第62話 台所事情
厨房から食堂へ続く扉を開けて、エレオノーラが料理を載せた大きな木製のキッチンワゴンをカラカラと小さな車輪の音を立てながら押してきた。その上に載せられている料理に目を奪われる!?
「巨大豚の丸焼き!?」
「いいえ、我が君。猪でございます」
エレオノーラが僕の突っ込みをさらっと受け流してきた。いやいや豚も猪の仲間だって知ってるけど、もしかしてそれだけ!?
キッチンワゴンの長方形の台は180㎝程で僕が横になれるくらいの長さだ。幅も100㎝はある。ワゴンの底に付けられて車輪は直径15㎝程の物が全部で8対の16輪だ。上段の台には巨大な猪の丸焼きが置かれ、下段の台には皿やフォーク、ナイフ、グラスと言った物が納められていた。
つまりそれだけの重量を支えられる骨組みであり筋交いが上手く組み合わされているということだ。側面だけではなく、上下の四隅からそれぞれ対角線に向けて筋交いが伸びている。つまり、普通のか弱い女性の細腕ではびくともしないこのキッチンワゴンをエレオノーラは平然と押して来たという事だ。
う〜んどう見てもこれで終わりって感じだよね? 彩りが茶色い。切り分けが始まってるからその前に席を決めないとね!
「じゃあ、食事の前に席順を発表するから聞いて!」
「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」
その一言に肉へ視線で喰い付いていた者たちの視線が僕の方に集まる。
「シンシア、アピス、エリザベス、ギゼラ、ディード、シェイラ、ジル、レア、カティナ、サーシャ、リン、エドガー、カルマン、アニタ、ライル、ジャック、ヘルマ、ラフ、ヒューゴ、ベス、クラム、ロロ、セイルの順に席に付いてくれるかな?」
僕の求めに応じて皆黙って席に付いてくれた。壮観だね。23名よく座れたもんだ。皆が席に付いて見たもののエトとコレットが立っている事に何か言いたそうな気配が感じられる。ま、そうだよね。
「エレオノーラ」
「はい、我が君」
肉を切り分ける手を止めて、僕に向かって御辞儀するエレオノーラ。
「名前を付けたけど、普段はエレンと呼ぶからそのつもりで」
「!? 愛称を頂けるのですか!? 如何にようにもお呼び頂けばよろしいものを。謹んで拝名いたします。我が君」
冷静な顔が一瞬にして綻ぶ。ツンデレというやつか!? 再びお辞儀をするエレンの口元が嬉しそうににやけていたのを見逃さなかった。うん、喜んでもらえて何よりだね。
「さてと、館の管理全般はこのエレンが取り仕切ってくれるから良いとして、来客時の対応までは流石に手が回らない。それでエトには引き続きそれに携わり、僕のスケジュール管理をしてもらいたいんだけどどうかな?」
「慶んで拝命致します、ルイ様」
優雅にお辞儀をするエト。流石です。
「コレットにはリーゼ専属として動いてもらえると助かるんだけど、どうかな?」
「ルイ様、わたくしだけ特別扱いでは」
コレットの返事を聞く前にリーゼが身を乗り出してきたので手で制す。うん、まぁそうなるよね。
「屋敷に居る時は皆と同じよに扱うつもりだけど、外に出て行動するようになった時リーゼには恐らく貴族としての振る舞いを求める時が来ると思うんだ。そんな時に侍女が居なければどう見られるか、分かってもらえると思う。僕の時にはジル、お願いね?」
「はい、ルイ様!」
そうリーゼに説明すると納得してくれたのかゆっくりと腰を下ろしてくれた。ジルは嬉しそうに快諾してくれた。でも、これで終わりという訳にはいかないよね。
「コレットもそれでいいかな?」
「勿論でございます。ルイ様のご配慮に感謝致します」
「じゃあエトは基本僕の後ろに、コレットはリーゼの後ろに付くようにしてね。エレンもそれでいいよね?」
「はい、我が君」
エレンが切り分ける手を止めてお辞儀する。一人だと大変そうだな。なんて思ってると、はっ!? とした表情でエレンが僕を見て慌てたように切り分け始めた。あ、いや、急かしたわけじゃないんだけどね。一人でするにしても限界が在るという事が言いたかっただけなんだよ?
