第74話 油断
「カティナ!?」
馬車から慌てて降りてその娘の名前を呼ぶ。すると、見る間にその円な眼に涙を湛え始め、わたしの名を呼びながらわたしに抱き着いて来たのだった。
「シンシアッ!!!」
「「!!??」」
我々2人が顔見知りだったことに驚く白豚親子。何があった?
「カティナ、こんな所でどうしたのだ!?何があった?主殿と一緒ではなかったのか!?」
「ルイ様がね、ルイ様がね!」
「主殿がどうしたのだ!?」
わたしの胸に飛び込んできたカティナが泣きじゃくり始める。問い質しても感情が昂ぶってるせいで上手く言葉が繋がらない。もどかし気持ちで一杯になったが、わたしの周りに様々な彩りの光の球が現れる。明らかに普通の精霊とは違う。恐らく共に眷属になった精霊だろう。
[カティナを守ってくれたのか?礼を言う]
[いいえ、ルイ様に頼まれたの]
[あいつとんでもない奴なんだ!ルイ様を足蹴にしたんだ!]
今なんと言った?ルイ様を足蹴だと!?ぎりっと音が出るほど歯を噛み締めてしまう。と同時に威圧が周囲に広がり始めるのだったが。白豚親子が抱き合って「ひぃっ」っと短い悲鳴を上げた。
「シンシア、ダメだよ!」
そこへ、泣き声のままカティナが止める。何故だ?
「何故止める!?主殿を、ルイ様を足蹴にしたのだぞ!万死に値する!」
「ダメなの!ルイ様は殺しちゃダメって言われたよ!今のシンシアじゃ手加減なんてできっこない!」
くっ確かにそうだ。酒の所為か感情の箍が外れやすくなってるのかもしれない・・・。落ち着け。まずは落ち着いて経緯を聞くんだ。
「ふぅ、分かった。カティナ、何があったのか教えてくれ。それに主殿からわたしもその注意は受けている。[お前たちも何か知ってたら教えてくれ、何も解らぬとわたしもどうすれば良いのか判断が出来ぬ]」
[[[[[[[[[[うん]]]]]]]]]]
[へへへ、わたしも精霊語話せるようになったんだよ!?]
[!?そうか!それは凄いじゃないか!そんなに突然に話せるようになるなどと聞いたことがないぞ?]
カティナが精霊語を話せるようになっていた事には驚いた。そもそも他の言語というものは長い時間その言葉を使う者たちと過ごしていく中で身に付くもの。カティナの場合は明らかにそれとは違っている。それも話を訊けば見えてくるか。
数分後…。わたしは激しい怒りに震えていた。我ら竜族には“逆鱗に触れる”という故事がある。喉の下に逆さに生え出た鱗が1枚あるのだ。謂わば我ら竜族にとって急所となる部分だ。それは龍族にとっても同じで触られたくない部分であり、無闇にそこを触ろうものなら死をもって償うことになる。この白豚共はそれをした。ルイ様の優しさを汚したのだ。足蹴にしたのだ!
カティナが右腕にしがみついてくれている御蔭で剣を握ることはない。だが、この抑えきれぬ怒りを何処に仕舞えというのだ!?
