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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第五幕 王都 
72/220

第71話 子爵と伯爵

今日は『世界本の日』だそうです♪φ(*'д'* )メモメモ

活字離れが叫ばれる中、沢山の方がわたしの拙い作品を読んでくださってることに改めて感謝申し上げます。

わたしも色々な作品から刺激や気付きを頂いております。この場を借りて感謝致します。


2016/7/9:注記を加えました。

※奴隷に関するやり取りが含まれています。気分が優れない場合は飛ばしてください。

 

 「素晴らしい。こんな所で治療師(ヒーラー)に逢えるとはね」


 明らかに身分の良い身形(みなり)をした男が入ってきた。その後ろにはさっき逃げ去った男たちが明らかに見下した笑みを頬に張り付かせて追従する。


 「ふ、フェレーゴ子爵様!? どうしてこんな所に!?」


 ユリアさんが驚いている処を見ると。馴染ではないらしい。何の目的が?


 「おやおやユリア嬢、わたしが来てはまずかったかな?」


 「い、いえ、滅相もございません」


 見た目は大層なイケメンだ。どこぞのアイドルグループにいても可怪しくない顔立ちで、紺色の髪と緑色の瞳がその色男ぶりを際立たせている。誤解があるといけないので断っておくが、僕はイケメンが別に嫌いというわけではない。だが、僕は眼の前に居る薄ら笑いを浮かべたこの男は生理的にダメだった。


 「いやね、この先の路地で逃げるように大通りに出てきたこの者たちに話を聞いたら、貸したお金を返しに伺ったら、殺されそうになったと言うじゃないか。穏便に話を済ませる手伝いが出来ればと思って伺ったのだよ」


 穏便に、ね。


 「そうしたら、治癒師(ヒーラー)と珍しい兎の獣人に逢えるとはね。どうですか、ウチの屋敷でもお茶でも振る舞いましょう」


 そう来たか。つまり、さっきの蜥蜴(とかげ)はこいつの息の掛かった者の使い魔だったということになる。碌なやつじゃないな。


 「御心遣いに感謝致します。わたくし共様な下賤の身に御声を掛けていただき恐縮に存じます」


 そう言って頭を下げるとふふんと胸を張る雰囲気が伝わってきた。やれやれ。


 「ですが、こわたくし共の様な身分の者が閣下の御屋敷に足を踏み入れるなどと、恐れ多いことでございます。またどんな馬の骨とも分からぬ輩を招き入れた事が広まれば、閣下の名誉を知らぬ内に傷つけてしまうことにもなりかねません。どうぞご容赦下さいませ」


 「なっ!?」「「「!!」」」


 こうも見事に断られるとは思っていなかったのか、イケメンは明らかに引き()った笑顔を浮かべていた。後ろの男たちも同様で、まさか断る者が居るとは!? というリアクションだ。


 「ま、それ程までに言うのでしたら諦めましょう。ですが、こちらの話はまだ終わっていません。彼らははあなたの粗暴な振る舞いで怪我を負われたと聞きました。借りたお金は返さない、返すどころか怪我を負わせる。どうするおつもりですか?」


 「わたしが癒やしましょうか?」


 「「「えっ!?」」」


 フェレーゴ子爵の取り巻きにそう声をかけると嬉しそうな驚き顔になった。ちょろいな。


 「この際お代は頂きませんが、今回の件はこれでなかったことにして頂けると助かります。如何ですか?」


 「そ、そりゃあまぁ、なぁおい」


 「ま、まあ、治してもらえるんなら」


 「ほ、本当に良いのか?」


 「ええ、お約束して頂けますか?」


 「「「分かった!」」」


 「では、並んで下さい。【手当(トリート)】、【手当(トリート)】、【手当(トリート)】」


 「「「すげぇ」」」


 男たちの言葉を聞いてから【手当(トリート)】の魔法を掛ける。【治癒(ヒール)】は昨日かなり引かれたので滅多なことでは使わないと決めたのだ。問題無く治ったみたい。今回の傷というよりも、回収を失敗したことで随分酷い目にあってたのだろう。