それにしても料理が僕の料理の仕方に酷似してるのが気になる。大胆にして大雑把、それでいて合理的な事を求めつつも量を妥協しない。思ったことを読み取れるのなら言葉に出さなくても大丈夫だよね。ねぇエレン、料理のレパートリーって丸焼きだけじゃないよね?
カシャン
「し、失礼致しました!」
エレンが手を滑らせて包丁をキッチンワゴンの台に落としてしまう。
「…………」
今、動揺したね。思いっきり動揺したよ?はぁ〜料理スキルはもらったけど僕自身料理のレパートリーが無いんだよね。自炊生活でも碌な料理作ってこなかったし……。
エレンが皆の前に肉を切り分けて置いてくれた。頑張ったね!
「じゃあ、僕と食べる時はこうして欲しい食事のマナーがあるから、それを忘れないでね。僕たち以外の誰かが混ざってる時はしなくてもいいからね。そこは自己判断で大丈夫だから。じゃ、頂きます♪」
ぽんと軽く手を合わせて、日本でしていた食事の感謝をしてからお肉に手を付ける。
「「「「「「「「「「「頂きます♪」」」」」」」」」」」
皆も同じように手を合わせてから肉を食べ始めるのだった。やぱりね。ナイフとフォークの使い方が分からないんだ。だから最終的に手掴みになる。これは根本的な改革が必要だぞ? でも、肉のロースト加減は絶妙だった♪ 腕は確かなんだけど、僕の情報に依存してるせいで腕が奮えないというわけだ。
「皆、食べながら聞いて」
もぐもぐ かちゃかちゃ もぐもぐ かちゃかちゃ かちゃん! もぐもぐ……
うん、流石はウチの眷属だ。見事なほどに自由だね。聞いてるように見えないよ。
「え〜フォークとナイフの使い方が分からない。テーブルマナーって美味しいの? お金? 何味ですか? と言うくらいの知識しか無い僕たちには、誰かに教えてもらわなくてはいけないくらいに危機的です! そうでないと、外で生活できない、というか外から来た人たちに接した時に僕たちが笑われることになってしまいます」
「ルイ様が笑われるの?」
「うん、僕も笑われてしまうだろうね」
僕の話にサーシャが食いついてきた。サーシャ、ナイス!
「他にも、この中だけで通用して外では通用しないことがいっぱい在る。それで近い内に一度僕と他何人かで教育してくれそうな人を雇ってくるつもりだから、そのつもりで居てね」
「もんもふぁもふぁふぃもひひたひふぇふ!」
はい、カティナ口の中にお肉を詰め込んだまま話さない。その様子に同じようなリス顔になってるサーシャがびっくりした顔でカティナを見てた。いつの間にそんなに詰め込んだ!?どおりで次の言葉が繋がらなかった訳だ。
「カティナ。取り敢えず、口の中の物を飲み込んでから話しなさい」
もぐもぐもぐもぐ…… ごきゅ
今すごい飲み込み音聞こえたよ? 大丈夫!?
「今度はわたしも行きたいです! ルイ様! わたしお留守番でギゼラだけ連れて行ったんだから!」
あぁそうだったね。ちらっとギゼラに眼をやるとにっこり微笑んでくれた。もうお姉ちゃんだねこれは。ただ、カティナは見るからにトラブル体質っぽい。僕もなのかも知れないけど、眷属が何かしら僕の影響を受けて成長したのならばカティナは十中八九、僕のトラブル体質を受け継いでる気がするんだよな。同類だから感じ取れるものがあるというか。
「うん、連れていけるかどうかはまた考えるよ。優先順位とメンバーの相性もあるからね」
「そっか〜。うん、でも分かった! 待ってるね、ルイ様!」
皆がすご勢いで肉を食べていく横でせっせとエレンが皿に盛りなおしている。自分たちの分が失くなるんじゃないの? よく考えたらデミグレイジャイアントって兎だよね。獣人になると肉食平気なんだ。平気みたい。エドガーたちも普通に美味しそうに食べてるから。ん? そもそもこの屋敷にどれくらい食料在るんだ?
「エレン」
「はい、我が君」
「ここの食料備蓄量はどれくらい在るの?」
「倉庫一杯に詰め込めば1年は大丈夫です、我が君」
あのね、エレン。君も分かってやってるのか天然なのかまだ掴み所が分からないね。それって今無いってことでしょ?