ぎりっ
歯ぎしりの音が鈍く響く。それに応えるかのように精霊たちも身体を?光の珠を大きく膨らませていた。怒りで威圧が収まるわけもなく。
「ひぃぃっ!!!」
男たちの居る部分に水溜りが広がり始める。失禁したか。
「シンシア、ダメだって!ルイ様が迎えに来てくれるって約束してくれたんだから、ここで待っとかないと!」
「ぶ、ぶひぃっ!?お帰りになられないのですか!?」
白豚の言葉と、眼の前で失禁したことに愕然としている様子で少し溜飲が下がる。
「折角来たのだ、お茶の一杯でも馳走にならねばな。それに主殿が御挨拶に伺いたいとのこと、それまで屋敷にて待たせていただくことにしよう。ああ、それと、そこのお前」
「へ、わ、わたしの事ですか?」
呆然とした表情でわたしを見返してくる銅鑼息子を一瞥する。
「他に誰が居るのだ。お前は我らの前に出てくるな。顔を見るだけでも怒りが湧き上がってくる。何時殺してしまうか解らぬから何処へなりとも行っておくが良い」
「ひぃっ」
呆然とした顔が恐怖に引き攣る。だが正直そうしておかねばわたしたちがルイ様に迷惑を掛けてしまうことになりかねないのだ。だが、白豚は逃がすつもりはない。
「伯爵殿」
「ぶひっ!?」
「服を召し替えられたほうが良かろう。貴殿は屋敷の主、何時まで経っても我らの前に姿を表さぬ場合、逃げたとみなして屋敷を燃やす」
「ちょ、シンシア!?」
カティナが慌てて見上げてくるので優しく微笑む。冗談だと小声で伝えて。
「出来れば造詣の深いこの歴史ある屋敷を失いたくはない。ご理解頂けると嬉しいのだが?」
「ぶ、ぶふ〜!も、も、勿論で御座いますとも!誠心誠意おもてなしをさせていただきましょう!ぶふ〜、おい、早く御二人をご案内せぬか!!」
屋敷にフェレーゴ伯爵の声が響き渡り、玄関からバラバラと使用人が溢れ出て来た。何事かと玄関の向こうまでは来たものの、ここで出れば自分たちも巻き添えになると安全策を取ったのだろう。その中で侍女たちの全てではないが黒い首輪を付けられたものが幾人か見受けられた。わたしはその首輪が意味する所を知っている。そしてルイ様も。
一瞬わたしの表情が曇ったが、カティナに心配させないためにもう一度カティナへ微笑んでおいて、共に屋敷の中に入ることにした。カティナの言うことが正しければ。いや、正しい。間違いなくルイ様が迎えに来て下さるのだから、ここで色々と聞き取りながら待つことにしよう。慌ただしく使用人達が行き交う屋敷の中でわたしたちは何処か心をときめかせていたのも事実であった。
◇
「デュー坊に聞いていたとはいえ、ここまでの御方だったとは」
「へ?」
思わず間の抜けた言葉が漏れる。デュー坊?それって、デューオ様の事?若様と呼び合う関係より更に深い繋がりがあるのでは?それに家庭教師の件は自分で探せと、あ。
「お気づきになられたようですね」
そう言ってヘクセは優しく微笑むのだった。年老いていても他の人を惹きつける笑顔はできるんだ。そう思えた瞬間であった。僕がぽーっと見詰めてたのようで、2人のくすくすと小さく笑う声で正気に戻る。
「間違っていないなら。デューオ様にご紹介頂いた家庭教師は、ヘクセさんでしたか?」
「えっ?家庭教師!?」
僕の言葉にユリカさんが反応する。薬師だと言っていたのに家庭教師だなんて聞いていないもの当然だよね。一応、頷いて肯定しておく。あとはヘクセさんの反応次第だ。
「そういうことさ。暫く王都とはお別れだね」
ヘクセさんもユリカさんに頷いていた。
「お受け頂けるのですか!?」
「何が常識なのかも理解っておられないご様子。良い生徒を紹介して頂きました」
「ありがとうございます!ヘクセさん」
嬉しくなって僕は急いで駆け寄り、ヘクセさんの両手を握っていた。食糧、鍛冶、身分証明、マナー色々問題は山積みなのは頭では分かっていても、自分自身のこの世界の知識のなさが一番の問題であることに変わりはなかったのだ。そこがないばかりに僕自身がトラブルを引き起こしている可能性が大いにあるのだから。
