第82話 未明の顔合わせ
「「「「「ドラゴンッ!?」」」」」「 !」
5人と1匹が同時に闇の向こうで蠢く巨体の正体を言い当てる。勿論鎧蜥蜴は言ってないだろうが、鎧蜥蜴の眼を通してリューディアには分かったはずだ。
グルルルルルルルル……
低い喉の音に合わせて漆黒の鱗が闇の中で静かに波打ち、油灯の光を妖しく反射していた。うん、綺麗な漆黒だよな。
「大丈夫。彼女はシンシアの本当の姿だよ。出来れば内密にお願い。無駄に騒ぎを大きくしたくないから」
「しゃべるなって命令しちまえば良いんだよ」
「人の口には扉は建てられません。やがて漏れるものです。命令されればなおのこと漏れやすくなる。硬い扉で塞ぐよりかは、柔らかい粘土で蓋を閉じれればいいかな、と願ってるだけですよ」
「……」
ぱん
「さあ、乗りましょう! 僕は馬車の外に乗るので、気にせずに乗り込んで下さい。シンシア合図を出すからよろしくね!」
グルルルッ
僕の答えにアイーダさんは口を半開きにして僕を暫く見詰めていたが、柏手の音で我に返って馬車に乗り込むのだった。5人が入ったのを見て、アイーダさんに鎧蜥蜴を手渡しておく。すごく嫌そうな顔をされたけど有無を言わさずにニコっと笑って膝の上に置いてやった。あの歳でも嫌いなものは克服出来てないらしい。可愛い処あるよね。
5人が入った時点でエトが召喚馬を収め、ジルが来た時と同じように風の盾を魔法で張ってくれた。
「【風盾】」
「シンシアお願い!」
馬車の屋根に上がってカティナを膝に抱き、シンシアに合図を送る。それを見てシンシアは巨大な翼を羽撃かせて巨体を宙に浮かせると馬車をがしりと抱きかかえるように持ち上げるのだった。
後は行きと同じ旅程だ。シンシアの高速飛行で約1時間後には“森”の手前に辿り着いていた。途中カティナとジルが座る場所を交代したくらいで滞りなく旅程を消化たと言える。馬車を大地に降ろしてシンシアが人の姿になのだったが、鎧は着けてない。ん? 上目遣いにモジモジしてるシンシアを見て気が付いた。ああ、そうだね。順番だ。
エトに召喚馬を呼んでもらい、再び鐙を噛ます。この大きな馬が実は召喚で呼ばれた馬だとは気付かなかったらしく。ここでも驚いていた。ジルに馬車の中に入ってもらい、エトとカティナが御者席。僕とシンシアが馬車の屋根に陣取ることになる。ケアは大切だよ?それに頑張ってくれたしね。
「エト、急がずにゆっくり走ってね」
「畏まりました」
恐らくエトがリーゼたちに連絡を入れてるだろうから、出迎える準備をしてるはずだ。でも急いで帰るとシンシアのケアが出来なくなるから時間を稼いでもらったという訳。シンシアを膝に抱き、ゆっくり温もりと彼女の薫りを嗅ぎながら帰路に着くのだった。
30分後、注文通りの速度で無事屋敷に辿り着いた。
「ん? 何だあれ?」
“森”が切れた所から領地なんだけど。屋敷の形状が変わってる!? 明らかに昼間に見たものと輪郭が違うのだ。何があった?
