第91話 思わぬ仕入れ
2016/11/11:本文修正しました。
「出来たのか?」
「ええ、何とか食べて頂けるとは思いますが、少し酸っぱいのでびっくりするかも知れませんね」
酢の酸味を直に味わう機会がない人たちに酢を食べさせるのは、梅干しを食べたことのない外国人に梅干しを食べさせるのに似てるかもな。笑いを吹き出さないように気を付けなきゃ。
「お待たせいたしました」
料理長のおっちゃんと侍女が平皿に彩りよく盛ったサラダをワゴンに載せて運んできた。順次目の前に配膳され、ドレッシングはお好みの量で掛けて食べてみるように勧められる。僕はサラダをよく食べていたのもあり、多目にドレッシングを木匙で振り掛け口に運ぶのだった。
「うん、なつ……美味い!」
危なっ!懐かしいって言いそうになったよ。口の中に広がる酸味と油の甘さ、野菜の歯ごたえと旨みが合わさって僕の心を和ませた。サラダだ。
「「「「「ーーーーッ!!」」」」」「あら、美味しい」「んぐっ!?」
見事にエルマー様以外は酸味に驚いて涙目になってる。デューオ様は吐き出さないように必死に堪えてる感じだ。体に足りてないものを取ると美味しく感じるというけど、エルマー様の場合も恐らくそうだろう。
「ははは、皆ドレッシング掛け過ぎだよ。もう少し抑えなきゃ。エルマー様は口に合ったようで何よりです。どうぞ次の食事からこれを食事の献立に入れてもらって下さい」
「ええそうするわ。これ本当はルイくんが作ったんじゃないの?」
「いいえ、作り方を伝えただけで、作ったのは料理長です。こんなに野菜を均等に切れませんから」
料理長をよいしょしておくことも忘れない。気分良く調理してもらわないと、美味しいサラダを作って貰えないだろうから。料理男子でもない僕に出来ることはこれくらいだ。暫くするとエルマー様以外も酸味に慣れてきたようで、普通にサラダを平らげていた。あとは料理長のアレンジだ。足繁く市場に通って良い食材を見付けてほしいものだな。
「デューオ様、お約束の物を頂いて帰り支度をしようと思うのですが、フロタニアにはお帰りですか?」
そう言えば連れてきたままで辺境の領地に1度も連れて帰ってない。報告やら何やらで書類が山積みになってる気もするんだけど、どうするつもりだろうか?
「そのことだがな。暫くは王都に居ることになった。エルマーが回復したら共にのんびり帰ろうと思う。手紙を認めてあるからフロタニアの屋敷に持って行ってくれるか? 俺が居なくても出来る案件は新しい家令が処理してくれるだろう」
あんな事が合ったからもう雇わないと思ったけど、そりゃそうだ。王都と辺境を行き来するのに1ヶ月も掛かるのに代理領主が居ないのは問題だよな。跡継ぎも今の処コネリア様だけだし。
「分かりました。フロタニアの御屋敷の方に届けておきます」
「すまんな」
「いえ、帰るついでですから」
ゴトッ
「これが約束の物だ」
何の前触れもなく、懐から取り出した布包をテーブルに置きエルマー様の方に滑らせる。そのままエルマー様の手から布包を受け取るのだった。
「開けてみても?」
「確認してくれ」
確認を取って布包を開けると、真っ更な5円玉硬貨の様な真鍮色の鋳塊がそこにあった。五円玉の原材料か?と疑いたくなったけど、真鍮にしては輝きも鋳塊が持つ雰囲気も何か違っているのだ。【鑑定】。思わず【鑑定】してみた。
◆ステータス◆
【アイテム名】オリハルコン(2kg)
【種類】稀少鉱石の鋳塊
【備考】鍛冶技術の拙い者は加工することが出来ない。高度な鍛冶技術を持つ者が加工した場合、稀に特殊な能力を宿すことがある。
