第52話 知己の仲
「ルイ、申し訳ないのだけどちょっと森の奥に行ってもいいかしら?」
「あ、良いよ。森から出ることはないから大丈夫、心配なら糸くっつけて行けば?」
「それもそうね。知り合いかも知れない魔力を感じたからちょっと行ってきますわ! では、みなさん御機嫌よう〜♪」
あぁ、ここがルイが居た場所なのですね。薄暗いけど、何だか力が満ちてて不思議な森ですわ。皆さんがあんなに小さくなって。この身体になって初めて走りましたけど、軽くなってますし暗がりでもよく見えますわ。
ちらっと振り向くと陽の光の下にルイ達が点のように群がっているのが見えた。そのまま視線を戻し進むことにする。身体が軽い。
ざっ ざざっ
枝葉が鬱陶しいですわね。ふふ、でも何処で何が突き出ているのかは見えますから引っ掛からないように気をつければいいですわ。
わたくしの身体は風のように枝葉に肩や脚をぶつけながらも、今までにない速さで薄暗い森の中を駆け抜けている。長く伸びた髪が後ろに棚引いているけれど、風が顔に当たって気持ちい。
こんなに薄暗い森の中でも障害物が見えているように走れるのはやっぱりこの眼の御蔭かしら?
そんなことを思いながら左頬骨の上にある蜘蛛の眼に手を近づけていた。この眼が6つとルイたちと同じ瞳がある眼が2つ。今までは近くでもぼやけてたけど、瞳がある御蔭で遠近だけじゃなく色彩もはっきり分かるようになりましたわ。
そもそも哺乳類と昆虫は眼の造りが違う事を知って居られまして? 単純に言えば単眼か複眼かの違いだそうですわ。眼球一つに付き瞳が一つ。これが単眼。片や複眼は瞳がなく眼球全体が網を被せたような眼をしているのだとか。昔のわたしの眼ですわね。
単眼は視力が良いのですけど、複眼は超ド近眼で、その代わり偏光視という眼には捉えきれない光の色彩を見分けることが出来るということですの。
その御蔭で、薄暗い中でも物を避けなが異常な速度で移動できるのですって。障害物のない所を全速力で走っている馬よりも早いのではないだろか、と鷲の背中でルイに聞いたら教えてくれましたわ。
難しい話で半分も解らなかったのですけど、いずれにしても、ルイには感謝してもしきれませんわね。
ざざん ざざっ
大分奥まで来ましたわね。そろそろ見えて来てもいい頃かしら?
視線の先に高木の木立の隙間から古城のような屋敷が浮かび上がってきた。上を見上げるが厚い木々の枝葉が絡み合って天井棚となり陽の光を遮っている。やっぱりこんな所じゃないと生活できませんわよね。
「皆さんお元気かしら? あそこでヘマさえしなければもっと早くに来れたのに」
まぁ、それを言うとルイには逢えなかったのですから、今となってが良かったのですわ。あら、ちゃんと手入れができているじゃない。壁に絡みついた蔦も青々としてますわね。本当不思議な森ですわ。
カッ カッ カッ
わたくしの脚先の鋭い部分が石畳の上を歩くと少し高い音が周囲に響く。本当一つの武器になりますわね、この脚も。槍みたい。
そんな事を思いながら両開きの大きな玄関扉に付けられた獅子の咥える金物の輪を下地の金属板にカンカンと打ち付けてみる。
あぁ〜このノッカーを叩くにも人の手は微妙な力加減が出来るのですね。蜘蛛の脚だけではこうはいきませんわね。
「さて、200年振りかしら? 元気だと良いのですけど」
がちゃり
低い音と共にわたくしがノックした左手側の扉が開き、銀色の髪をショートに切り揃えた、真紅の瞳の若い侍女が現れた。肌は白というよりかは青白いと言ったほうが良いかしら。不健康な肌の色であることに変わりはないですわね。でもわたくし、この顔覚えておりますわよ。
「どちら様でしょうか?」
ドアノブを持っていない方の手に蝋燭を灯した燭台が握って侍女が尋ねてきた。失礼ね。
「あら、貴女はコレットね?」
「!? 申し訳ございません。確かにコレットでございますが、アラクネー種の御方で当家に繋がりのある御方は記憶しておりません。失礼ながら、お名前を教えて頂くことは可能でしょうか?」
「あらやだわ。すっかり忘れててた。そう、アラクネーになったのよね。わたくしですわ。ディードです」
そうでしたわ。繭から出た後も違和感なく生活していましたから忘れていましたわ。おほほほ。
「ディード様!? スカーレットシュピンネのディード様でございますか?」
そうですわ! よく覚えていてくださいましたね。
「色々ありまして、アラクネーに進化したんですわ。リーゼや伯爵様たちはお元気でいらっしゃるのかしら?」
「これは失礼致しました。ディード様。確かに御声は聞き覚えがございます。どうぞ中へ」
コレットは慌てて左右の扉を開き、屋敷の中に招き入れてくれる。あれ?でも伯爵様の話をしたら顔色が悪るくなった? 元々顔色が悪いのは承知しておりますが……何だか沈んだ気がしますわね。
コレットに案内され1階の客間に通されましたが、ここでお茶と言うものを頂けるとは思っていませんでしたわ。熱いので気をつけてと言ったけれど。香りはいいですわね。少しだけ。
「っう!」
熱いですわ! これが飲み物ですの!? ルイ達もこんなものを飲んでたのかしら!?