「で、後どれくらい保つの?」
「2、3日かと」
早っ!? て言うか、この人数がこれだけ食べればあっという間だよ!? それに今食べた猪は備蓄じゃないよね?
「エレン、この猪はどうしたの?」
「はい、我が君。ご紹介が遅れましたが、この者が仕留めたのでございます」
エレンの紹介でぎぃぃと厨房へ続く扉が右側だけ開き、背の低いそれでいて骨格のがっちりしたずんぐり体型の初老の男が入って来た。僕と眼が合うとお辞儀をする。
「何とか言いなさい、名も無い分際で我が君の前に出れるだけでも」
「エレオノーラ!」
「はひぃっ!」
ざわっ
僕の鋭い一言に辺りが水を打ったように静まり返る。いや返らざるをえない程の威圧が僕から発せられていたのだ。正直驚いた。前、ここまで酷くなかったよ?
「エレオノーラ。その発言は容認できない。少々の嫌味くらいであれば笑って済ませるが、自分を棚に上げて同列の相手を卑下するような発言を僕は許さない」
「も、申し訳ございません! 我が君! どうか、どうかご容赦を!!」
僕の威圧に耐えかねたのか、慌ててエレンが僕前に身を震わせながら土下座するのだった。周りの者は口を出すわけにもいかずにただただ成り行きを見守っている。
「皆も覚えておいて欲しい、諍いが無いように席順で順位を着けたけど、基本僕は皆を同列に見てる。僕の眷属ということは僕の家族になったって事だからね。だから皆も同じような見方を忘れないで欲しい。獣であろうと植物であろうと魔族であろうとね。但し、お客様に対しては少し事情が異なると考えてる。どういう事かというと、別に下手に出る必要はない。礼節を忘れずに応対するけれども、礼節のない者にいつまでもそうする必要はないということだよ。さて、エレオノーラ」
エレンの名を呼びながら席を立った僕の足を見て、彼女は土下座のまま短い悲鳴を上げる。
「ひぃっ!」
「次はないよ? 次同じことしたら名前を剥奪するからね?」
「け、決して斯様な真似は致しません! どうか、どうかそれだけはっ!!」
名前に執着する処を見ると、これは結構効果があるみたいだね。威圧しっ放しだった事を思い出して納めるように意識してみる。ふっと雰囲気が和らいだものになった。良かったコントロールできて。出っ放しだと流石に大変なことになるよね。
エレンの眼の前で足を止めると彼女の身体がビクッと振れた。頭は絨毯に擦りつけたままだ。我ながらやり過ぎたと思いつつその横に膝を付いてエレンの身を起こすのだった。
「はい、怖いお話はおしまい。良く分かった? エレン?」
「……」
両眼に一杯涙を湛えてエレンが何回も黙ったまま頷く。その動きに耐えかねて頬に筋が出来るのだった。頬の涙を両手の親指の腹で優しく拭ってから一緒に立ち上がらせる。かなり参ってるようだね。まだ出逢って数十分だというのに、若干悪いことをしたかなという気にもなる。
「ほら、エレンこっち向いて」
「……」
「十分反省したのは分かったから、もう怒ってないよ。でも忘れないでね?」
「はい、我が君。ふあぁぁぁっ!?」
「「「「あっ!」」」」「「「でた、魔物誑し!」」」
おいおい、酷いいわれようだよ!? ただ抱き締めて上げただけじゃないか? あまりに元気が無くなったからエレンを抱き締めて上げただけなのに。
「焼き加減も抜群に良かったよ。新しいレパートリーを増やせると良いね♪」
と耳元で言って離そうとするのだったが。あれ? 離れない? どうなった?
「エレオノーラ、貴様主殿の優しさに甘えおって、いい加減離れぬか!」
「そうですわ! 今日はわたくしたちだって抱き締めてもらってないというのに!」
「……はぁ」
え? あれ? 眼が醒めた時に抱き締めたはずだけど? もう忘れた?
「あぁぁ〜〜〜我が君ぅぅぅ〜〜」
シンシアとディーがエレンを引き剥がしにかかり、その横でリーゼがこめかみを抑えていた。どうして君が? エレンといえば鞭と飴の刺激が強過ぎたらしく何処かに旅立たれたままである。恐る恐る見回してみると、皆一様に呆れ顔で、エトは笑いを堪えるのに必死で顔を赤くしていた。あれ? どうしてこうなった?