「これがオリハルコン。初めて見た」
持ち上げると2kgの重さがずしりと右の掌に伝わってくる。オリハルコンと聞いてウチの娘たちも興味津々な視線を向けてくるが後で見せてあげよう。再び布に包み直してアイテムバッグ経由でアイテムボックスに収め席を立つ。
「四半刻後に市場を回って“森”へ帰ります」
「そうか。色々と慌ただしい生活を送らせてもらったが、居なくなると清々するな」
「貴方!」「御父様!」
おいおい。
「ふふっ冗談だ。色々と世話になった。特にエルマーの病を治してくれたことには感謝してもしきれん恩が出来た。俺に出来ることであれば力を貸す。必要な時には声を掛けてくれ」
エルマー様とコネリア様に窘められるも元々軽口のつもりだったようで、小さく鼻で笑ってからデューオ様が席に着いたまま頭を下げたのだった。いや、前にも思ったけど貴族なのによく頭を下げれるな。そこがこの人の凄いところなんだろう。
「ありがとうございます。僕が助けを必要とするか、彼女たちが助けを必要とするか分かりませんがその時には頼らせて下さい」
「何時でも来てくれればいいのよ?」
「そうです! ジルと一緒に来て下さい!」
そう僕も頭を下げておくと、エルマー様とコネリア様が声を掛けてくれた。女性陣が味方なら少々無理をお願いしても大丈夫かも知れないな。そんな事を思いながら2人に笑顔で応えるのだった。席を立ち1度部屋に戻り支度を整えることにする。と言っても旅の道具や荷物はアイテムボックス内だから特に問題はない。リューディアにも時間を告げて行程を説明しておく。エトはというと、既に馬車の支度を整えていた。本当よく働く。
コンコン
自室でオリハルコンを取り出して皆に見せていると扉がノックされた。そそくさと4人がベッドの上に集合する。自由だね、君たちは。
「どうぞ、開いてますよ」
がちゃり
扉が開いてそこに姿を表したのは緊張した面持ちのベルントさん一家だった。また何か問題発生か? 今日までだし出来る限り力にはなって上げたいけど。勝手に3人の状況を推察しながら部屋の中に促す。
「今日で王都を出るって聞いたんだけどよ、本当か?」
相変わらず乱暴な言葉遣いだが、人となりを知っていればそれで気分を害されるということはない。裏表のない人なのだ。
「ええ。ベルントさんや皆さんにはお世話になりました。良い買い物が出来たので助かりました」
「けっ、世話になったのはこっちだってんだい! 迷惑までかけちまってよ」
カティナの事か。
「いえ、あの時は確かにびっくりはしましたが、それはそれで僕に足りないものを気付かせてもらえたのです。だから結果的には良かったんですよ。カティナも何もされませんでしたし」
ずっ
左手で鼻を抑えながら鼻を啜るベルントさん。思い出しているのか? あの一件がなければこれからも同じ間違いを繰り返すことになっただろうと思う。眷族の為に頭を下げるには限度があり、苦痛を与えかねないということを学んだんだ。諍いは当然避けるけども、必要な時には前に立ち塞がる必要があるって。
「そんなお前ぇにこんな事を頼むっていうのは図々しいにも程があるって分かってんだけどよ」
何だろ? 頼みごとであるのは間違いなさそうだけど。
「仰るだけ、仰って見て下さい。聞いてみなければ出来るかどうかも分からないので」
取り敢えず呼び水だけ流しておく。何が出てくるか。
「すまねぇ。ーーワシらを一緒に連れてってくれ!!!」
「「お願い致します!!」」
ベルントさんの大きな声に合わせてフルダさんとユリカちゃんが合わせて、ほぼ3人同時に頭を下げて来たのだった!