リーゼを待つ間に味見してみようと思いましたのに、これでは熱いだけですわ! 慌ててカップを受け皿に戻して口を掌で扇ぐわたくし。ティーカップに注がれた甘い香りがするお茶は、わたくしにあんな思いをさせたのに知らん顔で湯気を踊らせている。
あら? あの足音は?
たっ たっ たっ たっ がちゃ!
「ディー!」
「リーゼ!」
絨毯の上を走る足音が近づいて来たと思った次の瞬間、扉が勢い良く開かれて長い銀髪をなびかせた美しい少女が飛び込んできた。先程のコレットと同じく彼女も真紅の瞳をしている。それはわたくしのよく知った顔であり、いくらか切れ上がった大きな目が彼女の愛らしさを際立たせていた。
「本当に久し振り! 外見は変わっちゃったけど、本当にディーなのね♪」
「ええ、そうですわ♪ 200年振りになるかしら? あの時お邪魔した時には伯爵様も奥様もいらっしゃったけど、気配がありませんわね?」
「――」
「――リーゼ?」
わたくしの問い掛けに泣きそうな表情になるリーゼ。コレットに尋ねた時もそうでしたわね。これはなにかあったと考える方が良さそうですわ。
「ディード様。その問いにお答えするには経緯をご説明しなければなりません。お時間を頂いても宜しいでしょうか?」
リーゼの後ろに控えていたコレットが申し出てくれる。良く出来た侍女が居ると助かりますわね♪
「勿論ですわ。何かあったのは今のリーゼの反応で分かりました。教えて頂けますの?」
「リーゼ様よろしゅう御座いますか?」
コレットの確認にリーゼは黙ったまま頷く。それを見届けたコレットは昔の記憶を紐解いて説明をし始めるのだった。
わたくしがこの屋敷を訪れたのは今から約230年昔の話だったのだという。30年も感覚にズレがあるとは驚きですわ。
その30年後、一人の魔法使いの男がふらりと屋敷を訪れ逗留を始めたのだとか。そしてその男は魔法使いであるとともに魔術の深淵を探求する魔導師でもあって、生霊を研究対象にしていたそうですわ。そんな変わった身体を持つ不死者を調べても自分が吸われるだけでしょうに。
なんでも生霊の【吸収】という特別なスキルを解明してその応用を広く伝えると息巻いていたのだとか。世の中には変わった事に情熱を傾ける方がいるものです。
コレットが言うには、屋敷の頭首でもあられたブラッドベリ伯爵も魔導について造詣が深く、その男と意気投合し研究を手伝い初められた処までは良かったのだが、事もあろうに男はリーゼを囚え、研究対象にし始めたのだのだとか。不埒な男ですわ!
当然我が子を男の玩具にさせる気は伯爵夫妻もなく、逆鱗に触れた男は殺されたのだが、生きることそして研究を探求する願いが強かった男は研究対象であった生霊へと変化してしまう。それはまずいですわね。同じ不死族でも物質の身体と霊の身体ではダメージの受け方が違いますから。
勿論、ヴァンパイアと生霊だとヴァンパイアの方が格上になりますから勝負にさえならぬと思っていたのに、男が生前持っていた魔道具によって自由を奪われてしまったのだという。そうなると使用人であるコレットやエトも手出しが出来なくなりますわね。
不死族ではあるもののヴァンパイアも弱点はある。それを良いことに、伯爵夫妻を魔道具を操り杭の上に突き落として命を奪ったのだ。伯爵様、奥様、さぞお辛かったことでしょう。口惜しかったことでしょう。驚くべき事にその後200年の間リーゼは地下に囚えられ男の実験の玩具と化していたと聞いてわたくしは怒りで身が震えました。あれ?