「主殿、屋敷の形が変わってる気がするのだが――」
「うん、カティナもそう思う! 大きくなったよね!?」
「何やら土地の雰囲気も変わった気がしますな……」
エトの何気ない一言に思い出す。そうだった。神様が“聖地”にすると宣っていたな。
「あ〜ちょっと思い当たる事がある。皆の前で説明するよ」
天空に輝く三日月に照らされるその輪郭は完全に小さな城だった。尖り帽子の塔みたいなものが大小何本かと、三角屋根が見える。前は前の池から離れていたのに、これは一部が池の中から土台が迫り出してるのだ。う〜ん…遣り過ぎじゃないかな。
取り敢えず日が昇らなきゃ全貌が見えないから、城は明日の朝以降考えよう。今まで無かった池の上に掛かる石橋を渡り城の玄関前に到着すると、中から出迎えがわらわらと現れたのだった。
「「「「「「「おかえりなさいませ!」」」」」」」
整列まではいかないが、留守番組の7人が出迎えてくれる。その後ろにエドガーたち家族やベスやロロたちが並んで立っていた。
「ただいま。エレン、お昼振りだけど、紹介したい人たちが居るから食堂に案内してくれるかい?」
その言葉に馬車の傍に立ってる3人娘が「お昼振り?」と訝しげに首を傾けていた。
「畏まりました。我が君」
馬車の屋根からそう言いながらシンシアを膝の上から下ろし、順番に降りていく。その間にエトが馬車の扉をあけて御老体をエレンに引き会わせるのだった。何か思う処があるような感じだったけど、5人は食堂に入っていく。ただその後について歩くアイーダさんは物申す人だった。
「ハーレムだな、こりゃ」
アイーダさんが出迎えた面々を見渡しながらポツリと呟く。きっとそう言われると思ってました。否定は出来ません。事実その通りなので。エレンに案内を任せておいて、出迎えてくれた娘たちをハグしておく。うん、挨拶だね。ほら欧米では普通にしてるでしょ? あれだよ!
僕もその後を追って食堂に入る。僕の後を留守番の者達がぞろぞろと付き従って食堂に人が溢れるのだった。マンフレートやアーデルハイドの表情が怖い。取り敢えず紹介だ。5人には暖炉の前、所謂、上座に並んで経ってもらった。僕から一番は寝れた所にマンフリート、アーデルハイド、ゼンメル、ファビアン、アイーダさんという順だ。リューディアの鎧蜥蜴は僕の左肩に載ってる。皆を見渡しながら口を開く。
「双方色々言いたいことがあるだうけど、それは明日からにしてもらいたい。今は新しい家族を紹介するよ。まずマンフレート。彼には執事の教育係として来てもらった。エト、エドガー、ジャック、ヒューゴ、ラフ、カルマン、ライルは前に出てくれるかな?」
僕の呼びかけに6名が前に1歩出る。
「マンフレートと申します。以後お見知りおきを」
その6名を青い目で確認した白髪の紳士マンフレートが1歩前に出て頭を下げ、頭を上げてからまた列に戻る。ハの字型の太く白い眉毛が印象的だ。
「マンフレート、今前に出た6名の指導を頼む」
「畏まりました」
「6名は、マンフレートの指示に従うように」
「「「「「「承知しました」」」」」」
男性陣も一礼して後ろに下がる。うん、これでいい。
「次にアーデルハイド。彼女には侍女の教育係として来てもらった。この場に居る女性は全員彼女の指導を受けるように」
名前を呼ばれた時点で、彼女はすっと無駄のない動きで1歩前に出る。白髪を編んで後頭部でお団子状に纏めているシニヨンという髪型が彼女の凛とした立ち姿にマッチしていた。切れ長の二重の奥に光る青い瞳がキランと光ったような気がした……。うん、気がしたんだ。
「アーデルハイドです。明日から厳しく指導して、ルイ様の恥にならぬように訓練しますのでそのつもりで」
「「「「「「「「……」」」」」」」
その一言にピリッとした雰囲気になる。アーデルハイドは何事もなかったようにしれっと一礼して列に戻るのだった。うへ〜、やっぱりこうなるのか。
「あ〜侍女の訓練をちゃんと受けないと席順固定するからね?腹が立つこともあるだろうし、泣きたくなることもあるだろうし、辞めたくなることだってあるだろうけど、僕のためだと思って頑張ってもらえると嬉しいな。あと、クラムとヘルマ」