そうと決まればゼンメルさんを迎えに行って食糧を確保して、一旦デューオ様の御屋敷に帰り。いや、逆か。何処に確保しているのかが分からないんだから。でもそれだと時間のロスだよな。
「ゼンメルの処に行きたいのでしょう?」
「え?どうしてそれを?」
「皆の所に行く前にデュー坊がわたしの所に来てくれたのです。これからこの4人の所を回ると名前を聞いていたので、アッカーソン辺境伯邸に1羽鳥の使い魔を飛ばしておいたのです。その後は屋敷を見るのも飽きたのでゼンメルの買い出しに付き合ったというからくりです」
デューオ様いつの間に?距離を考えると1人で5人回ることは無理だ。恐らく夜に僕たちが寝静まった後にヘクセさんの所にだけ来て、後は使いを送ったと考えたほうがいいよね。現にフィデリオさんは他の人たちを拾って帰って来たわけだから。どんだけ行動派だ…。
「では、一旦ユリカさんの家に戻りましょう。そこに馬車もありますので」
「その必要はないよ」
「え?」
「もう1匹の使い魔が眼醒めたからね。ここまで案内してありますよ」
ふぇ〜処理能力が高すぎる。もう1匹ってあの蜥蜴だよね?少し後ろめたい気もしたけど、気にしてない振りをしてユリカさんを送り出すことにした。
「あの、ありがとうございます。じゃ、じゃあユリカさんとは一旦ここでお別れだね。美味しいものちゃんと食べてね?」
「あ、はい!ありがとうございます、ルイ様!ヘクセさんとお別れしなきゃいけないのは辛いけど、今まで本当にありがとうございました!」
「あぁ、いいんだよ。またね」
また?ユリカさんの挨拶にヘクセさんが自然に筋肉が緩むような微笑みを向けて左手を振るのだった。
「はい!では失礼します!」
ユリカさんが部屋を出て行ったのを確認して、ヘクセさんも動き始める。何か荷物を纏めるのかと思いきや、手ぶらで玄関の方に歩き始めた。え?あれ?荷物は?
「わたしたちも行きましょう」
ヘクセさんに促されるまま家を出るのだったが、そこで更に驚かされることになる。僕が家から出たのを確認したヘクセさんは腰につけていたポーチの口を開き、今まで眼の前にあった一戸建ての家を吸い込んだのだ。後には家がそこあったと分かる溝のような窪みしか残っていなかった。
「へ?あ、あれ?家は?」
「ふふふ、この中です」
四次元ポケット!?四次元ポケットなのか!?驚く僕を見ながらヘクセさんは微かな小皺を漂わせるかのように笑うのだった。視線を感じたのでその方向に顔を向けると、エトが馬車の扉を開いて立っているではないか。ちょうど来た処なのだろう。ファビアンが馬車から一度降りようとしている姿が見える。まだ見詰めているとエトがコクリと頷いてくれたので、お願いしておいた前金は渡せたのだと分かった。
「家を入れると他には何も入らなくなりますが、アイテムバッグにはこういう使い方もあるのですよ?」
「ふえぇぇぇぇ〜そうなんですね!?勉強になるなぁ〜」
その説明に再びヘクセさんの腰にある小さなポーチにキラキラした視線を向ける。恐らく好奇心全開の子どもの表情になってるだろうことは容易に想像できた。それだけ興味深かったのだ。
こうして僕たちはエトが操る馬車に乗り込み、ヘクセさんの案内で一路市場に向かうのだった。ファビアンとは面識があるらしく、何か言いそうになうのをヘクセさんが悪戯っぽく制して言わさないようにしていたのが気になった。本当、謎が多いお婆ちゃんだ。
◇
1時間後。
道中取り留めのない話をしながら時間を過ごし、僕たち4人は市場の横にある倉庫に辿り着いた。その倉庫の前でゼンメルさんが1人で忙しなく行ったり来たりを繰り返しているの見て、僕は胸騒ぎを覚えた。ん?待てよ?使い魔が居たのなら事の顛末を知っているのでは?と言うことに気づいてヘクセさんに視線を向けると眼を瞑って避けられた。やはり。