 「無詠唱、欲しい。ん? この短刀は」


 今危険な言葉が聞こえた気がしたんですけど。


 「あ、その短刀は!」


 あ、カティナ我慢だよ!カティナの小さな叫びにフェレーゴ子爵の頬にいやらしい笑みが浮かぶ。


 「いい短刀ですね。折角口利きで来たのに無報酬で帰るというのも無粋な話です。この短刀を頂いて帰ることにしましょう。お代は彼らの貸付から引いてもらって下さい」


 フェレーゴ子爵はそう言うと、テーブルの上に置いてあった短刀を手にとって店を後にしようとするのだったが。


 ぱしっ


 あちゃ〜。


 「返して! その短刀はルイ様がわたしに買ってくださった物なの!」


 カティナがフェレーゴ子爵の短刀を持った手首を握っていたのだ。止めるまもなく。チラッとファビアンやベルントさん、ユリカさんの表情を見ると「しまった!」という顔をしてる。つまり、下々の者が貴族に手を出すということはどういう事かという点を雄弁に物語っていた。やってしまったものは仕方がない。


 「無礼者! 獣人の分際で貴族に手を上げたな?」


 「そんなの知らない! その短刀を返して! きゃっ!!」


 ガシャン!!


 フェレーゴ子爵がカティナの掴んだ腕を後ろに振り払い、カティナが商品棚に背中を打ち付けたのだ。しかしその腕には短刀が抱き締められていた。


 「カティナ!?」「嬢ちゃん!」「「!!」」


 僕が子爵とカティナの間に割って入る間もなく、子爵がカティナの前にしゃがみ彼女の顎を摘み上げる。キッと睨み返すカティナの顔は美しかったが、今はそれどころではない。


 「良い度胸だ。獣人の娘。一度ならずも二度までも貴族に手を上げるとは。本来ならば死罪だが、わたしの恩赦で奴隷にしてあげましょう」


 「お待ちください! その娘は悪気がってそのような事をした訳ではありません! その者はわたしの大切な者です、どうかその罪はわたしの方に」


 「分かっていませんね。悪気があった無かったではない。貴族に手を出したかどうかが問題なのです。その罪を貴方が償うと?」


 「その通りで御座います」


 「人間のお前が、獣人の為に頭を下げるというのですか?」


 「人も獣人も命を等しくこの世に生を受けたのです。その価値に優劣があるでしょうか? 否、優劣を付けたがるのは命ではなくその立場でしょう。命乞いで頭を下げるのに何の躊躇(ためらい)いが御座いましょう。がっ!?」


 そう言って僕はカティナの横に両膝を着いて土下座をした瞬間!


 「ルイ様!? 貴様ぁぁぁぁぁ!!」


 「カティナ駄目だ! ぐっ、落ち着いて! もう手を出しちゃ駄目だ!」


 僕の頭は床に踏み付けられていた。結構な衝撃で頭がくらくらしたけど、カティナの反応を止めなきゃという意識があった御蔭で気絶は免れたみたい。前に僕の感情に皆の行動へ少なからず影響を及ぼしたことがあるのを思い出したから、これ以上は僕もヒートアップしちゃ駄目だ。そういった思いが僕を幾分冷静で居さてくれたのかもしれないな。


 「カティナといったね。良いご主人を持って君は幸せだったね。でも今日からは僕が君の主人だ」


 「何を言ってぐっ!?」


 「ルイ様!?」


 「君が大人しく僕に付いて来れば今日この場で在った事は水に流そう。君のご主人に迷惑も掛けまい。今日の所はこのお店の面々にもだ。だが断ればこの商品で君の大切な主人の首を跳ねる。君が如何(いか)に獣人で瞬発力が高かろうが、こう刃を当てた状態では間に合わないだろう?」


 子爵はそう言いながら商品棚に陳列されていた長剣(ロングソード)を鞘から引き抜き、切っ先を僕の首筋に当てるのだった。僕の正体を明かせばこの瞬間は事足りるけど、あとあとの事に支障が来る。生霊(レイス)が都に出た! ってなったら僕だけじゃなく他の人たちにも迷惑が掛かる。だからといってカティナをみすみす連れて行かせる訳にもいかない。


 「分かった」


 「カティナ!? がっ」


 「止めて! あなたと行くからルイ様を足蹴にしないで!」


 「はははははははははは! 物分りが良い子は好きですよ。良いでしょう。お別れの時間を上げましょう」


 子爵の勝ち誇った笑い声が店内に響き渡った。このまま事を起こせばどうにでもなるが、カティナの決定を無碍(むげ)にはしたくない。カティナ自身が考えて決めたことなんだから。


