言を口にしているようだが、彼女はもちろん大五郎に話しかけてるつもりである。


澄んだ空気の漂う森の大きな気の木陰で、彼女は愛犬とこれからについて悩む。

黒髪のおかっぱ頭がぐらぐら揺れる。

どちらを向いても、道なんてものは全く見えないのだ。


おっと、紹介が遅れたがここで彼女達を紹介しておこう。

彼女の名前は鮎川千依あゆかわちい、16歳。

おかっぱ頭と大きな瞳が特徴である。

友達には現在の座敷わらしと呼ばれていた。

なんとも分かりやすい容姿である。

彼女の愛犬、大五郎は青い目をした銀色のシベリアンハスキーだ。

かなりの大型犬であることは間違いないが、とても人懐こく従順である。


「キャンプセットを持ってたのは良かったけど、着替えとかないし。このままここで生活するわけにもいかないよね」


(やっぱり第一村人は発見しなきゃなぁ)


千依の思考は相変わらず暢気である。

一匹と一人の前には赤々と燃える焚き火があるだけ。

川で取った魚は既に全て平らげた。

千依は大木の幹に寄りかかり、遠くへと視線を向ける。

確実に辺りは暗くなり始めてる。

太陽が沈むと言うことは夜を迎えると言うことなのだろう。

この状況で森の中を歩くのは自殺行為と言えるだろう。


「大五郎、今日はここで野宿だねぇ」

そう言った千依は自分の隣にやって来た大五郎の背中を撫でる。

判断として間違ってはいない。

知らない森の中を暗がりで歩く事は、誰しもが勧めない。

暢気な彼女はわりかし判断力はある。


クゥンクゥンと千依の体に鼻頭を押し付ける大五郎は、とても彼女を心配している。

夜になれば何が夜行性の動物達も動き出すだろうし、彼女の身が危険に晒される可能性も出てくるのだ。


「悩んでても始まらないよねぇ。一晩中焚き火を燃やせるだけの薪はは集めておこうか」

千依はそう言ってから立ち上がると薪になりそうな枝を探し始めた。

大五郎も彼女の隣を歩きながら、見つけた枝をくわえて千依へと差し出す。


「わぁ、大五郎手伝ってくれるの? ありがと」

満面の笑みを浮かべた千依は嬉しそうに大五郎から薪を受け取る。

一人と一匹で着々と薪を拾い集め、夜を明かす準備を進めた。


周囲が闇に包まれたのは、それから二時間ほど経った頃だった。

人工的な明かりがないため、森は漆黒に包まれた。

唯一の明かりは燃える焚き火のみ。

これが消えてしまえば、何も見えなくなるのは間違いなさそうだ。

ホーホー、カサカサ、キキキッ、グルル、真っ黒の森からは様々な音が聞こえてくる。


(ひいぃ・・・かなり怖い)

千依は初めて経験する暗闇に恐怖する。

日本と言う文明の中で育った彼女にとって、森に囲まれた暗闇は、未知の世界だ。

焚き火の側に身を寄せ合う大五郎と千依。

寝そべった大五郎が自分に身を寄せる千依の頬をペロリと舐めた。

それはまるで、自分が守るから大丈夫だとでも言ってるようだった。


「赤い・・・」

周囲が少し赤くなって、夜空を見上げるとそこには大きな赤い月。

血のような赤が周囲の不気味さを助長する。


「・・・私、どうなっちゃうんだろ」

ここに来て、千依は自分の置かれた状況をはっきり自覚した。

見たこともない世界に自分は一人だと。

大した荷物も持たずにこんな場所に取り残された自分はどうなるのかと千依は思う。


(この世界って人間とか住んでるのかな? 森だけ見てると普通な感じだけど、魔物とかいたりするとヤバイな)


(お父さん、心配してるかな)


次第に心細くなっていく。

大五郎が側にいるが、一人で知らない場所に取り残されてるのは間違いないのだ。


「眠れそうにないよ、大五郎」

大五郎のもふもふした背中に抱きついた千依。

彼女は舌の根も乾かぬうちに眠りにつくのであった。


翌朝、二つの太陽が上ると同時に千依は目を覚ます。

眩しい太陽が目覚まし時計のように彼女に降り注いだのだ。


「う~ん、朝だ。結構眠れるもんだね、大五郎」

千依は体を起こしてにっこりと笑う。

ワフンと返事した大五郎はパタパタと長い尻尾を振る。

焚き火と大五郎のお陰で暖を取れた千依の体は健康そのものだ。

彼女は焚き火の火を消して、川で顔を洗い歯磨きをした。

タオルや歯磨きセットがリュックに入れていた事が幸いした。


「さぁ、行こうか」

千依は準備を済ませてリュックを背負うと、大五郎に声をかけた。

今日は日のあるうちに森を抜けなければならない。

必ず町や村を探そうと決意した。

しっかりとした足取りで川沿いを歩き出した千依だが、如何せん彼女は不幸体質。


「うわぁ!」

その声と同時にゴロゴロとした石に躓いて千依はすっころぶ。

ドサッだか、ドスッだか、鈍い音を立てて地面に突っ伏した千依。

咄嗟に出した両手のお陰で顔へと打撃は免れたものの、両方の膝小僧を激しく打ち付けた。


「痛いぃ」

涙目の彼女の顔を大五郎は心配そうに覗き込む。


(出発早々転けるとか、最悪だ)


痛む掌を見れば擦り向いたせいで血が滲んでいた。

千依は痛みに顔を歪めながらも起き上がると、川に手を突っ込んで血と汚れを洗い落とす。

こんな事で、今日中に町へとたどり着けるのだろうか。


「よし、再出発」

千依はやっぱりポジティブだ。

痛みを我慢して歩き出した千依。

それを心配そうに時おり見上げる大五郎にはリードはついてない。

元々頭の良い犬なので、リードは必要ないのだが、日本では放し飼いに出来ないのでマナーとしてリードをしていた。

人の居ないこの場所ならば問題ないと判断した千依が、リードを外してやったのだ。


鈍い足取りで川沿いを進む。

行けども行けども、見える景色は川と森。

石だらけの川沿いを進むのは足に負担がかなりかかる。

普段から運動を心掛けていた千依の足にも限界はやって来た。


「はぁ・・・ダメだ、もう歩けないよ」

同じ景色を進んでいるため、もうどれぐらい歩いたのかさえ分からない。


(そもそも、この先に町なんてあるのかな)

(私、このまま野垂れ死にとかしちゃうんだろうか)


頭を過るのは言い知れぬ不安。

ここに来てようやく彼女は、自分の置かれている状況に戸惑う。

そんな千依を見て大五郎はバウバウと吠えると、すぐ側の森へ向かって猛スピードで走り始めた。


「大五郎!」

悲壮な顔をして小さくなっていく大五郎を呼ぶ千依。

それでも、大五郎が戻ってくる事はなかった。


(どうしよう、一人になっちゃうよ)


大五郎が森の奥へと消えてしまった事で急に心細くなった千依は、その場にしゃがみこんで泣き出した。



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