「ゼンメル!」
「おお!ルイ様!お待ちしておりましたぞ!!シンシア殿が」
「シンシアがどうしたの!?ここには居ないの!?」
「そうなのです。実はフェレーゴ伯爵が」
「フェレーゴ伯爵?子爵に逢ったけど別人だよね?」
「子爵は御子息です。伯爵はその父親です。そのフェレーゴ伯爵が袖の下を求めにやってきたのですが」
と、ゼンメルがその時の様子を細かに教えてくれた。シンシアは慎重に立ち回りこの倉庫がこれ以上難癖を付けられないようにした後で、フェレーゴ伯爵の馬車に乗ってその屋敷に出向いたのだとか。一抹の不安が無いわけではないが、シンシア自身が考えてしたことに対して怒ることはない。ゼンメルはそこを気にしていたが、大丈夫だと安心させておいた。だけど。
あらゆる手を使って女を自分のものにする好色の一面があることを聞いた時には胸がざわついた。恐らくだが、子爵がカティナを連れ帰っているならば屋敷で2人は出逢えるはず。そうなれば精霊たちのサポートもあるだろう。今すべきことは、激昂して乗り込むことじゃなくて屋敷に戻って根回しをすることだ。
ヘクセさんが僕にこの事を告げなかったのは恐らくこえれから僕を教えていく上で、僕がどういう人物なのかを見極めようとしてるのだろうと勝手に考えることにした。なので、気にしないことにする。
ゼンメルに案内された倉庫の中は見事に食糧が整然と山積みされていた。苦労が忍ばれるね。ゼンメルに礼を言ってから外に出しアイテムボックスに食糧の山を納める事にする。収めてみて、僕がやったことはヘクセさんが家を収めたことと大して変わらないことに気づき思わず苦笑するのだった。
空っぽになった倉庫を見てゼンメルさんに詰め寄られたが、何個かのアイテムバッグに分けて収めたのだと無理矢理納得してもらい、辺境伯の屋敷に戻ることになった。
◇
更に1時間。合計2時間が過ぎた頃、屋敷が見えて来た。
出掛けるのも遅かったせいで日が傾き始めていた。ぐぅ〜と僕の腹が鳴る。今まで無かった現象だ。確かに何も食べてはこなかったが、別に何かを食べなくても問題なかったのに。明らかに体の状態は変化しているけど、今はその検証よりカティナとシンシアの方が気になる。
馬車から降りると玄関の扉が開いた。
「「おかえりなさいませ」」
ジルとアーデルハイドが出迎えてくれた。
「エトは何時でも出掛られるように準備を。マンフレートは?」
エトに指示を出し、そのに姿の見えなかった執事を探す。
「控えております。ルイ様」
流石だ。名前を出した途端すっと影から姿を表した。
「デューオ様に至急相談したい事があるので取次を」
「畏まりました」
優雅に一礼して屋敷の中に吸い込まれていくマンフレート。
「ファビアンとゼンメルは今日はこれでいい。休んでもらえるかな」
「「はい、ルイ様」」
頑張ってもらった2人にはこれ以上の事は求められない。これからすることも当然無理だ。
「ジルはこの後僕と一緒に出掛けるからそのつもりで。アーデルハイドはまだ食事の準備が整っていないようなら、僕とヘクセさんになにか軽い物を頼む」
「「承知しました」」
ジルとアーデルハイドがお辞儀をして食堂の方へ姿を消す。居ない間に随分しごかれた感じが出てるね。
「行ったり来たりで申し訳ないのですが、ヘクセさんフェレーゴ伯爵の屋敷まで案内して頂けませんか?」
「お見事な差配ですね。本当に不思議な御方だこと。それと、わたしにも敬語は不要です」
「え。しかしわたしは教えて頂く身なのに」
「貴族とはそういうものです。それを幼い時から叩き込まれるのですが、ルイ様はどうやらそうでは無いご様子。考え方を改める部分もあるかと思います」
そう言うものなのか。流石にヘクセさんよく見ている。しかし貴族というか中流庶民の出の僕が貴族の振る舞いが出来るかといえば無理だ。絶対にボロが出る。出す自信がある!そのための教育が必要なんだけどね。