呼ばれて2人が前に出てくる。
「「はい」」
「アーデルハイド。見ての通り彼女たちは妊婦だ。そこを踏まえて指導して欲しい」
「畏まりました」
早速臨戦態勢的な雰囲気になったね。ケアも頑張らねば。
「そしてゼンメル。彼には厨房を取り仕切ってもらう」
「ゼンメルです。どうぞ宜しく」
僕の紹介に細身の男が鋭い目つきのまま1歩前に出て、視線を床に落とさぬまま皆の顔を見渡すように一礼し、直ると列に戻るのだった。
「エレン」
呼ばれて長い藍色の髪を後頭部でアップに纏めていてうなじが綺麗な女性がすっと前に出る。アーデルハイドと同じ髪型だけど。人によって編み方も止め位置も違うんだな、と改めて思った。
「はい、我が君」
エレンが一礼したあとその金色の瞳で僕を見詰める。
「アーデルハイドの訓練を受けながら、ゼンメルのサポートも頼む。可能なら料理を習いなさい」
「畏まりました」
承諾して元居た場所に戻る。
「次にファビアン。彼には庭園の管理の為の技術指導に来てもらった」
「ファビアンです。よろしくお願いします」
中肉中背の白髪の老紳士が呼ばれて1歩出て挨拶をする。鯉の目を思わせるくりっと大きな眼の奥にある青い瞳が短く閉じられただけの目礼だ。そしてさっさと列に戻る。やはり個性派揃いだな。
「ガルム」
「……」
ファビアンに負けず劣らぬ個性の塊が無言で前に出てきた。ドワーフは寡黙という僕のラノベ知識にぴったり当てはまる人物だ。妹の持ち物を勝手に読んだだけの知識だけどね。
「ファビアンに師事して色々学ぶように」
「分かりましただ」
褐色の髪と髭面の中に埋もれた表情は汲み取りにくく、ぶっきらぼうに思える返事をしてガルムはドスドスと後ろに下がっていくのだった。変に訛っている処に愛嬌を感じるよ。
「最後にアイーダさん。彼女には皆の武術師範として来てもらった。勿論、僕も含めてだけどね」
「アイーダだよ。甘っちょろい考えを持ってるんだったら、今夜の内に捨てておくんだね。クラムとヘルマと言ったね。あんた達はお腹の子が大事だから、無理しちゃいけないよ。出産が終わるまで足運びと武器の振り回し方くらいだから安心しな」
僕の紹介にセミロングの銀髪の混ざる金髪を揺らしながらアイーダさんが1歩前て挨拶する。前髪が左目側に大きく垂れているため左半分の顔がはっきり見えないが、見ることの出来る右顔に妖しく滅紫色に光の瞳を収めた切れ長な大きな目に皆の意識が向く。つまり、彼女が何者かということが分かったのだろう。
「「ありがとうございます」」
それでも、ヘルマとクラムに対する気遣いで口の悪いのは問題なしと受け入れられたようだ。2人がお辞儀するのを見て微笑むと列に戻るのだった。やはり問題は、アーデルハイドと女性陣だろう。これもやってみなきゃ分からないからな。一先ず、今夜はしっかりケアしておくということで、頑張るか、ルイ!
「それと、知らない者も居ると思うので改めて周知させておくね」
そう言って皆の注目を集めてから再び口を開く。
「まず、この土地は“聖地”になりました」
「「「「「!?」」」」」「 」
僕の横に並んだ5人と左肩の1匹が僕の顔へ一斉に驚愕の色を露わにした視線を突き刺してきた。まぁそうなるよね。寝耳に水だ。一先ず流す。
「なので、今日からこの地は“聖地エレクタニア”と呼ばれることになったから忘れないように。あと僕たちの領地であるという旗も掲げて貰ってる」
そこまで言いながらチラッとエレンを見ると頷いてくれた。問題ないようだね。
「から、旗のデザインと一緒に領地の名前を覚えてね。そして、もう1人家庭教師が居るんだけど今日は連れて来れてないからまた後日紹介するよ。そんなところだね。エレン、5人を案内してくれるかな。部屋と厨房と食糧庫…あとお風呂の説明をお願い。僕は先にお風呂に入るよ。ゼンメル、食事は明日の朝の分から頼む」
「「畏まりました」」
「風呂があるのかい?じゃあ、あたしも先に風呂に入るかな」
