彩・交友関係 1
―少し肌寒く、しかし春特有の花が、僅かに風に乗って散る今日この頃。学生も、社会人も、新たな環境に赴く。
どこにでもある、普通の四年制大学に進学が決まって数か月が経った今。スーツを身に着け、少しだけメイクをして、これから四年間通う学校を前に、深呼吸をする。
(楽しみだな、大学生活。一人で来るとなると不安だけど……)
私の背後で、土を踏む音が聞こえる。振り返った先にいる人物もまた、私と同様に、目の前の大学へ進んだ人。
「おはよう、彩葵」
「晃、おはよう! スーツかっこいいね!」
中学生の頃から友人関係が続いている、私の目に映る泉妻晃芭は、そうかな、と言いながら少し頬を赤らめていた。
六年来の付き合いのある晃と一緒に、その門を通り、学内の景色に心を躍らせた。
〇 〇 〇
入学式から一週間。
一通りの講義を受け、少しだけ大学に慣れた私は、近くに座っている人達に声をかけていった。女の子は、みんなそれらしくおしゃれをし、男の子はラフな身なりの人から、寝坊したような格好の人まで様々だった。当たり障りのない話をして、少しずつ友人を作っていくことができていき、これからの大学生活に、より一層の期待を持っていた。
「彩葵、楽しそうだね」
「うん! みんないい人たちばっかで、いろいろと盛り上がっちゃった!」
大学に入っても変わらない関係を保つ晃は、大学に入るのを機に一人暮らしを始めたらしい。私はといえば、ほとんど仕事で家にいない両親がもつ家で、変わりなく過ごすだけ。半分一人暮らしのようなものだけれど、それでも晃のように、自立している人は凄いと思える。
「そういえば、今日予定は?」
「んー、ないかな! 晃のおごりなら付き合うよ!」
晃からそう言って誘いが来るのは、今に始まったことではない。親しくなってからは、よく二人で出かけたり、互いの家を行き来して食事をさせてもらっていたりと、とにかく家族ぐるみで仲が良い。
特別家が近いわけではないが、時間があれば必ず一緒に過ごしていた。
「付き合うっていうか、夕飯。材料買うから、彩葵が作って」
「えー! また! めんどくさいよー、どっか食べに行こうよ!」
「そんなんもったいねーよ。彩葵が作るの美味いし、久しぶりに食いたい」
もちろん、私も女の子。そう言われて悪い気はしないものの、素直に喜べない理由がある。
「そんなこと言って、晃の方がうまいでしょ!」
「否定はしないけど」
「少しはしてよ!」
講義のあった部屋を出て、並んで歩きながらそんな会話をする。適当にあしらう晃は、眉を下げて柔軟な笑みを見せている。私からしてみれば笑い事ではない。
「もー。……分かった、何食べる?」
「あ、いいんだ。じゃあ……チーズの入ったハンバーグがいい」
「それ好きだねー。材料の調達は任せた!」
「あはは、任せて。楽しみだなー。……つか、一緒に買いに行こうよ。後で落ち合うの面倒だし」
それもそうか、と近くのスーパーに寄ってから帰ることになった。予定調和か、晃は会計の時に買い物用鞄を出し、購入したものを入れていっていた。私よりも家庭的なところは、ずっと変わらない。
あれから、私の家に来た晃は、約束した通りに私の作ったチーズ入りのハンバーグを中心に夕食を食べあげ、さわやかにお礼を言って帰っていった。
食べっぷりは見ていて気持ちがいいけれど、まるで晃の親になったような気分だった。
……と、昨日の一連のことを、入学後すぐに仲良くなった武川菜乃佳ちゃんに話した。それも、昨日の帰り際に、私と晃が並んで帰るのを目撃し、気になったという理由で、私は問い詰められていた。
「へー! あんたたちやっぱそういう仲? 付き合ってるの?」
「え? ううん。付き合ってないよ。っていうか、晃とそういう関係になるの、考えたことないから」
「ええ!? 中学の頃から一緒にいるのに!? どういうこと!?」
「それは俺も知りたい。どういうこと? 女の子だろ?」
盛り上がってきたところに、晃も室内に入って来ていたようで、ひょっこりと顔を覗かせた。菜乃佳ちゃんはそれに驚いて悲鳴を上げ、晃はさらにそれに驚いて大きな声をあげていた。
「二人とも驚きすぎだよ」
「あんたが冷静すぎなのよ! 急に来たらびっくりするでしょ!」
「俺も武川さんが普通だと思う。で? 意識しないの? 昨日だって彩葵の家に二人でいたのに、何も思わなかった?」
「だって晃だよ? 付き合いも長いし、今更意識も何も……」
それを聞いた晃は、すっと真顔になっていた。まずいことでも言っただろうかと思いながら、いまいちその感覚が掴めないでいると、菜乃佳ちゃんが晃をフォローした。それに対して、「いつものことだから」と、少し困ったような表情で笑っていた。
講義後、また一緒に帰ることを約束し、晃はその場を離れて、新たにできた男友達の横に座りに行った。
「……泉妻くん可哀相に」
「え? 何で?」
「……イケメンなのに、はあ、可哀相」
「何! 晃が何!? 菜乃佳ちゃん!?」
頬杖をついてため息を吐きながら、晃を可哀相だという菜乃佳ちゃんに問うも、「自分で気づいたら教えてあげる」と、少し意地悪なことを言われた。