「ルイか!どうした!?おぁ!?へ、ヘクセの婆さん?逢えたのか」
「どうしてどうして随分な御挨拶じゃないかい」
あれ?ヘクセさんキャラ変わってますけど!?いや、むしろこっちの方が素のような気がするのは気の所為だろうか。
「ええ、偶然、ファビアンに紹介してもらった鍛冶屋の家族と面識が在ったようで辿り着けました」
「普通、そんな偶然はないだろう。どうなってる?」
それはこっちが聞きたい。デューオ様の言葉に思わず心で突っ込みを入れてた。じゃなくて。
「お話したいことが」
「おお、それだ食堂でもいいか?」
「勿論です」
デューオ様に僕、ヘクセ、ゼンメル、ファビアン、マンフレートの順で食堂の敷居をまたいでいく。テーブルには2人分の軽食が既に用意されていた。早いっていうもんじゃないよ?さっき食堂に入ったばかりだよね?え、何?予測ってこと?凄いな、アーデルハイド。
「何だ美味そうだな。俺にも頼む」
「畏まりました」
え、そこも大丈夫なんだ。お辞儀をして厨房に入っていくアーデルハイドの姿をつい眼で追ってしまっていた。余裕を持って作ってるってこと?ふぇ〜キャパ高すぎる…。
「それで?話とは?あぁ、冷めるから先に食べろ。食べながらでいい」
「あ、すみません。では頂きます」
ぱふっと両手を合わせてから僕は食べ始めるのだったが、そこに居合わせた面々の顔に驚愕の色が一瞬浮かんだことに僕は気が付かなかった。空腹は最大のスパイスとはよく言ったものだね、なんて思いながら食べ始めてたのだから。だから、顔を上げた時には皆何食わぬ顔になっていた。
「あ、お話というのはちょっと厄介事に巻き込まれまして。今シンシアとカティナが難癖をつけられた状態でフェレーゴ伯爵の屋敷に連れて行かれてしまいました」
「なっ!?」がたっ「「「!!?」」」
「就きましてはこれから御挨拶に伺って2人を連れて帰ろうと考えています」
「ちょっと待て。間違いないのか!?」
「カティナは僕の眼の前でフェレーゴ子爵に、シンシアはゼンメルの眼の前でフェレーゴ伯爵にそれぞれ連れて行かれていますので間違ってるとは逆に言い辛い感じです」
「・・・・言葉は悪いが、無事だと思ってるのか?」
「ええ、そこは大丈夫だと思います。高位の精霊を召喚できる方であれば、危ないかもしれません」
「そんなやつは王都にはおらん!」
「それを聞いて安心しました。それで、無茶をしに行くわけではありませんが、こちらが言葉で話しあいたくても身体で話し合いを望まれる事も予想されますので、火消しをお願いしたいのです」
「・・・俺に言ってるのか?」
「他に誰が該当すると思われます?」
さも面倒臭そうに僕を見つめてくるデューオ様。出来たての軽食が届けられると美味しそうに口を付けるのだった。うん、実際に美味しんだよね。
「大丈夫ですよ。騒ぎを大きくするつもりはさらさらありませんから。ただ、僕の大切な家族を返してもらいに行くだけです」
「「「「「!!」」」」」「ルイ様!」
「あ、すみません」
ジルの一声で我に返る。少し怒りが漏れたようだ。まだまだだね。そのまま自分の分をしかり食べるとヘクセが自分の前にあるものを僕の方にずらしてきた。
「これをするとアーデルハイドが良い顔をしないのだけど、今日くらいは良いでしょう?」
「・・・・」
ヘクセがそう言ってアーデルハイドに微笑みかけると、やれやれという感じに首を小さく振って苦笑するのだった。うん、食べ物は粗末にするものじゃないね。遠慮なく美味しく頂くことにする。一先ずやることはやった。さて、出発だ。
「ヘクセにも付いて来てもらうから、デューオ様も心配し過ぎないでくださいね」
「誰がするか」
「では、行ってきます。ジル、ヘクセ行こう」
「「はい」」
言葉ではああは言うけど気配りが出来る人だということが分かったので、僕のすることだけ伝えておけば問題ないと思ったんだよね。上手く利用してくれればそれでいいし。最悪騒ぎが大きくならなければ成功と考えよう。