 「(ルイ様ごめんなさい。わたしの為に足蹴にされる姿を見るのはもう耐えれないよ)」


 ああ、そうか。僕はそういうところまでは配慮できていなかったな。


 「(ごめん、カティナ。必ず迎えに行くから、殺しちゃダメだからね)」


 「(うん、分かってる。それに今はこうした方が皆のためになるって思ったの!あと、ルイ様の力にもなれてるのが嬉しいんだ)」


 カティナはそう小声で告げた後僕の唇に一瞬口付けして立ち上がるのだった。


 「嬢ちゃんすまねぇ、こんなことに巻き込んじまって」


 「ううん、この短刀また取りに来るので仕上げてくださいね!」


 「お、おぉ任せときな!」


 「……」


 「ユリアも泣かないで! わたしは大丈夫だからね!」


 ベルントさんとユリアさんに別れを告げ、ファビアンには目礼してカティナは子爵の前に立つのだった。自分のなすべき事を弁えた女性はこうも美しくなるのか、と僕はカティナを黙って見送る。一時的とはいえ、辺境の街であった別れを思い出して胸が締め付けられているのだ。何か言葉を出せば涙が出そうになるのが目に見えていた。


 「ふふふふ。良い買い物が(・・・・・・・)出来ましたよ(・・・・・・)。ルイと言ったね。この娘はわたしがしっかり可愛がってあげるからね。ひっ」


 「ルイ様ダメ!」


 ああ、そうか、そういう事か。いちゃもんを付けに来たのはカティナを手に入れる為だったという事か。その意味が分かった瞬間、僕の中で何かが外れそうになったがカティナの声で我に返る。威圧が漏れていたのか。僕の雰囲気が一瞬可怪しいと感じたのか、子爵の顔色は蒼白になっていた。もしかすると威圧が少し当たったのかもしれない。


 「い、いくぞ!」


 「「「は、はい!」」」


 子爵に腕を引かれて連れだされるカティナ。その表情を店の戸口から出て行くまで眼で追う。店から出る瞬間カティナは微かに笑うように頬を動かすのだった。術で囚われて別れるのも、自らの意志で一時的にではあれ別れるのも。辛いものは辛い。気が付いた時、冷たいものが目尻から溢れ僕の頬を流れ落ちていた。




            ◇




 時間は少し遡る――。 


 ある大きな倉庫の前にわたしとゼンメルの姿は在った。


 買い出しを済ませ、食材が運び込まれている様子を観ていたのだ。倉庫はゼンメルの縁故(コネ)が利いた御蔭でびっくりするほど安く借りることが出来た。と言っても貨幣の価値が解らないわたしにゼンメルが説明してくれたことの受け売りだ。


 ルイ様がゼンメルに渡したあの金貨は古代ファティマ金貨だという。その価値は白金貨1枚に等しいのだとか。白金貨は金貨100枚に等しいということ。それに普段の庶民と呼ばれる者たちの生活は銅貨や銀貨で十分であり、金貨を使う事は(ほとん)ど無いそうだ。わたしが守っていた金貨にそれ程の価値があるとは思ってもみなかった。


 金貨は銀貨100枚、銀貨は銅貨100枚の価値がある事を考えると、ルイ様がどれ程わたしたちの糧の事を気に掛けてくださったのかが解るのだ。嬉しくもなる。


 「シンシアさん、ルイ様はどういう御方なのですか?」


 相並んで搬入されるものを見送っていると、そうゼンメルが尋ねてきた。当初は殿と敬称を付けていたのだが、不要と言われてしまったのだ。


 「主殿は一見頼りなさそうにフラフラしているように見えるが、芯がしっかりした御方だ。いつも全体を見ようとし、お節介をしたがる癖を持っているがな」


 そう言って思い出し笑いをしてしまう。自分にスキルを付与するためにしなくてもいい努力までしていたことを。


 「シンシアさんはルイ様が本当にお好きなのですな」


 「!!!?? なっ!?」


 恥ずかしさで顔が赤くなる! 面と言われるとこうも恥ずかしいとは思わなかった……。だがそうだ。初めてお逢いしたのはあまりに異常な状況だったが、ルイ様の別け隔てなく接してくださる人柄にわたしは()かれたのだろうと思う。