ただ一人、紹介されて放置されたままの男が俺はどうすれば? という表情のまま立ち尽くしていたのだ。あ……忘れてたよ。見た感じ僕の知識の中にあるドワーフ族に類似してる。但し、この世界ではまだドワーフ族に出逢っていないからこの風貌とは違う可能性があるんだよね。
この初老の男にしても、エレンにしても少し耳が尖っている。エルフの耳はもう少し長い気がするのだけど、そのエルフにもまだっ出逢っていない。まぁ、妖精や妖怪の類はそうなのかも知れないね。そう思って皆の耳を見てみると、皆少し尖っていた。僕も尖ってきたのか!? と思って慌てて耳を触ってみたけど、僕のは丸かったよ――。
「さて、君はこの土地の管理者でまだ名前がない。という理解で間違ってないかな?」
エレンの一言で何となく気がついたのだ。【眷属ステータス】の中でただ1つ「ーーー(ーーー)」の欄が在ったことを。後は消去法だ、眷属で僕の知らない人で名前があがっている人物は2人。ナハトアとい人物と、土地の管理者だ。そしエレンが知っているということは、後者の可能性がかなり高い。それでそうカマをかけてみたんだけど。
「その通りで御座ぇますだ」
訛ってる!?
「君はドワーフ族なの?」
「分からねぇ。眼が覚めたらこったら姿になってただけで御座ぇますだ」
あまりに興味深い答えが帰って来たので名前を付ける前に見てみることにした。
◆メニュー◆
【ステータス】
【眷属ステータス】
【アイテムボックス】
【メッセージボックス】
【眷属ステータス】
◆ーーー(ーーー)◆
【種族】ハイドワーフ / ハイドワーフ族 / ルイ・イチジクの眷属
【性別】♂
【職業】眷属領の管理者
【レベル】1
【状態】加護
【Hp】500/500
【Mp】2000/2000
【Str】200
【Vit】300
【Agi】50
【Dex】300
【Mnd】100
【Chr】50
【Luk】50
【ユニークスキル】眷属地管理(開拓・開墾・整地・造成)、共感増幅、鳥獣語、鉱物感知Lv1、薬草感知Lv1、【エレクトラの加護(強奪阻止)】
【アクティブスキル】索敵Lv1、地魔法Lv1、火魔法Lv1、木魔法Lv1、武術Lv1、鎚術Lv1、鍛冶Lv1、工作Lv1、弓術Lv1、」斧術Lv1
【パッシブスキル】隠蔽Lv1、剛力Lv1、伐採Lv1、採掘Lv1、採集Lv1、栽培Lv1、狩猟Lv1、解体Lv1、地耐性LvMAX、火耐性Lv1、木耐性Lv1、状態異常耐性LvMAX、精神支配体制LvMAX
【装備】布の服、布の下着、革の手袋、革のベルト、革のブーツ
ハ、ハイスペック過ぎる。もうLv1のステータスじゃない。と言うか一部の進化組より高いんじゃない?これが管理者かエレンも似たようなものなんだろうね。後で見るとするかな。でもまず、やるべきことをしておこう。
「流石は管理者というだけはある能力だ。じゃあ、君は今日から“ガルム”だ。畑の栽培や開墾、食料の生産や調達で世話になると思うけど、これからよろしく頼む」
これまでと同じように力が吸われるかと思ったけど、そうでもないようだ。でも閃光は光ったよ。
「おお! 御館様が俺に名前を付けてくださっただ! 俺も精一杯頑張るからよ、御館様も遠慮無く言ってくれ?」
「じゃあ、風呂! 大きな風呂を作って欲しい、出来れば温泉が湧きでるやつ」
「「「「ルイ様!?」」」」
お風呂の味を知ってる4人が思わず上ずった声を上げた。シンシアまで様付けしたということはデレたね。と言うか思い出したと言うべきか。口で説明するのも面倒だし、【共感増幅】が恐らくアピスやレエレンが使ってたであろうスキルと踏んで、お風呂のイメージ図を思い描いてみる。
僕の中のお風呂と言えば温泉宿の大浴場だ♪ 洗い場があり、大きな湯船があり、打たせ湯も……と思ってた矢先の言葉に言葉を失った――。
「それならもう有りますだ」
最後まで読んで下さりありがとうございました。
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