表で待ってくれていたエトの操る馬車に再び乗り込み、フェレーゴ伯爵邸に向かうのだった。空はだいぶ赤く色付いており、到着する頃には夜の帳が降りるだろうと予想される。ま、その方が僕には好都合なんだけどね。
◇
午後7時を回った頃、辺りは真っ暗だった。
それはそうだ、ネオン輝く都会の街などは何処にもない。街路灯もないのだ。あるのは個人が持つ明かりと、家や屋敷から漏れ出てくる明かりだけ。それがこの世界での夜だ。
馬車の前方へクワガタムシの角の様に馬車の両側からなだらかな弧を描いて前に伸びる油灯掛けに、火を灯された油灯が掛けられ前方を弱々しく照らしている。すれ違う者は数少なく、こういった時刻に活動するのは余程の物好きだと思われるはずだろう。
アッカーソン辺境伯の屋敷を出て1時間が経とうとした頃、漸く目的の屋敷が暗闇の中に薄っすらと輪郭が浮かんできた。
「最後の打ち合わせをしておこうと思う。僕とジルが屋敷の中に入る。エトはヘクセと一緒に馬車の番。馬車の位置は敷地に入る為の門をくぐった所で待機ね。エトもジルも殺しは絶対にダメだからね。気絶は許す。僕もそうするだろうし。まぁ殺人は次から王都で仕入れができなくなる死活問題に発展するから無茶だけはしないように!」
エトが座る御者席の背もたれに細工してある覗き窓を開けて注意しておく。
「畏まりました」「はい、ルイ様」「何だか久し振りにワクワクしてきたわね」
いやいや、お婆ちゃん!エルフだからってもうかなりのお年でしょうに!怪我しますって。
「ヘクセも一応」
「大丈夫ですよ。わたしにはそんな力ありませんから」
・・・何かに気が付いてる感じの言い方だね。ひょっとして何か墓穴掘った?
かっぱかっぱかっぱ… ブルルルルル
そんな事を考えていると屋敷の門を潜り、話していた位置で馬車が止まる。門衛が居ても良いはずなのに居ないし門は開け放たれている。誘っているということだね。
「じゃ、行ってくるね。あ、それと、そこの門は閉めておいてね」
「畏まりました。お気を付けて」
エトのお辞儀を見て、ジルに目配せした僕は屋敷に向かって駆け出す。周りに気配は感じられない。恐らく屋敷の中で歓迎会の準備は万全に整っているはずだ。ジルの気配を後ろに感じながら息も切らさずに、門から400mはある道を1分も掛らず走破した。こりゃ世界記録取れるかもね。スタータス様さまだ。
「ジル、間違いなく囲まれることになるだろうから背中は任せたからね?」
「はい、ルイ様!」
溢れるような笑顔で答えてくれたジルの右頬を優しく撫でて、玄関に向き直る。
コンコンコン
扉の真ん中にある獅子の口に加えた鉄の輪を扉に向けて軽く打ち付ける。反応はな無い。誰かが居る気配はあるが…出てくる様子もない。ドアノブに手を当てて回してみる。鍵は掛かってないようだ。開けて挨拶してみるか。
ぎ…
扉を内に向けて開けかけたその時だった、向こう側から誰かが扉が思いっきり引き開いてきたのだ。扉に釣られて引き込まれないようにジルに寄り添って数歩飛び退る。それがいけなかった。開け放たれた扉の向こうに見えたのは殺意を載せた無数の矢の雨だった!?
弓弦を弾く音と風切り音が入り交じる。
「ちぃっ!!ジルッッ!!!」
どうする!?扉は全開、矢も直ぐそこ、横に投げ飛ばすにはモーションが大きくなって間に合わない、ジルが矢に気付いて風魔法を展開しても間に合わない、だったら!!こんな事を考えたらもうとっくに矢の針鼠みたいな状態だろうに、酷く時間がゆっくり過ぎているように感じられる。
「えっ!?ルイ様!?」
ジルの前に両手を広げて立ち塞がる!
「頭を抱えてしゃがむんだ!早く!」
そう叫ぶ僕の眼前に風切り音を纏った無数の矢が…届く!!
最後まで読んで下さりありがとうございました。
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