台風は突然に
波乱の予感
「お願いします!ここで働かせてください!」
子供が頭を下げている。10歳ぐらいの男の子だ。真面目そうだ。色が白いから顔中のそばかすが、目立っている。
「何事よ?こんな朝から」
「いや、この子がタダでもいいから働かせてくれって!」
「タダなら働かせてやればいいじゃない!」
あのなあ、俺はサーシャを男の子が俺たちの話を聞かれないところまで引っ張っていった。
「タダほど、怖いものはない。向こうはどうせタダで働いているんだからと手を抜くかもしれない。でもな、これはお客さんがいて始めて成り立つ商売なんだぜ。一回でも不快な思いをさせたら、もしかしたら戻ってきてくれないかもしれない。それだけシビアな世界なんだ。」
俺がとうとうと意見を述べると、不思議そうにサーシャはいう。
「あんた、これまで、ミケに給金を払ったことはある?」
「そ、そういえば、ないな。必要なお金は出しているが」
「コタローには?コジローには?」
「な。ない。」
「他の猫ちゃんたちには?」
「わかった降参だ、降参」
試しに簡単にしごとをしてもらうことにした。
「オーナーひどいじゃないですか!どうして、私に声をかけてくれないんですか」
アンが叫ぶ。俺は簡単に、アンに答える。
「まあ、そのまま見ていなよ。」
確かに男の子は、一生懸命働いている。しかしなんだか体の動きがチグハグだ。
猫ちゃんのケアをしているときはある程度いいのだが、バクヤードで、掃除をしたり、たなの整理をさせると途端にパフォーマンスが落ちる。
その日の夕方、俺はその子に話しかけた。
「どうだい、思っていたのと違うだろう?」
「店長さん、本当に有難うございました。おかげさまでなにが足りないか見えてきました。」
サーシャが不思議そうに聞く。アンも不思議そうだ。
「どういうこと」「なにがなにやら、わかりません」
「つまりだ。この子は、表面だけをみて、猫ちゃんとのふれあいができる楽しい職場だと思ったんだ。でも猫カフェで猫と触れ合うのは仕事のごく一部で、その他はほかの仕事とかわらない基本の積み重ねなのさ。そのことをこの子は感じて、自分は足りないと思ったんだろう。違うかい?」
「はい、店長さんのおっしゃる通りです。私が間違っていました。」
「よし、なら坊ちゃんは、合格だ。いつかまた、自分が働けるとおもったらここに帰って来なさい。猫ちゃんが好きだという部分はもう及第点なのだから」
俺は知っていた。この子がいつも外からカフェをうらやましそうにみていたことを。
「はい、有難うございます。でも二つ店長さん、間違っています。一つはボク女です。シェールっていいます。そしてもう一つは、ボクの好きなのは猫ちゃんじゃありません。店長さんです。また、仕事ができるとおもったら来ます。ありがとう!やっぱりボクが思った通り店長さんは素敵な人でした。」
そして、シェールは恥ずかしさをごまかすように走り去った。気まずい。
「さ、晩御飯なににしょうかな。」
「あんたは〜〜〜〜!!!!そうやって、女の子にちょっかいをかけて!許さん!」
「あーあ、またライバル登場ですね、店長!」
俺が次に気が付いたのは冷たい床の上だった。どうやら簀巻きにされて転がされているようだ。これ、俺の必殺技なのに。ちくせう!
タクトは根っからの女たらしのようです。