 「お話を聽く限りでは、その御屋敷で待たれる方々もルイ様の事を好いていらっしゃるご様子。先程食堂で失礼な言葉を並べましたが、あれは」


 「主殿の反応の仕方を観ていたのであろう?」


 「気付かれていましたか」


 「一番人を見るのに良い方法は難しい状況に置かれた時にどう反応するか、だからな。わたしも昔師匠にそう教わったのだ」


 「良い師に師事されたのですね」


 「うむ。わたしには過ぎた師匠だった。出来るならまたお逢いしたものだが」


 「その日が来るといいですな」


 「あぁ」


 わたしは言葉を濁した。わたしが師事したのは“竜の里”での話だ。ルイ様とであったあの大陸の遥か北にある。魔王領を縦断するにはあまりに危険すぎす地域だ。(えん)(ゆかり)もない地に来たが、今は主殿や皆と居るだけで心が安らぐもの事実。そう思いを()せていると、遠くから派手な造りの馬車が引かれてやってくるのが見えた。


 「まずいですな。あの馬車の前に付けられた旗はフェレーゴ伯爵家のもの」


 「何がまずいのだ? 我らは適正に売買をして運んでもらっているのだろう?」


 「その通りなのですが、フェレーゴ伯爵は難癖をつけて袖の下を要求することで有名なのですよ」


 わたしの疑問にそうゼンメルが答えてくれた。なる程。何処にでもそういう(やから)は居るという訳か。


 「ゼンメル、わたしが応対する。そなたは倉庫の中で様子を見ていてくれ」


 「しかし」


 「ゼンメルにもしもの事がった場合、わたしは主殿に顔向け出来ぬ。わたしが矢面に立つのが良いのだ。それに、仮にゼンメルが連れ去られでもしたら、わたしはこの食糧をどう管理すればよいのかすら解らぬではないか」


 主殿がわたしに頼まれたことは殺さずと離れずの2つ。だが最悪の場合、後者は守れないかもしれないな、と思った。倉庫の前でもめるより、そこから離れたほうがゼンメルや食糧を運ぶ者たちが巻き込まれないで済むからだ。


 「分かりました。無理はしないでくださいよ、シンシアさん」


 「善処する」


 そう言ってゼンメルに笑っておく。そう言えば、主殿は鍛冶屋にもう着いただろうか。何やら大切な道具を造ってもらうのだと話しておられたが。また見せてもらう事にしよう。


 かっぱかっぱかっぱかっぱ ブルルルルル


 倉庫の前で豪華な作りの馬車が止まり、中から小太りの初老の男が降りてきた。丸顔で脂ぎった肌をしており、一重の眼が蛇の眼のように周りをキョロキョロと観察しているのが良く解る。紺色の髪は頭頂部辺りにしか残っておらず、滑稽さを感じさせる。


 「ぶふ〜っ。ここの責任者は誰だ!?」


 豚のような荒い息遣いで初老の男が声を荒らげる。出来れば近づきたくない相手だが、そうも言ってられぬ。


 「わたしだ」


 「!? ぶふ〜っ! これはこれは美しい御方ですな。わたしの事はご存知かな?」


 「すまぬ。昨日この都に来たばかりでこの都の事は(うと)いのだ」


 「ぶふ〜。然様(さよう)でございましたか。わたしはこの界隈(かいわい)のお世話をさせて頂いているフェレーゴ伯爵と申します。以後お見知りおきを」


 「これはご丁寧な挨拶、痛みいる。それで伯爵閣下がこのような所に何のご用向きがあるのだ?」


 伯爵と名乗ったこの男に敬意の欠片も抱けなかった。抱けたのは不快感と警戒心だ。人を舐め回すように見つめる眼、下手に出て揚げ足を取ろうとする見え透いた態度。好きになれん。


 「ぶふ〜。それでございます。随分沢山の食糧を買われたようですが目的は何なのですか?」


 「我が主の命で家の者を養う食糧を得る為に王都まで買い付けに来た所だ」


 「ぶふ〜。それ程大量に購入されても腐らせるだけでしょう?」


 「そうかもしれぬ。だが主の命に従うだけだ」


 「ぶふ〜。困りましたな」


 ほら来た。なんと難癖を付けてくる?


