まさかの誘拐事件?3
その瞬間は一瞬だった。
目の前で一人で話す男に困惑した顔を浮かべたままの千依は、背後から迫っていた別の男にあっと言う間に、ズタ袋を被せられ視界を奪われた。
「ぎゃ」だか「ぎゃあ」だか、よく分からない言葉を発した千依の視界は真っ黒くなり、誰だか分からない人物の肩に荷物の様に担ぎ上げられたのだ。
(うわっ。これはヤバイよ。こいつら誘拐犯だ)
思いの外、冷静に動いた千依の頭。
ゆさゆさと揺れる千依の体。
それは彼女を担いだ男が走っていることを意味していた。
「急げ!」
先程話しかけてきた男の声がする。
「分かってる」
千依を担いでるらしい人物の声もした。
その声から男であることは判明したが、今の千依に出来る事はない。
魔法を使おうにも、自分の置かれた状況が分からないまま動くのは得策ではないのだ。
(うーん、どうするかな。とにかく今は様子を見るしかないよね)
自分を担いだまま走る男達の足音を聞きながら千依は考えを巡らせる。
(男達のアジトについてから、逃げ出す算段をするしかない。うっぷ···早く着いてほしいよ)
体に伝わる振動で、船酔いの様な状況になってきた千依は涙目状態だ。
そんな彼女が心の中で決めたのは、こいつら絶対に許してやらないと言う決意。
どれぐらいそうしていただろうか、すっかり気分の悪くなった千依はいつの間にか意識を失っていた。
あまりの気分に自己防衛をしようとした体が彼女に眠りを誘ったのかも知れない。
千依が次に目覚めた時には、薄暗い部屋の床に体を横たえられた状態だった。
床から伝わる冷たさにゆっくりと目を開ければ、そこは物置のような場所で。
「うわぁ、なんともテンプレな場所だよね」
周囲を見渡した千依は溜息混じりにそう漏らす。
小窓から差し込む光だけが、唯一の光源。
幼子と侮ったのか、千依の意識がない事で油断したのかは分からないが、捕まったはずの彼女の手足は縛られもせず自由に動く。
「行動開始といきますか」
首を左右にコキコキと動かしつつ体を起こす。
そのまま立ち上がり、ドアの方へと歩いていく千依。
ドアに耳を当て外の様子を伺うものの、物音や話し声は聞こえない。
千依はドアノブをゆっくりと回す。
鍵がかけられていると思ったそれは、いとも簡単に開いた。
千依を誘拐しておいてなんとも無防備な連中である。
「あいつら、馬鹿だなぁ」
率直は感想が漏れ出る。
こんな状況わ逃げてくださいと言ってるようなものである。
千依は静かに部屋から出て、忍び足で歩きだす。
(アルバローザ心配してるだろうな)
もちろん、アルバローザは突然いなくなった千依をそれはもう必死の形相で探し回ってる。
「なんかかなりのボロ屋なんだけど。とにかく入り口を探さなきゃ」
千依が歩く度にミシリミシリと鳴る床や所々に剥がれ落ちた壁から予測できるボロ屋具合に、千依は呆れつつも先を急ぐ。
誘拐した千依を縛ることもなく、部屋に施錠することもなく、ましてや見張りすら居ないというこの状況から鑑みれるのは、今回の誘拐犯が素人だと言うこと。
本当の人さらいであれば、こんなにやすやすと千依は抜け出すことは叶わなかっただろう。
ボロっちい廊下を進み、千依が辿り着いたのは明かりの漏れるドアの前。
玄関に向かったつもりがどうやら男達がいる部屋に辿り着いてしまったらしい。
「まぁ、想定内だよね」
クスッと笑う千依。
何人いるかも分からないその部屋に乗り込む気満々の千依だった。
見つからずに逃げ出せたならそれはそれで良かったが、目の前に敵がいる事が分かっていて敵前逃亡するつもりにはないらしい。
(魔法使えるし、ちゃちゃっとやっつけよう)
ゆるりと口角を上げて千依は、手のひらを上にむけ「ライトニング」と口にした。
その瞬間、千依の手のひらの上でバチバチと黄色い光が踊りだした。
(やった、思ったとおり雷の魔法も使えるじゃん)
試みが成功したことに気を良くした千依は、その勢いのままに目の前のドアを蹴った。
もちろん、かっこよく蹴り開ける事など小さい体の千依に出来ることもなく、ポスっと言う何とも気の抜けた音が鳴っただけだった。
「だよねぇ。そりゃ無理だよ」
自虐的な笑みを浮かべた千依は、雷の魔法を持続したままドアノブに触れた。
今度はバリバリと言う大きな音を立ててドアが勢いよく吹き飛んだ。
「な、なんだ!」
「ど、ドアが飛んできたぞ」
部屋の中の連中が突然吹き飛んだドアに右往左往してる様子が伺える。
「よし、掴みはオッケー」
成功したことに満足した千依は満面の笑みを浮かべ小さいなりに大きな一歩を踏み出した。
この後、部屋の中にいた男達が千依の登場に驚く間もなく気を良くした彼女のライトニングを無遠慮に食らったことは言うまでもない。