「じゃあ、お風呂の説明からお願い。さぁ、今日は遅いからこれで解散しよう。みんなおやすみ」
そこで一旦皆を散らすことにした。必要なことは告げたし後はエレンに任せよう。僕の言葉にカティナを除くエドガーたち人兎族6人と、ベス、ロロたち三尾の人狐族の6人、ガルムが一礼して食堂から出て行く。1日で様相が変わってるから何処に誰が寝てるのかすら分からなくなってる始末だ。
11人の娘達と僕、それに今日来た5人と1匹が長い階段を降りて行く。食堂もだけどここも変わってないんだね。降り切ってから男湯から説明を始めたので、任せて真ん中に皆を引き連れて入ろうとしたらアイーダさんが付いて来た。
「あっ!? アイーダ様そこは!」
「あん? 駄目なのかい?」
エレンの静止に不機嫌に聞き返すアイーダさん。
「ここは僕しか開かない扉でね。僕が居ない時は使えないんですよ。あと、僕以外男性はお断りの混浴風呂です。一緒に入るのが嫌でなければご一緒に如何ですか?」
その言葉にアイーダさんの顔にゾクッとするくらい魅力的な笑顔が浮かぶのだった。魔族、ねぇ。
「そうさせてもらおうかねぇ。あんたはどうするのさ?」
そうアーデルハイドに尋ねるアイーダさん。
「恐れ多いことでございます。今宵は遠慮せせていただきたく存じます」
と優雅にお辞儀して固辞するだった。エレンの眼が尊敬の眼差しでその動きを追ってるのが分かる。
「じゃあ、エレン。後の案内を宜しく。事情が許せばエレンもおいで」
「ありがとうございます! 我が君」
エレンはその言葉を待っていたとばかりに破顔するのだが。さてアーデルハイドが開放してくれればだけどね。とは言わずに心の中で付け足しておくのだった。よし、入るか♪
小一時間ほどでアイーダさんを除く10人の髪を洗い終えたのだったが、やはり石鹸は欲しいよな〜と思いながらお持ち帰りタイムの始まりであった。ハーレムだとアイーダさんに笑われたが否定するつもりはない。現にそうだ。この甘い環境に慣れるとどうしても食指が動いてしまう。他所では自制するけどね。
夜10時から始まった夜のお勤めは3時頃に一山越えていた。ベッドの上で一息ついて辺りを見回す。エレンもそれ迄にはアーデルハイドから開放されたようで、お昼から御預けをくらっていた事もあって激しく悶えていた。今ベッドの上には誰も居ない。可怪しいな、始めはベッドに居るんだけどね。ぼりぼりと頭を掻きながら立ち上がり、一風呂浴びるために秘密部屋から湯殿に出るのだった。
ざばぁ〜ん
「ふぅ」
湯船に身を投げて天井を見上げる。
「本当に全員とやっちまってるのかい。呆れた体力だね」
横で声がして慌てて顔を上げて声のする方を見ると、アイーダさんが脚だけ浸けた状態で湯船の縁に腰掛けていた。本当に呆れ顔だ。うん、まぁ満足して貰えたということには自信が持てる様になったかな。だけど、僕の眼がその肌から逸らせれれない理由があった。
アイーダさんの左胸から脇にかけて残る爪痕。そして歪な形で辛うじて残る左乳房。痛々しい傷がアイーダさんの半生を物語っていた。さっきは我先にと一番風呂に浸かっていたので誰もその傷に気が付かなかったのだ。恥ずかしい話、僕もやることの方に意識が向いていたし。
「その傷は……」
「ああ、これかい。なんていうのか、名誉の負傷さ。先々代の王様を助けた時に貰っちまった傷でね。良く死ななかったと後で笑ったもんさ」
そう、それだ。先々代の王様とさらっというが先日あった王様はどう見ても70代の王様だった。ということは300歳まではいかないにしても、アイーダさんの年齢は200歳そこらということになる。しかに肌の張りは老人のそれではなく50代の中年熟女的な艶があるのだ。
「――魔族というのは長生きなのですね」
隠さずに言ってみることにした。
「リューディアの婆さんほどじゃないけどね」
なる程、エルフが長寿という話は異世界でも当て嵌まるようだな。
「でも、年齢以上にお若く見えますよ」
「ふふふ、誘ってるのかい?あたしは構やしないけどね」