 「何故伯爵閣下が心配を? 心配されるような事はしておらぬが」


 「ぶふ〜。これ程の大量の買い付けをされる場合には当家を通してもらわなければなりませぬ。王都の食糧も有限。誰もが好きなだけ買い占められては民が困ります」


 「閣下の言いたい事は理解できる。だが、そこと伯爵家を通すことにどのような関係がああるのか皆目見当がつかぬのだが」


 その言葉に白豚が更に眼を細めた。伯爵というのも(おこ)がましい。


 「ぶふ〜。当家はこの界隈(かいわい)を世話していると申しました。()わば管理です。ぶふ〜。管理手数料をお支払いいただかねば困りますな」


 「さて、閣下も異なことを(おっしゃ)られる。先に市場で購入して回った際にはどなたも閣下に良しなにと言われなかったぞ?」


 「ぶふ〜。市場の者たちは既に収めて頂いておりますからな。わざわざ言う必要もないのですよ」


 なる程、そう来たか。


 「それも一理ある。先程この界隈(かいわい)を世話しておらると言われたが、世話役の方々は沢山居られるのか?」


 「ぶふ〜。いえいえ?当家で取り仕切って居りますれば、他家の手を煩わせるはずもありません」


 「ふむ。ならば伯爵閣下にお支払いしたのにも関わらず、誰かが管理手数料や他の名目でお越しになられる事はないと?」


 「ぶふ〜。然様(さよう)でございます」


 「では、仮に来た場合どのような対応をすれば宜しいかご教授願いたいのだが」


 「ぶふ〜。仮のお話など役には立ちますまい」


 おや? 白豚が汗をかき出したな? 汗ではなく、(あぶら)ではないのか?


 「それは次に来る誰かが伯爵家の名を伏せ、何度も名目を変えて手数料をせびり取りに来くる事()あると聞こえるのだが、間違っていないだろうか?」


 「ぶ、ぶひ〜。そ、そんな事はある訳がない。世話役がせびり取るなどと」


 図星だったようだな。ふふふ。主殿と居ると何をどう話せばようのか本当に勉強になるな。


 「では、手数料をお支払いしたことの証拠となるものを頂きたい」


 「ぶふ〜。な、何を? そのようなものは持ちあわせておりませんぞ?」


 「あるでは御座いませぬか。その馬車に付いてある旗を頂きたい。如何ですかな? それとも何か旗があると支障があるだろうか?」


 「ぶふ〜。ある訳がない。おい、旗を持ってまいれ」


 白豚は御者に馬車から旗を持って来させた。これがあればこの倉庫が手を出されはしまい。ゼンメルには悪いがこのまま動かねばなるまいな。


 「これは伯爵閣下自らありがたい」


 お金を払う前にさっと白豚から旗を取り上げ、わたしは荷物を運んでいるものにゼンメルへ渡すように言付けるのだった。白豚は、「あれ? 何でこうなった?」という顔で脂を拭いている。鳥肌が立つ。


 「では手数料を払って頂きましょう」


 「その件だがな。すまぬ。買い入れで全て使い果たしてしまったのだ。何か別の方法で手数料を支払うことは出来ぬだろうか?」


 「ぶひ〜。別の方法でですと? 良いでしょう。良いでしょう。ぶふ〜。ではしばらく当家でお茶でもご一緒していただきましょう。それを手数料とさせて頂くのは如何(いかが)かな?」


 いやらしそうな下品な笑みを浮かべて白豚が手揉みを始める。


 「閣下の御屋敷に伺うのは(やぶさ)かではないが、帰りの足がないと困る。送って頂けると助かるのだが?」


 「ぶふ〜。勿論で御座います。何処なりと送り届けて差し上げましょう」


 その眼は帰すつもりはないという光に満ちている気がしたが、一先ずは気にしないことにする。


 「了解した。皆、あいすまぬ。伯爵閣下の御屋敷に出向くこととなった、が、後のことは心配要らぬそうだ。宜しく頼む」


 振り向いて事の顛末を伝えると皆安堵と不安の入り混じった眼でわたしを見た。この白豚の性質をよく知っているのだろう。少しの時間だったが、わたしもよく分かった。だが、主殿以外に肌は晒さぬ。見るとゼンメルと眼が合った。安心するようにと唇を少しだけ横に広げるように微笑んで見せ、白豚に向き直る。


 「では参りましょう。おっと、その前にお名前をお聞かせいただいても宜しいですかな?」


 「シアだ」


 名も明かさぬほうが良いだろうな。


 「それではシア様、どうぞ馬車へ」


 「うむ」


 こうしわたしはフェレーゴ伯爵の馬車に乗り込み、一路伯爵の屋敷に向かうのだった。そこで驚きの出逢いを果たすことも知らずに。







最後まで読んで下さりありがとうございました。

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