「はい?」「「「「!!?」」」」
ベッドの上に居た4人が僕の顔を慌てて見詰める。そうだよな。間の抜けた声出しちゃったし。
「えっと、一緒に“森”に行きたいと聞こえたんですが、あってますか?」
聞き間違えて無いのか確認を。
「そうだ」
あってた。
「理由を伺っても?」
「一番の理由はおめぇに惚れちまったって事だ」
え、そっちの趣味は無いんですが!? 髭面のおやじに言い寄られるのはNノーサンキュー! あからさまに嫌な顔をしてるとフルダさんとユリカちゃんが父親の脇を小突いてるのが見えた。「何言ってるの!」「そこじゃないでしょ!」とか聞こえる。
「いや、すまねぇ、それじゃなくてだな。ワシらはフェレーゴ伯爵の者に目をつけられてる。高利貸の奴らはエトのじいさんの御蔭で手を出してくることはないだろうが、貴族は別だ。奴らの命がある限り難癖つけてくる。ルイが居るなら安心だが、王都に居ないと分かればワシらが出来ることは何もない。逃げるのが精一杯なんだよ」
貴族政治というか特権階級が存在する社会は、時として勘違いの上に胡座をかく者を排出する。弱者から奪って何が悪い? 俺は偉いんだから何しても許されると言う奴だ。語弊があることは認めるけど、決して住み良いと感じる瞬間だけでは生活していけないのだ。時にベルントさんたちは顔も住所も割れてる。けど、言っておかないといけないこともある。
「僕の所に来ても安全かどうかは分かりませんよ?」
僕自身が生霊である以上、討伐対象になるという危険は付き纏い続けるのだ。この先ずっと。正体が明らかになるのが遠い将来だとしても、秘密というものは遅かれ早かれ陽の下に晒されるものだから安全は確約できない。
「そんなことは百も承知だ。だが、お前さんらが近くに居るってだけで気持ちが楽になる。何より貴族の影に怯えて暮らすこともねぇ。頼む! お嬢ちゃんたちの武器も生活用品も、農機具だって何だって作る! フルダは仕立屋の娘だ! 鍛冶屋に嫁に来てくれたが服も縫える!」
「「よろしくお願いします!!」」
鍛冶屋に仕立屋ーー確かに欲しい職種だ。気持ちの揺れていることが伝わったのだろう。ディーが背中に飛び乗ってきた。柔らかいマシュマロの感触が背中を伝わってくる。
「ふふふ。ルイが悩んでいるということは許可が貰えたのも同じですわ」
「ちょっ、ディー!?」
何を言い出すんだ!? 確かに迷ってるけど。ベルントさんたちが「えっ♪」って顔になってるじゃないか。
「だって、アイーダも結局押し切られたのを忘れたとは言わせませんわ。アイーダを連れて帰るってわたくしたち聞いてませんでしたもの」
そこを言われると耳が痛い。ディーの言葉にベッドの上に居る3人が頷いているのが見えた。よく考えると、アイーダの年齢に近い面々が居るのだ。リーゼ、コレット、ディー、恐らくシンシアやアピスもそうだろう。女性に年齢を聞くのは野暮だと思ってるから、大体の感じで接してるけど彼女たちはあまり気にしてないようだ。
「はぁ。許可するにあたって条件があります」
「何でも言ってくれ!」
「“森”で知り得た情報は決して外部の者に漏らさないと約束して頂けますか?」
「それくらい何てことねぇ!」「「はい! 決して漏らしません!」」
「これは脅しではありません。外に漏れると僕たち全員の命が危険に晒される事になるのでその事を守って頂けるなら歓迎します」
ベルント家の3人にゆっくりと伝えつつそれぞれの眼を見詰めるのだったが、3人とも逸らすことなく見詰め返してくれたので納得することにした。信頼することも大事だよな。
結局3人を追加で“森”に帰ることになるんだけど、住まいの問題も出るよな。エト経由で話を付けてもらうか。これからの手順を考えながらエトの所に行く。ベルントさん家族が乗ってきた幌付き荷馬車の馬を外して、ウチの馬車に連結して貰うためだ。帰り道、馬は運べなくはないが荷物になるので辺境伯邸に置いて行く。
四半刻後。
アッカーソン家の面々に見送られて屋敷を後にすることになる。
「この手紙を頼む」
デューオ様に手渡された手紙は羊皮紙を巻いたものだった。蠟でしっかりと封印が施されており、中を見ることは出来ない。紙は使わないということかな?