そう言いながら綺麗な形の右の乳房を持ち上げてみせるのだった。僕の感性は幼女はアウトだけど熟女も平気みたいだな…なんてその姿を見て冷静に分析している自分が居るのに気付く。
「でも、魔族なのによく人間の王宮に入れましたね?」
「先々代と付き合ってたしね。命を救われたという恩義もあったんだろうさ。本当ならわたしが王宮の中でふんぞり返って国を影から動かしてたんだろうけど、この傷で1年以上寝込んでたらダチに寝取られちまったよ」
あるあるネタだけど、眼の前の当人からその話を聞くと何とも言えない感情になるな。
「それは、災難でしたね」
「はん、ありがとよ。変に慰められるよかそっちの方が気が楽だよ」
「僕のイメージで決めつけてたらすみません。魔族といえば角や翼、尾があるのでは? それに左眼も隠して居られるように見えますし」
「大怪我で意識がない内に全部切り取られてしまったのさ」
「なっ!?」
それはいくら何でも。
「魔族が王宮に居るのはまずい。でも、恩義を返さなければ、と思った先々代がダチと一緒に考えて取った行動さ。魔族と示す証拠がなければ問題ないだろう、とね」
愛の裏返しだったのか。あるいは、王妃になった女性が奪い取り返されないために先手を打ったのか、分からないけど怖い話だな。よくそれで人間不信にならなかったよね。
「……」
「この眼はね、抉られて魔道具を埋め込まれたのさ」
そういうが早いか、左眼に掛かっていた前髪を払い上げるのだった。そこに在ったのは蒲葡色に光る水晶の珠だった。宝石に猫目石というものがあるとは聞いたことがある。縦に入った縞模様が猫の目のように見えるからだとか。アイーダさんの左の眼窩に嵌まるそれは更に眼の瞳ように加工が施された、明らかに人工物だった。
「!!!」
その言葉で更に声を失う。こんな時なんて言えば良いんだよ。それは大変でしたね? 実験道具みたいじゃないですか、か? お風呂は着飾らないので、己の事を話しやすくなることは認めるが、ここまで打ち明けるだろうか?
「なんでそんな事まで話すのかって顔だね」
お見通しって訳だ。思わずびくっと体を硬直させ引き攣ったような笑顔を張り付かせてしまう。
「何でだろうね。あんたに先々代を重ねちまったのかね。あたしも年取る訳だ」
しかし、それは。それで片付けるには酷く悲しい話に僕は思えた。胸が苦しくなり、思わず顔をそらして湯面を見詰めるのだった。やって良いことと悪いことがあるだろうに。この世界では当たり前なのかもしれないけど、流石にこれは辛すぎる。目頭がツンとして何かがお湯の上に落ちた――。
お湯をかき分ける音がしてふと顔を上げるとアイーダさんが立っていた。
「なんだい。あたしのために泣いてくれるってのかい? あたしも焼きが回ったもんだ。こんなひよっこにグラって来るなんてね」
「え? ちょっ!?」
そんなことを宣ったアイーダさんの胸に僕は抱き締められていた。肌を接してみて分かったことがある。50代の肌?とんでも無い。もっと若く言ってもいいくらいの瑞々しさだ。
「ここまでされると僕ももう下がれませんよ?」
「良いぜ? こんなばばあに欲情してくれるんだ。可愛がっておくれよ? ん……」
望む処だ! ざばっとお湯を弾きながら立ち上がるとアイーダさんの体をお姫様抱っこし、唇を重ねるのだった。アイーダさんもスイッチが入ってしまったようでそのまま首に腕を回されて激しく応酬される。
唇を離して息を整えながら湯船を出て隠し部屋にお持ち帰りすると、僕はアイーダさんをベッドの上に横たえると見下ろす。年齢も傷も義眼も僕の意識から完全に抜け落ちていた。眼の前にあるのは熟れた果実なのだ。お互いに飢えた獣の様に血走った眼で見つめ合い、やがて静かに己が内で猛り狂う本能に主導権を明け渡すのであった。
新たに訪れた止めなく溢れる劣情の流れには抗がえる訳もなく……。
押し流され……。
深みに足を取られ……。
引きずり込まれ……。
再び朝が来た――。
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