「コレット、ちょっと待ちなさい。大変な事が起きたというのは分かりましたわ。でも、リーゼがここに居るって事は」
「そうなのです。ふらりと立ち寄られたさる御方がリーゼ様を救って下さったばかりか、伯爵夫妻様の仇を討って下さったのです」
「え? 生霊も倒したのですの?」
まさか。
わたくしの質問にコレットは静かに頷く。どことなくその血色の悪い頬に朱が差したような気がする。リーゼの方にも目を向けると同じように頬を朱に染めてめて俯いていた。先程までの物悲しさは何処に? と言いたくなる変化の速さですわ。
「それはつい最近の話ですの?」
「半月前のお話でございます」
「半月前。まさか、ですわね」
「え?」
「その御方は見返りというか、謝礼をお求めになられたのですの?」
まだ、確定じゃないですから突いてみますか。
「いえ、リーゼ様の保護者契約を、と助けて頂いたどさくさに紛れて無理強いしたのが逆鱗に触れてしまったらしく。取り付く島も無く帰ってゆかれました」
「パトロン。血の供給者の間違いじゃなくて?」
「あの方にはわたしの魔眼が効かなかったの」
コレットの話を聞きながら少し皮肉を込めて反応を探ってみましたが、特に過剰な反応はないですわね。それに答えるかのようにリーゼがポツリと口を開いた。魔眼? ヴァンパイアの魔眼に耐えれるって余程の耐性がないと。ん?
「状態異常耐性があったのですね? 状態異常。状態異常耐性。まさか」
「どうかしたの?」
わたくし気が付いてしまいましたの。色んなピースが一箇所に集まってその姿が浮かんで来ましたわ! そんなぶつぶつと独り言を言い始めたわたくしをリーゼが覗きこむ。では、確定作業に入りますわ!
「まさかとは思いますが。その方、全身黒尽くめの服装ではありませんでしたか?」
「「!?」」
わたくしの質問に二人は驚きのあまり大きく目を見開いた状態で顔を上下に振る。チェック!
「何と言うか、お人好しではありませんでしたか?」
無言で頷く二人。はい、チェック!
「デミグレイジャイアントやギゼラさんは何と言ったかしら? 大蛇と一緒に居たりはしませんでしたか?」
「ディー!」「ディード様!」
二人は気付いたのだ。わたくしが話している人物と自分たちを助けてくれた人物が同一人物であることを。はい、確定ですわ。
はぁ〜ここでも誑し込んでいたのですの?
「その名前は――ルイと言いませんでしたか?」
「「ルイ様!ルイ様をご存知なのですか!?」」
「ちょ、ちょっとリーゼもコレットも落ち着きなさいな!」
ルイという名前が出た途端二人がわたくしの身体ににじり寄って来た。キラキラと眼を輝かせながら見上げているその眼は恋する乙女の眼だった。はぁ〜。
もぉ〜ルイったら何をしてるんですの!? 誇り高いヴァンパイア一族を籠絡!? はぁ〜ここ最近規格外な事が起きてないと思ったら、こんな所で!?
引き攣った笑顔で二人を宥めながら胸の内でぼやく。そもそもブラッドベリ家とは、辺境の地の向こう側からこの地に移り住んだ時以来の知己の仲ですのに、何故こんなややこしいことになっているのかしら。
はぁ、本当ならギゼラさんたちを勧誘した後にこちらに来ようと思ってたのに、砦のあの忌々しい人間に囚えられなければもっと早くに来れて。ふぅ、ダメですわね。わたくしでは生霊は倒せなかった。ルイには感謝しなくてはなりませんね。
そう言えばブラッドベリ伯爵様は当時魔王領を治めていた魔王と剃りが合わずに袂を分かったとお聞きした記憶がございますわ。この屋敷があれば魔王領に帰るということはないでしょうけど……その前にルイとの関係をどうにかしなくてはなりませんわね。
「それで、ルイ様は今どちらに!?」「わたくしたちの事を何か申されて居られませんでしたか!?」
「あぁ〜もぅっ! 二人で同時に話さないで頂けますっ!?」
「ごめんなさい」「も、申し訳ございません」
にじり寄るばかりかよじ登ってこようかという勢いで問い質してくる2人を窘める。気持ちは分からなくもないですわ。ただ、どう考えても明らかにライバルになりうる2人ですわね。頭が痛くなって来ましたわ。該当しそな面々を上げてみましょう。
1,2,3,4,5,6,7,8人?いえ、あの兎も怪しいですわね。含めると9人!? この2人を入れるとライバルは11人!? はぁ〜何をやってるのでしょう、ルイは。
「はぁ〜〜〜〜」
「ディー?」「……?」
「いえ、何でもありませんわ。ルイとわたしたちは先達て海を渡って先程ここに帰って来たのですわ。のんびりとした旅ではありませんでしたので、生憎お口に昇ることもありませんでしたの。ですから、貴女たちがルイと接点があると聞いてわたくしの方が驚いたのですわ」
わたくしの言葉に上気していた2人の頬の色がすぅっと引く。リーゼの右手とコレットの左手が近くにあったわたくしの前脚を静かに握りしめる。え? え? ええっ!?