「確かに承りました」
受け取った手紙をバレないようにアイテムボックスに収める。
「まぁ気が向いたらフロタニアの屋敷でも良い顔を見せろ」
「引き籠もりに飽きたら必ず」
「相変わらず喰えんやつだな」
僕の返しを鼻で笑うと差し出した右手をデューオ様はがしっと握り返してくるのだった。別れはこれくらいで丁度いい。根性の別れでもないしな。
「お褒めに預かり光栄です。ではエルマー様、コネリア様。お世話になりました。どうぞお元気で」
一方、女性陣には丁寧に挨拶をしておく。味方は多いに越したことはないからね。布石は大事。
「ルイくん本当にありがとう。こうやって外に出れるとも思ってなかったわ。この御礼は必ず」
「いえいえ、もう頂いていますのでお構いなく」
「ルイ様、ジルを宜しくお願いします。時々で良いので遊びに来て下さいませ」
「ありがとうございます。ジルにもそう伝えておきますね」
挨拶を済ませ、馬車に乗り込む。荷馬車の方にはベルントさん親子が、ウチの馬車にはリューディアを含めた6人が乗り込むようにする。エトの御する召喚された輓曳馬に鞭が当てられると、ゆっくり2台の馬車が動き始めやがて車輪の音を響かせながらアッカーソン辺境伯邸に別れを告げるのであった。
「行ってしまいましたね」
「そうだな」
「御父様、ルイ様の御屋敷に遊びに行っても宜しいでしょうか?」
「ダメだ」
「「え!?」」
何気ない娘の問い掛けであったのだが、その口調は厳しく鋭いものであったために思わず妻と娘はその顔を驚いて見返すのだった。
「あ、いや、すまん。訳は言えんが今はダメだ。だがそのうちに行けるようになるさ」
デューオはそう優しく自らに言い聞かせるかのように娘に言いながら、娘の頭をぽんぽんと軽く撫でて屋敷の中に入っていく。その後ろ姿を母と娘は怪訝そうに見送ると、互いに顔を見合わせてその後を追のだった。
そんな会話が交されていた事など知る由もなく、1時間かけて市場に出向きまず買い置きしてもらっておいた食糧を引き取る事にする。また買い出しの時には頼りたい旨を伝えておき更に買い物をすることにした。日没までまだ時間があるからだ。羽振りの良い貴族のボンボンが来たくらいでも思ってもらおうとフードを被った状態で買い物をする。既に買ってもらってるけど更に保存用の肉、追加に各種野菜、おまけで酒などだ。締めて金貨20枚。
ウチの女性陣は馬車に残ってもらい、フルダさんとユリカちゃんに付き合ってもらって仕立て用の生地を十何本かまとめ買いする。買い占めは反感を買うのでそれには注意した。加えて糸紡ぎ機を5基と機織り機を3基を金貨50枚で購入する。元々量産するものでもないし、1基1基ハンドメイドされるものだから馬付きの馬車を買うより高く付くのだ。だから高い買い物だとは思わない。資金があるから言えることだけど。
それに合わせて裁縫用の道具を5人分フルダさんに見立ててもらい、糸なども数種類まとめ買いしておく。革細工も同じだ。ユリカちゃんに必要な道具を見繕ってもらう。同じものを3本ずつ必要な道具を購入して、鞣した皮も大量に抑えておく。鞣し用の道具もこの際あればと話してみた処、それ用の道具を扱っている店を革屋に紹介してもらえ数人分の道具を手に入れることが出来た。合わせて金貨30枚分の購入だ。これで手にしていた白金貨1枚が飛んでいったことになる。
そこから1時間掛けて南門に移動し“森”へ向けて帰路についた頃には陽が傾き、景色を赤く染め始めていた。
「これでしばらくは王都ともお別れか」
ポツリと呟き、夕陽に浮かぶ王都の城壁を馬車の窓越しに見送るのだった。馬車の前輪側にアピス、リューディア、ディー。後輪側にシンシア、僕、ギゼラと座っているのだが、僕の左右の2人はそんな感慨も何処吹く風か、左右の肩に頭を乗せてご満悦だ。若干正面のアピスとディーがイライラしてる気がする。席順を変えなかったからな。
ベルントさんたちも荷馬車の幌の中から今の景色を見納めるように見詰めていることだろう。そんな時だった。
こんこん ざっ
覗き窓がノックされ引き開けられる。そこから聞こえてきたエトの声色は少しだが緊張の色を帯びていた。
「ルイ様、血の匂いが致します。ご注意下さいませ」
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