ぴきっ
「「ルイ?」」
「ちょ、ちょっと何をなさるのですの!? 脚が砕けてしまいますわ!」
前脚に今「ぴきっ」って亀裂が入りましたわ!? こ、これはまずいですわね。明らかにわたくしが何かやってしまったのですね。対応を間違ってはなりませんわ。
「ディー」「ディード様」
「な、なんですの?」
ふ、2人共声に殺気が乗っておりますわよ!?
「「どうしてルイ様ではなく呼び捨てなのですか!?」」
「ひっ!? ど、どうしてと言われましても。呼び捨てにしてもルイも何も言いませんでしたし。それにわたくしルイの眷属になるつもりですし」
「「眷属!? ルイ様の!?」」
「ひっ!? そ、そうですわ。10日後にその儀式をしたいと言っていたきゃっ!!」
そんなに殺気の篭った瞳で睨まないでくださいまし! け、眷属の話は内緒でしたの!? あぁ、やってしまいましたわ! しかもこの手! 逃がすつもりなはない、という圧力を感じますわ。あわわ、こ、これは困りましたわ〜。
「「その話詳しく聞かせて頂けるかしら?」頂けますか?」
「詳しくと言っても、わたくしも耳にしたのはそれだけですから、あとはルイに」
「コレット!」
「はい、リーゼ様」
「おもてなしの用意をなさい。エトにお迎えの馬車を用意させて、直ちにお迎えに上がるように」
え、あ、ちょっとコレット待ちなさい。
「畏まりました」
リーゼの言葉にやる気を漲らせたコレットが優雅にお辞儀をし、わたくしには眼もくれずに客間を出て行く。コレットを掴まえようとしたわたくしの右手は虚しく宙で行き場を失っていましたの。
「ディー」
「な、なんですの? リーゼ」
あ、この娘、そう言えばこんな性格でしたわね。思い出しましたわ。眼が据わった時は何を言っても無駄だと、伯爵様も苦笑いしていらっしゃった記憶がありますわ。これ、逃げれませんわよね?
「このままルイ様がお越しくださるまで、経緯を教えて頂けませんかしら?」
「――昔話を」
して、お茶の飲み方でも教えて。
「望んでいるとお思いで?」
望んでないわよね。ううっ、そんなに眼の座った表情でゆっくり身体を寄せてく来ないで下さる? 怖いですわ。
「そ、そうですわ。お茶を頂いたのでトイレをお借りできるかしら!?」
これだわ! 時間を稼がなくては!
がさっと立ち上がって部屋を出るわたくし♪
「待ちなさい! 貴女下半身が蜘蛛なのだから、そもそもトイレに入れないでしょ!?」
「や、やってみなくてはわかりませんわ!」
「あ、ディー待ちなさい!」
「待てと言われて誰が待つものですか!」
「待ちなさぁぁぁぁぁい!!! トイレはそっちじゃありませんわ!!」
「探し当ててみせますわっ!!」
この後、おもてなしの支度を終えたコレットが姑息にも廊下にロープの罠を仕掛けて、わたくしを転ばせたのです。無残にも転んでしまったわたくし。必死の抵抗も虚しく2人に引き摺られて近くの部屋に連れ込まれ、滔々と経緯を説明させられたのでした。ううっ。
「扱いがあんまりですわ!」
「「それで、鷲掴みされた後はどうなったの!?」なったのですか!?」
「人の話を聞きなさい!」
「聞いてるでしょ! 早く続きを!」「お願いします!」
「はぁ〜……」
感動の再会を期待していたわたくしの夢は儚く現実に押し潰されていったのでした。ルイ、早く来て開放して下さいませ――。
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